## 【闇の都】境界と均衡の力

金の塔の移動装置に全員が乗り込んだ。メタリウスが金の鍵を中央の紋章にかざし、古代語で呪文を唱えた。


「星の継承者の血よ、道を開け。闇の都ウンブラへの道を示せ」


レインの左手の痣が反応し、台座全体が金色から紫と黒の光へと変わり、彼らを包み込んだ。


世界が白い光に包まれ、次に目を開けた時、彼らは全く異なる環境に立っていた。周囲は暗く、わずかに紫色の光だけが空間を照らしていた。塔は黒い石で作られているようで、壁には星や月のような模様が刻まれていた。


「闇の都ウンブラ…」ファリオンが静かに言った。


塔の窓から外を見ると、驚くべき光景が広がっていた。都市全体が永遠の夜に包まれ、建物は黒い石と紫の結晶で作られていた。空には無数の星が輝き、それが都市を照らす唯一の光源のようだった。建物の形状は非現実的で、物理法則に反するような角度や構造を持っていた。


「ここは…」エリナは言葉を失った。


「闇の都は現実と影の境界に建設された」ファリオンは説明した。「昼が訪れることのない永遠の夜の中にある」


「どうして光がないのに、ものが見えるんだ?」ルークが不思議そうに周囲を見回した。


「闇の光だ」テラムスが答えた。「目に見える光ではなく、心に直接届く光。闇の都独特の現象だ」


「気分が悪くなりそう…」シルヴィアが顔をしかめた。「重力が変わったような感じがする」


「ここでは物理法則が少し異なる」シルヴァーナスが説明した。「慣れるまで時間がかかるわ」


「闇の守護者はどこだ?」レインが尋ねた。


レインは左手の痣に意識を集中させた。闇の鍵の存在を感じ取る。それは塔の下、都市の中心部を指していたが、通常よりも感覚が曖昧だった。


「下の方だと思う」レインは言った。「でも、感覚が…ぼやけている」


「闇の都では方向感覚が狂うことがある」メタリウスが説明した。「私たちが案内しよう」


彼らは塔を降り、闇の都へと足を踏み入れた。道は黒い石で舗装され、時折紫の光を放つ結晶が埋め込まれていた。建物は非対称で、時に視界の中で形が変わるように見えた。空には見たこともないような星座が輝いていた。


「この都市は…現実なのか?」エリナが不安そうに尋ねた。


「現実と非現実の境界だ」ファリオンが答えた。「両方の性質を持っている」


道を進むと、彼らは大きな広場に出た。その中央には巨大な黒い球体があり、その周りを紫の光が渦巻いていた。


「闇の神殿だ」テラムスが言った。


神殿に近づくと、球体の表面に亀裂が走り、開口部が現れた。内部は星空のように無数の光点で満たされていた。


「ウンブラリウス!」シルヴァーナスが呼びかけた。「闇の守護者よ、来客よ!」


長い沈黙が続いた後、内部から声が聞こえてきた。それは一人の声というよりも、複数の声が重なったような不思議な響きだった。


「星の継承者が来たか…」


神殿の内部から一人の人物が現れた。黒と紫のローブを身にまとい、その姿は常に微かに揺らいでいた。顔は見えず、フードの下には星空のような無数の光点が見えるだけだった。


