##【遺跡の入口】古代文明の痕跡

夜明けとともに嵐は去り、鮮やかな朝日が山々を照らしていた。洞窟の入口から見える景色は息をのむほど美しく、天脈山脈の雄大さを改めて感じさせた。


一行は早朝から準備を整え、昨日見つけた隠された通路の探索に備えていた。マーカス教授は慎重に魔法の結界を確認し、オルドリッチ館長は古代文字の記録を取っていた。


「みんな、準備はいいかい?」クレイグが興奮を抑えきれない様子で尋ねた。


「ああ」俺は頷いた。「行こう」


新たに現れた通路は、想像以上に長く伸びていた。壁に埋め込まれた結晶が青い光を放ち、幻想的な雰囲気を作り出している。床には星型のタイルが敷き詰められ、天井には星座の模様が刻まれていた。


「素晴らしい…」エリナは驚嘆の声を上げた。「これほど保存状態の良い古代の遺構は見たことがないわ」


「風の守護者への道だからね」オルドリッチ館長が説明した。「特別に保護されているんだろう」


一行は静かに通路を進んだ。時折、壁には古代文字で書かれた文章や絵が現れる。俺とマーカス教授、オルドリッチ館長が交代で解読を試みた。


「ここには、風の都の歴史が記されているようだ」マーカス教授が一枚の壁画を指さした。「古代アストラリス文明の七大都市の一つとして築かれたと」


「見て!」シルヴィアが別の壁画に注目した。「これは星の継承儀式を描いているわ」


壁画には、星の形をした台座の上に立つ人物と、その周りを取り巻く七人の人々が描かれていた。中央の人物の左手には、俺と同じような星の痣が描かれている。


「君の先祖かもしれないな」ルークが冗談めかして言ったが、その声には真剣さも混じっていた。


「かもしれないな…」俺は壁画を見つめながら答えた。


さらに進むと、通路は広い円形の空間へと開けた。ここは明らかに何らかの儀式場だったようだ。天井は高く、そこからは細い光のすじが差し込んでいる。床には大きな星型の模様が刻まれ、その周りを七つの石柱が取り囲んでいた。


「まるで『星の泉』の構造と同じだ」クレイグが興奮した様子で言った。


「おそらく儀式の場所なんだろう」マーカス教授は慎重に部屋を調べ始めた。「古代のアストラリス文明では、星の力を借りるための儀式が重要視されていた」


部屋の奥には、大きな石のドアがあった。ドアには七つの星の紋章が刻まれ、中央には手形のくぼみがあった。


「これが風の守護者への扉かもしれない」オルドリッチ館長が言った。


俺は左手の痣を見つめ、直感的にそれが鍵だと理解した。


「試してみよう」俺はドアに近づき、手形のくぼみに左手をあてた。


一瞬、何も起こらなかったが、やがて痣が青く輝き始め、その光がドアの星型の模様にも広がっていった。静かな振動と共に、ドアがゆっくりと開き始めた。


「動いた!」ルークが驚きの声を上げた。


ドアの向こうには、さらに広大な空間が広がっていた。それは小さな谷のような場所で、周囲を高い岩壁に囲まれていた。中央には小さな湖があり、その岸辺に古風な石造りの小屋が建っていた。


