【KAC20254】10回目で初めての愛してる【短編】

くるみ

私は信じてるから

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 楽しいような、悲しいような夢


——咲とまた思い出を作れたらいいな



 チュンチュン


 目が覚めた時、そこは病院のベットの上だった。窓から流れる青が心地いい。


「あれ、俺、なんで病院にいるんだ…?」


 状況がよく理解できない。体の痛みはないし、昨日のことははっきり覚えてるから事故にあったわけでもない。なのになぜか足が思うように動かない


 と、俺がこんなよくわからない状況に頭を悩ませていると———


 ガラガラガラ


「失礼しまーす。あ、めぐる起きてるじゃーん!」

「え、え、え、さ、咲!?」


 俺の”彼女”である咲が入ってきた。


 何を隠そう。俺は昨日、ついに、ついに4年間片思いしていた女性、藤村咲と付き合うことができたのだ!

 

 新卒一年目である俺こと九条めぐるは大学を卒業した後、彼女と連絡を取ってなんとか仲良くなり、そして先日告白をし、成功した!

 

 実は昨日はその嬉しさによる興奮で寝付けなかったのだ。寝付けなかった原因の一つに新調したばかりのスマホで咲とずっとチャットしていたことがあるのは秘密である。

 

 いやぁ、初めてのはデートどこ行こうかなぁ!


 と、そんなくだらないことに思考を巡らせていたら気付いたら咲は俺のベットのそばにやってきて———


「めぐる!昨日のこと覚えてる?」

「あ、あぁ、その、俺が咲に告白したことか?それならこの上なくはっきりと覚えてるぞ」

「そっか、めぐる、それは一昨日のことよっ」


 気のせいだろうか、咲の顔が少しだけ寂しそうに見えたのは


 それよりも———



「一昨日!!!?」



 どうやら俺はあまりの興奮で寝付いた後全く起きなかったらしい。そんな俺を心配した親は昨日の朝俺を病院に送ったんだと…

 いやそこまで大袈裟なことする必要あるか?


「それよりめぐる立てる?」

「ん?あぁ、今起きる…あれ?足が思うように動かないような…」

「そうなの…大丈夫?肩貸すよ?」

「あぁ悪い、ありがとう」


 どうやら寝過ぎて脳がまだ正常に働かず、体がうまく動かせないんだとか…


 それよりも、咲が時折見せるどこか思い詰めたような顔はなんなのだろうか?

 



♢♢♢




 咲に肩を貸してもらい俺達は俺の面倒を見てくれたらしい先生の元に寄った。

「うん、異常ないね!よし、退院!」

「え、え、…え?」


 え?なんかされるがままに退院の準備が整い、家に帰ることに。さらに会社の方に連絡したらなんか大変そうだから一ヶ月休みくれるとか言われたし。…え、こんな適当なことある?

 しかも、


「めぐる!今日から私たち同棲することになってるから!」


 え?え?え?


 どうやら俺にようやく彼女が出来たことに喜んだ両親は病院で咲と出会った時にかなり話しが弾んで最終的に「咲ちゃん一人暮らしならめぐると同棲したらどう?」という話題になったんだと。

 しかも昨日のうちに俺の部屋の荷物とか全部咲の家(正確には咲と俺の家)に運び終わってるらしい。…いや早すぎだろ


「水族館いこ!」


 そんな驚き続けている俺をよそに気付いたら俺達は家に帰ってきてデートの予定を立てていた。



♢♢♢



「めぐるー!はーやーくー!」

「わかったから、あんまり急がなくても水族館は逃げないぞ」

「時間がにげちゃうんだよぉーはやく!いくよ!」

「わかったわかった」

 

 俺はこんないつでも今を楽しむ彼女が好きになったんだよなぁ。


 

 俺たちが家に帰ってきて2日目俺達は水族館に来ていた。

 人間の慣れとは怖いもので、最初は緊張していたはずの俺も気付いたら熟年夫婦のようなやりとりを咲と出来るくらいには慣れていた。

 

 

「あれは、アザラシか!」

「ほんとだ!あのね!アザラシってね!——」


 どうやら咲は水族館に詳しいらしい。

新しい彼女の一面を知れて俺は満足である!




