##【過去の反響】歴史が語りかける声
ファリオンに導かれ、一行は広場の東側にある大きな円形建築物に向かった。建物の外壁には風と星のモチーフが精巧に彫刻され、入口は半円形のアーチで飾られていた。
「これが学術区域の中心、『風の知識殿』だ」老人は説明した。「古代アストラリス文明の研究成果が保管されている」
「図書館のようなものですか?」エリナが興味深そうに尋ねた。
「それ以上のものだよ」ファリオンは微笑んだ。「単なる記録ではなく、知識そのものが保存されている場所だ」
入口に近づくと、アーチの上部に描かれた古代文字が青く輝いた。ファリオンは古代語で何かを唱え、大きな扉がゆっくりと開いた。
内部に足を踏み入れると、一同は息を呑んだ。天井高く伸びる書架に無数の巻物や本、結晶板が整然と並んでいた。中央には大きな球体が浮かんでおり、淡い青い光を放っている。最も驚くべきは、薄い光の筋が本から本へと繋がり、知識の網目のように空間全体に広がっていることだった。
「これは…」マーカス教授は言葉を失った。
「知識の織物だ」ファリオンは説明した。「全ての知識は繋がっている。古代人はその関係性を可視化する魔法を開発したんだ」
「信じられない…」オルドリッチ館長も感嘆の声を上げた。「現代の図書館システムとは比較にならない」
クレイグはスケッチブックを取り出し、熱心に描き始めた。「これは学術界を震撼させる…古代文明の知識保管システムが実際に機能している例なんて…」
「あなたの両親は、ここで多くの時間を過ごした」ファリオンは俺に向かって言った。「特に、星の継承の歴史について調査していた」
その言葉に、俺の心が高鳴った。両親の足跡を辿ることができるのだ。
「どこを調査していたのですか?」俺は熱心に尋ねた。
老人は中央の球体に近づいた。「これは『知識の核』と呼ばれるもの。古代の魔法技術を使った検索システムだ」
彼は球体に向かって古代語で何かを話しかけた。すると球体が明るく輝き、複数の光線が特定の書棚へと伸びた。
「そこだ」ファリオンは光線が指す方向を示した。「『星の歴史』と『継承の儀式』に関する資料がある棚だ」
一行はその棚に向かった。古代の書物や結晶記録装置が整然と並んでいる。マーカス教授とオルドリッチ館長は専門家らしく、慎重に資料を調べ始めた。
「これらの多くは現代の言語に翻訳されていない」マーカス教授が言った。「完全に解読するには時間がかかるだろう」
「ここにある知識を全て持ち帰ることはできない」ファリオンは言った。「しかし、重要な情報は抽出できる」
俺は本能的に左手を書架に向けた。すると痣が青く光り、一冊の古い書物が棚から少し前に出てきた。
「この本が…俺を呼んでいる」俺は不思議な感覚を説明した。
「それは『星の継承者の記録』だ」ファリオンは静かに言った。「歴代の星の継承者が残した記録。あなたの血が反応したのだろう」
俺はその本を手に取った。表紙は青い革で装丁され、中央に七つの星のシンボルが描かれている。本を開くと、古代文字で書かれた内容が、不思議なことに俺には理解できた。
「これには…星の継承者の役割について書かれている」俺は読みながら言った。「彼らは単なる力の担い手ではなく、『星の力と人間の世界の仲介者』だったようだ」
「仲介者?」シルヴィアが興味を示した。
「古代人は宇宙と強い繋がりを持っていた」ファリオンが説明した。「彼らは星々からエネルギー、つまり魔力を引き出す方法を発見した。星の継承者はその力を制御し、文明のために使う役割を担っていた」
俺はさらに本をめくった。「ここには七つの都市について書かれている。各都市には特定の役割があったようだ」
「その通り」ファリオンは頷いた。「風の都は大気と気象を司り、火の都イグニスは熱とエネルギーを、水の都アクアロンは流動と変化を…といった具合にね」
「そして星の都アストラリスが中心だった」マーカス教授が別の資料から読み上げた。
「本当だ」俺は同意した。「各都市は自らの領域を研究し、その知識と力を星の都で統合していたようだ」
「完璧なバランスのシステムだったんだ」ファリオンは少し物悲しげに言った。「少なくとも、崩壊するまでは」
俺は本をさらに読み進め、突然目を見開いた。「ここに…最後の星の継承者について書かれている。アレン・スターライトという名前だ」
「最後の継承者…」ファリオンは静かに頷いた。「彼の選択が文明の運命を決めた」
「どういうことですか?」エリナが尋ねた。
「彼は…」俺は記述を読み続けた。「星の力の使い方について、二つの派閥の間で選択を迫られた。一方は力を共有し、全ての人々のために使うべきだと主張。もう一方は、力は選ばれた少数の者だけに与えるべきだと…」
