## 【闇からの接触】「黒翼の結社」の誘い

夜の9時45分、俺は寮の窓から外を見た。予定通り、エリナが中庭を横切って歩いていた。彼女は天文学の研究資料と望遠鏡を抱え、学生らしく振る舞っている。そして計画通り、彼女は監視の二人に気づき、近づいていった。


「こんばんは」エリナの声が夜の静けさの中に響く。「天文観測の研究をしているんですが、お二人も興味ありますか?」


彼女の自然な誘いに、監視の二人は一瞬戸惑ったように見えた。


「私たちは任務中だ」一人が冷たく答えた。


「そうですか」エリナは残念そうに言った。「今夜は特にベガ星系の観察に最適な条件なんです。興味があれば一緒にどうぞ」


彼女は天文台への階段を上がり始めた。そして振り返り、もう一度誘うしぐさをした。しぶしぶながら、監視の二人は彼女についていくことにしたようだ。


「チャンスだ」


俺は迅速に部屋を出た。事前にエリナと打ち合わせた通り、彼女は監視役を天文台に引き付け、俺は別ルートで合流する。オルドリッチ館長も天文台で待っているはずだ。


寮を出るのは簡単だった。夜間の外出は制限されているが、全面禁止ではない。門番は俺を見ると怪訝な表情を浮かべたが、「図書館に忘れ物を取りに行く」と言うと、特に止めようとはしなかった。


学院の中庭を横切り、建物の影に沿って進む。天文台は学院の東側にある古い塔の最上階に位置している。中央の大きな階段ではなく、裏手の狭い螺旋階段を使って上を目指した。


階段を上りながら、周囲に気配がないか注意を払う。しかし、学院は夜の静けさに包まれ、特に異常は感じられなかった。


最上階に到着すると、天文台の裏口—普段は使われない小さな扉があった。エリナから教えられた通り、三回ノックをした。


しばらくして、扉が開き、オルドリッチ館長の顔が見えた。


「急いで中へ」彼は小声で言った。


天文台の内部は薄暗く、数本のキャンドルだけが灯されていた。天井は開かれ、星空が広がっている。エリナはまだ見当たらなかった。


「エリナは?」俺は尋ねた。


「上の観測デッキで監視の者たちを引き付けている」館長は説明した。「彼女のおかげで、我々はここで密かに話せる」


「彼女に感謝するよ」


「さて」館長は席を示した。「シルヴィアから警告を聞いたよ。状況は予想以上に深刻だ」


「『黒翼の結社』が学院内で動き始めた」俺は頷いた。「アーサー・ノイマンを通じて」


「そうだ」館長は眉をひそめた。「彼は表向きは魔術評議会の役人だが、裏では結社の高位メンバーだ。彼が公に学院に来たということは、彼らの動きが加速しているということだ」


「俺が標的なのでしょうか?」


「可能性は高い」館長は静かに言った。「特に魔力暴走の事故の後はね。あれは古代魔法特有の現象だった。彼らも気づいただろう」


俺は左手を見た。手袋の下の痣は今は静かだが、あの事故の時には制御不能になった。


「どうすればいいのでしょう?」


「当面は低姿勢でいることだ」館長はアドバイスした。「彼らにとって、君はまだ確定した標的ではない。可能性のある『星の継承者』という程度だろう」


「でも、この監視は…」


「不便だが、利点もある」館長は穏やかに言った。「彼らが君を見ているということは、君もまた彼らを観察できるということだ」


「なるほど」俺は理解した。「彼らの動向を探る機会にもなる」


「その通り」館長は頷いた。「ただし、決して油断は禁物だ」


そのとき、天文台の扉が軽くノックされた。館長が警戒して立ち上がったが、続いて特殊なリズムのノックが聞こえ、彼は安心したように扉を開けた。


エリナが滑り込むように入ってきた。


「無事だった?」俺は彼女に尋ねた。


「ええ」彼女は少し息を切らせながら言った。「あの二人は上の観測デッキで星を見ているわ。天文学の基礎知識をひたすら説明し続けたら、すっかり退屈そうになったの」


「さすがエリナ」俺は感心した。


「時間がないから本題に入ろう」館長が話を戻した。「レインの両親の研究に関連して、重要な情報がある」


俺とエリナは身を乗り出した。


「両親のノートに記されていた『星の門』—その場所についての手がかりを見つけた」館長は小さな地図を広げた。「天脈山脈のこの辺りだ。古代『風の都エアリア』の遺跡近くに」


