##【紐解かれる過去】記憶の欠片が語る真実
夕暮れ時の図書館。第三書庫の奥まった場所で、俺とエリナはシルヴィアを待っていた。オルドリッチ館長の特別許可で、三人だけの秘密の会合を設けることができた。
「遅いわね」エリナは少し不安そうに時計を見た。「何かあったのかしら」
「大丈夫だよ」俺は彼女を安心させようとした。「ヴィクターの目を欺くのには時間がかかるんだ」
ちょうどその時、本棚の陰から物音がした。俺たちが振り返ると、シルヴィアが慎重に近づいてきた。彼女はいつもの学院服ではなく、質素な平服を着ていた。目立たないようにするためだろう。
「お待たせ」彼女は小声で言った。「尾行者を振り切るのに手間取ったわ」
「無事で何より」エリナは安堵した様子で言った。二人の関係はまだぎこちないが、以前よりは打ち解けてきていた。
「これを持ってきたわ」シルヴィアは古びた革の鞄から一冊の本を取り出した。「祖父の日記よ。『黒翼の結社』と古代魔法に関する重要な記述がある」
俺たちは緊張感を持って本を受け取った。シルヴィア・フォン・ヴァルトの祖父は著名な魔法研究者だったが、結社との関わりによって命を落としたという。彼の遺した記録は、貴重な情報源になるはずだ。
「本当にこれを見せてくれていいの?」エリナが心配そうに尋ねた。「見つかったら危険では?」
「もう隠す必要はないわ」シルヴィアの表情は決意に満ちていた。「私はすでに選択をした。祖父と母の意志を継ぎ、『黒翼の結社』の野望を阻止する」
俺たちは感謝の意を示し、日記を開いた。黄ばんだページには、流れるような筆跡で記録が残されていた。シルヴィアが重要な箇所を指し示す。
「ここよ、古代文明崩壊の真相について書かれている部分」
俺たちは熱心に読み始めた。
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*レーベンシュタイン暦1187年8月15日*
*今日、『黒翼の結社』の内部文書を入手した。彼らの主張と異なり、古代アストラリス文明の崩壊は単なる魔力暴走事故ではなかったことが明らかになりつつある。それは内部抗争、より正確には「星の継承」を巡る権力闘争だったのだ。*
*古代アストラリス文明では、「星の継承者」と呼ばれる特別な血統の者たちが指導者となり、最も強力な魔法を扱う権利を持っていた。しかし、最後の世代において、その力を独占しようとする派閥と、より広く共有しようとする派閥の対立が生じた。*
*『黒翼の結社』の起源は、力の独占を主張した派閥にある。彼らは最後の「星の継承」儀式において、全ての力を一人に集中させようとした。これに対する抵抗が、最終的に「星の間」での大規模な魔力暴走を引き起こし、文明全体の崩壊につながったのだ。*
*そして現在、彼らは再びその過ちを繰り返そうとしている。新たな「星の継承者」を見つけ、古代の力を独占するために…*
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記述は続いていたが、この部分だけでも衝撃的な内容だった。
「これは…重大な情報だわ」エリナの声は興奮を抑えきれない様子だった。「古代文明崩壊の真相、そして『黒翼の結社』の本当の起源ね」
「そして彼らの目的も」俺は真剣な表情で言った。「彼らは過去の過ちを繰り返そうとしている」
「でも、なぜ?」エリナが疑問を投げかけた。「前回失敗したことを、彼らは知っているはずよ」
「今回は違うと信じているのでしょうね」シルヴィアが答えた。「祖父の記録によれば、彼らは古代の失敗から学び、より『制御された』方法で力を集中させようとしているようよ」
俺たちは日記をさらに読み進めた。シルヴィアの祖父は結社の動向を詳細に調査し、特に「星の継承者」の血統追跡に関する記録を残していた。そして衝撃的な記述があった。
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*レーベンシュタイン暦1203年4月3日*
