欺瞞が照らす未来

氷室 真一

第1話 プロローグ──記者としての原点

十年前──


藤崎直人は、新聞記者としての第一歩を踏み出したばかりだった。二十五歳。大学卒業後に東洋タイムズへ入社し、社会部の若手記者として警察署回りを担当していた。記者と呼ぶにはまだ未熟で、上司や先輩記者からは「雑用係」として扱われることも多かった。


「新人の仕事はな、記事を書くことじゃない。走り回って情報を集めることだ」


そう言われ、朝から晩まで警察署や裁判所を巡り、記者クラブで公式発表を待ち、取材ノートを埋めていく毎日だった。何かを暴くどころか、警察発表をそのまま記事にまとめるだけの仕事。やりがいを感じることは少なかったが、それでも藤崎は記者という職業に誇りを持ちたかった。


ある夜、藤崎は人生を変える出来事に直面する。


その日、彼は東京の繁華街で発生したある事件の取材をしていた。暴力団関係者による襲撃事件とされ、警察は「組織犯罪の抗争」として処理しようとしていた。だが、現場を取材するうちに、藤崎は違和感を覚えた。


目撃者の証言が警察発表と食い違っていたのだ。


「暴力団の抗争? そんな感じじゃなかったよ。やられた方は普通のサラリーマンみたいな人だった」

「犯人たちは警察が来る前に誰かと電話してた。何かおかしいと思ったんだ」


警察の発表では、襲撃された人物は「暴力団と関係がある人物」とされていた。しかし、目撃者の話によれば、被害者は暴力団とは無関係の一般市民であり、むしろ何かを告発しようとしていた可能性が浮上した。


藤崎は独自に被害者の身元を調べ、驚くべき事実を突き止める。


被害者は、ある大手建設会社の元社員だった。彼は内部告発を準備しており、その内容は──警察と暴力団の癒着に関するものだった。


「これは……ただの抗争なんかじゃない……」


藤崎はこの事件を記事にしようとした。しかし、上司から返ってきたのは冷たい言葉だった。


「記事にはできない。お前の勘違いだ」


「なぜですか!? こんな不自然な話、見逃せません!」


「世の中には、書けないこともあるんだよ」


藤崎は納得できなかった。だが、その後、取材を進めようとする彼に対し、明らかな圧力がかかり始めた。


目撃者の一人が突然証言を撤回し、「何も見ていない」と言い出した。

被害者の遺族は「もう関わりたくない」と藤崎の取材を拒否した。

さらに、藤崎の自宅近くで不審な男たちがうろつくようになった。


──これが権力の圧力か。


記者としての無力さを痛感しながらも、藤崎はこの出来事を忘れなかった。


やがて藤崎は社会部を離れ、政治部へと異動する。そして、国家の腐敗を暴くジャーナリストとしての道を歩むことになる。


彼が初めて経験した「書けない事実」。

それが、後に彼を政府の巨大な闇へと導くことになるとは、まだ知る由もなかった。

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