## 【水の都】流れる知恵と癒しの力
朝の光が風の神殿を照らす中、一行は出発の準備を整えていた。シルヴィアの容態は安定しているものの、黒魔法の痕跡は完全には消えていない。彼女は意識を取り戻し、自分で歩けるようになっていたが、左腕の痛みは続いていた。
「移動はどうするんだ?」ルークが尋ねた。「徒歩では時間がかかりすぎる」
「風の塔の移動装置を使おう」ファリオンが提案した。「水の都への直接の経路があるはずだ」
中央広場の風の塔に向かう途中、彼らは破壊された建物や散乱した遺物を目にした。結社の襲撃による被害は想像以上に大きかった。
「あれほど美しかった都市が…」エリナは悲しげに周囲を見回した。
「3000年の時を超えて守られてきたものが、一日で破壊されてしまった」ファリオンの声には深い悲しみが込められていた。
風の塔に到着すると、彼らは上層階の移動装置のある部屋へと向かった。円形の台座は前回レインとファリオンが使用した時と同じく、中央に風の紋章が刻まれていた。
「全員乗れ」ファリオンが指示した。
五人全員が台座に乗ると、ファリオンは風の鍵を取り出し、紋章にかざした。
「星の継承者の血よ、道を開け」彼は古代語で唱えた。「水の都アクアロンへの道を示せ」
レインの左手の痣が反応し、台座全体が青く輝き始めた。光が渦を巻き、彼らを包み込む。
世界が白い光に包まれ、体が宙に浮いたような感覚があった。そして一瞬後、光が収まると、彼らは全く異なる場所に立っていた。
周囲は青と緑の色調に満ちていた。透明な壁を通して、外には広大な水中世界が広がっている。魚の群れや水草が揺れる様子が見え、まるで巨大な水族館の中にいるようだった。
「アクアロン…水の都へようこそ」ファリオンが言った。
「ここは…水の中なのか?」ルークが驚いて周囲を見回した。
「ああ」ファリオンは頷いた。「水の都は大湖の底に建設された。古代の技術で水を押しのけ、呼吸可能な空間を作り出している」
彼らが立っている塔も風の塔と似た構造だったが、こちらは青い光を放ち、壁には波や水生生物のモチーフが刻まれていた。
「息苦しくないのは不思議ね」エリナが感嘆した。
「空気は常に浄化され、循環している」ファリオンは説明した。「古代人の環境制御技術は驚異的だ」
「水の守護者はどこにいるんだ?」レインが尋ねた。
レインは左手の痣に意識を集中させた。水の鍵の存在を感じ取る。それは塔の下、都市の中心部を指していた。
「下の方だ」レインは言った。
彼らは塔を降り、水の都へと足を踏み入れた。風の都とは対照的に、ここではすべてが青と緑で彩られていた。建物は流線型で、まるで水流に形作られたかのような曲線を描いている。道路は透明な素材で作られ、その下を水が流れているのが見えた。
「美しい…」シルヴィアは痛みを忘れたかのように周囲を見回した。
「水の神殿はあそこだ」ファリオンが前方の大きな建物を指さした。それは巨大な貝殻の形を模した神殿で、入口は渦を巻く水の幕で覆われていた。
神殿に近づくと、水の幕が波打ち、彼らの前で分かれた。
「誰か来たようね」
柔らかな女性の声が響き、神殿の入口から一人の女性が現れた。青と緑のローブを身にまとい、長い銀色の髪を持つ美しい女性だった。年齢は定かではないが、その目は古代の知恵を宿しているようだった。
「アクアリア」ファリオンは敬意を込めて頭を下げた。「久しぶりだな、水の守護者よ」
「ファリオン」アクアリアと呼ばれた女性は微笑んだ。「風の守護者が訪れるとは…時代は動き始めたようね」
彼女の視線がレインに向けられた。「そして、これが新たな星の継承者?」
「はい」レインは礼儀正しく頭を下げた。「レイン・グレイソンと申します」
アクアリアはレインの左手の痣を見て、目を見開いた。「二つの星が既に輝いている…風と火の力を得たのね」
「イグニウスにも会ったんだ」ファリオンが説明した。「だが、彼は今…」
「知っているわ」アクアリアは静かに言った。「水は全てを映し出す。あなた方の旅も、結社の動きも」
「では、私たちが来た理由も?」エリナが尋ねた。
「ええ」アクアリアはシルヴィアに視線を向けた。「黒魔法の傷を治すために来たのでしょう」
