##【魔法生物の脅威】過酷な自然との戦い
夜明け前、まだ星が空に残る頃、一行は静かに宿を出た。村は静まり返っており、ほとんどの住民はまだ眠りについていた。
約束通り、クレイグは村の東門で待っていた。彼は重そうな荷物を背負い、頑丈な杖を手にしていた。
「来てくれたんだね」クレイグは安堵の表情を浮かべた。
「ああ」俺は頷いた。「だが、一つ約束してもらいたい。俺たちの指示に必ず従うこと」
「もちろん」クレイグは真剣に頷いた。「私は遺跡探索の経験は多いが、君たちのリーダーシップは尊重する」
簡単な自己紹介を済ませた後、一行は東門を出て山道へと向かった。空が少しずつ明るくなり始め、天脈山脈の雄大な姿が朝焼けに照らされて見えてきた。
クレイグは地図を広げ、最短ルートを示した。「この道を行けば、二日で風の都の近くまで行ける。ただし…」
「ただし?」マーカス教授が眉を上げた。
「ここに危険地帯がある」クレイグは地図上の特定の場所を指さした。「マナウルフの縄張りだ」
「マナウルフ?」ルークが驚いた様子で尋ねた。
「魔力を吸収する狼のような生物だ」オルドリッチ館長が説明した。「古代の魔力濃度が高い場所に棲む魔法生物だね」
「その通り」クレイグは頷いた。「彼らは通常の武器では倒せない。魔力を吸収するので、普通の魔法も効きにくい」
「どうやって対処するんだ?」ルークが心配そうに尋ねた。
「火と光の複合魔法が有効だ」クレイグは答えた。「私も多少の防衛魔法は使えるが…」
「私たちに任せて」エリナが自信を持って言った。「事前に対策を考えておくわ」
一行は山道を登り始めた。最初の数時間は比較的平坦な道だったが、次第に急な上り坂になっていった。木々は徐々に背が低くなり、代わりに岩場が増えてきた。
昼過ぎ、彼らは小さな渓流のほとりで休憩をとった。クレイグは水の流れを見て、何かを確認しているようだった。
「この渓流は『星の泉』から流れ出ているんだ」彼は興奮した様子で言った。「伝説では、その泉の水には癒しの力があるとされている」
「星の泉?」シルヴィアが興味を示した。「祖父の日記にもその名前があったわ」
「古代の魔法使いたちが儀式に使った神聖な場所だ」クレイグは説明した。「泉の周りには七つの石柱が立っていて、星座を象徴しているという」
「私たちのルート上にあるの?」エリナが尋ねた。
「少し遠回りになるが、見る価値はある」クレイグは言った。「それに、その泉の水は魔力を回復させる効果があるとも言われている」
マーカス教授とオルドリッチ館長は顔を見合わせ、短い協議の後、泉に立ち寄ることに同意した。
「ただし、時間は長くとれない」教授は念を押した。「目的地に日没前に着きたい」
休憩を終え、一行は渓流に沿って上流へと歩き始めた。道はさらに険しくなり、時には小さな崖を登ることもあった。ルークの剣術科での経験が役立ち、彼は難所を先導した。
「気をつけて」クレイグが突然声を潜めた。「この辺りからマナウルフの縄張りだ」
全員が緊張して周囲に注意を払った。木々の間から時折、青い光が見えることがあった。それはマナウルフの目の光だと、クレイグは小声で説明した。
「今のところ様子見をしているようだ」オルドリッチ館長は呟いた。「攻撃してくる気配はない」
「それでも用心したほうがいい」マーカス教授は言った。「防衛陣形を組もう」
一行は円形に隊列を組み、内側に非戦闘員を、外側に戦闘能力のある者を配置した。俺はエリナと共に魔法の準備を整え、ルークは剣を抜いて警戒した。マーカス教授とオルドリッチ館長もそれぞれ魔法の杖を構えた。
しばらく進んでいくと、道が開け、小さな円形の空き地に出た。その中央には澄んだ水が湧き出る泉があり、周囲には七つの石柱が立っていた。
「星の泉だ…」クレイグは畏敬の念を込めて言った。
泉は不思議な青い光を放っており、水面には星々が映り込んでいるようだった。時折、小さな光の粒子が水面から舞い上がっていた。
「美しい…」エリナは息を呑んだ。