♢♢♢



 俺たちが同棲を始めて29日目、そろそろ一ヶ月が経つ。

 あれから俺たちは遊園地や動物園、温泉旅行など思いつく限りのデートをした。


「あのさめぐる、そろそろ付き合って一ヶ月だし、結婚とか考えてみない?」

「…結婚!!?」


 俺達は家でくつろいでいると、咲はそんな爆弾発言をかましてきた。

 それを聞いた俺は飲みかけのお茶を吹き出した。恥ずかしい…


「そう、結婚。どう?」

「い、いやぁ、まだ早いんじゃないかなぁ?ほら!まだ時間はたくさんあるし!」

「…うん、そうね」


 しまったあぁぁぁぁぁぁ!なにやってんだ俺のバカ!彼女からのプロポーズを断るバカがどこにいる!

 

「…買い物行ってくるね?」

「う、うん」


 あぁぁぁぁ!「う、うん」じゃねえよ俺!


 悲しそうな声で咲は出かけた。

そして俺はうまく言葉を返せないまま家を出る咲の背中を見続けることしか出来なかった。


 やばい!どうしよう!なんとかして咲の機嫌を直さないと!そうだ!咲の部屋ならなんか探せるんじゃないか?


 ということで焦った俺は咲に部屋には入らないでねと言われたことなど忘れて咲の部屋に入るのだった。



「ここが咲の部屋か、流石咲だ!しっかり掃除がされてる。ん?これはアルバム?」


 咲の部屋に入って最初に机の上にあるアルバムが目に入った。

 

「ふふっ、咲、こんなに写真撮ってたのか」


 水族館デートの写真、遊園地デートの写真、温泉旅行の写真、しかもおんなじポーズの写真ばっかり入れてるせいでもうアルバムのページがなくなるじゃないか。


「よし、新しいアルバムでもプレゼントしようかな」


 そのアルバムを見ながら俺は咲に新しいアルバムをプレゼントすることに決めた。


 そう考えながらアルバムをめくっていると一枚の写真に目が入った。

 

 

 俺こん時こんな髪の毛短かったか?



————その時だった。今までの積み重なった違和感のピースがハマったのは…





♢♢♢



「ただいまー、めぐるー?起きてるー?」

「…うん」

「…さっきの発言は今日は忘れて、少し生き急いじゃったの、それよりね、今日は卵が安かったから晩御飯はめぐるの大好きなオムライス!」


 荷物をキッチンまで運んだ咲はキッチンまで行き、料理を始める。


「なぁ咲、」

「なに?」

「なんで俺がオムライスが好きなこと知ってるんだ?」

「それは、めぐるのお母さんから聞いたの!」

 

 窓からオレンジ色の光が差し込む


 俺は違和感に気付かなかったのではなく気付きたくなかったのかもしれない。



「俺の母さんの記憶では俺はオムライスが嫌いだったはずだ。俺がオムライスが好きになったのは社会人になってからだ。その時には俺は社内食堂の料理ばかり食べてたからオムライス好きになってから母さんの料理を食べた回数は数えるほどだし、内容もある程度覚えてる。

 もう一度聞くぞ、なぜ咲は俺がオムライスが好きなことを知っているんだ?」



 だって気付いてしまったら、思い出してしまったらもう笑えないから



「そ、それは…」



あぁ、涙が溢れそうだ、我慢しろ俺

 


「なぁ咲、教えてくれ、咲の目の前にいる俺は


“何人目の九条めぐるなんだ?”」


「っ…!?いつから…気付いて——」


 最初からヒントはあったんだ。


 病院の先生や会社の人、そして咲も俺が退院する時いくらなんでもスムーズすぎた。

 俺が寝ていたたった1日で引越しが完了することがあるか?

