##【互角の戦い】技と知恵が交錯する攻防

舞台上の空気が一変した。開始直後の圧倒的優位を誇っていたヴィクターが、今や苦戦を強いられている。観客の間でも、俺を応援する声が増え始めていた。


「もう一度言おう」俺はヴィクターに向かって言った。「増強薬の使用を中止した方がいい。このままでは体に悪影響が出る」


「うるさい!」ヴィクターの怒りの叫びが舞台中に響いた。「お前のような下等生に心配されるいわれはない!」


彼の右腕の震えはさらに酷くなり、青い血管がより鮮明に浮き出ていた。もはや痛みを隠せないようで、左手で右腕を抑えている。


「制御ができなくなってきている」俺は冷静に分析した。「だがそれだけに、より危険だ」


俺がわずかに注意を逸らした瞬間、ヴィクターが突然動いた。彼は驚くべき速さで俺に接近し、直接的な攻撃を仕掛けてきた。


「*フルグル・マヌス!*」


彼の左手が雷撃に包まれる。それは格闘技と魔法を融合させた応用魔法だった。通常の魔術師は近接戦闘を苦手とするが、彼はその常識を破っていた。


突然の接近戦に対応しきれず、俺はかすり傷を負った。痺れと痛みが左腕を襲う。


「ふん、驚いたか?」ヴィクターは勝ち誇ったように言った。「私は魔法だけでなく、その応用も極めているのだ。長距離が不利なら、近接で仕留める」


確かに予想外の展開だった。大抵の魔術師は遠距離戦を得意とし、近接戦は避ける。しかしヴィクターは違った。彼は完璧な魔術師を目指し、あらゆる戦闘スタイルを習得していたのだ。


「なるほど、さすがだな」俺は痺れる腕を庇いながら距離を取った。


ヴィクターは俺の動きを見逃さず、再び接近してくる。彼の動きには無駄がなく、まるで踊るように舞台を横切った。


「逃げても無駄だ!」


彼は再び左手に雷を纏い、直接攻撃を繰り出す。俺は何とか身をひねって避けるが、彼の攻撃はしつこく俺を追い回す。観客からは興奮の声が上がった。接近戦という予想外の展開に、誰もが息を呑んでいる。


「このままでは不利だ」俺は冷静に状況を判断した。「接近戦は俺の弱点…でも」


そうだ、俺にはある強みがある。左手の痣から得られる古代魔法の感覚と、ルークとの特訓だ。カリキュラムとは別に、ルークに剣術の基礎を教わっていたことが、今役立つかもしれない。


次のヴィクターの接近に対し、俺は敢えて正面から受け止める構えを取った。


「正面から来るか?無謀だな!」ヴィクターは嘲笑しながら、雷撃の拳を俺に向けて突き出した。


その瞬間、俺は左手の痣に集中し、古代魔法の一つを発動させた。


『*アストラリス・テンプス・レンタス*』


周囲の時間の流れが俺の感覚の中でわずかに遅くなった。これは本当の時間魔法ではなく、俺の認識と反応速度を高める古代の技術だ。見た目には変化はないが、俺にとってはヴィクターの動きがわずかに遅く見える。


俺はヴィクターの拳をかわし、同時に自分の右手に火の魔力を集中させた。


「*イグニス・パルマ!*」


俺の掌から炎が噴出し、至近距離でヴィクターの胸に直撃した。彼は衝撃で数メートル後方に吹き飛ばされ、舞台の端で何とか踏みとどまった。


観客からは驚きと興奮の声が上がった。誰もが「落第魔術師」と呼ばれた少年が、学院首席を追い詰める展開に目を見張っている。


ヴィクターはローブの胸元を押さえ、苦しそうに息をしていた。明らかに打撃を受けている。しかし、彼の目には決して諦めない意志が宿っていた。


「なかなかやるな…」彼は息を整えながら言った。「だが、まだ決着はついていない」


彼の周囲に再び魔力が渦巻き始める。今度はさらに強く、より不安定な波動だった。増強薬の効果を最大限に引き出そうとしているようだ。


「やめろ、ヴィクター!」俺は警告した。「そんな状態でこれ以上魔力を高めれば、制御できなくなる!」


「黙れ!」彼は怒鳴った。「お前に私の限界など分かるはずがない!」


彼の右腕から青い光が漏れ始め、血管はまるで発光しているかのようだった。顔にも苦痛の色が濃くなっている。これは明らかに危険な状態だ。


ゼイガー教授が舞台端から一歩前に出た。決闘を中止するか迷っている様子だった。しかし、ヴィクターがすぐさま教授に向かって叫んだ。


「中断しないでください!私はまだ戦える!」


教授は一瞬躊躇ったが、結局一歩下がった。決闘の続行を許可したのだ。


観客席の最前列では、エリナが心配そうな表情で俺を見つめていた。シルヴィアも同様に緊張した面持ちだ。ルークは拳を固く握りしめている。


「心配するな」俺は心の中で友人たちに語りかけた。「ここで終わらせる」


ヴィクターは両手を高く上げ、複雑な魔法陣を描き始めた。彼の周囲の空気が震え、魔力の高まりで髪が逆立っている。


「私の最強の魔法だ…逃げ場はない!」


「*テンペスタス・フルミニス・マクシマ!*」


巨大な雷鳴が轟き、舞台上空に暗雲が形成された。それはヴィクターの代名詞とも言える最高位の魔法、「雷暴」だった。通常の学院決闘ではほとんど使用されない危険な大魔法だ。


