## 【逃走と再会】傷と決意
暗い通路を駆け抜ける足音だけが、重苦しい沈黙を破っていた。レインを先頭に、エリナ、シルヴィア、ルークが必死に前へと進む。後方から追手の気配はなかったが、それが安全を意味するとは限らない。
「ここはどこに続いているの?」エリナが息を切らしながら尋ねた。
「風の都への緊急避難路だ」ファリオンが答えた。「古代人は常に脱出経路を用意していた。七つの都市は全て、このような秘密の通路で繋がれているんだ」
通路は上り坂になり、やがて行き止まりに辿り着いた。壁には七つの星の紋章が刻まれている。
「ここが出口か?」ルークが尋ねた。
「ああ」ファリオンは頷き、壁に手をかざした。「レイン、君の力が必要だ」
レインは左手の痣を壁の紋章に当てた。青い光が広がり、壁が音もなく開いた。外に出ると、彼らは風の都の外周部、先日通ってきた山道の入口に立っていた。
「無事に出られたわ」シルヴィアはほっとした様子で言った。
「でも、マーカス教授と館長、それにイグニウスは…」レインの声には深い懸念が込められていた。
「彼らは強い」ファリオンは励ますように言った。「特にイグニウスは、火の守護者として強大な力を持っている。簡単には捕まらないだろう」
「それでも心配だ」レインは振り返り、来た道を見つめた。「彼らを見捨てて逃げてきたようで…」
「レイン」エリナが彼の肩に手を置いた。「あなたが捕まっていたら、全てが終わっていたわ。彼らが時間を稼いでくれたのは、あなたを守るためよ」
レインは黙って頷いたが、その表情には後悔の色が濃く残っていた。
「さあ、風の都に戻ろう」ファリオンが言った。「そこで次の計画を立てる必要がある」
一行は山道を下り、風の都の入口へと向かった。入口の液状化した壁を通り抜けると、かつての幻想的な都市の様子は一変していた。結社の襲撃による破壊の痕跡が至る所に見られる。
「ひどい…」シルヴィアが周囲を見回して呟いた。
「3000年間守られてきた都市が、一日で…」ファリオンの声には深い悲しみが込められていた。
中央広場に向かう途中、レインはようやく仲間たちの状態を確認する余裕ができた。全員が疲労の色を見せていたが、特にシルヴィアの様子が心配だった。彼女は顔色が悪く、時折痛みに顔を歪めている。
「シルヴィア、大丈夫か?」レインが尋ねた。
「ええ…」彼女は弱々しく微笑んだ。「少し休めば…」
その言葉が終わらないうちに、シルヴィアはその場に崩れ落ちた。
「シルヴィア!」ルークが急いで彼女を支えた。
彼女の左腕を見ると、黒い筋が浮き出ていた。
「これは…」ファリオンが眉をひそめた。「黒魔法の傷だ。アーサーの魔法に当たったのか?」
「捕まっている間に…」シルヴィアは弱々しく答えた。「抵抗したから…罰として…」
「急いで治療が必要だ」ファリオンは言った。「風の神殿に連れて行こう」
ルークがシルヴィアを抱き上げ、一行は急いで中央広場の風の神殿へと向かった。神殿内部は結社の襲撃をほとんど免れており、静かな佇まいを保っていた。
ファリオンはシルヴィアを祭壇の前に横たえ、風の鍵を取り出した。「風の精霊の力で、黒魔法の毒を中和できるかもしれない」
レインも左手の痣を輝かせ、ファリオンの治療を手伝った。二人の力が合わさると、シルヴィアの腕の黒い筋が徐々に薄れていった。
「効いているわ」エリナが安堵の声を上げた。
しかし、完全には消えない。
「完治させるには、より強力な治癒魔法が必要だ」ファリオンは言った。「水の鍵の力があれば…」
「水の鍵?」レインが尋ねた。
「水の都アクアロンの守護者が持つ鍵だ」ファリオンは説明した。「水の力は治癒と再生を司る」
レインは左手の痣に意識を集中させた。六つの光のうち、最も近いものを感じ取る。それは東の方向を指していた。
「東だ」レインは言った。「水の鍵は東にある」
「アクアロンは天脈山脈の東側、大湖の中にある」ファリオンは頷いた。「そこへ行けば、シルヴィアを完全に治せるかもしれない」
「それに、次の鍵も手に入る」ルークが付け加えた。
一同は休息を取りながら、これまでの状況を整理した。エリナとルークは捕らわれていた間の経験を語った。
「結社のメンバーたちは、星の城で何か大規模な儀式の準備をしていたわ」エリナが言った。「彼らは七つの祭壇を設置し、何かの装置を組み立てていた」
「アーサーは何度も『星の継承者が必要だ』と言っていた」ルークが付け加えた。「彼はレインを生け捕りにするよう命じていた」
