# 第6章: 【公開決闘】学院の歴史に刻まれる対決

## 【観衆の前で】全ての目が見つめる舞台

夏至祭の青空の下、中央広場に設けられた決闘舞台は、学院中から集まった観客で埋め尽くされていた。舞台は直径十メートルほどの円形で、周囲には透明な魔法バリアが張られている。決闘者の力が観客に危害を及ぼさないための安全策だ。


舞台の床には、複雑な魔法陣が刻まれていた。それは決闘時の魔力を安定させ、過剰な魔力の暴走を防ぐための装置でもある。


俺はステージの東側から入場した。一瞬の静寂の後、観客からどよめきと拍手が起こる。どこからか「頑張れ、グレイソン!」という声も聞こえた。見れば最前列にルークが立ち、大声で応援している。その隣にはエリナとシルヴィアの姿もあった。エリナは心配そうな表情だったが、微笑んで励ましの視線を送ってくれた。


西側からはヴィクターが入場してきた。彼を迎えたのは、はるかに大きな歓声だった。さすが学院首席、人気は圧倒的だ。彼は自信に満ちた表情で歩き、観客に向かって優雅に会釈した。


俺たちは舞台中央で向かい合い、形式通りに一礼した。ヴィクターの青い瞳には昨日とは違う光があった。より鋭く、より冷たく、そして…どこか不自然な輝きを帯びていた。


「増強薬の効果か…」俺は心の中で呟いた。


ステージ脇の特設席には、マーカス教授やオルドリッチ館長を含む教授陣が座っていた。そして中央に立ったのは、ゼイガー教授だった。


「夏至祭魔法決闘、これより開始する」ゼイガー教授の声が魔法で増幅され、広場全体に響き渡る。「今回の対戦は、三年生ヴィクター・ノイマン」彼はヴィクターの方を示し、大きな歓声が湧いた。「対、三年生レイン・グレイソン」


俺の名前の後には、歓声というより好奇の声が多かった。多くの学生にとって、俺はまだ「落第寸前の最弱魔術師」でしかない。彼らは「なぜ最弱がトップに挑むのか」という興味で見ているのだろう。


「決闘のルールを説明する」教授は続けた。「魔法陣の範囲内での戦闘に限る。致命的な攻撃は禁止。降参、戦闘不能、またはバリア外への転落で敗北となる」


教授は俺たちを見た。「準備はいいか?」


「はい」俺とヴィクターは同時に応じた。


「では、開始の合図があるまで、舞台の両端に下がるように」


俺たちは指示に従い、それぞれの位置についた。頭上では、祭りの鐘が鳴る準備をしている。その鐘の音が決闘開始の合図だ。


最後の数秒、俺は静かに呼吸を整えた。そして左手の痣に意識を集中する。表面的には光らないよう注意しながら、内側だけで魔力を流し始めた。マーカス教授から教わった通り、心臓から全身へと古代の魔力経路を活性化させる。


「準備はいいか」ゼイガー教授が最終確認をした。


両者が頷くと、教授は合図を送った。


鐘の音が鳴り響く。


決闘開始だ。


鐘の余韻が消える前に、ヴィクターが素早く詠唱を始めた。


「*フルグル・イクトゥス!*」


彼の右手から青白い雷撃が放たれ、まっすぐ俺に向かって飛来した。通常の学院決闘では見られないほどの強力な一撃だ。


俺は咄嗟に回避行動をとり、左に転がる。雷撃は俺のいた場所の床を焦がし、バリアに触れて青い火花を散らせた。


「素早い動きだな、グレイソン」ヴィクターは冷笑を浮かべた。「だが、逃げるだけでは勝てないぞ」


彼は再び素早く詠唱を始める。今度は連続攻撃だ。


「*フルグル・セリエス!*」


複数の雷撃が俺を追いかける。逃げるだけでは限界がある。反撃するしかない。


「*テラ・ムルス!*」


俺は地系の防御魔法を詠唱した。床から土の壁が隆起し、雷撃の一部を受け止める。しかし、壁は1発目でひび割れ、2発目で崩れ去った。残りの攻撃を何とか身をひねって避けるが、最後の一撃が右肩を掠め、鋭い痛みが走る。


観客からは歓声と驚きの声が混じった反応が上がった。すでに俺が不利な状況にあることは、誰の目にも明らかだった。


「これが首席と落第生の差だ」ヴィクターは余裕の表情で言った。「まだ始まったばかりだというのに」


俺は肩の痛みを堪えながら、冷静に状況を分析した。確かに彼の魔力は強大だ。しかし…何か違和感がある。彼の魔力の流れが通常と異なっているように感じる。


「それが増強薬の効果か」俺は心の中で思った。「魔力は増しているが、流れが不安定だ」


ここに機会があるかもしれない。


「確かに強いな」俺は立ち上がりながら言った。「でもまだ始まったばかりだろう?」


俺は今度こそ真剣に詠唱を始める。表向きは通常の火系魔法だが、内側では左手の痣から古代の魔力経路を通して力を送り込む。


「*イグニス・サジッタ!*」


俺の手から放たれた火矢は、通常の魔法よりもはるかに濃密で鮮やかな炎を纏っていた。一直線にヴィクターに向かう。


ヴィクターは余裕の表情で防御魔法を詠唱した。


「*アクア・シールド!*」


彼の前に水のバリアが形成される。通常ならこれで火系攻撃は消えるはずだった。しかし、俺の火矢はバリアに突き刺さり、激しい蒸気を上げながらも突破した。水のバリアが砕け散る。