「あれは…」シルヴィアは息を呑んだ。


「風の守護者の住処かもしれない」マーカス教授が静かに言った。


一行は慎重に谷に降り立った。空気が不思議なほど澄んでおり、微かな風が心地よく吹いていた。湖の水は鏡のように澄み、空の青さを完璧に映し出していた。


小屋に近づくと、扉が開き、一人の老人が姿を現した。


長い白髪と髭を蓄え、古風な青いローブを身にまとった老人は、穏やかな微笑みを浮かべていた。その目は深い知恵を宿しているようだった。


「よく来たな、星の継承者よ」老人は俺に向かって言った。「長い間、君を待っていた」


一行は驚きに言葉を失った。まさか本当に風の守護者がいるとは思っていなかったのだ。


「あなたが…風の守護者?」俺は恐る恐る尋ねた。


「そう呼ばれるのであれば、そうだろう」老人は穏やかに答えた。「私はファリオン。風の都の守り手にして、記憶の番人だ」


「信じられない…」クレイグは呆然としていた。「伝説が本当だったなんて」


「中に入りなさい」ファリオンは小屋を指さした。「話すことは多い。特に君との、レイン・グレイソン」


老人が俺の名を知っていることに、さらに驚きが広がった。


「どうして俺の名前を?」


「全てを説明するから」ファリオンは微笑んだ。「さあ、入りなさい」


小屋の内部は外見よりもはるかに広く、古代の書物や道具が整然と並べられていた。壁には美しい星図が描かれ、中央には大きな水晶球が置かれていた。


「どうぞ座って」ファリオンは円形のテーブルを指さした。


全員が席につくと、老人はゆっくりと話し始めた。


「まず、君たちの訪問に感謝する」彼は穏やかに言った。「長い間、星の継承者の到来を待っていた」


「あなたはどれくらいここにいるのですか?」エリナが好奇心に駆られて尋ねた。


ファリオンは微笑んだ。「時の流れはここでは異なる。私自身、もう何百年もここにいるように感じるよ」


「何百年も?」ルークは驚いた声を上げた。「それは…」


「古代の守護魔法のおかげだ」老人は説明した。「この場所は特別な結界で守られている。時間の流れも遅くなっているんだ」


「信じられないわ…」シルヴィアは畏敬の念を込めて言った。


「さて、レイン」ファリオンは俺に向き直った。「君の両親のことから話そうか」


俺の心臓が高鳴った。「父と母を知っているのですか?」


「ああ、彼らはここを訪れた最後の外部の人間だ」老人は悲しげに頷いた。「素晴らしい研究者だった。特に君の母親は、星の継承の血筋について深い理解を持っていた」


「ここで何があったのですか?」俺は急かすように尋ねた。「彼らは…どうして」


「君の両親は、『黒翼の結社』から星の門を守ろうとしていた」ファリオンは静かに説明した。「彼らは門が悪用されることを恐れていたんだ」


「そして結社はそれを知って…」


「ああ」老人は頷いた。「アーサー・ノイマンが彼らを追ってきた。私は警告したんだが、彼らは『星の杖』を探す旅を続けると言って…」


「星の杖」俺は思い出した。「ヴィクターが言っていたものだ」


「そう」ファリオンは立ち上がり、壁に掛けられた古い羊皮紙の地図を指さした。「星の杖は、星の門を開くために必要な道具だ。それがなければ、門は開かない」


「それを結社は探しているのですね」マーカス教授が言った。


「ああ」ファリオンは頷いた。「だが、彼らは間違った場所を探している。実は星の杖は…」


老人は一度言葉を切り、静かに俺の左腕を指さした。


「星の継承者の中にある」


「どういう意味ですか?」俺は混乱した。


「星の杖は物理的な道具ではない」ファリオンは説明した。「それは星の継承者の血の中に眠る力だ。君の左手の痣が、その力の証なんだ」


俺は自分の左手を見つめた。痣は老人の話を聞いて、より鮮やかに光を放っているように見えた。


「しかし、その力を引き出すためには儀式が必要だ」ファリオンは続けた。「それが星の継承の儀式だ」


「私の祖父の日記にもそれについての記述がありました」シルヴィアが言った。「古代文明が滅んだのも、その儀式の失敗が原因だと」


「その通り」老人は悲しげに頷いた。「最後の儀式で、争いが起きた。力を持つ者が力を得るべきだという派閥と、力は皆で分かち合うべきだという派閥の対立だ」


「そして結社は前者の末裔…」オルドリッチ館長が呟いた。


「その通り」ファリオンは頷いた。「彼らは星の力を独占しようとしている。君の両親は彼らを止めようとした」


「そして失敗した…」俺の胸に痛みが走った。


「失敗したわけではない」ファリオンは意外な言葉を口にした。「彼らは君を守ることに成功した。そして、重要な情報を隠したんだ」