 しかもどうやって咲はたった数時間で俺の親と出会った?おかしくないか?

 だってそういえば俺は親に”彼女が出来たことなんて伝えていなかった”から



「さっき咲の部屋にあったアルバムを見た時に全部思い出したよ。」

「っ…そう、入ったのね…」


 全て思い出した。俺の記憶は一ヶ月でリセットされること。そしてその記憶は咲と付き合えた日までしか保存されないこと。そして、


———俺が咲を庇ってトラックに轢かれたこと



「生きてるのが奇跡だって言われたの、めぐるがトラックに轢かれた次の日、先生に。ただ後遺症で足が少し不自由になるって、そして、

記憶が…

 その時の私の気持ちわかる?生きててくれてありがとうっていう気持ちともう会えないかもっていう気持ちと、それから、それからっ…」


 もう言わなくていい、言わないでくれ!

そんな咲の顔はもう見たくない…!


「めぐる、もう一度言うね?」



 私と結婚してください



「…ごめんなさい」



 きっと咲もわかっていたはずだ。俺がこう答えることを。そして俺が次にこの言葉を言うことを…



「咲、俺たち別れよう…」

「っ…、嫌、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!めぐるがなんでそういうのか、めぐるが今からなにするか全部わかってる!でも諦められないの!

 お願い!結婚という形でめぐるとの愛を繋ぎ止めたいの!」


「…ごめん」

「そう…わかったわ…ねぇめぐる、とりあえずご飯食べよっか!めぐるの大好きな甘口にするから楽しみにしててねっ!」

「うん…」


 同棲から29日目。始めて俺達は食事中に口を聞かなかった。


「今日は寝よっか、明日色々話そ?」

「…あぁ、」


 ご飯を食べ終わると咲からそんな提案を受ける。

 そして俺達はそれぞれの部屋に行き、


そして俺は家を出た。



 きっと咲も俺がこうすることに気付いてるし、知っていたはずだ。なのにこうしやすいように咲は俺に提案してくれたのだ。


 明日なんてないかも知れないのに


 走って走って走って…そして俺は公園にたどり着いた。

 思い出の公園。

 俺達が”初めて”デートした公園。


 咲にはもう俺という呪いに縛られて欲しくない、咲には俺と違って未来がある。だから、俺のことなんて忘れてくれたらいいのに…


 でも、もし神様がいるなら、もしお願いをひとつ叶えてくれるとしたら、俺はこう呟くだろうなぁ




 ———あぁ、もう一度だけ、咲とまた思い出を作れたらいいのにな…と

 



 そんな俺の”声”は漆黒に消えてった———




♢♢♢

 



チュンチュン


 目が覚めた時、そこは病院のベットの上だった。窓から差し込む青が心地いい。


「あれ、俺、なんで病院にいるんだ…?」


 状況がよく理解できない。体の痛みはないし、昨日のことははっきり覚えてるから事故にあったわけでもない。なのになぜか足が思うように動かない


 と、俺がこんなよくわからない状況に頭を悩ませていると———


 ガラガラガラ


「失礼しまーす。あ、めぐる起きてるじゃーん!」

「え、え、え、さ、咲!?」


 俺の”彼女”である咲が入ってきた。


 気付いたら咲は俺のベットのそばにやってきて———


「めぐる!昨日のこと覚えてる?」

「あ、あぁ、その、俺が咲に告白したことか?それならこの上なくはっきりと覚えてるぞ」

「そっか、めぐる、それは一昨日のことよっ」




—————————————————————



 またダメだった。でも私は信じてる。

 もう”めぐる”との別れを経験しなくてよくなることを…

 そして、めぐるに伝えるんだ…




———“10回目で初めての愛してる”を

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【KAC20254】10回目で初めての愛してる【短編】 くるみ @hidarihashinoarietti

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