イア;メメント モリ─宿世相対─

円野 燈

第1章 Vorahnung─巡り会う─

第1話 使徒と悪魔と、ナンパ?



 中央ヨーロッパに位置する、とある国の首都・ベツィールフ州。

 周囲を広大な森林や湖に囲まれ、現代建築の高層ビルと、近代の美しい建築物が建ち並ぶ。中心部にも点在する公園は、人々の安らぎの場所だ。

 芸術に触れられる施設も多くあり、中心部を少し外れればあちらこちらにストリートアートも見られる。

 豊かな自然と人間の生活が共存している、活気ある街。そして、深く深く人々の心に刻まれた、忘れ得ぬ過去の記憶が残る場所でもある。人々も平穏に暮らしているように見えるが、その内に、様々な事情を抱える人も少なくはない。

“やつら”は、そんな心を濁らせた人間を敏感に嗅ぎ分けて体内に棲み付き、“餌”を貪り、人々の日常を脅かしていた。

 だがこの街には、人々を平穏へと導く希望となる者たちがいる。

 その名は、『使徒』。




 一つデリバリーを終えたペトロは、次の配達依頼をスマホで確認する。


「次は……。この店だったら、パリ広場の方通ってくか」


 ルート選択をし、愛用の電動キックボードを蹴って、ピックアップする次の店を目指した。

 四月の昼間と言えど、まだ気温は15℃。冬が尾を引いているので、冬物はまだ手放せない。ペトロもダウンジャケットを着て、手袋をし、芳春を待つ街を走る。

 冷たさが残る風で、ヘルメットだけでは隠れないブロンドがさらさらと靡く。色白の肌は日差しを反射してより白く、女性も男性も、擦れ違いざまに香水のように一瞬漂う中性的な雰囲気の彼を振り向いた。


 その頃のパリ広場。有名な門を見学に訪れた観光客で、賑わっている。広場の周囲は、コンベンションセンターや大使館が集まっている。

 そんな、事件が起きてはいけない場所で、“やつ”が暴れ出そうとしていた。


「うっ……。ぐうっ……」

「お、おい。大丈夫か?」


 歩いていた男性が突然苦しみ出し、地面に蹲った。一緒にいた男性は友人が苦しむ姿に困惑しながら、クリニックに連絡しようとスマホを手にした。

 その時だった。


「ゔぁあああっ!」


 苦しみに足掻くように、血の気を引かせた男性は叫んだ。するとその身体から、黒い霧のようなものが大量に吹き出た。

 それは、頭、腕、足を形成し、人間と変わらない大きさの異形となり、男性と繋がった鎖をジャラッと地面に落とした。

 それは悪霊でも、倒れた男性の幽体でもなく。


「あ……悪魔だっ!」


 友人の男性は血の気を引かせて、腰を抜かした。


「悪魔だって!?」

「ヤバい! 逃げろ!」


「悪魔」の一言を聞いた地元の人々は、観光客を巻き込んで反射的に逃げ始める。腰を抜かした男性も、悪魔に憑依された友人を見捨てて逃げた。


「グ@µゥ!」


 獣のような言葉にならない声を発する悪魔は、逃げ惑う人々をターゲットに、更に“餌”を求めようと襲い掛かろうとした。

 そんな混乱の渦中に、三人の青年が建物の上から丸腰で降り立った。一人は、カーディガンを羽織った姿。一人は、民族衣装風のレストランの制服。もう一人は、メガネにスーツ姿だ。


「領域展開!」


 彼らを中心にして半透明のバリアが広がり、逃げ遅れていた一般人は、守護領域が展開されるとともにバリアの外へと瞬間移動した。


「こんな感じで近くなら、毎回ダッシュしなくてすむんだけどな」


 アルバイト先の制服の袖を捲りながら、黒髪で浅黒い肌のヤコブがちょっと面倒くさそうにぼやいた。そんな彼に、ブラウンの髪のヨハネは、青い瞳で悪魔を見据えたまま提案する。