「治せますか?」ルークが切実に尋ねた。
「水の力は治癒と再生を司る」アクアリアは頷いた。「中に入りなさい。力を貸しましょう」
神殿内部は予想以上に広く、天井からは青い光が降り注いでいた。中央には大きな円形の池があり、その水は淡く輝いていた。
「これは生命の泉」アクアリアが説明した。「古代から続く癒しの水。あらゆる傷を癒す力を持つ」
シルヴィアをその池の傍らに座らせ、アクアリアは水の鍵を取り出した。青い結晶は水滴の形をしており、その中で小さな渦が見えるようだった。
「星の継承者」アクアリアがレインを呼んだ。「あなたの力も必要です」
レインは池の反対側に立ち、左手の痣を輝かせた。アクアリアが水の鍵を池に浸すと、水全体が青く輝き始めた。
「シルヴィア、腕を水に浸してください」アクアリアが指示した。
シルヴィアは恐る恐る左腕を池に浸した。最初はわずかに痛みを感じたようだったが、すぐにその表情が和らいだ。
「気持ちいい…」彼女は驚いたように言った。
水の中で、黒い筋が徐々に溶け出していくのが見えた。アクアリアは古代語で何かを唱え、水の流れを操作した。レインも左手の痣から力を送り、治癒の過程を助けた。
数分後、シルヴィアの腕から黒い筋が完全に消え、健康的な色を取り戻していた。
「治った!」シルヴィアは喜びの声を上げた。彼女は腕を動かし、痛みが消えたことを確認した。
「黒魔法の毒は完全に除去されました」アクアリアは微笑んだ。「もう心配ありません」
「ありがとうございます」ルークが深々と頭を下げた。
治療が終わった後、アクアリアは一行を神殿の奥へと案内した。そこには大きな水晶球のような装置があり、様々な場所の映像が映し出されていた。
「水の鏡」アクアリアが説明した。「遠くの出来事を映し出す古代の装置です」
「イグニウスの神殿にも似たものがあった」レインは言った。
「七つの都市には、それぞれ特有の観測装置がある」ファリオンが説明した。「風の都には風の耳、火の都には火の眼、水の都には水の鏡といった具合にね」
アクアリアは水の鏡に手をかざした。「あなた方が気にかけている人々の様子を見せましょう」
水晶球の中に映像が浮かび上がった。星の城の一室、そこにはマーカス教授とオルドリッチ館長が魔法の檻に閉じ込められていた。二人とも無事のようだったが、疲れた様子だった。
「生きている!」エリナが安堵の声を上げた。
「だが、イグニウスの姿がない」ファリオンが心配そうに言った。
アクアリアは再び水晶球に手をかざした。映像が切り替わり、別の部屋が映し出された。そこには特別な魔法の檻があり、その中にイグニウスが閉じ込められていた。彼は重傷を負っているようだったが、まだ意識はあるようだった。
「イグニウス…」ファリオンは悲痛な表情を見せた。
「彼らは三人とも生きている」アクアリアは言った。「だが、結社は彼らを利用しようとしている」
「どういう意味だ?」レインが尋ねた。
「アーサー・ノイマンは、守護者たちから情報を引き出そうとしている」アクアリアは説明した。「そして、彼らの持つ知識を星の継承の儀式に利用しようとしている」
「守護者たちが協力するとは思えないが」ルークが言った。
「彼らは強制はできないでしょう」アクアリアは頷いた。「だからこそ、彼らは別の方法を探っている」
水晶球の映像が再び変わり、星の城の中央神殿が映し出された。そこではアーサーを中心に、多くの結社メンバーが何かの準備を進めていた。七つの祭壇が円を描くように配置され、中央には大きな装置が設置されていた。
「これは…」ファリオンが息を呑んだ。「星の継承の儀式の準備だ」
「だが、彼らには七つの鍵がない」レインは指摘した。「どうやって儀式を完成させるつもりだ?」
「彼らは別の方法を見つけたようです」アクアリアは憂慮の表情を見せた。「守護者から直接力を抽出しようとしている」
「それは可能なのか?」エリナが尋ねた。
「危険ですが、不可能ではない」アクアリアは答えた。「守護者の命と引き換えに、鍵の力を奪うことができる」
「だから彼らをまだ生かしているのか…」ファリオンは理解した。「いずれ儀式の生贄にするつもりなんだ」
「それを止めなければ」レインは決意を固めた。「仲間たちを救い、結社の計画を阻止する」