雲から無数の雷が俺めがけて降り注ごうとしている。避けることは不可能に近い。


俺は覚悟を決め、マーカス教授から教わった方法で対抗することにした。左手の痣からの力を全開にし、現代魔法と古代魔法を融合させる。


「*テラ・ドムス・プロテクティオニス!*」


大地の守護魔法を唱えながら、同時に心の中で古代語を詠唱する。


『*アストラリス・エギス・インヴィオラビリス*』


俺の周囲に土と岩でできたドーム状の防御壁が形成される。その内側には、肉眼では見えない古代の魔法陣が幾重にも織り込まれていた。


ヴィクターの雷暴が俺のドームに激突する。轟音と共に、眩い閃光が舞台全体を包んだ。観客たちは目を覆い、バリアの外でさえその衝撃を感じるほどだった。


ドームは外側から崩れ始め、雷の力に耐えきれず亀裂が走る。しかし、完全に破壊される前に雷暴は収束した。煙と埃が晴れると、俺はまだ立っていた。防御は一部破壊されていたが、致命的なダメージは避けられたのだ。


観客からの歓声と驚きの声が響き渡る。誰もがこの予想外の結果に息を呑んでいた。


対するヴィクターは、あまりの魔力消費と増強薬の副作用で膝をついていた。彼の右腕は明らかに制御不能になり、不規則に痙攣している。顔は蒼白で、冷や汗が流れ落ちていた。


「なぜだ…」彼は絶望的な声で呟いた。「なぜ私が…負けるのだ…」


俺は慎重にヴィクターに近づいた。


「ヴィクター、もう十分だ。決闘はここまでにしよう」


「認めない…」彼は歯を食いしばった。「私は負けない…できない…」


彼は再び立ち上がろうとするが、足が震えて支えられない。それでも必死に魔力を集めようとしている。


「やめろ!」俺は強く言った。「これ以上は危険だ!」


しかし、彼は聞く耳を持たなかった。増強薬と自身のプライドに突き動かされ、最後の魔力を振り絞ろうとしている。


そのとき、突然の変化が起きた。ヴィクターの右腕から青い光が爆発的に放射され、彼の全身が青白い魔力のオーラに包まれた。彼の表情には驚きと恐怖が浮かんでいた。


「制御が…できない…!」


魔力暴走だ。増強薬の限界を超え、彼自身のコントロールを離れた魔力が暴走を始めたのだ。


ゼイガー教授が即座に動き、魔法バリアを強化しようとした。しかし、ヴィクターの周囲の空間が歪み始め、通常の魔法では対処しきれない状況になっていた。


観客席から悲鳴が上がる。パニックが広がり始めた。


舞台上の俺は、瞬時に決断を下した。もはや勝敗は関係ない。ヴィクターの命と観客の安全が最優先だ。


俺は左手の痣に全意識を集中させ、古代魔法の力を引き出した。もはや隠す必要はない。


「*アストラリス・フルクサス・コントロール!*」


左手の痣が鮮やかな青色に輝き始め、その光が腕全体を包み込む。俺はヴィクターに駆け寄り、彼の暴走する右腕をつかんだ。


「何を…する気だ…」ヴィクターは苦しみながらも抵抗しようとした。


「おとなしくしろ!」俺は叫んだ。「命を救おうとしているんだ!」


俺の左手から青い光の筋がヴィクターの腕へと流れ込んでいく。古代魔法の制御能力を使って、彼の暴走した魔力を安定させようとしているのだ。


激痛が俺の全身を走る。他者の暴走魔力を制御するのは、自分の魔力をコントロールするよりもはるかに難しい。しかもヴィクターの魔力は増強薬によって歪められ、予測不能な動きをしている。


それでも俺は諦めなかった。左手の痣からより多くの力を引き出し、ヴィクターの魔力を少しずつ安定させていく。青白い光が徐々に収束し始め、空間の歪みも正常化してきた。


観客はこの異常事態に固唾を呑んでいた。特に教授陣は俺の左手から放たれる古代魔法の光に驚愕の表情を浮かべていた。マーカス教授だけは静かに見守り、微かに頷いていた。


「ヴィクター、力を抜け」俺は彼に語りかけた。「抵抗すると余計に危険だ」


彼はしばらく抵抗していたが、やがて力尽きたように緊張を解いた。その瞬間、俺は彼の暴走魔力を完全に制御下に収め、安全に放出させることができた。


青い光が空高く上昇し、無害な魔力の雨となって舞台上に降り注いだ。そして、ヴィクターは意識を失い、俺の腕の中で崩れ落ちた。


決闘は、予想外の形で終了した。

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