「頼んでみるか? 僕たちがいる1km以内の範囲で、出てくれって」

「話、通じなそうだよなぁ。ヨハネ。お前、通訳できない?」

「みんなができないなら、ムリに決まってるだろ」

「二人とも。それよりも、TPOじゃない?」


 チョコレート色の髪と目の色にメガネを掛けたユダは、締めていたネクタイを緩め、シャツのボタン二つとジャケットのボタンを外して言う。


「わかるわー。だけどユダ。常々思ってるんだけど、お前のスーツも戦闘に合わなくね?」

「これは勘弁してよ、ヤコブくん。きみの制服と同じようなものだと思って」


 三人が悠長に駄弁だべっているあいだ、捕食の邪魔をされた悪魔は、倒れた男性と呼応するように苦しそうな唸り声を上げ続ける。


「⊅う§て、あのζ&……。じ∂の§い、⊅……」


 その声は、人のような言葉を発した。


「無駄話はこのくらいにして、やろうか」

「そうですね」

「んじゃ。俺が、深層潜入行くわ」

「よろしく。ヤコブくん」


 倒れて気を失っている男性の傍らに駆け寄ったヤコブは、頭に手を乗せて目を瞑り、男性の心に潜入する準備を整える。


潜入インフィルトラツィオン!》


 悪魔に負のエネルギーを吸収され続ける男性を救うために、トラウマが沈むその深層へと自身の意識をダイブさせた。

 その間、残った二人が悪魔の相手を引き受け弱体化させるのが、彼ら使徒の戦法だ。

「%∅ゥ!」悪魔は無謀にも、二人に襲い掛かろうとする。まずはユダが、逃げる素振りもなく真っ向から受けて立つ。


「降り注げ! |祝福の光雨《リヒトリーゲン・ジーゲン!」


 ユダは掌を悪魔に向けると、雨のように無数の光の弾丸が降り注いだ。「¿ガ@……ッ!」悪魔の身体を貫いた弾丸は、地面にも細かな穴を開ける。


「貫け! 天の罰雷ドンナー・ヒンメル!」


 次に、ヨハネが空に掲げた手を振り下ろすと、微雲しかない空から雷がバリバリッ! と空気を割き、悪魔を目掛けて落されした。「グ&%ッ!」悪魔はダメージ回復が間に合わず、回避しきれずに食らった。

 だが、それだけで悪魔は倒れない。ふらつきながら立ち上がり、近くにあった標識に腕を伸ばし、根本からへし折り己の武器とした。

 悪魔は伸びた腕ごと標識を振り回し、鋭利な刃となった根本をユダとヨハネを串刺しにしようとする。だが二人は簡単に見切り、カーディガンとジャケットを翻しながら軽々と回避していく。


「今回は、原始的な戦い方をするやつだな」


「ウ"#€ァッ!」避け続けられた悪魔は苛立ち、ヨハネの串刺しを狙う。スピードが増しても標識はまたも外れ、突き刺さった地面にはドリルを使ったように深い穴が開いた。

 跳躍して避けたヨハネは、停まっていたトラックの荷台の上に着地する。


「意外に威力ありますね」

「地面に穴開けないでよ。守護領域を解除したら、元通りだからいいんだけど」


 目標が変更され、今度はユダが狙われるが、スーツのジャケットをひらりと靡かせ、何度も履いて戦闘に挑んでいる革靴でも、軽い身のこなしで見切り続け、噴水前に着地した。

 その後も、深層潜入したヤコブによる憑依された男性の精神浄化の効果もあり、二人が優勢のまま悪魔は疲弊する。


「あとは。ヤコブくんが戻って来るまで、大人しくしててもらえばいいかな」

「そうですね。あとは、拘束しておきましょう」


 ユダの判断で、ヨハネが悪魔に十字の楔カイル・クロイツェスを掛けようとした時だった。

 何を考えたのか悪魔は二人に背を向け、真反対の方向に向けて標識を槍のように投げた。

 そっちには、誰もいるはずがなかった。だが。なぜか一般人が一人、守護領域内に立ち入っていた。


「どうして……!?」

(一般人は入れないはずなのに!)


 ユダは、その一般人を巻き込むまいと瞬時に反応し、地面を蹴った。


心具象出ヴァッフェ・ダーシュテーレン───〈悔責バイヒテ〉!」


 そして、自身のエネルギーから具現化させた武器の大鎌を手に、彼の盾になり直撃する寸前で標識を両断した。二本になった標識は、彼の両脇を飛んで行き、ガラガランッ! と地面に落ちた。


