## 【分断の策略】信頼の糸を断ち切る謀略
朝の講堂は学生たちの興奮した話し声で満ちていた。昨日の夕方、公式掲示板に貼り出された一枚の羊皮紙が、今や学院全体の注目を集めていたからだ。
魔法決闘の挑戦状。
ヴィクター・ノイマンから、レイン・グレイソンへの公式な挑戦状。しかも、夏至祭の中央ステージでの公開決闘という形で。
「おい、レイン、本当に受けるのか?」
食堂でルークが心配そうに尋ねる。幼い頃からの友人は、俺の実力を知っているだけに、その心配は本物だった。
「ああ、受けるよ」俺はパンをちぎりながら平静を装った。「断れば臆病者と言われる。それに…」
言葉を切って周囲を見回した。どのテーブルからも視線を感じる。みな噂話に花を咲かせているのが見てとれた。
「そんな視線を向けるなんて…昨日までは誰も俺なんか見向きもしなかったのにな」
「ヴィクターが首席の天才で、お前が…」ルークは言いよどんだ。
「最弱だからな」俺は苦笑した。「面白いショーになるって思ってるんだろう」
「でも最近はそうでもないだろ?」ルークが食い下がる。「マルコの話では、魔法史のレポートがクラス一だったって」
「それは単なる座学だよ」俺は肩をすくめた。
この会話の間も、周囲からの視線は続いていた。特に、上級生のテーブルからの冷ややかな視線が気になった。ヴィクターの取り巻き連中だ。彼らにとっては、この決闘は単なる見せしめなのだろう。
「私は反対よ」
後ろから声がして振り返ると、エリナが立っていた。彼女の隣には珍しいことに、シルヴィアの姿もあった。
「おはよう」俺は二人に挨拶した。
「挑戦を受けるべきじゃないわ」エリナは遠慮なく俺の向かいに座った。「ヴィクターは学院最強。しかも、彼には裏があるのよ」
シルヴィアも静かに席に着いた。彼女の存在が周囲の視線をさらに集めている。ヴィクターの婚約者が、彼の挑戦相手と同じテーブルにいるという光景は、確かに異様だった。
「裏って?」ルークが興味を示した。
エリナはシルヴィアを一瞥してから、小声で言った。「彼は『黒翼の結社』とつながりがある可能性が高いわ」
「エリナ!」シルヴィアが驚いた声を上げた。「そんなこと公言しないで」
「ルークは信頼できるわ」エリナは肩をすくめた。「それに事実でしょう?」
シルヴィアは周囲を警戒するように見回してから、声を落として言った。「彼自身が結社と知って協力しているわけではないと思うわ。利用されているだけ」
「それはどういう…」ルークが質問しかけたとき、食堂の入り口が大きく開いた。
会話が一瞬で途切れ、食堂全体が静まり返った。
ヴィクター・ノイマンが、数人の取り巻きを従えて入ってきたのだ。彼の青い瞳は即座に俺たちのテーブルを捉え、唇に冷笑を浮かべながら真っ直ぐに歩いてきた。
「おはよう、グレイソン」彼の声は食堂中に響いた。「私の挑戦状は受け取ったかな?」
「ああ」俺はできるだけ冷静に答えた。「受けさせてもらうよ」
「そうか」彼は満足そうに頷いた。「正直、断ると思っていたがな。勇気だけは認めよう」
その視線がシルヴィアに移ると、表情が険しくなった。
「シルヴィア、君がここにいるとは意外だな。説明してもらおうか」
シルヴィアは優雅に立ち上がり、堂々と答えた。「研究のことで相談があっただけよ。エリナとレインは古代言語の専門家だから」
「そうか」ヴィクターの目は信じていないことを明確に示していた。「君の婚約者である私を差し置いて、私の挑戦相手と親しくしているというのは、少々見苦しいとは思わないかな?」
「私は誰と話そうと自由よ」シルヴィアは冷たく言い放った。「それに、私たちの婚約は両家の都合でしかないことはあなたも知っているでしょう」
食堂中からどよめきが起こった。二人の婚約が政略結婚だということは、公然の秘密ではあったが、当人がそれを公の場で認めるのは前代未聞だった。
ヴィクターの顔が怒りで赤くなった。「君は自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「十分理解しているわ」シルヴィアは微動だにしなかった。