「ウンブラリウス」テラムスが一歩前に出た。「我々は最後の鍵を求めてきた」


「知っている」ウンブラリウスの声は不思議なこだまを持っていた。「全ては予見された。星の継承者の到来も、結社の動きも」


「では、助けてくれるのか?」メタリウスが尋ねた。


「それはまだ決まっていない」ウンブラリウスは答えた。「星の継承者の価値を見極めねばならない」


ウンブラリウスの「視線」がレインに向けられた。フードの下の星空が彼を見つめているようだった。


「六つの星が既に輝いている」ウンブラリウスは言った。「風、火、水、地、木、金…あと一つで完成だ」


「我々は闇の鍵を求めてきました」レインが一歩前に出た。「『黒翼の結社』が星の継承の儀式を行おうとしています。彼らを止めるために力が必要なんです」


「結社…」ウンブラリウスの声が低くなった。「彼らは均衡を乱そうとしている。光と闇のバランスを崩そうとしている」


「助けてください」レインは真剣に頼んだ。「仲間たちが捕らえられています。そして世界が危機に瀕しているんです」


「中に入りなさい」ウンブラリウスは言った。「そして真実を語りなさい」


神殿内部は外見以上に不思議な場所だった。内側は無限の宇宙のように広がり、床を歩いているようでありながら、同時に宇宙空間を漂っているような感覚があった。周囲には星々が瞬き、時折流れ星が通り過ぎていく。


ウンブラリウスは彼らを中心部へと導いた。そこには七つの座席が円を描くように配置されており、その中央に黒い台座があった。


「座りなさい」ウンブラリウスが指示した。


全員が座ると、周囲の星々が明るく輝き、彼らの旅の光景を映し出し始めた。風の都での出来事、星の間でのアレン・スターライトとの会話、仲間たちの救出と捕虜、そして鍵を集める旅のすべてが、まるで映画のように再生された。


「私は既に全てを知っている」ウンブラリウスは言った。「だが、お前自身の言葉で語りなさい。星の継承者よ、お前は何を求めている?」


レインは考えた。これまで多くの守護者から同じような質問をされてきた。しかし今回は、最も根本的な問いに答える必要があると感じた。


「私は…正義を求めています」レインは静かに答えた。「両親の仇を討つこと、仲間を救うこと、そして世界を守ること。これらすべてが私の目的です」


「それは正義か?」ウンブラリウスは問うた。「それとも復讐か?」


「最初は復讐だったかもしれません」レインは正直に認めた。「でも今は違います。私は多くの人々の命がかかっていることを知っています。個人的な感情だけで行動するわけにはいきません」


「では、星の力をどう使うつもりだ?」ウンブラリウスは尋ねた。「共有か、封印か?」


「まだ決めていません」レインは答えた。「両方に理由があり、どちらが正しいのかわからない」


「なぜ決められない?」ウンブラリウスは追及した。「六つの鍵を手に入れ、多くの試練を乗り越えてきたというのに」


「それは…」レインは言葉を選んだ。「この選択が単なる善悪の問題ではないからです。力の共有は理想的ですが、それが3000年前の悲劇を引き起こしました。かといって、永久に封印すれば、人類は古代の知恵を失うことになる」


「境界線上の選択だ」ウンブラリウスは静かに言った。「光と闇の間に立つ決断」


「はい」レインは頷いた。「だからこそ、全ての情報を集め、慎重に考えたいのです」


「賢明だ」ウンブラリウスは承認した。「闇は急がない。星が形成されるには時間がかかる。だが、決断の時が来れば、その選択が世界の運命を決める」


ウンブラリウスは立ち上がり、黒い台座に向かった。「私は闇の鍵を与えよう。だが、試練はある」


「どんな試練ですか?」レインが尋ねた。


「闇の精霊との契約だ」ウンブラリウスは言った。「闇の精霊は境界と均衡を司る。お前の心の闇と光のバランスを試すだろう」


ウンブラリウスは台座から黒い結晶を取り出した。闇の鍵は星型をしており、その中に紫の光が渦巻いていた。


「台座の前に立ちなさい」ウンブラリウスが指示した。


レインは言われた通りに台座の前に立った。


ウンブラリウスは闇の鍵をレインの左手に置いた。


「精霊を呼び出すには、お前自身の闇と向き合わなければならない」彼は言った。「恐れずに受け入れよ」


レインは目を閉じ、心の奥底にある闇に意識を向けた。両親を失った悲しみ、復讐心、恐怖、不安…すべての負の感情を認識する。左手の痣が黒く輝き始め、闇の鍵も応えるように光を放った。