「古代の魔力が濃縮されている」マーカス教授は慎重に泉に近づき、水面を観察した。「間違いなく、アストラリス文明の遺産だ」
「七つの石柱は七つの星座を表しているんだ」クレイグは説明した。「古代の魔法使いたちはここで儀式を行い、星の力を授かったという」
シルヴィアが母親のメダリオンを取り出した。「母のメダリオンにも七つの星のモチーフがある…」
確かに、メダリオンには七つの小さな星が刻まれており、その配置は石柱と一致しているようだった。
「試してみましょう」シルヴィアは泉に近づき、メダリオンを水に浸した。
すると突然、泉の水が激しく輝き始め、七つの石柱にも青い光が走った。全員が驚いて後ずさりする中、水面から一本の細い光の柱が立ち上がった。
「なんてこと…」クレイグは目を見開いた。「泉が反応している」
光の柱は徐々に形を変え、天脈山脈の立体的な地図のようなものが空中に浮かび上がった。その中で一点が特に明るく輝いていた。
「あれは…星の門の位置だ!」マーカス教授が興奮して言った。
シルヴィアがメダリオンを水から出すと、光の地図は消え去った。彼女は呆然とした表情を浮かべていた。
「母は知っていたのね…」彼女は静かに言った。「このメダリオンの本当の目的を」
「素晴らしい発見だ」オルドリッチ館長は感嘆した。「これで目的地が明確になった」
クレイグは地図を取り出し、光の地図で示された場所を確認した。「思ったより近いぞ。この峡谷を抜けて、星形の岩壁がある場所だ」
光の地図の影響はそれだけではなかった。泉の水が明るく輝いたことで、周囲の森が騒がしくなった。木々の陰から青い光の目が何対も現れた。
「マナウルフだ!」クレイグが警告した。「光に引き寄せられてきた!」
次の瞬間、数匹の大型の狼のような生物が空き地に飛び出してきた。彼らの体は深い青灰色の毛皮で覆われ、目は青く光っていた。口からは青白い霧のようなものが漏れていた。
「みんな、構えて!」マーカス教授が叫んだ。
マナウルフの群れは円を描くように一行を取り囲んだ。彼らは獲物を狙う捕食者のように、静かに忍び寄ってきた。
「通常の魔法は効かない」クレイグが緊張した声で言った。「彼らは魔力を吸収する」
「普通の魔法ならね」俺は左手の痣に意識を集中させた。「エリナ、準備はいい?」
「ええ」エリナは頷き、彼女の周りに小さな光の粒子が集まり始めた。「複合魔法で対抗するわ」
一番大きなマナウルフが突然飛びかかってきた。その動きは予想以上に素早く、ほとんど目で追えないほどだった。
「レイン、気をつけて!」エリナが叫んだ。
俺は咄嗟に身をかわし、同時に左手から古代魔法の力を引き出した。
『*アストラリス・イグニス*』
普通の火炎魔法とは違い、青白い炎が俺の手から放たれ、マナウルフに命中した。獣は高い悲鳴を上げ、一瞬後退した。しかし、傷は浅く、すぐに態勢を立て直して再び襲いかかってきた。
「普通の攻撃では倒せない!」マーカス教授が叫びながら、彼自身も古代の防御魔法を展開していた。「もっと強力な魔法が必要だ!」
エリナは複雑な魔法陣を描き始めた。彼女の周りには光と熱の粒子が渦を巻いている。
「『光炎融合』の準備をしてるわ」彼女は集中しながら言った。「でも、詠唱に時間がかかる…守って!」
ルークが彼女の前に立ち、剣を構えた。「任せろ!」
他のマナウルフも次々と襲いかかってきた。シルヴィアは防御魔法を展開し、クレイグは彼が持参した特殊な光を放つ弾を投げつけた。オルドリッチ館長は古代語の呪文を唱え、透明な障壁を形成した。
「時間を稼ぐんだ!」マーカス教授が指示した。
俺は左手の痣から更に力を引き出した。星の継承者の血が沸き立つような感覚。痣が鮮やかな青色に輝き始める。
『*アストラリス・ルミナ・カテナ*』
俺の手から青い光の鎖が伸び、二匹のマナウルフを捕らえた。彼らは鎖に束縛され、もがいたが逃れられなかった。しかし、鎖は徐々に弱まっていき、マナウルフたちは魔力を吸収していることが分かった。