俺は状況の悪化を懸念して立ち上がった。「ヴィクター、俺が挑戦を受けたのは事実だ。シルヴィアとの会話は単なる学術的なものだ。決闘で決着をつければいい」
ヴィクターの冷たい視線が俺に向かう。「ふん、学術的な会話か。君のような最低ランクの魔術師に何が分かるというのだ?」
「それは決闘で証明させてもらうよ」俺は淡々と答えた。
ヴィクターは片方の眉を上げ、周囲を見回した。「聞いたか?グレイソンは私に挑むつもりらしい」嘲笑うように言った。「夏至祭の決闘で、彼の無謀さを全校生に見せつけてやろう」
彼は再びシルヴィアに向き直り、声を低めた。「そして君との件は、後で私的に話し合おう」
シルヴィアは挑戦的に彼を見返したが、何も言わなかった。
ヴィクターは最後に俺に冷たい視線を送り、「特訓でもしておくといい。あまりに惨めな結果では、観客が気の毒だからな」と言い残し、取り巻きを連れて立ち去った。
彼らが去ると、食堂はすぐに興奮した囁き声で満ちた。
「最悪ね」エリナがため息をついた。「これで学院中の注目を集めてしまったわ」
「それが彼の狙いでもあるんだろうな」俺は座り直した。「公の場で俺を追い詰め、古代魔法を使わざるを得ない状況に追い込む」
「でも、それは危険すぎる」エリナが懸念を示した。「まだ完全にコントロールできていないのに」
「わかってる」俺は左手の痣を見つめた。「だけど…」
「私が提案があるわ」シルヴィアが静かに言った。「決闘には古代魔法を使わず、現代魔法だけで挑むの」
「え?」エリナが驚いた声を上げた。「でも、それじゃ勝ち目が…」
「いいえ、一つ秘策があるわ」シルヴィアは俺を見据えた。「『星継の書』の記述によれば、星の継承者には現代魔法を古代の方法で増幅する技術があるの。それなら外からは通常の魔法に見えるけど、威力は段違い」
「それは…」俺は考え込んだ。確かに、古代魔法書の一部にそのような記述があったような気がする。
「ただし、集中力が必要ね」シルヴィアは続けた。「この技術を磨くには時間がかかるでしょう」
「でも、その方法なら『黒翼の結社』の思惑を外せる」エリナが理解を示した。「彼らが望むような古代魔法の公開使用にはならない」
「そうね」シルヴィアは頷いた。「彼らの計画を少しでも狂わせることができるわ」
「よし、その方法を試してみよう」俺は決心した。
ルークは混乱した表情で三人を見ていた。「おい、俺にも何が起きてるのか教えてくれないか?黒翼の結社って何だ?それに古代魔法って?」
エリナと俺は顔を見合わせた。ルークには今まで何も話していなかった。彼は幼い頃からの友人だが、危険に巻き込みたくなかったからだ。
「ルーク…」俺は言葉を選びながら話し始めた。「少し長い話になるが、聞いてくれるか?」
「ああ、もちろんだ」ルークは真剣な表情で頷いた。
「この話は他の誰にも言わないでくれ」
「当たり前だろ」ルークは少し憤慨したように言った。「俺たちは子供の頃からの友達だぞ。信用してるって」
俺は深呼吸して、ここ数週間の出来事を簡潔に説明した。古代魔法書との出会い、左手の痣の能力、「黒翼の結社」の脅威について。ただし、両親の死の真相については触れなかった。それはまだ自分の中で整理できていなかったからだ。
話し終えると、ルークは驚きと懸念が混じった表情で俺を見つめた。
「つまり、お前は強大な古代魔法の適性を持っていて、謎の結社に狙われているってことか?」
「そういうことになる」俺は肩をすくめた。
「それで、ヴィクターの挑戦は単なる学生間の決闘じゃなく、お前を試すための罠だと?」
「その可能性が高い」シルヴィアが答えた。「彼の叔父アーサー・ノイマンは結社の幹部よ」
「へえ…」ルークは腕を組んで考え込んだ。「それで、お前たちはどうするつもりなんだ?」
「まずは決闘を乗り切る」俺は言った。「それから夏休みに天脈山脈へ行く予定だ。両親が調査していた遺跡を見つけるために」
「おい、それは危険すぎるだろ!」ルークが声を大きくした。「結社の連中もそれを狙ってるんだろ?」
「だから私たちが同行するのよ」エリナが言った。
「俺も行く」ルークは即座に言った。
「え?」三人は驚いて彼を見た。