「!?」


 自分が今どういう状況に置かれているのか、半分理解して半分混乱するペトロは碧眼を丸くし、驚倒しそうな出来事に硬直した。


「きみ! 大丈……ぶ……」


 無事を確認しようと振り向いたユダは、ペトロの碧眼と視線を交えた。その瞬間、忘れまいと刻んできた記憶と感覚が合致した。


「ユダ! 大丈夫ですか!?」


 ヨハネは悪魔を拘束し、一般人の安否を訊く。ところが、ユダは何も答えなければ振り返りもしない。

 戦闘中に何があっても集中力を欠かないユダだが、今日はちょっと変だった。いや、ちょっとどころじゃない。

 ものすごくおかしな思考になり、とんでもないことをペトロに言う。


「すみません! このあと、お時間ありますか?」

「……え?」


 ペトロは、思い切り怪訝な顔をした。まともそうな見た目の命の恩人だが、突然ナンパまがいの声掛けをされれば仕方がない。

 その表情を見たユダは、冷静になって直ちに訂正する。


「あっ! 変な勧誘とかじゃないので、誤解しないでください。きみと、話がしたいんです」


 初対面で怪訝な表情をし、疑念の眼差しを向けるのも失礼だと思いつつも、ペトロは唐突な声掛けに少しだけ警戒する。


「ダメですか? そんなに時間は取らせないので」

「いや。でも……」

「お願いします。ずっと、きみを探してたんです」

「えっ……」

「ユダ! 何してるんですか!」


 戦闘をサボるユダを、ヨハネはちょっと怒り気味で呼び戻す。


「今、戻るよ! ……すぐに終わるので、あそこの角で待っててもらえませんか」

「……はい」


 使徒だとは承知していたペトロは、とりあえず返事をして、指示された場所へUターンした。

 ペトロが領域外に出たのとほぼ同時に、深層潜入していたヤコブも帰還した。


「お帰り、ヤコブ」

「あとは頼んだ」

「OK!心具象出ヴァッフェ・ダーシュテーレン───〈苛念ゲクイエルト〉!」


 ヨハネも、自身のエネルギーから武器の長槍を具現化させ、男性と悪魔を繋いでいた鎖を断ち切った。


「濁りし魂に、安寧を!」


 仕上げに、ユダが〈悔責バイヒテ〉の刃で悪魔を切り裂いた。


「グ$&ア#ァ……!」


 真っ二つになった悪魔は断末魔を上げ、黒い塵と化して消え去った。


「おつかれー」


 三人はハイタッチし、祓魔を無事に終えたことを互いに称えた。

 守護領域も解除されると、逃げた友人が男性のもとへ駆け寄り、無事な姿に安堵した。彼だけでなく、逃げた人々は喜びの表情を湛えながら三人を囲んだ。


「来てくれて助かったよ!」

「やっぱり、頼りになるわ!」

「ありがとう。使徒のみなさん!」


 祓魔し、一人の人間を救った彼ら使徒に人々は拍手し、感謝の握手やハグをした。

 ユダたちは戦闘が終わると、毎度こんな感じでヒーローのように称えられている。いつの間にか恒例となったファンミーティングも、人々に受け入れられ信頼されている証だ。

 そのファンミをユダは早々に切り上げると、ペトロを待たせているビルの方へ駆けて行く。


「ユダのやつ、どこ行くんだよ」

「さっき、見つけたみたいなんだ。探してた人を」

「なるほど」


 急いで行くと、ペトロは約束通り待ってくれていた。


「待っててくれて、よかった。もしかしたら、帰っちゃったかと」

「引き止められたんで、一応」

「今、時間は大丈夫ですか? 実は、ぜひ話したいことがあるんですが」

「いや。まだ、バイトの途中なんで」

「あ……。そっか」


 今更になって、ペトロの格好に気付いたユダ。すぐには無理か……という感情が表情に出ていたのか、ペトロは気を遣った。


「でも。夕方頃なら……」

「本当ですか? それじゃあ。終わったら、この住所に来てもらえますか」


 ユダはジャケットの内ポケットから出した名刺を渡し、「それじゃあ、待ってますね」と仲間のもとへと戻って行った。

 ペトロは、受け取った名刺に目を落とす。


J3SヤットドライエスJ芸能事務所……」




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読みにきて頂き、ありがとうございます。

新作バトルファンタジーサクセスストーリーBL、略して「イアメメ」。

長丁場となりますが、お付き合い頂ければ嬉しいです。

気軽にリアクションなどしてくださいね(^^)

ちなみに。章タイトルはドイツ語で、読みは「フォアアノン」で「予感」という意味です。

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