「何の情報ですか?」


「星の門の真の開け方だ」老人は説明した。「結社は星の継承者の血と星の杖が必要だと知っている。だが、それだけでは不十分なんだ」


ファリオンは中央にある水晶球に近づき、手を翳した。水晶球が青く輝き始め、その中に映像が浮かび上がった。


「見なさい」


水晶球には、大きな石造りの門が映し出されていた。その周囲には七つの石柱が立ち、中央には星型の凹みがあった。


「これが星の門だ」ファリオンは言った。「風の都の中心に位置している」


「これを開くには?」俺は尋ねた。


「七つの鍵が必要だ」老人は水晶球の中の映像を変え、七つの小さな結晶を示した。「七つの都市の守護者が持つ鍵だ」


「七つの都市の守護者…あなたもその一人なんですね」エリナが理解した。


「そうだ」ファリオンは頷いた。「私は風の都の守護者。この結晶を持っている」


彼はローブの内側から青い小さな結晶を取り出した。それは水晶球の中の映像と同じものだった。


「これが、風の鍵だ」


「他の六つはどこにあるのですか?」シルヴィアが尋ねた。


「他の都市の守護者が持っている」ファリオンは言った。「だが、長い年月が経ち、連絡が途絶えてしまった。生きているかどうかも分からん」


「では、星の門を開くことは…」マーカス教授が懸念を示した。


「難しいだろう」ファリオンは認めた。「しかし、それが古代人の意図した安全策だ。一人の力だけでは星の間に入れないようにしたのだ」


「しかし、結社は一つでも鍵を手に入れれば、その研究が進むでしょう」オルドリッチ館長が指摘した。


「その通り」老人は重々しく頷いた。「だから私はここに隠れ、鍵を守ってきた。そして星の継承者を待っていたのだ」


「私の両親は、結社から鍵を守るために命を落としたのですね」俺は静かに言った。


「彼らは勇敢だった」ファリオンの目に悲しみが浮かんだ。「彼らは最後まで結社に情報を渡さなかった。そして、君に逃げるよう指示したんだ」


「覚えています」俺は苦しい記憶を思い出した。「父が俺を隠して、『黒い翼の者たちが来た』と言って…」


「アーサー・ノイマンだ」ファリオンは冷たく言った。「彼は特に危険な男だ。彼には個人的な恨みもある」


「恨み?」


「彼には兄がいた」老人は説明した。「ノイマン家の本来の当主だった男だ。彼は古代魔法の研究者で、力の共有を信じていた。結社の方針に反対したんだ」


「そして…」


「結社内部の粛清で殺された」ファリオンは冷たく言った。「アーサーが自ら実行したと言われている。兄の死後、彼は結社内で力を持ち、今では幹部の一人だ」


その話に一同は沈黙した。アーサー・ノイマンの闇の深さを感じさせる話だった。


「さて」ファリオンは話題を変えた。「君たちが来た目的は何だ?」


「風の都を見つけるためです」俺は答えた。「両親の研究を完成させ、結社の目的を阻止するために」


「そして、星の門については?」


「開くつもりはありません」俺ははっきりと言った。「むしろ、結社から守りたいのです」


老人は俺をじっと見つめ、やがて微笑んだ。「君は本当に両親譲りだな。同じ答えだ」


「彼らも門を開くつもりはなかったのですか?」


「彼らは研究者として真実を知りたかった。だが、力を解き放つつもりはなかった」ファリオンは答えた。「彼らは結社の危険性を理解していたからね」


「風の都に行くことはできますか?」クレイグが熱心に尋ねた。「見せていただければ…」


「もちろん」ファリオンは頷いた。「それが私の役目だ。星の継承者と、その仲間たちを導くことは」


「本当ですか?」クレイグの目が輝いた。


「ただし」老人は一同を見回した。「風の都は危険も潜んでいる。古代の守護獣や罠もある。私の指示に従ってほしい」


全員が頷いた。


「では、休息を取るといい」ファリオンは提案した。「明日、風の都へと向かおう」


彼の言葉に従い、一行は小屋の近くにテントを張ることにした。ファリオンは食事を提供し、古代の魔法で保存された果物や肉は驚くほど美味だった。


夕食後、俺はファリオンに呼ばれ、小屋の裏手にある小さな祭壇に案内された。


「ここで話したいことがある」老人は静かに言った。


「なんですか?」


「君の左手の痣について、もっと知る必要がある」ファリオンは真剣な表情で言った。「それは単なる印ではない。古代の力そのものだ」


「どういう意味ですか?」


「星の継承者の血は特別だ」ファリオンは説明した。「単に古代魔法を使えるだけでなく、星の間を制御する力を持っている。それは創造と破壊、両方の可能性を秘めているんだ」