「闇の精霊よ」ウンブラリウスが古代語で唱えた。「星の継承者が来た。彼の価値を試せ」


レインの周りの空間が歪み、星々が消え、完全な闇に包まれた。彼の意識が現実から離れ、別の場所へと運ばれていく感覚があった。


レインは無限の闇の中に立っていた。自分の体すら見えない完全な暗闇。しかし不思議なことに、恐怖は感じなかった。


「闇の精霊よ」レインは呼びかけた。


返答はなかったが、闇の中に一筋の光が現れ、レインの前で人型の姿を形成した。それは光と闇が混ざり合った存在で、常に形を変えていた。


『星の継承者よ』闇と光の形が声を発した。それは心に直接響く声だった。『何のために私の力を求める?』


「仲間を救うため」レインは答えた。「そして、星の力が悪用されるのを防ぐため」


『闇をどう見るか?』精霊は問うた。『闇は敵か、それとも味方か?』


これは深い質問だった。レインは慎重に答えた。


「闇は敵でも味方でもありません。闇は光と同じく、世界の一部です。両方が必要であり、バランスが重要だと思います」


『賢明な答えだ』精霊は承認した。『では、お前自身の闇と向き合え』


突然、レインの前に映像が現れた。それは両親が殺された夜の記憶だった。隠れていた幼いレインが見た、結社のメンバーたちが両親を追い詰める場面。そして、アーサー・ノイマンの冷酷な笑みと、両親の最期の瞬間。


『この記憶から何を感じる?』精霊は尋ねた。


「怒り…悲しみ…そして復讐心」レインは正直に答えた。「彼らを許せない」


『その感情は闇か?』


「…はい」レインは認めた。「でも、それだけではありません。両親への愛、正義への願い、世界を守りたいという思いもあります」


『光と闇が混在している』精霊は言った。『それが人間の本質だ』


映像は変わり、今度はレインが仲間たちと過ごした日々が映し出された。エリナとの出会い、ルークとの友情、シルヴィアの優しさ、そして守護者たちとの旅。


『この記憶からは何を感じる?』


「幸せ…感謝…そして決意」レインは答えた。「彼らを守りたい」


『その感情は光か?』


「はい」レインは頷いた。「でも、失うことへの恐れもあります」


『再び、光と闇が混在している』精霊は言った。『完全な光も、完全な闇も存在しない。すべては境界の上にある』


映像は消え、再び無限の闇が広がった。しかし今度は、闇の中に無数の小さな光点が現れ始めた。星のように。


『お前の試練はこれだ』精霊は言った。『光と闇のバランスを見つけよ』


レインの前に二つの球体が現れた。一つは明るく輝く光の球、もう一つは深い闇を湛えた球。


『どちらかを選べ』精霊は命じた。『光か、闇か』


レインは二つの球体を見つめた。どちらも魅力的であり、どちらも危険を秘めているように感じた。


「どちらも選びません」レインは言った。


『なぜだ?』精霊は問うた。


「光だけでは影が濃くなり、闇だけでは何も見えません」レインは説明した。「必要なのはバランスです。両方が必要なんです」


『では、どうする?』


レインは両手を伸ばし、光と闇の球体を同時に掴んだ。彼の左手の痣が反応し、二つの球体が混ざり合い始めた。光と闇が渦巻き、新たな球体を形成した。それは星空のように、闇の中に光が点在する美しい球だった。