「そのためには、残りの鍵を集める必要がある」アクアリアは言った。「水の鍵も、あなたに授けましょう」
「本当に?」レインは驚いた。「試練はないのですか?」
「あなたはすでに二つの精霊と契約している」アクアリアは微笑んだ。「そして、友を救うために力を使った。それが私の試練への回答です」
アクアリアは水の鍵をレインに差し出した。「だが、水の精霊との契約は必要です」
レインは水の鍵を受け取り、左手に握った。痣が青く輝き、水の鍵も応えるように光を放った。
「水の精霊よ」レインは心の中で呼びかけた。「力を貸してください」
レインの意識の中に、新たな存在が現れた。それは風や火の精霊とは異なり、穏やかで流れるような存在。言葉ではなく、イメージと感情で会話してくる。
『星の継承者よ』水の精霊の声が心に響いた。『何のために私の力を求める?』
「仲間を救うため」レインは正直に答えた。「そして、星の力が悪用されるのを防ぐため」
『お前の心を見せよ』精霊は命じた。
レインの心に様々なイメージが流れ込んだ。両親との思い出、学院での日々、エリナとの出会い、そして友人たちとの旅。全てが水面に映る映像のように鮮明に。
『お前の心に偽りはない』精霊は満足げに返した。『水は真実を映し出す。お前の意図は純粋だ』
「力を貸してもらえますか?」
『契約を結ぼう』精霊は承認した。『私の力を授ける。だが覚えておけ、水は生命を育むと同時に、全てを飲み込む力も持つ。選ぶのはお前だ』
清涼感が左手から全身に広がった。痣が青く輝き、その模様に変化が生じた。七つの星のうち、三つ目が水のように揺らめき始めた。
水の鍵が溶け込むように、レインの左手に吸収された。
「契約が成立した」アクアリアは満足そうに言った。「水の精霊はあなたを認めました」
「これで三つ目の鍵だ」ファリオンも喜びの表情を見せた。
レインは左手を見た。痣の模様が変化し、風、火、水を象徴する三つの星が輝いていた。体の中にも新たな力が流れているのを感じる。
「残りは四つ」レインは言った。「地、木、金、そして闇の鍵だ」
「次はどこへ向かいますか?」エリナが尋ねた。
レインは左手の痣に意しを集中させた。残りの四つの光のうち、最も近いものを感じ取る。それは南の方向を指していた。
「南だ」レインは言った。「次の鍵は南にある」
「それは地の都テラノスでしょう」アクアリアは言った。「天脈山脈の南端、渓谷の中にある都市です」
「そこへ行こう」レインは決意を示した。「できるだけ早く全ての鍵を集めなければ」
「その前に」アクアリアは水の鏡を再び操作した。「見ておくべきことがあります」
水晶球の中に、新たな映像が浮かび上がった。それは結社の幹部たちの会議の様子だった。アーサー・ノイマンを中心に、数人の黒衣の人物が円卓を囲んでいた。
「儀式の準備はどうだ?」アーサーが尋ねていた。
「順調です」一人の幹部が答えた。「捕らえた守護者からの力の抽出実験も成功しました」
「グレイソンの居場所は?」
「まだ特定できていません」別の幹部が答えた。「風の都から逃げた後、痕跡が消えています」
「探し出せ!」アーサーは机を叩いた。「彼なしでは完全な儀式はできん!」
「しかし、代替手段も…」
「それは最後の手段だ」アーサーは冷たく言った。「できれば彼の力を利用したい。それが最も確実だ」
「あと何日で儀式の準備が整いますか?」別の幹部が尋ねた。
「七日後の満月の夜」アーサーは答えた。「その時、星の力が最も強まる。それまでに全てを整えなければならない」
映像がそこで消えた。
「七日…」ルークが呟いた。「それが我々の期限だ」
「急がなければ」エリナが言った。
「地の都への移動はどうしますか?」シルヴィアが尋ねた。彼女は完全に回復し、以前の活力を取り戻していた。
「水の塔の移動装置を使いましょう」アクアリアが言った。「直接、地の都へ行くことができます」
「あなたは来ないのですか?」レインがアクアリアに尋ねた。
「私は水の都を守らなければなりません」彼女は答えた。「特に今は、結社が動き始めている時。どの都市も無防備ではいられません」
「理解できます」レインは頷いた。