「あと少し…」エリナの声が緊張に震えていた。彼女の前の魔法陣はほぼ完成していた。
突然、最大のマナウルフが空高く跳躍し、エリナめがけて飛びかかった。ルークが剣を振り上げたが、その速さについていけなかった。
「エリナ!」俺は思わず叫んだ。
その瞬間、シルヴィアが母のメダリオンを高く掲げた。メダリオンから突然、眩いばかりの光が放たれ、マナウルフを直撃した。獣は悲鳴を上げ、地面に叩きつけられた。
「今よ、エリナ!」シルヴィアが叫んだ。
「ありがとう!」エリナは完成した魔法陣を発動させた。「『光炎融合』!」
魔法陣から眩い光と熱波が広がり、マナウルフたちを包み込んだ。獣たちは悲鳴を上げ、後退し始めた。光と熱の複合魔法は彼らの魔力吸収能力を上回ったようだ。
「効いてる!」ルークが喜びの声を上げた。
マーカス教授とオルドリッチ館長も同様の複合魔法を発動させ、マナウルフたちを押し返していった。
俺は最後の力を振り絞り、左手の痣から最大限の力を引き出した。
『*アストラリス・マクシマ・ルックス*』
星の痣から放たれた強烈な光が周囲を包み込み、マナウルフたちは耐えられずに森の中へと逃げ去った。
「やった…」俺は膝をついた。大量の魔力を使ったため、体力を消耗していた。
「レイン、大丈夫?」エリナが心配そうに駆け寄ってきた。
「ああ、少し休めば…」
マーカス教授が周囲を確認し、安全を確認した。「とりあえず、危機は去ったようだ。だが、長居は無用だ。彼らはまた戻ってくるかもしれない」
「驚くべき魔法だった…」クレイグは俺の左手の痣を見て呟いた。「君は…星の継承者なのか?」
俺は一瞬、どう答えるべきか迷った。しかし、彼は既に多くを目撃していた。
「ああ、そうらしい」俺は正直に答えた。「まだ自分でもよく分かっていないんだが」
クレイグの目が驚きと興奮で見開かれた。「信じられない…私が探し求めていた鍵だ。古代の力を解明する上で最も重要な存在…」
「今はそれを議論する時間はない」オルドリッチ館長が静かに言った。「泉の水を汲み、すぐに出発しよう」
全員が頷き、急いで泉の水を水筒に汲んだ。シルヴィアはメダリオンを見つめていた。
「さっきの光…母のメダリオンから」彼女は不思議そうに言った。「どうして?」
「それは古代の守護のアミュレットかもしれない」マーカス教授が説明した。「『星の泉』の力に反応したのだろう」
「君のお母さんは、重要な秘密を知っていたようだね」オルドリッチ館長がシルヴィアに優しく言った。
彼女は静かに頷いた。「だから『必要な時が来たら』と言ったのね」
準備を整えた一行は、光の地図が示した方向へと歩き始めた。マナウルフとの戦いで全員疲労していたが、目的地が明確になった今、足取りは軽くなっていた。
山道はさらに険しくなり、時には切り立った崖沿いの細い道を進むこともあった。午後も遅くなると、天候が急変し始めた。空には暗雲が広がり、冷たい風が吹き始めた。
「天脈山脈の天候は変わりやすい」クレイグが心配そうに空を見上げた。「嵐が来るぞ」
「避難場所はあるか?」マーカス教授が尋ねた。
「この先に洞窟があるはずだ」クレイグは地図を確認した。「そこで夜を明かせるだろう」
一行は急ぎ足で進んだ。空からは小さな雨粒が落ち始め、次第に激しくなっていった。雷鳴が遠くで響き、嵐の接近を告げていた。
「あそこだ!」ルークが前方を指さした。崖の中腹に、大きな洞窟の入口が見えた。
全員が洞窟に駆け込んだ頃には、外は土砂降りになっていた。雷光が山肌を照らし、轟音が響き渡る。
「危ないところだった」エリナは息を切らしながら言った。
洞窟は予想以上に広く、奥行きもあった。壁には奇妙な模様が刻まれており、かつて誰かが使用していた形跡があった。
「これは…」クレイグが壁の模様を調べ始めた。「古代アストラリス文明の文字だ!」
全員が驚いて壁を見つめた。確かに、壁には俺が『星継の書』で見たものと同じような文字が刻まれていた。