「どうやら彼らは星の継承の儀式を行おうとしているようだ」ファリオンは考え込んだ。「だが、それには七つの鍵が必要なはず…」
「彼らも鍵を集めているのか?」レインが尋ねた。
「可能性はある」ファリオンは答えた。「だからこそ、我々も急がなければならない」
夜が更けていく中、一行は次の行動計画を立てた。シルヴィアの容態が安定したら、アクアロンへ向かう。水の鍵を手に入れ、シルヴィアを完全に治癒させる。そして、残りの鍵も集め、星の杖を完成させる。
「だが、マーカス教授たちを見捨てるわけにはいかない」レインは強く言った。「彼らを救出する計画も必要だ」
「その通り」ファリオンは同意した。「だが、まずは力を蓄えなければ。今の我々では、星の城に再び侵入するのは自殺行為だ」
レインは不満そうな表情を見せたが、理性的には同意せざるを得なかった。
夜が深まり、全員が休息を取ることになった。シルヴィアはファリオンの魔法によって安定した眠りについていた。ルークは彼女の傍らで見守り、ファリオンは神殿の守りを固めていた。
レインは神殿の外に出て、星空を見上げていた。左手の痣が微かに輝き、星々と共鳴しているようだった。
「眠れないの?」
振り返ると、エリナが立っていた。彼女も疲れた様子だったが、レインを気遣う優しさは変わらない。
「ああ」レインは答えた。「色々と考えることがあって」
エリナは彼の隣に立ち、一緒に星空を見上げた。
「あなたはよくやったわ」彼女は静かに言った。「私たちを救出してくれて」
「でも、教授たちは…」
「彼らは自分の意思で残ったの」エリナは彼の言葉を遮った。「あなたを責めないで」
二人は沈黙の中、しばらく星を見つめていた。
「星の間ではどんなことを学んだの?」エリナが尋ねた。
レインは星の間での経験、アレン・スターライトとの会話、星の杖の秘密について話した。そして、最終的な選択について——星の力を共有するか、永久に封印するか。
「あなたはどうしたいの?」エリナが真剣な眼差しで尋ねた。
「わからない」レインは正直に答えた。「力の共有は理想的だが、それが3000年前の悲劇を引き起こした。かといって、永久に封印すれば、人類は古代の知恵を失うことになる」
「難しい選択ね」エリナは共感を示した。
「父と母は封印を選ぼうとしていたようだ」レインは空を見上げながら言った。「彼らは結社の野望を阻止するためなら、それも仕方ないと考えていたのかもしれない」
「でも、最終的には…」
「ああ、最終的には俺が決めなければならない」レインは頷いた。「星の継承者としての責任だ」
エリナはレインの手を取った。彼女の温もりが、彼の心の重荷を少し軽くしてくれるようだった。
「一人で抱え込まないで」彼女は優しく言った。「私たちがいるわ」
レインは微笑んだ。「ありがとう、エリナ」
その夜、レインの夢に再びアレン・スターライトが現れた。
「星の継承者よ」アレンは穏やかな表情で言った。「君の旅は始まったばかりだ」
「アレン…」レインは驚いた。「どうして夢に?」
「我々は繋がっている」アレンは説明した。「星の継承者の血によってね。私の知識の一部は、君の中に宿っている」
「教えてほしい」レインは切実に言った。「どうすれば仲間たちを救えるのか、結社を止められるのか」
「それは君自身が見つけるべき答えだ」アレンは微笑んだ。「だが、一つだけ助言しよう。七つの鍵は単なる道具ではない。それぞれが意志と知恵を持ち、君を導くだろう」
「意志と知恵?」
「精霊たちと対話し、彼らから学びなさい」アレンは言った。「彼らは古代の知恵を守ってきた。君が正しい選択をするために必要な知識を与えてくれるだろう」
アレンの姿が徐々に薄れていく。
「待って!」レインは呼びかけた。「アーサーについて、何か知っていることはないか?彼の弱点は?」
アレンの声だけが残った。「彼の力は命と引き換えに得たもの。その代償は大きい。彼の中の闇を見極めなさい…」
レインは汗ばんだ体で目を覚ました。夢の内容を鮮明に覚えている。アレンの言葉は、これからの旅の指針になるかもしれない。
朝日が神殿の窓から差し込み、新たな日の始まりを告げていた。レインは決意を新たにした。まずはシルヴィアを完全に治すため、水の都アクアロンへ向かう。そして残りの鍵を集め、仲間たちを救出し、結社の野望を阻止する。
星の継承者としての使命を果たすために。
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