アクアリアは彼らを水の塔へと案内した。移動装置のある部屋は風の塔のものと似ていたが、こちらは青い光に包まれ、床には水が薄く流れていた。
「地の守護者テラムスは頑固な老人です」アクアリアは忠告した。「彼を説得するのは容易ではないでしょう」
「何とかします」レインは決意を示した。
「そして、これを持っていきなさい」アクアリアは小さな水晶のフラスコをレインに渡した。「生命の泉の水です。緊急時に役立つでしょう」
「ありがとうございます」レインはフラスコを大切に受け取った。
五人全員が台座に乗ると、アクアリアは水の鍵の代わりとなる小さな青い結晶を取り出し、中央の紋章にかざした。
「星の継承者の血よ、道を開け」彼女は古代語で唱えた。「地の都テラノスへの道を示せ」
レインの左手の痣が反応し、台座全体が青く輝き始めた。光が渦を巻き、彼らを包み込む。
「さようなら、星の継承者」アクアリアの声が聞こえた。「あなたの選択が、世界の運命を決めるでしょう」
世界が白い光に包まれ、感覚が失われた。
次に目を開けた時、彼らは全く異なる環境に立っていた。周囲は茶色と金色の色調に満ちていた。高い天井からは、岩の隙間を通して細い光が差し込んでいる。壁には精巧な鉱物や結晶が埋め込まれ、床は磨かれた石で覆われていた。
「地の都テラノス…」ファリオンが静かに言った。
塔の窓から外を見ると、巨大な地下空洞に広がる都市が見えた。建物は岩を削り出したようなデザインで、多くの彫刻や浮き彫りで装飾されていた。都市全体が褐色の光に包まれ、所々で鉱石が輝いている。
「ここは完全に地下にあるのか?」ルークが驚いて尋ねた。
「ああ」ファリオンは頷いた。「地の都は渓谷の下、地下深くに建設された。地震や外敵から完全に守られている」
「空気は新鮮だけど」エリナが指摘した。
「古代の換気システムが今も機能しているんだ」ファリオンは説明した。「地上との通気口が巧妙に隠されている」
「地の守護者はどこだ?」レインが尋ねた。
レインは左手の痣に意識を集中させた。地の鍵の存在を感じ取る。それは塔の下、都市の中心部を指していた。
「下の方だ」レインは言った。「いつものようにね」
彼らは塔を降り、地の都へと足を踏み入れた。道は石畳で、建物は岩を彫り込んだような頑丈な構造だった。所々に巨大な石像や噴水があり、水ではなく金色の液体が流れていた。
「あれは何?」シルヴィアが噴水を指さした。
「液体金属だ」ファリオンが説明した。「地の都は鉱物や金属の研究が盛んだった。これは彼らの技術の一つだ」
道を進むと、彼らは大きな広場に出た。その中央には巨大な石造りの建物があり、入口は二頭の岩の獣の像に守られていた。
「地の神殿だ」ファリオンが言った。
神殿に近づくと、突然地面が揺れ始めた。小さな地震のように、足元が不安定になる。
「何が起きてる?」ルークが剣を抜いた。
「侵入者を感知したようだ」ファリオンは落ち着いた様子で言った。「地の守護者の警告だろう」
揺れが収まると、神殿の入口から一人の男が現れた。茶色と金色のローブを身にまとい、長い灰色の髭を持つ老人だった。彼は堂々とした体格で、その目は鋭く、岩のように硬い表情をしていた。
「誰だ?」彼の声は岩を砕くように重厚だった。「我が都に無断で入る者は誰だ?」
「テラムス」ファリオンが一歩前に出た。「私だ、ファリオン、風の守護者だ」
「ファリオン?」テラムスと呼ばれた老人は驚いた様子を見せた。「何十年ぶりだ?何の用だ?」
「テラムス、時が動き始めた」ファリオンは真剣な表情で言った。「新たな星の継承者が現れたんだ」
テラムスの視線がレインに向けられた。彼の目は鋭く、まるでレインの魂を見透かすかのようだった。
「これが…星の継承者か」彼は疑わしげに言った。「若すぎるな」
「若くても、既に三つの鍵と契約している」ファリオンはレインの左手の痣を指さした。
テラムスはレインの痣を見て、目を見開いた。「風、火、水…確かに三つの星が輝いている」
「テラムス、我々は地の鍵を求めてきた」ファリオンが言った。「『黒翼の結社』が動き始めている。彼らは星の継承の儀式を行おうとしている」
「結社か…」テラムスは眉をひそめた。「奴らは数十年前にもここを訪れようとした。だが、私は決して入れなかった」