*グレイソン夫妻との会合は実りあるものだった。彼らの研究は私の理論を裏付けるものだ。古代「星の継承者」の血統は、現代にも細々と受け継がれている。グレイソン氏の家系は、特に純粋な血統を保っているようだ。*
*彼らの幼い息子にも、その兆候が見られる。まだ痣は現れていないが、古代語に対する直感的な理解能力は注目に値する。「黒翼の結社」が彼らに接触する前に、私が警告しておくべきだろう…*
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俺の手が震えた。「これは…俺の両親と俺のことだ」
エリナが俺の肩に手を置いた。「レイン…」
「そうね」シルヴィアは静かに確認した。「祖父はあなたの両親と協力していたのよ。彼らも『黒翼の結社』の脅威を知っていた」
「だからこそ、彼らは命を落とした」俺の声は低く、抑えた怒りを含んでいた。
「祖父も同じよ」シルヴィアの目に悲しみが浮かんだ。「彼らは皆、真実を守るために犠牲になった」
エリナは日記の別のページを指さした。
「ここには『星の間』について詳しく書かれているわ」
その部分を読むと、古代「星の間」とは単なる神殿ではなく、古代文明の魔法研究の中心地であったことが分かった。そこでは次元を超えた空間操作や、時間に関わる魔法まで研究されていたという。
「そして、『星の門』は『星の間』への入口なんだ」俺は理解した。「両親が探していたのは、まさにその門だった」
「そして「黒翼の結社」も同じものを探している」エリナが付け加えた。
「もう一つ見せたいものがあるわ」シルヴィアは日記から古い羊皮紙を取り出した。「祖父が残した『星の門』の設計図よ」
それは円形の扉のような構造物の図面だった。周囲には古代文字で複雑な魔法陣が描かれ、中央には星型の凹みがあった。
「ここに星の継承者の血を注ぐんだ…」俺は図を見て呟いた。
「その通り」シルヴィアは頷いた。「だから彼らにはあなたが必要なの。門を開くためには、星の継承者の血が不可欠」
この情報を得て、事態の深刻さが一層明確になった。「黒翼の結社」の目的、両親の研究の意味、そして自分が標的とされる理由。全てが繋がり始めた。
「もう一つ言っておきたいことがあるわ」シルヴィアは少し躊躇うように言った。「アーサー・ノイマンが動き始めたわ。彼はヴィクターに、決闘であなたを徹底的に打ち負かすよう指示したの」
「予想通りだな」俺は冷静に受け止めた。「彼らの狙いは何だ?」
「二つの可能性があるわ」シルヴィアは分析した。「一つは、あなたの力を公の場で試そうとしている。どれほどの古代魔法の才能があるか確かめるために。もう一つは…」
「わざと追い詰めて、古代魔法の力を使わざるを得ない状況に追い込もうとしている」エリナが鋭く推測した。
「そう考えられるわね」シルヴィアは同意した。「いずれにせよ、危険な賭けよ」
「対策を考えないと」俺は真剣に言った。
三人でさらに議論を続けていると、エリナが突然立ち上がった。
「ねえ、レイン」彼女の表情が明るくなった。「あなたの幼い頃の記憶はどうなの?両親との思い出、特に遺跡探索に連れて行かれたことはある?」
「あまり覚えていないけど…」俺は記憶を探った。「ただ、時々夢に出てくることがある。曖昧な断片だけど」
「それを掘り下げてみましょう」エリナの目が輝いた。「記憶の中に重要な手がかりがあるかもしれない」
シルヴィアも興味を示した。「何か方法があるの?」
「あるわ」エリナは頷いた。「古代の記憶喚起術よ。魔法史の研究で学んだの。無理に思い出させるのではなく、自然に記憶を呼び覚ます方法」
「試してみるか」俺は同意した。
エリナの指示で、俺はリラックスした状態で椅子に座った。彼女は小さな青い結晶を取り出し、それを俺の両手の間に置くよう言った。
「これは記憶の結晶よ。古代文明の遺物を模して作られたもの」彼女は説明した。「目を閉じて、両親との思い出に意識を向けてみて」