「それほどの力が…俺には…」俺は自分の左手を見つめた。


「ただし、その力を完全に目覚めさせるには儀式が必要だ」老人は続けた。「それは星の門が開かれた時に行われる」


「結社はその儀式を行おうとしているのですか?」


「ああ」ファリオンは頷いた。「だが、彼らは儀式の真の目的を理解していない。彼らは古代の力を支配するために儀式を行おうとしているが、本来の目的は力を調和させることだったんだ」


「調和?」


「古代人は星の力が危険だと知っていた」老人は説明した。「だから、その力をコントロールするために、七つの都市に分散させたんだ。一人では制御しきれないからね」


「それなのに、結社は…」


「彼らは一人が全ての力を握ることを望んでいる」ファリオンは悲しげに言った。「それが前回の文明崩壊の原因だったにもかかわらずね」


「何か阻止する方法はないのですか?」


「ある」老人は頷いた。「だからこそ風の都を見せたいんだ。そこには古代人が残した真実がある。星の間の本当の目的と、星の継承の真の意味がね」


「わかりました」俺は決意を固めた。「明日、案内してください」


「もう一つ」ファリオンは静かに言った。「星の鍵を君に託したい」


「僕に?」俺は驚いた。「でも、あなたは守護者で…」


「私の時代は終わりつつある」老人は穏やかに微笑んだ。「次の守護者を選ぶ時が来たのだ。そして、君は星の継承者。鍵を守るにふさわしい人物だ」


「でも…」


「今すぐ決めなくていい」ファリオンは言った。「都を見て、全てを理解してから判断するといい」


俺は黙って頷いた。突然の申し出に戸惑いつつも、その重要性は理解できた。


「さあ、休むといい」老人は俺の肩を軽く叩いた。「明日は長い一日になるだろう」


俺はテントに戻る前に、湖のほとりでしばらく一人で考え込んだ。星空が水面に映り、まるで宇宙が二つあるかのようだった。


「どうしたの?」


振り返ると、エリナが立っていた。彼女は心配そうな表情で俺を見ていた。


「ファリオンから、いろいろと聞いたんだ」俺は静かに言った。


「重大なこと?」


「ああ」俺は左手の痣を見せた。「この痣の本当の意味と、俺の役割について」


エリナは黙って俺の隣に座った。俺は彼女にファリオンとの会話を全て話した。星の鍵のこと、守護者のこと、そして星の継承の真の意味について。


「大変な責任ね」エリナは静かに言った。


「ああ」俺は星空を見上げた。「正直、怖いよ。こんな重大なことを俺が担えるのか」


「あなたなら大丈夫」エリナは力強く言った。「あなたはいつも正しい選択をしてきた。それに…一人じゃない」


彼女の言葉に、俺は心強さを感じた。確かに、俺は一人ではない。信頼できる仲間がいる。


「ありがとう、エリナ」俺は微笑んだ。「君がいてくれて本当に良かった」


「私もよ」彼女も微笑み返した。


しばらく二人は静かに星空を見上げていた。明日から始まる冒険に、不安もあるが期待もあった。風の都、そして両親が命を懸けて守ろうとした真実が、まもなく明らかになる。


テントに戻り、眠りにつく前、俺は両親のことを思った。彼らが歩んだ道を、今俺も進もうとしている。その責任の重さと使命感を感じながら、俺は静かに目を閉じた。


---


夜半過ぎ、全員が眠りについた頃、小屋から一筋の光が漏れていた。中では、ファリオンが古い書物を広げ、何かを確認していた。


「時が近づいている」彼は呟いた。「星の継承者が来た今、全てが動き始める」


老人は窓から満天の星空を見上げた。星々は特別な輝きを放っているようだった。


「彼は選ばれし者だ」ファリオンは静かに言った。「しかし、試練はこれからが本番だ。風の都で真実と向き合った時、彼は何を選択するのか…」


ファリオンは古い星図を広げ、特定の星座を指でなぞった。


「星の間の門が開かれる時が近い」彼は真剣な表情で呟いた。「アストラリス文明の運命を決めた日から3000年。再び運命の時が訪れようとしている」


彼の言葉は静かな夜の闇に吸い込まれていった。明日、一行は風の都へと向かう。そこでは古代文明の真実と、彼らの運命が待ち受けているのだ。


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