『見事だ』精霊は満足げに言った。『お前は境界を理解している。光と闇の均衡を見出した』


「これが真実だと思います」レインは新たな球体を見つめながら言った。「完全な光も、完全な闇も正解ではない。バランスこそが重要なんです」


『もう一つ質問がある』精霊は言った。『星の力をどう使うつもりだ?共有か、封印か?』


「まだ決めていません」レインは正直に答えた。「両方に理由があり、どちらが正しいのかわからない」


『決断を避けているのか?』


「いいえ」レインは首を振った。「バランスを探しているのです。単純な二者択一ではなく、第三の道があるかもしれません」


『第三の道?』精霊は興味を示した。


「はい」レインは考えを言葉にした。「完全な共有でも、完全な封印でもない何か。光と闇のバランスのように、力と制限のバランスを見つけるべきかもしれません」


闇の精霊は長い沈黙の後、『理解した』と言った。『闇は秘密を守る。だが、決断の時が来れば、星空のように、闇の中にも光を見出せ』


「わかりました」レインは頷いた。


『契約を結ぼう』精霊は言った。『私の力を授ける。だが覚えておけ、闇は隠し、守ると同時に、飲み込み、消す力も持つ。選ぶのはお前だ』


均衡の感覚が左手から全身に広がった。痣が黒く輝き、その模様に変化が生じた。七つの星全てが完全な輝きを放ち始めた。


闇の鍵が溶け込むように、レインの左手に吸収された。


レインの意識が現実世界に戻ると、彼は神殿の台座の前に立っていた。周囲にはエリナたちが見守っていた。


「成功したようだな」ウンブラリウスは満足そうに言った。「闇の精霊はお前を認めた」


「何があったの?」エリナが心配そうに尋ねた。「しばらく動かなくて…」


「闇の精霊との対話です」レインは説明した。「試練を受けていました」


レインは左手を見た。痣の模様が完全に変化し、風、火、水、地、木、金、闇を象徴する七つの星が完全な輝きを放っていた。星々は円を描き、その中心に大きな星が形成されつつあった。体の中にも新たな力が流れているのを感じる。より均衡がとれ、完全になった感覚だった。


「これで七つの鍵が揃った」レインは言った。「星の杖を作り出せる」


「だが、それにはまだ最後の儀式が必要だ」ウンブラリウスが言った。「星の間で行わなければならない」


「星の間?」レインは疑問に思った。「風の都の星の門を通れば行けますか?」


「いいえ」ウンブラリウスは首を振った。「風の都の門は入口に過ぎない。真の星の間は星の城にある」


「でも、星の城は結社に占拠されています」シルヴィアが指摘した。


「だからこそ、我々は星の城に向かわなければならない」テラムスが言った。「レインの仲間たちを救出し、結社の計画を阻止するために」


「時間がない」メタリウスが言った。「満月まであと三日しかない」


「我々全員で行こう」シルヴァーナスが提案した。「四人の守護者と星の継承者の力があれば、勝機はある」


「同意する」ウンブラリウスは頷いた。「だが、その前に…」


ウンブラリウスは小さな黒い石をレインに渡した。


「境界の石だ」彼は説明した。「危機の時に使え。現実と影の境界を一時的に曖昧にし、敵の攻撃を回避することができる」


「ありがとうございます」レインは石を大切に受け取った。


「さあ、準備をしよう」ファリオンが言った。「星の城への最終決戦だ」


神殿を出る前に、ウンブラリウスはレインを呼び止めた。


「星の継承者よ」彼は静かに言った。「最後の警告がある」


「何ですか?」レインが尋ねた。


「アーサー・ノイマンは表面上見えるよりも危険だ」ウンブラリウスは言った。「彼は自分の命と引き換えに禁断の力を得た。その力は通常の魔法では対抗できない」


「どうすれば彼を止められますか?」


「彼の力の源は彼自身の闇だ」ウンブラリウスは説明した。「その闇を光で満たせば、彼の力は弱まる」


「光で満たす?」レインは理解できずに尋ねた。


「時が来れば分かるだろう」ウンブラリウスは神秘的に言った。「お前の中の光と闇のバランスが、最終的な答えを示す」


レインは考え込みながら頷いた。


一行は闇の塔へと向かった。時間は刻々と過ぎていく。満月まであと三日。最終決戦の時が近づいていた。


レインは左手の痣を見つめた。七つの星が完全に輝き、中心に新たな星が形成されつつあった。星の杖の力が目覚めようとしている。


星の継承者としての使命を果たす時が来た。

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