ヴィクターは驚いて身を翻し、何とか直撃を避けたが、肩の一部が焦げた。彼の表情が一変する。


「なっ…!」


観客からも驚きの声が上がった。誰もが予想外の展開に息を呑んでいる。


「ほう」ヴィクターは表情を引き締めた。「少しは見所があるようだな」


彼の周囲に青い魔力のオーラが立ち昇る。増強薬の効果をさらに高めているようだ。


「本気を出させてもらおう」


彼は両手を広げ、複雑な魔法陣を描き始めた。上級魔法の前兆だ。


「*テンペスタス・フルグリス!*」


空中に雷を帯びた竜巻が形成され、猛烈な速さで俺に襲いかかる。これはB級魔術師でも扱うのが難しい中級魔法だ。


俺は即座に最強の防御魔法を詠唱した。


「*テラ・フォルティス・ムルス!*」


強化土壁が俺の前に立ち上がる。同時に、左手の痣から魔力を注ぎ込み、見えない古代の魔法陣で壁を補強した。


雷の竜巻が壁に激突する。激しい衝撃と閃光で一瞬、視界が奪われた。壁は激しく震えるが、完全には崩れなかった。


観客からどよめきと歓声が上がる。誰もが「最弱」と呼ばれた魔術師がここまで持ちこたえるとは思っていなかったのだろう。


煙と埃が晴れてくると、ヴィクターの驚愕の表情が見えた。


「なぜだ…」彼の声は怒りと困惑に満ちていた。「なぜ私の魔法がこんな程度の者に…」


彼の周囲の青いオーラがさらに強まる。不自然な輝きを帯び、身体の一部、特に右腕の血管が浮き出ているのが見えた。


「増強薬の副作用だ」俺は気づいた。「魔力をコントロールしきれていない」


この機を逃すわけにはいかない。


「*イグニス・スピラ!*」


俺は通常の螺旋炎魔法を放った。火の渦が舞台上を这うようにヴィクターに向かって進む。


ヴィクターはそれを見下ろし、嘲笑うように片手で迎え撃とうとした。


「そんな基礎魔法で私に…」


彼は簡単な消炎魔法を詠唱したが、そのとき異変が起きた。彼の右腕から魔力が不規則に漏れ出し、詠唱が乱れる。消炎魔法が不完全な形で発動し、火の渦を止めるどころか、逆に刺激してしまった。


炎はヴィクターの足元に到達し、彼のローブの裾に燃え移る。驚いた彼は咄嗟に後退し、炎を払おうとするが、パニックで魔力制御が更に乱れた。


観客は、学院首席のこの予想外の苦戦に沸き立っている。


「これが…君の真の力なのか?」ヴィクターは怒りに震える声で言った。「それとも何か裏がある…?」


「単に俺の魔法と君の不調の相性が悪かっただけさ」俺は冷静に答えた。「増強薬は副作用が強いんじゃないか?」


ヴィクターの顔が一瞬、蒼白になった。「なぜそれを…」


「見れば分かる」俺は指摘した。「君の魔力の流れが不自然だ。そんな状態では高度な魔法はコントロールできないぞ」


ヴィクターの表情が怒りと屈辱で歪んだ。「黙れ!素人風情が私に魔法を語るな!」


彼は再び魔力を高めようとするが、右腕の震えが激しくなる。彼の顔には痛みの色が浮かんでいた。


舞台の端では、ゼイガー教授が眉をひそめ、何かを決断するように見えた。決闘を中止するかどうか迷っているのかもしれない。


しかし、ヴィクターはまだ諦めていなかった。彼は左手だけを使って、新たな魔法陣を描き始めた。


「*カエルレウス・フラマ・マクシマ!*」


これは彼の代名詞とも言われる青炎魔法だ。ヴィクターの左手から青い火の玉が生まれ、瞬く間に巨大化して俺に向かって飛んでくる。


通常の防御では太刀打ちできない大技だ。この決闘で初めて、俺は古代魔法の知識を直接応用することにした。


左手の痣に強く意識を集中させ、心の中で古代語を詠唱する。


『*アストラリス・プロテゴ*』


見た目には何も変化はないが、俺の周囲に星のエネルギーで構成された見えない盾が形成された。青炎の球が俺に激突する瞬間、不思議な現象が起きた。炎が俺を包み込むのではなく、まるで何かに阻まれるように分岐し、俺の両脇を通り抜けたのだ。


観客からは驚愕の声が上がった。誰の目にも、俺が直撃を受けたように見えていたはずなのに、煙が晴れると俺は無傷で立っていた。


「ば、馬鹿な…」ヴィクターは目を見開いた。「どうやって…」


俺も実は驚いていた。古代の防御魔法がここまで効果的だとは予想していなかった。左手の痣から温かい感覚が広がっている。


もはや優勢は明らかだった。ヴィクターは増強薬の副作用で苦しみ、魔力のコントロールを失いつつある。対照的に、俺の方は古代の魔力経路を使いこなせるようになってきた。


しかし、だからといって油断はできない。追い詰められたヴィクターこそ、最も危険かもしれないのだから。

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