「何と書いてあるんだ?」ルークが好奇心を抱いて尋ねた。
俺とマーカス教授、オルドリッチ館長が壁に近づき、文字を解読し始めた。
「『風の守護者の住処へ続く道』…」俺は少しずつ読み進めた。「『星の継承者のみが進むことを許される』…」
「驚くべきことに、レインが古代文字を読めるとは」クレイグは感嘆の声を上げた。「やはり君は星の継承者なんだ」
「この洞窟は単なる避難所ではなかったようだな」マーカス教授は思案顔で言った。「風の守護者への道だったとは」
「でも、洞窟の奥は行き止まりよ」シルヴィアが指摘した。確かに、洞窟は岩壁で塞がれているように見えた。
「見せかけかもしれない」オルドリッチ館長が言った。「古代の遺跡には、よく隠された通路がある」
「試してみよう」俺は決意して、壁に刻まれた文字の下にある星型の刻印に近づいた。
直感に従い、俺は左手の痣をその刻印に当てた。すると、痣が鮮やかに光り始め、刻印も同じ青い光を放った。岩壁から小さな震動が広がり、徐々に割れ目が生じ始めた。
「動いた!」エリナが驚きの声を上げた。
岩壁はゆっくりと横にスライドし、その奥に新たな通路が現れた。通路の壁には、青く光る結晶が埋め込まれており、暗闇を照らしていた。
「信じられない…」クレイグは感動の声を上げた。「風の守護者への道だ」
しかし、マーカス教授は慎重だった。「今日はもう遅い。疲労もたまっている。明日の朝、十分な準備をしてから探索しよう」
全員が同意し、洞窟の入口近くに宿営地を設けることにした。外では嵐が猛威を振るっていたが、洞窟内は暖かく乾いていた。
火を起こし、簡単な食事を摂った後、交代で見張りをすることにした。最初の見張りは俺とエリナが担当することになった。
他のメンバーが就寝した後、二人は洞窟の入口近くに座り、外の嵐を見つめていた。
「今日は大変な一日だったね」エリナが小声で言った。
「ああ」俺は疲れを感じながらも頷いた。「だけど、目的地に近づいている。両親が最後に来た場所、そして『黒翼の結社』が求めているものの真相に」
「恐くない?」エリナが真剣な表情で俺を見た。「未知の力に向き合うのは」
「正直、怖いさ」俺は素直に答えた。「だけど、真実を知らなければならない。それが両親の望みだったはずだから」
エリナは静かに頷き、しばらく黙っていた。雨の音だけが二人の間を満たしていた。
「レイン」彼女が再び口を開いた。「あなたの左手の痣、使いすぎると大丈夫?マナウルフとの戦いで、かなり力を使ったみたいだけど」
「少し疲れは残っているが、泉の水のおかげで回復している」俺は左手を見た。痣はまだ微かに光を放っていた。「不思議だよな。この力が俺の中にあったなんて」
「私はずっと信じてたわ」エリナは微笑んだ。「あなたには特別な何かがあるって」
その言葉に、俺は少し照れながらも温かさを感じた。エリナはいつも俺を理解し、支えてくれる存在だった。
「ありがとう、エリナ」俺は静かに言った。「君がいてくれて本当に良かった」
彼女は少し赤くなり、視線を外の嵐に戻した。「私もよ。一緒に来れて良かった」
二人はしばらく静かに見張りを続けた。嵐の中、時折遠くで青い光が見える。マナウルフたちがまだ近くにいるようだった。
「明日は何が待っているんだろう」エリナが空を見上げながら呟いた。
「わからない」俺は正直に答えた。「だけど、一緒に立ち向かおう」
彼女は微笑み、頷いた。二人の視線が交わった瞬間、何かが通じ合ったような感覚があった。
「次の見張りの時間だね」エリナが言った。「マーカス教授とオルドリッチ館長を起こそうか」
「そうだな」俺は立ち上がり、最後にもう一度外を見た。
嵐の向こうに、かすかに星が見え始めていた。天候が回復しつつあるようだ。明日は、さらに風の守護者への道を進むことになる。そして、もっと近づくのだ、風の都へ、そして真実へと。
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