俺は言われた通りにし、両親の顔を思い浮かべようとした。最初は何も起こらなかったが、しばらくすると結晶が温かくなり始めた。
「何か見える?」エリナの声が遠くから聞こえるようだった。
「うん…」俺の意識は徐々に過去へと引き込まれていく。「山…岩だらけの場所が見える」
記憶の断片が鮮明になってきた。俺は7歳頃、両親と共に山岳地帯を歩いている。父は地図を持ち、母は古い羊皮紙の文書を調べている。
「天脈山脈だ…」俺は呟いた。「両親と一緒に、遺跡を探していた」
さらに記憶が鮮明になる。岩の壁に刻まれた古代文字、父が俺に教えてくれた古代語の単語。そして、ある洞窟の入口…
「洞窟がある」俺は集中して言った。「入口に特徴的な模様が…七つの星のような形」
エリナとシルヴィアは息を呑んだ。
「それは『風の都』の象徴よ」シルヴィアが小声で言った。
記憶はさらに進む。洞窟の奥へと進んでいく三人。そして、大きな円形の石の扉のような構造物。
「門だ…」俺の声は震えた。「父が言っていた。『これが星の門だ、レイン。いつか君がこの門を開く時が来るかもしれない』と」
突然、不安な記憶が甦る。遠くから聞こえる声。両親の緊張した表情。
「誰かが来た…父が急いで俺を隠した」俺は記憶を追う。「父が言った。『黒い翼の者たちだ。レイン、何があっても出てはいけない』と」
汗が額から流れ落ちる。記憶は断片的になり、混乱してくる。
「声が聞こえる…議論している…父が怒鳴っている…」
そして恐ろしい記憶が甦る。
「爆発だ!」俺は思わず叫んだ。「魔力の爆発が…洞窟が崩れる…俺は隠れ場所から這い出して、両親を探したけど…」
泣きながら瓦礫の中を彷徨う幼い自分の姿。そして、村人たちに発見されるまでの恐怖と孤独。
「レイン!」エリナの声が現実に引き戻した。
俺は目を開けた。額には冷や汗が浮かび、手は震えていた。エリナとシルヴィアは心配そうに俺を見つめていた。
「大丈夫?」エリナが俺の手を握った。
「ああ」俺は深く息を吐いた。「思い出したんだ…両親の死の瞬間を」
「すごい」シルヴィアは驚いた様子だった。「あなたは実際にそこにいたのね」
「そうだ」俺は頷いた。「俺は事故の時、洞窟にいた。両親を…殺されるのを見た」
「殺されたの?」エリナが息を呑んだ。「事故じゃなくて?」
「事故に見せかけた殺人だった」俺の声は冷たくなった。「『黒翼の結社』の連中が、父さんが協力を拒んだから…」
三人は沈黙に包まれた。図書館の古い時計の音だけが、静かに時の流れを告げていた。
「彼らは星の門の場所を知ってるわけね」シルヴィアが静かに言った。
「いや、完全には」俺は首を振った。「父は最後まで正確な場所を教えなかった。だから俺の記憶が必要なんだ」
「でも今のあなたの記憶でも、おおよその場所はわかるわね」エリナが言った。「天脈山脈の風の都の近くということは」
「ああ」俺は頷いた。「夏休みに行くつもりだったんだ。マーカス教授に協力してもらって…」
「私たちも行くわ」エリナは決然と言った。「一人では危険すぎるもの」
シルヴィアも頷いた。「私も行くわ。祖父の遺志を継ぐためにも」
俺は二人を見た。かつて孤独だった自分が、今は信頼できる仲間がいる。この現実に、心の底から感謝していた。
「ありがとう」単純な言葉だったが、俺の感情はそれ以上のものを含んでいた。
「でも、まずはヴィクターとの決闘だね」エリナが状況を整理した。「そこを乗り切らないと」
「そうね」シルヴィアは同意した。「その決闘、ただの学生対決ではないわ。彼らの策略の一部なのよ」
「分かってる」俺は左手の痣を見つめた。「だからこそ、勝たなきゃならない。自分のやり方で」
三人は夕暮れの図書館で、これからの作戦について語り合った。窓外では星が一つ、二つと瞬き始めていた。まるで古代の星々が、俺たちの決意を見守っているかのように。
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