「文句あるか?」ルークは挑戦的に言った。「剣術科首席の俺がいれば、少しは役に立つだろ。魔法使い連中ばかりじゃ、近接戦闘は不得手だろうしな」
「でも危険だぞ」俺は慎重に言った。「命の危険もある」
「だからこそだ」ルークはまっすぐに俺の目を見た。「友達を一人で危険な目に遭わせるわけにはいかない」
俺は感謝の気持ちで一杯になった。幼い頃からの友情は、こんな時に力になるものなのだと実感した。
「ありがとう、ルーク」
「礼なんていい」ルークは照れくさそうに笑った。「それより、まずはヴィクターとの決闘だ。特訓に付き合うぞ」
「ありがとう」俺は再度感謝を述べた。
しかし、その瞬間、食堂の入口から再び騒がしさが起こった。今度は、首席教授のゼイガーだった。彼は真っ直ぐに俺たちのテーブルに向かってきた。
「レイン・グレイソン」その声は冷たく響いた。「君と話がある。執務室まで来たまえ」
食堂中の視線が一斉に俺に集まる。ゼイガー教授は学院で最も厳格な教授として知られていた。彼が直接学生を呼びつけるのは、よほどのことがあった時だけだ。
「はい、教授」俺は立ち上がって応じた。
「すぐに」教授は付け加え、先に立って食堂を出て行った。
「何があったんだろう?」エリナが心配そうに言った。
「わからない」俺は首を振った。「とにかく行ってくる」
「気をつけて」シルヴィアが小声で言った。「ゼイガーは『黒翼の結社』との繋がりがある可能性があるわ」
俺は驚いて彼女を見たが、それ以上の説明はなかった。結局、頷いて食堂を後にした。
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ゼイガー教授の執務室は、中央学舎の最上階にあった。厳かな雰囲気の中に、魔法研究の成果物や古い魔法書が整然と並べられている。
教授は重厚な机に座り、俺に向かい合う椅子を示した。
「座りなさい」
俺は言われた通りに座った。教授の鋭い視線が俺を貫いているようだった。
「グレイソン君、君のここ数週間の変化について話し合いたい」教授はいきなり本題に入った。「君は入学以来、魔法の才能に恵まれない学生だった。しかし、最近その状況が一変しているようだね」
「少し努力の成果が出始めただけです」俺は平静を装った。
「努力?」教授は皮肉げに言った。「私の長い教育経験から言えば、魔法の才能は生得的なものだ。突然開花するようなものではない」
「人それぞれではないでしょうか」俺は反論した。
教授はしばらく俺を観察してから、机の引き出しから一枚の古い羊皮紙を取り出した。
「これが何かわかるかね?」
俺はそれを見て、心臓が高鳴るのを感じた。それは古代文字で書かれた魔法式だった。しかも、『星継の書』に記されていたものとよく似ている。
「いいえ」俺は嘘をついた。「古い文書のようですが…」
「そうか」教授は意味ありげに言った。「この文書は、古代アストラリス文明の魔法書の断片だ。数千年前のものだが、最近学院内で似たような魔法の痕跡が検出されている。君は何か知らないか?」
「いいえ」俺は再び否定した。
教授は長い間俺を見つめた後、ゆっくりと立ち上がった。
「グレイソン君、君の両親は古代文明の研究者だったね」
「はい」俺の緊張が高まった。
「彼らの死は…残念な事故だった」教授の声には感情が読み取れなかった。「だが、彼らの研究は非常に危険なものだった。現代の魔法体系の安定を脅かすようなものだ」
「教授、何が言いたいのですか?」俺は直接尋ねた。
「言いたいのは」教授は窓に向かって歩きながら言った。「古代魔法は忘れられるべきだということだ。我々の世界は、現代魔法の安定した体系の上に成り立っている。その秩序を乱すものは…」
言葉を切って、教授は再び俺を見た。その目には警告が込められていた。
「夏至祭の決闘、見せてもらうよ」教授は話題を変えた。「ノイマン君は我が学院の誇りだ。君がどのように戦うか、非常に興味深い」
「普通に戦うだけです」俺は答えた。
「そうであることを願うよ」教授の口調には明らかな脅しが含まれていた。「もし通常の魔法の範疇を超えるようなことがあれば…学院の規律として厳しく対処せざるを得ない」
