第11話10.最後の汚染検査
日曜日に瓢タンを呼び出して、というより彼は日曜日はいつもいわき平にやってくる。
昼はいわき駅の前のラトブの裏の洋食屋で鹿肉を食べて、それから一人カラオケで時間を費やしてから広野へ帰る。
そこで連絡をつけてラトブ二回の珈琲館で落ち合った。
「やっと終わったようだね。お疲れ様。」
と言って、私は彼にコーヒーを奢った。
すると彼は放射線検査の仕事は終わった時からだと言わんばかりに話し出した。
「1F復旧工事の場合、重機クレーンを駆使して遠隔操作するには、まず重機が地上を動けるように鉄板を敷かなければいけない。4m×20m、厚さ40mmの鉄板を敷き並べてその上を重機が動き回る。
だから作業が終わるとその鉄板を片付けなければいけないが、もともと東電から借り受けた鉄板なので東電に返却することになる。
その際、借りた時は汚染が無いことを確認してかりるので、返却時も汚染が無いことを確認して返却する。
もし汚染があれば除染して規定以内にして返却する。
1・2号排気筒解体は当初の1年の予定を大幅に延長して1.5年で作業を終えた。
排気筒は130mから60mになり、景観的にはすっきりした。
1F構内の汚染検査は表面裏表と厚さ方向の周囲を手に持ったGMサーベイメータを動かしながらやる。トラックに積み込んで借りたところに返すだけでいい。
しかし問題は広野の事業所で実験用に借りた鉄板だった。
重機をレンタルする会社から鉄板を借りるが、返却の際には3人かかりで丁寧に検査するのだった。返却基準は1000cpmで、広野の事業所のバックグランドがそもそも600cpmくらいだった。
鉄板はフォークで吊ったまま両面をサーベイする。汚染していると水圧で除染して再度サーベイするが、セシウム汚染なのでセシウムの場合は崩壊時にベータ線もガンマ線も同時に発する。GMサーベイのカウントはベータ線もガンマ線もカウントする。ベータ線のカウントは1m離れればほぼ無視できる。セシウムのベータ線の飛程は空気中1mくらい。ガンマ線の場合は150m~200mまで飛ぶ。水が厚さ1mmあればベータ線は止まってしまってGMサーベイメータではカウントできない。
そういうところは実際に現場で毎日やっていれば感覚で理解できてくるが、報道陣にはほとんど理解できないと思う。
そこで鉄板を水で除染すると言っても、見た目には平でも実際にはには鉄板は歪んでいるからところどころ1mm暑さの水がかぶっていることになる。しかし水は滴り落ちるから鉄板表面の汚染は検出できるが、厚さ方向は水が滴り落ちているときに測るから、その時点では汚染検査できないんだ。
そこで事業所に積み上げてから乾くのを待って、側面を一気に検査する。
もし汚染があればチョークで印付けて、グラインダーで削って、そして返却する。
鉄板の汚染検査だけで1週間かかったよ。」
瓢タンは自慢気に話し終えた。
「ところで、除染と言っても削った鉄粉はそのまま事業所に落ちているから、そのエリアは1000cpm以上の汚染してしまったが、もともと事故後にはそれ以上の汚染があったところだ。セシウムは雨で染み込み、地表面の汚染はなくなりその下の粘土層に溜まる。放射能を減らすことができるのは時間だけ。濃くしても薄くしても放射能自体は時間の関数だから。」
そこで私は疑問を投げかけた。
「そうなると、処理水の放出ってのは一体どうなるんだ。」と。
すると瓢タンの説明はわかりやすかった。
「それは海洋にばらまくんだけど、安全基準以下ならいいわけで、その基準は濃度だから海水で薄めれば基準以下になるんだよ。あれと同じ、フロンてあったけどあれも空気中濃度が濃くなったんで違うものに代えただろう。放射能も大気や海洋の濃度が基準に達するまでは法的には許されるんだよ。」
私はなんだか割り切れなかった。
「ほうう、法的にか。基準に達するまでは使い放題で、基準に達したら原発は禁止で、って、それ今の火力と同じだな、先進国が化石燃料使って工業化を進めてきたらCO2基準に達するんで禁止しようとしたら、これから発展する途上国はどうするんだと。」
瓢タンは割り切っていた。
「ま、早めに汚染しまくったほうが有利だな。工業化とか先端技術とか言っても地球を汚しながら発展したことは間違いない。」
私はイーロンマスクの言葉に疑問を抱いていた。
「イーロンマスクが、地球を捨てて火星を目指しているが、どうなんかね、そんなことに金使うなら地球をきれいにすることに金を使ってほしいな。」
すると瓢タンは割り切ってこう言うのだった。
「ま、遊びだね。宇宙へ行くってのは人類の未来のためではなく単なる金持ちの遊びだ。」
「金を使うなら地球の未来に使ってほしい。」と言うと、瓢タンはまた割り切ってこう言った。
「所詮は生物の本能で、他者より抜きんでようとするから。生命の淘汰と言うか、生き残りのための欲望が遺伝子に組み込まれているんじゃないか。性行為の欲望もそうだろう。よほどお釈迦様みたいな悟った人でない限りその欲望から逃れることはできないだろう。でもお釈迦さまって言うけど、それは伝説の完全無欠であって、他には賢人と言われるソクラテス、孔子なんかは性格的にはどうであれお金の浪費はしないだろうな。専門家は賢人ではないからね、イーロンマスクなんかは専門家だけど賢人ではないから、欲望には勝てないだろう。」
珈琲館での話はそれ以上進まなかった。そこで性行為と愛とは合致するかどうかを聞くのも気が引けた。そこで広野のスナックでその辺を聞くことにした。
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