「そして彼はどちらを選んだ?」シルヴィアが緊張した面持ちで尋ねた。
「彼は…共有を選んだ」俺は答えた。「しかし、もう一方の派閥がそれを受け入れず、星の間での儀式中に争いが起きた。その結果、制御不能な魔力の爆発が起き…」
「文明の崩壊へと繋がった」オルドリッチ館長が静かに言葉を継いだ。「まさに私たちが調査していた通りだ」
「そして『黒翼の結社』は、力を独占しようとした派閥の末裔…」マーカス教授が推測した。
「その通り」ファリオンは厳かに頷いた。「彼らは今も同じ目的を持っている。星の力を少数の選ばれた者たちのものにしようとしているんだ」
俺は記述をさらに読み進め、突然息を呑んだ。「ここに…アレン・スターライトの最後の言葉が記録されている。『星の継承は終わらない。我が血は時を超え、いつか新たな継承者が現れるだろう。しかし次に星の門が開かれる時、同じ選択に直面することになる』」
「それが君だ、レイン」ファリオンは俺をじっと見た。「アレンの血を引く新たな星の継承者。そして同じ選択に直面することになる」
その言葉に、重い責任感が俺の肩に降りかかった。3000年前の選択が文明の崩壊につながったのなら、俺の選択は何をもたらすのか。
「他にも重要な情報がある」マーカス教授が別の書物から読み上げた。「星の門を開くためには、七つの鍵と星の継承者の血だけでなく、『星の杖』も必要だと書いてある」
「それは結社が探しているものだ」俺は思い出した。
「だが『星の杖』は物理的な道具ではない」ファリオンが説明した。「それは星の継承者の中に眠る力だ。正確には、七つの鍵の力を統合し、門を開く能力のことだ」
「だから結社は僕を必要としている…」俺は理解した。「僕の血だけでなく、僕の力も」
「その通り」老人は頷いた。「だからこそ彼らはあなたを生かしておく必要があった。単に捕らえるだけでは不十分なんだ」
「でも、なぜ両親は…」俺の声が震えた。
「彼らは結社から情報を守ろうとした」ファリオンは悲しげに言った。「星の杖の真の性質と、儀式の詳細を。結社が全ての情報を得ると、彼らは計画を進められる。あなたの両親はそれを阻止しようとしたんだ」
重い沈黙が図書館に流れた。両親の死の理由が、より明確になってきた。彼らは単なる研究者ではなく、結社から真実を守る守護者だったのだ。
「ねえ、これは…」突然、エリナが別の棚にある小さな水晶板を指さした。「レインの両親の署名がある」
全員が彼女の発見に驚いて近づいた。確かに水晶板には現代の文字で「アレン&エレナ・グレイソン」というサインがあった。
「彼らが残した記録だ」ファリオンは説明した。「最後の発見と、あなたへのメッセージが含まれているはずだ」
俺は震える手で水晶板を手に取った。どうやって起動させるのか迷っていると、左手の痣が再び反応し、水晶板が青く輝き始めた。
空中に映像が浮かび上がった。そこには俺の父と母の姿があった。
「これは…録音されたメッセージ?」ルークが驚いて言った。
「古代の記録技術だ」ファリオンは説明した。「感情や思考も含めて保存できる」
映像の中で、父が話し始めた。
『もしこのメッセージを見ているなら、あなたは私たちの息子、レインだろう。そして風の都にたどり着いたということだ』
母も映像の中で微笑んだ。『あなたが無事でいることを祈っています。もしこのメッセージを見つけたなら、あなたは自分の出自と、星の継承者としての力に気づいているはずです』
父は真剣な表情で続けた。『私たちは「黒翼の結社」の計画を阻止するため、古代文明の研究を続けてきた。彼らは星の門を開き、古代の力を独占しようとしている。それは3000年前の悲劇の再来を意味する』
『レイン』母が優しく呼びかけた。『あなたには選択する自由があります。星の門を開くことも、永久に封印することも。どちらを選ぶかは、あなた次第です』
父の表情が一層厳しくなった。『しかし、もし門を開くなら、力の共有を選んでほしい。それが本来の星の継承の意義だ。一人の支配ではなく、万人のための力として』
『私たちはもうすぐ「星の杖」の謎を完全に解明できるでしょう』母が期待を込めて言った。『そうすれば、結社の計画を完全に阻止できるはず…』
突然、映像の中で何かの物音がした。父母の表情が緊張に変わる。
『彼らが来た』父は急いで言った。『レイン、何があっても君を信じている。正しい選択をすると信じている』
『愛しているわ、レイン』母は最後に言った。『どんな選択をしても、私たちはあなたを誇りに思います』