「理解しています」俺は立ち上がった。「他になければ、失礼します」
「行きなさい」教授は手を振った。「ただし、忠告しておく。シルヴィア・フォン・ヴァルトとの交際は控えるべきだ。彼女はノイマン家と婚約している。余計なトラブルを招くだけだ」
俺は何も答えず、会釈だけして部屋を出た。
---
翌日、俺はマーカス教授との特別訓練の後、エリナとシルヴィアに昨日のゼイガー教授との会話を報告した。
「やはり、ゼイガーは結社と繋がりがあるわ」シルヴィアは憤りを隠せない様子だった。「古代魔法を危険視する言い方は、まさに結社の方針そのものよ」
「でも表向きは逆のはずでしょう?」エリナが疑問を投げかけた。「結社は古代魔法の力を復活させようとしているんじゃないの?」
「そう見せかけているだけ」シルヴィアは説明した。「彼らが本当に望んでいるのは独占なの。一般には危険と思わせて研究を禁止させる一方で、自分たちだけがその力を手に入れようとしている」
「卑劣な奴らだ」俺は拳を握りしめた。
「それでも私たちは注意深く行動しなければならないわ」エリナが言った。「決闘まであと3日。それまでに現代魔法の増幅法を習得する必要があるわ」
「できるだろうか…」俺は不安を覚えた。
「できるわ」シルヴィアは自信たっぷりに言った。「あなたは星の継承者なのよ。血が覚えているはずよ」
その瞬間、三人の会話は唐突に中断された。図書館の扉が勢いよく開き、ヴィクターがシルヴィアの名を呼びながら入ってきたのだ。
「シルヴィア!ようやく見つけた」彼の声には怒りが満ちていた。「昨日から探していたぞ」
シルヴィアは冷静に立ち上がった。「何用かしら?」
「何用も何も」ヴィクターは俺とエリナを敵意のある目で見た。「婚約者が敵と親しげにしているのを放っておけると思うか?父上も叔父上も激怒している」
「あなたの父親や叔父さんに私の交友関係を決める権利はないわ」シルヴィアは毅然と言い返した。
「黙れ!」ヴィクターの声が図書館中に響き渡った。彼の右手から青い雷光が漏れ始めていた。「もう我慢できん。グレイソン、今すぐ決闘を…」
「ヴィクター・ノイマン君!」
厳しい声が響き、全員が振り返った。オルドリッチ図書館長が厳格な表情で立っていた。
「図書館内での魔力の行使は厳禁です」館長は静かだが威厳のある声で言った。「即刻やめなさい」
ヴィクターは明らかに動揺したが、すぐに自制を取り戻した。魔力の光は消えたが、その目には憎悪が残っていた。
「失礼しました、館長」彼は無理に敬意を示した。「シルヴィア、話はまた後で」
そう言い残して、ヴィクターは図書館を後にした。
オルドリッチ館長は三人に近づいてきた。「大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます」エリナが礼を言った。
館長は周りを見回してから、小声で言った。「注意してください。学院内の目と耳は増えています。特に古い星の力に関する会話には」
俺たちは驚いて顔を見合わせた。館長は古代魔法について知っているのだろうか?
「マーカス教授の特別授業は順調ですか?」館長は俺に尋ねた。
「はい…」俺は慎重に答えた。
「良かった」館長は微笑んだ。「夏至祭の決闘、見守っていますよ」
そう言って、館長は立ち去った。
「彼は…味方?」エリナが小声で尋ねた。
「わからないわ」シルヴィアは考え込むように言った。「でも、今のヴィクターの行動で一つ確かなことは、彼らが焦っているということよ」
「焦っている?」
「ええ」シルヴィアは頷いた。「計画通りに進んでいないの。あなたが彼らの思惑に気づいたこと、私があなたたちの側についたこと…予想外の展開が続いているのよ」
「だからこそ危険」エリナが言った。「追い詰められた相手は何をするかわからない」
「だからこそ、決闘で勝たなければならない」俺は決意を新たにした。「彼らの思惑通りにはさせない」
窓から差し込む夕日が、三人の顔を赤く照らしていた。決闘まで、あと3日。時間は刻々と過ぎていく。
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