地図には赤い印が付けられていた。両親のノートの青い印とほぼ同じ場所だ。


「そして」館長は続けた。「『黒翼の結社』もまた、この場所を探しているようだ」


「どうやって?」エリナが尋ねた。


「彼らも独自の情報網を持っている」館長は答えた。「古代文書の収集、遺跡の調査、そして…」


彼は少し躊躇った後、続けた。


「そして、レインの両親の研究資料の一部を持っているかもしれない」


「何ですって?」俺は驚いて声を上げた。


「彼らの死後、すべての資料が回収されたわけではない」館長は残念そうに言った。「一部は『事故』の混乱の中で紛失した…あるいは、盗まれた可能性がある」


この情報は俺の胸に重くのしかかった。両親の研究が結社の手に渡っている可能性があるとは。


「では、彼らは『星の門』についても知っている?」


「断片的にな」館長は頷いた。「だが、彼らには決定的な要素が欠けている」


「何ですか?」


「『星の血』だ」館長はレインの左手を見た。「門を開くには、星の継承者の血が必要なんだ」


「だから俺を探している…」俺は理解した。


「そう考えられる」館長は頷いた。「彼らが『星の間』を見つけ、古代魔法の秘密を手に入れるには、星の継承者が必要なんだ」


重い沈黙が落ちた。状況は予想よりもずっと深刻だった。


「提案があります」エリナが静かに言った。「夏季休暇が2週間後に始まります。その機会に天脈山脈に行きませんか?両親の足跡を辿るために」


「危険すぎる」館長は即座に反対した。「今は『黒翼の結社』の監視が厳しい時だ」


「でも、むしろ好機かもしれません」エリナは粘り強く言った。「彼らは学院内でレインを監視していますが、休暇中は多くの学生が実家に帰ります。その混乱に紛れて行動すれば」