「今、彼らは星の城を占拠し、イグニウスを含む三人の守護者を捕らえている」ファリオンが説明した。
「イグニウスが捕まった?」テラムスは驚いた様子を見せた。「あの頑固な火の守護者がか?」
「我々を助けてください」レインが一歩前に出た。「地の鍵があれば、仲間たちを救出し、結社の計画を阻止できるかもしれません」
テラムスはレインをじっと見つめた。「若者よ、星の継承者の責任を理解しているのか?その力は世界を変えることも、破壊することもできる」
「理解しています」レインは真剣に答えた。「だからこそ、結社の手に渡らないようにしたいんです」
テラムスはしばらく考え込んだ後、「中に入れ」と言った。「話を聞こう」
神殿内部は予想以上に広く、天井は高く、壁には精巧な浮き彫りが施されていた。中央には大きな石の祭壇があり、その上に茶色の結晶が置かれていた。地の鍵だ。
テラムスは彼らを祭壇の前に座らせ、レインたちの旅の話を聞いた。風の都での出来事、星の間でのアレン・スターライトとの会話、仲間たちの救出と捕虜、そして残りの鍵を集める計画について。
「なるほど」テラムスは話を聞き終えて言った。「状況は私が思っていたよりも深刻だ」
「七日後の満月に、結社は儀式を行おうとしています」レインは言った。「それまでに残りの鍵を集め、仲間たちを救出しなければなりません」
「そして、星の杖を完成させるのだな」テラムスは頷いた。「だが、その先はどうする?星の力をどう扱うつもりだ?」
これは核心的な質問だった。レインは正直に答えた。
「まだ決めていません。力を共有するか、永久に封印するか…どちらが正しいのかわからない」
「正直者だな」テラムスは小さく笑った。「多くの者は、自分の答えを既に持っていると主張するだろう」
「両方に利点と危険があります」レインは続けた。「慎重に選ばなければならないと思っています」
「賢明だ」テラムスは満足そうに頷いた。「地は急がない。岩が形成されるには時間がかかる。だが、一度形成されれば、千年も万年も変わらず存在し続ける」
彼は立ち上がり、祭壇に向かった。「私は地の鍵を与えよう。だが、試練はある」
「どんな試練ですか?」レインが尋ねた。
「地の精霊との契約だ」テラムスは言った。「だが、それだけではない。地の精霊は安定と忍耐を重んじる。お前の決意の強さを試すだろう」
テラムスは祭壇から地の鍵を取り上げた。茶色の結晶は立方体の形をしており、その中に金色の筋が走っていた。
「祭壇の前に立ちなさい」テラムスが指示した。
レインは言われた通りに祭壇の前に立った。テラムスは地の鍵をレインの左手に置いた。
「精霊を呼び出すには、お前自身の血が必要だ」テラムスは言った。
レインは右手の親指を噛み、少量の血を地の鍵に垂らした。結晶が反応して茶色く輝き始めた。
「地の精霊よ」テラムスが古代語で唱えた。「星の継承者が来た。彼の価値を試せ」
突然、神殿全体が揺れ始めた。床から茶色の光が立ち上り、レインを包み込んだ。彼の意識が現実から引き離され、別の場所へと運ばれていく感覚があった。
レインは無限に広がる岩の平原に立っていた。空は茶色がかった雲に覆われ、地平線まで岩と砂だけが続いていた。
「地の精霊よ」レインは呼びかけた。
返答はなかったが、地面が揺れ始め、レインの前で岩が盛り上がり、人型の姿を形成した。それは完全な人間の形ではなく、おおよその輪郭だけを持つ岩の集合体だった。
『星の継承者よ』岩の形が声を発した。それは地面を伝わる振動のような声だった。『何のために私の力を求める?』
「仲間を救うため」レインは答えた。「そして、星の力が悪用されるのを防ぐため」
『それだけか?』地の精霊は問うた。『個人的な欲望はないのか?力や名声を求めていないか?』
「私は…」レインは言葉を選んだ。「正直に言えば、両親の仇を討ちたいという思いもあります」
『正直さは良い』精霊は承認した。『地は嘘を嫌う。では、お前の決意を試そう』
突然、レインの足元の地面が崩れ始めた。彼の周りに深い亀裂が走り、足場が狭くなっていく。
『この場所に立ち続けよ』精霊は命じた。『動けば試練は失敗だ』
