第19話
「澤山監督の水芭蕉でヒロインの少女役を探していると言うんだ」
事務所に戻った時、社長が言った。
「あの澤山監督ですか!そりゃあ生半な演技じゃ無理でしょう!」
「劇団月にオーディションの話があったんだ
が。いかんせんオーディションを勧められる役者がいない」
「ヒロインは誰なんですか?」
寧々が話に割って入った。
「月島あずさだ」
「あの大女優の?」
月島あずさは35歳。演技派実力派女優として日本中でその名前を知らない者はいなかった。
「月島あずさは18歳から60歳までの生涯を演じる。必要なのは13歳から18歳までの少女時代
だ」
寧々はキュッと表情を引き締めた。
「そのオーディション、私に受けさせて頂けませんか」
「お前には無理だ」
にべもなく社長は答えた。
「青春ドラマとは訳が違う」
「今ある仕事は全部受けます!その後はオーディションに専念させて下さい。私、この映画に出たいんです!本物の女優になりたいん
です!」
寧々は必死に社長を説得した。
以前母が見るように言った矢野が出演していたDVDの中に澤山監督のものもあり、その映画に釘付けになったのを覚えている。
「あの人は2世を認めない。矢野一色の娘という肩書きは通用しないぞ」
「社長、それでは」
「オーディションは2ヶ月後だ。寝る間もないぞ」
「はい!社長、ありがとうございます」
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