そこで映像は突然途切れた。恐らく、結社のメンバーが到着した瞬間だろう。両親の最期の瞬間の直前の映像だった。
俺の頬を熱い涙が伝った。両親の声を聞くのは、事故以来初めてだった。彼らの最後のメッセージ、そして俺への信頼と愛情。それは痛みと同時に、強い決意を俺の心に燃え立たせた。
「彼らは勇敢だった」ファリオンは静かに言った。「最後の瞬間まで、真実を守ろうとした」
「父さん、母さん…」俺は呟いた。「あなたたちの意志を継ぐよ」
シルヴィアが俺の肩に手を置いた。「あなたの両親は素晴らしい人たちだったのね」
エリナも目に涙を浮かべていた。「彼らの研究を完成させなくちゃ」
「そうだな」俺は涙をぬぐった。「両親が解明しようとしていた『星の杖』の謎を解かなければ」
「それについては」ファリオンが言った。「彼らは既に重要な発見をしていた。その記録も保存されているはずだ」
老人は知識の核に近づき、何かを尋ねた。すると別の光線が別の棚を指し示した。
「あそこだ」
その棚には現代語で書かれたノートブックが置かれていた。表紙には単に「研究記録」と書かれている。
マーカス教授がそれを取り出し、慎重にページをめくった。「これはグレイソン夫妻の研究ノートだ…驚くべき発見がここに…」
「何が書いてあるんだ?」ルークが興味深そうに尋ねた。
「『星の杖』の正体について」教授は読み進めた。「彼らの理論によれば、星の杖は特殊な儀式を通じて顕現する。星の継承者が七つの鍵の力を体内で統合することで、左手の痣が変容し、物理的な杖として具現化するというんだ」
「その儀式の詳細は?」オルドリッチ館長が尋ねた。
「それが…」マーカス教授はノートの後半部分を確認した。「完全には解明されていないようだ。最後のページには『星の間の記録を確認する必要あり』と書かれている」
「星の間…」俺は呟いた。「そこに行く必要があるんだな」
「そうだ」ファリオンは静かに頷いた。「星の門の向こうにある星の間。そこにこそ、全ての真実がある」
「でも、門を開くには七つの鍵が必要なんでしょう?」エリナが指摘した。
「その通り」老人は答えた。「現在我々が持っているのは一つだけ。風の鍵だ」
「他の鍵は?」シルヴィアが尋ねた。
「他の都市の守護者が持っているはずだが…」ファリオンは苦しそうな表情になった。「長い間連絡が取れていない。生きているかどうかも…」
突然、図書館全体が小刻みに震動し始めた。本棚から数冊の本が落ち、知識の核の光が不安定に明滅した。
「何が起きてる?」ルークが警戒して尋ねた。
ファリオンの表情が一変した。「侵入者だ…」
「結社か?」俺は即座に理解した。
「恐らく」老人は頷いた。「都市が活性化したことで、外部から魔力の波動が検出できるようになったのだろう。我々が開いた道を見つけた可能性がある」
「どうすればいい?」クレイグが不安そうに尋ねた。
「選択肢は二つ」ファリオンは即座に言った。「戦うか、星の門へと急ぐかだ」
「門を開くことができるのか?」マーカス教授が疑問を呈した。
「一つの鍵と星の継承者の力があれば、部分的には可能だ」老人は答えた。「完全には開かないが、星の間の一部にアクセスできるかもしれない」
「そこで真実を見つけられれば…」俺は考えた。「父と母の研究を完成させることができる」
再び強い振動が図書館を揺らした。今度はより強く、長く続いた。
「決断する時間だ」ファリオンは急かした。「彼らはすぐにここに到着する」
俺は一瞬だけ迷ったが、すぐに決断した。
「星の門へ行こう。真実を知る必要がある」
全員が同意し、急いで両親の研究ノートと重要な資料をまとめた。クレイグは名残惜しそうに図書館を見回したが、状況の緊迫性を理解していた。
「この道だ」ファリオンは図書館の奥にある隠し通路を指し示した。「ここから下層区域へ直接行ける」
一行は急いで通路に入り、下層へと続く階段を駆け下りた。後ろからは不吉な振動と遠くの叫び声が聞こえてきた。結社のメンバーがすでに都市に侵入し、彼らを追っているのは明らかだった。
「急いで!」ファリオンが先導した。「星の門まであと少しだ!」
階段を降りながら、俺の心にはある確信があった。両親が命を懸けて守ろうとした真実に、俺はついに辿り着こうとしているのだ。そして彼らの遺志を継ぐため、正しい選択をしなければならない。
左手の痣が今までにないほど強く輝き、まるで運命の時の到来を告げているかのようだった。
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