レインの立つ場所はどんどん小さくなり、やがて直径1メートルほどの円形の岩だけが残った。その下は底なしの闇だった。
「動かないんですね」レインは確認した。
『そうだ』精霊は答えた。『お前の決意の強さを見せよ』
時間が過ぎていく。レインの足は疲れ始め、風が強くなって彼のバランスを崩そうとする。だが、彼は動かなかった。
『なぜそこに立ち続けるのか?』精霊が尋ねた。『落ちれば死ぬかもしれないのに』
「約束したからです」レインは答えた。「そして、私には果たすべき使命がある」
『使命とは何だ?』
「星の継承者として、正しい選択をすること」レインは言った。「そして、大切な人たちを守ること」
『それは簡単ではない』精霊は言った。『時に、二つの使命は相反するかもしれない』
「その時は…」レインは考えた。「両方を成し遂げる方法を見つけます。それが不可能なら、より多くの人々のために正しい選択をします」
『それが星の継承者の責任だ』精霊は承認した。『お前の決意は本物のようだ』
岩の足場が再び広がり始め、元の平原に戻った。
『もう一つ質問がある』精霊は言った。『星の力をどう使うつもりだ?共有か、封印か?』
「まだ決めていません」レインは正直に答えた。「両方に理由があり、どちらが正しいのかわかりません」
『決断を避けているのか?』
「いいえ」レインは首を振った。「慎重に考えているのです。この選択は、多くの人々の運命を左右します。軽々しく決めるべきではありません」
地の精霊は長い沈黙の後、『理解した』と言った。『地は急がない。岩が形成されるには時間がかかる。だが、決断の時が来れば、岩のように堅固であれ』
「わかりました」レインは頷いた。
『契約を結ぼう』精霊は言った。『私の力を授ける。だが覚えておけ、地は支え、守ると同時に、押しつぶす力も持つ。選ぶのはお前だ』
重みのある感覚が左手から全身に広がった。痣が茶色く輝き、その模様に変化が生じた。七つの星のうち、四つ目が岩のように固く輝き始めた。
地の鍵が溶け込むように、レインの左手に吸収された。
レインの意識が現実世界に戻ると、彼は神殿の祭壇の前に立っていた。周囲にはエリナたちが心配そうに見守っていた。
「成功したようだな」テラムスは満足そうに言った。「地の精霊はお前を認めた」
「何が起きたの?」エリナが尋ねた。「突然動かなくなって…」
「地の精霊との対話だ」レインは説明した。「試練を受けていたんだ」
レインは左手を見た。痣の模様が変化し、風、火、水、地を象徴する四つの星が輝いていた。体の中にも新たな力が流れているのを感じる。より安定し、堅固になった感覚だった。
「これで四つ目の鍵だ」レインは言った。「残りは三つ」
「木、金、そして闇の鍵だな」ファリオンが頷いた。
「次はどこへ向かいますか?」シルヴィアが尋ねた。
レインは左手の痣に意識を集中させた。残りの三つの光のうち、最も近いものを感じ取る。それは東の方向を指していた。
「東だ」レインは言った。「次の鍵は東にある」
「それは木の都シルヴァーナでしょう」テラムスが言った。「大森林の中心にある都市だ」
「そこへ行こう」レインは決意を示した。
「私も同行しよう」テラムスが突然言った。
「本当ですか?」レインは驚いた。
「ああ」テラムスは頷いた。「イグニウスが捕らわれているなら、残りの守護者は力を合わせるべきだ。それに、木の守護者シルヴァーナスは気難しい。私がいれば交渉しやすいだろう」
「ありがとうございます」レインは感謝した。
「地の塔の移動装置で木の都へ行こう」テラムスが提案した。
神殿を出る前に、テラムスは小さな茶色の結晶をレインに渡した。
「地の心だ」彼は説明した。「危機の時に使え。大地の力を呼び起こすことができる」
「ありがとうございます」レインは結晶を大切に受け取った。
一行は地の塔へと向かった。時間は刻々と過ぎていく。七日後の満月まで、残された時間は少なかった。
レインは決意を新たにした。残りの鍵を集め、星の杖を完成させる。そして仲間たちを救出し、結社の野望を阻止する。
星の継承者としての使命を果たすために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます