## 【危険な賭け】全てを賭けた一手

舞台上の異常な光景に、会場全体が静まり返っていた。俺はヴィクターを支えながら、ゆっくりと彼を床に横たえた。彼の顔は蒼白で、右腕の血管はまだ青く浮き出ていたが、魔力の暴走は収まっていた。


ゼイガー教授が即座に舞台へ駆け上がり、ヴィクターの容体を確認した。


「命に別状はない」教授は安堵の表情を浮かべながら、即座に治癒魔法を唱えた。「しかし、すぐに医務室に運ばなければ」


舞台脇からは、すでに医務室の魔導師たちが担架を持って急いでいた。彼らはヴィクターを注意深く担架に乗せ、急いで運び出した。


ゼイガー教授は最後にヴィクターの右腕を見て、眉をひそめた。そして、俺に向き直った。


「グレイソン君…君は一体…」


教授の視線は俺の左手に向けられていた。痣は再び通常の状態に戻っていたが、先ほどの青い光を多くの人が目撃したはずだ。


「後ほど詳しく話を聞かせてもらう」教授はそう言って、観客席を見回した。「今は…」


彼は咳払いをし、魔法で声を増幅させた。


「決闘の結果を発表する。ヴィクター・ノイマン選手の戦闘不能により、勝者はレイン・グレイソン選手だ」


会場には一瞬の静寂があり、その後徐々に拍手が湧き起こった。それは次第に大きくなり、やがて歓声と混じり合ってなった。


俺はその反応に少々戸惑いながらも、軽く会釈をした。勝利という結果よりも、ヴィクターの無事を祈る気持ちの方が強かった。


観客席からは、エリナとルークが駆け寄ってきた。シルヴィアは少し遅れて、慎重に近づいてきた。


「大丈夫?」エリナが心配そうに俺の状態を確認した。


「ああ」俺は疲れを感じながらも微笑んだ。「少し魔力を使いすぎただけだ」


「すげぇよ、レイン!」ルークは興奮した様子で俺の肩を叩いた。「まさか学院首席を倒すなんて!」


シルヴィアは少し距離を置いて立っていた。彼女の表情には複雑な感情が浮かんでいた。


「ヴィクターは…?」彼女が静かに尋ねた。


「大丈夫だと思う」俺は彼女を安心させようとした。「増強薬の副作用は深刻だけど、命に関わるものではない」


シルヴィアはほっとした様子で頷いた。「ありがとう…彼を救ってくれて」


俺たちの会話は、マーカス教授の接近によって中断された。教授の顔には、誇らしさと少しの心配が混在していた。


「よくやった、レイン」教授は静かに言った。「だが、古代魔法の力を公に示すことになってしまったな」


「他に方法がありませんでした」俺は正直に答えた。


「わかっている」教授は頷いた。「君の選択は正しかった。しかし…」


教授は周囲を見回した。観客はまだ興奮状態で、多くの人が俺に向かって指を指し、話し合っていた。


「学院長があなたと話したいと言っている」教授は続けた。「そして、おそらく他の教授たちも…特にゼイガー教授がね」


エリナが不安そうに俺の腕をつかんだ。「大丈夫?何か問題になるの?」


「心配ない」マーカス教授は微笑んだ。「オルドリッチ館長と私が付き添うから。ただ、今後のことについて話し合う必要があるだけだ」


「分かりました」俺は頷いた。


「それと」教授は声を落として言った。「『黒翼の結社』も動くだろう。今日の出来事は彼らにとって大きな意味を持つ」


俺は緊張感を覚えながらも頷いた。確かに、古代魔法の力を公の場で見せてしまったことで、結社の動きが加速するかもしれない。


「では、30分後に学院長室へ」教授はそう言い残して立ち去った。


教授が去ると、観客の多くが徐々に舞台に近づいてきた。同級生や上級生、さらには見知らぬ学生までもが、俺に話しかけようとしていた。


「行こう」エリナが俺の手を引いた。「ここにいると質問攻めにされるわよ」


俺たちは人目を避けるように舞台裏への扉に向かった。しかし、その途中で一人の男性が俺たちの前に立ちはだかった。


40代くらいの、ヴィクターに似た顔立ちの男性。しかし左目は魔法の義眼に置き換えられていた。その冷たい視線は俺を貫くようだった。


「アーサー・ノイマン…」シルヴィアが警戒するように男の名を呟いた。


「よく知っているな、シルヴィア嬢」アーサーは薄く不気味な笑みを浮かべた。「君の行動については後ほど家族間で話し合うことになるだろう」


彼はシルヴィアを一瞥した後、俺に向き直った。


「レイン・グレイソン君」彼の声は意外にも穏やかだった。「素晴らしい決闘だった。特に最後の…救出劇は見事だった」


「ありがとうございます」俺は警戒しながら答えた。「ヴィクターさんの容体はどうですか?」


「甥は回復するだろう」アーサーは軽く手を振った。「彼の不注意があったとはいえ、君の能力は注目に値する」


彼の視線が俺の左手に向けられた。痣は服の袖に隠れていたが、彼はそこに何かを見るかのように凝視していた。


「我々は是非とも君との…さらなる対話を望んでいる」彼は意味深に言った。「古代の知識と力について、我々は共通の関心を持っているようだ」


「対話ですか?」俺は冷静に尋ねた。「『黒翼の結社』として、ですか?」


アーサーの表情がわずかに強張った。しかし、すぐに穏やかな笑みを取り戻した。


「なるほど、君は我々のことをご存知なようだ」彼は頷いた。「それなら話が早い。我々は君のような才能ある若者を常に求めている。特に…特別な血筋を持つ者をね」


「お断りします」俺ははっきりと答えた。「あなた方の目的は知っています。古代魔法の力を独占し、支配のために使う…俺の両親が命を賭して守ろうとしたものを破壊するつもりでしょう」


アーサーの目が鋭く光った。「君は誤解しているようだ。我々は古代の知恵を正しく使うために研究しているのだ。それが一部の者の手に限られるのは、その力があまりに危険だからこそ」


「嘘だ」俺は言い返した。「あなた方は自分たちの力のために古代魔法を求めている。だが、星の継承者の力は共有するためにある。支配のためではない」


アーサーの表情が冷たくなった。「君はまだ若すぎる。古代の力が持つ真の危険性を理解していない」


「むしろあなた方こそ、その力の本質を理解していない」俺は静かに言った。「それが古代文明を滅ぼした原因だ」


一瞬の緊張した沈黙があった。アーサーの目には怒りと、奇妙なことに、興味のような感情が浮かんでいた。


「面白い」彼は最終的に言った。「君は思っていたより多くを知っているようだ。だが、知識と理解は別物だ」


彼は一歩後ろに下がった。


「今日のところは引く」彼は宣言した。「だが覚えておけ、グレイソン君。君の力は、使い方を間違えれば大きな災いを招く。我々の門戸はいつでも開かれている。考えが変われば…」


「変わりません」俺ははっきりと言った。


アーサーは最後に冷たい笑みを浮かべ、立ち去っていった。その背中からは不吉な魔力の波動が感じられた。


「あの人が『黒翼の結社』の…」エリナが小声で言った。


「ええ」シルヴィアが確認した。「幹部の一人よ。そして、ヴィクターの叔父」


「危険な男だ」ルークが唸るように言った。「目つきからして信用できない」


「用心しないと」俺は友人たちに言った。「結社は今日の出来事で、さらに俺に興味を持ったはずだ」


「でも、なぜここで直接接触してきたのかしら?」エリナが疑問を呈した。


「力の誇示よ」シルヴィアが答えた。「彼らは恐れを与えることで人を支配しようとする。たとえ公の場であっても、彼らの力を見せつけることに躊躇しない」


俺は学院の方を見た。マーカス教授が言った通り、今回の決闘は単なる勝負ではない。これは今後の全てを左右する出来事になるかもしれない。


「さあ、行こう」俺は友人たちに言った。「学院長室に行く前に、少し休憩したい」


俺たちは人目を避けるように舞台を後にした。興奮冷めやらぬ祭りの喧騒を背に、学院の建物へと向かう。今日の決闘の真の意味を理解できている人は、まだほとんどいないだろう。


だが俺には分かっていた。今日という日が、俺の運命の大きな転換点になることを。

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