「確かに…」館長は考え込んだ。


「マーカス教授に相談してみよう」俺は提案した。「彼なら良いアドバイスをくれるはずだ」


「それは良い考えだ」館長は同意した。「彼は両親とも親交があったし、天脈山脈の地理にも詳しい」


三人で作戦を練っていると、突然、天文台の入口から物音がした。


「誰かが来る!」エリナが小声で言った。


館長は素早くランプを消し、俺たちを天文台の機材の陰に隠れるよう手で示した。


入口のドアがゆっくりと開き、一人の人影が現れた。月明かりに照らされて、その顔がはっきりと見えた—ヴィクターだった。


彼は天文台内を警戒するように見回した。


「誰かいるのか?」彼は声をかけた。


返事はない。俺たちは息を殺して隠れていた。


「変だな」ヴィクターは独り言を言った。「人の気配がしたが…」


彼がさらに中に入ろうとしたとき、上の観測デッキから足音が聞こえた。監視の二人が降りてきたようだ。


「ノイマン?」一人が驚いた声で言った。「何をしてるんだ?」


「君たちこそ」ヴィクターは冷静に答えた。「任務は怠けずに行うべきだ。グレイソンはどこだ?」


「彼は…」監視の一人が言葉に詰まった。「寮にいるはずだ」


「寮の門番は彼が出て行ったと言っていたぞ」ヴィクターの声は冷たかった。


監視の二人は明らかに動揺していた。


「ブライト嬢に…気を取られていた」もう一人が弁解した。


「情けない」ヴィクターは軽蔑するように言った。「父に報告しておこう」


監視の二人は青ざめた顔をしていた。


「すまない」一人が謝った。「すぐに探します」


「私も探す」ヴィクターは言った。「彼がこの時間に外出するのは、何か理由があるはずだ」


三人は天文台を出て行った。彼らの足音が遠ざかると、俺たちはようやく隠れ場所から出た。


「危なかった」エリナは深呼吸した。


「ヴィクターも監視に加わったか」館長は顔をしかめた。「状況はますます複雑になっている」


「急いで寮に戻らないと」俺は言った。「見つからないうちに」


「別々のルートで戻ろう」館長は提案した。「私は教職員用の通路を使う。君たちは…」


「私が南側の裏道を知っているわ」エリナが言った。「そこなら人目につきにくい」


「よし」俺は頷いた。「また連絡を取り合おう」


三人は素早く別れの挨拶を交わし、天文台を後にした。俺とエリナは狭い螺旋階段を下り、建物の影に沿って進んだ。


学院の中庭に出る前に、エリナは俺の腕をつかんだ。


「気をつけて」彼女は心配そうに言った。「何かあったらすぐに連絡して」


「ああ、君も」俺は彼女の手を軽く握った。「今日はありがとう」


彼女は微笑み、そして素早く別の方向へ消えていった。


俺は慎重に中庭を横切り、寮に向かった。幸い、監視の目を逃れることができた—彼らはおそらく別の場所を探しているのだろう。


だが、寮の入口に近づいたとき、俺は立ち止まった。入口の近くに人影が見えた。月明かりの下、その姿はヴィクターではなかった。より年長の男性だ。


警戒しながら近づくと、その男性は振り返った。40代前半の洗練された風貌で、左目に特徴的な魔法の義眼を持っている。俺は本能的に彼の危険さを感じた。


「レイン・グレイソン君か」男は穏やかな声で言った。


「あなたは?」俺は距離を保ちながら尋ねた。


「アーサー・ノイマン」彼は自己紹介した。「ヴィクターの叔父にあたる」


俺の脊髄に冷たいものが走った。シルヴィアの警告通り、「黒翼の結社」の幹部が直接接触してきたのだ。


「何の用ですか?」俺は冷静さを装った。


「君と少し話がしたいんだ」アーサーは微笑んだ。「君のような才能ある若者に興味があってね」


「今は遅い時間です」俺は言い訳した。「それに、外出許可の時間も過ぎています」


「心配いらない」彼は軽く手を振った。「私は学院の特別顧問として訪問している。君との会話は公式に許可されている」


逃げ道はなさそうだ。しかし、これは敵を知る機会でもある。


「わかりました」俺は慎重に言った。「どこで話しましょうか?」


「ここで十分だ」アーサーは中庭のベンチを示した。「美しい夜だし、星空の下で話そう」


二人はベンチに座った。アーサーは星空を見上げながら、話し始めた。


「君の魔力暴走事故について聞いたよ」彼の声はビロードのように滑らかだった。「非常に興味深い現象だったそうだね」


「単なる実験の失敗です」俺は平静を装った。


「そうかな?」アーサーは俺をじっと見た。彼の義眼が青く光った。「あれは通常の魔力暴走ではなかった。古代魔法特有の現象だったように思うが」


俺は動揺を隠そうと努めた。


「古代魔法?」俺はできるだけ困惑した表情を作った。「そんな失われた魔法を使えるはずがありません」


「謙虚だね」アーサーは軽く笑った。「だが、君の左手には何か特別なものがあるのではないかな?」


俺は無意識に左手を握りしめた。彼は痣のことを知っているのか?


「何のことですか?」


「星の継承者の徴」アーサーはまっすぐ俺の目を見た。「青い結晶状の痣。古代アストラリス文明の血を引く者にのみ現れる印だ」


俺の心拍数が上がった。彼は確信を持って言っている。否定しても意味がないだろう。


「あなたは何を望んでいるのですか?」俺は質問を質問で返した。


「直接的だね」アーサーは満足げに頷いた。「それが好きだ。では、私も率直に言おう」


彼は少し身を乗り出した。


「私は君の才能に興味がある。古代魔法は失われた宝だ。それを使える者は極めて稀。君のような才能は正しく導かれるべきだ」


「正しく?」


「そう」彼の目が鋭く光った。「現在の魔法教育は制限が多すぎる。古い体制に縛られて、真の可能性を発揮できない。君自身、それを感じているだろう?」


確かに、学院での魔法教育は古代魔法については触れず、現代魔法の枠組みの中だけで教えている。だが、彼の言う「正しい導き」が何を意味するのか、俺には分かっていた。


「あなたは『黒翼の結社』の一員ですね」俺は思い切って言った。


アーサーは驚いた様子もなく、むしろ感心したように眉を上げた。


「よく知っているね。確かに、私は『古代の知恵を求める者たちの会』の一員だ。世間では『黒翼の結社』と呼ばれているがね」


彼は全く隠そうとしない。それだけ自信があるということか。


「あなたたちは両親を殺したのではないですか?」俺は感情を抑えながら尋ねた。


「哀しい事故だった」アーサーは同情するような声で言った。「だが、彼らは我々の提案を拒否した。協力していれば、違う結果になっていただろう」


その言葉に、怒りが込み上げてきた。彼は事実上、両親の死に関与したことを認めたのだ。左手の痣が熱を持ち始める。


「冷静に」アーサーは優しく諭すように言った。「感情で魔力を暴走させれば、また問題を起こすだけだ」


俺は深呼吸をして、怒りを抑えた。今は情報を得るときだ。


「あなたは何を提案しているのですか?」


「君に我々の一員になってほしい」アーサーは真剣な表情で言った。「我々には古代魔法の知識がある。君の才能を開花させ、真の力を引き出せる。そして共に、失われた古代の知恵を現代に取り戻すのだ」


「そして、その知恵を独占する」俺は言い返した。


「知恵は正しく使える者の手に渡るべきだ」アーサーは諭すように言った。「一般大衆には扱えない。歴史が証明している」


「古代文明の崩壊のように?」


「その通り」彼は頷いた。「彼らは力を制御できなかった。だが我々は違う。慎重に、段階的に進める」


彼の言葉には説得力があった。しかし、その背後に潜む野心と傲慢さも感じ取れる。


「考えておきます」俺は曖昧に答えた。


「賢明だ」アーサーは立ち上がった。「急かすつもりはない。だが、いずれ選択の時が来る。その時、正しい道を選んでほしい」


彼はポケットから小さな黒い羽根を取り出し、俺に手渡した。


「必要な時、この羽根を握りしめれば、私たちと連絡が取れる」


俺は黙って羽根を受け取った。


「それと」アーサーは去り際に言った。「星の都への扉は近づいている。君の血だけが開ける扉だ。我々と共に行けば、両親の研究も完成させられる」


その言葉に、俺は思わず顔を上げた。彼は両親の研究について知っているのか。


「お前の両親は優秀だった」アーサーは続けた。「彼らが見つけたものは、魔法の歴史を変える発見かもしれない。我々はその研究を継続している」


「両親の研究資料を持っているのですか?」


「一部をね」アーサーは微笑んだ。「興味があるなら、いつでも見せよう」


そう言って、彼は俺に背を向け、学院の暗がりの中へと消えていった。


俺は黒い羽根を握りしめたまま、しばらくベンチに座っていた。頭の中は混乱していた。敵の誘いは明確だった—「黒翼の結社」に加わり、古代魔法の力と両親の研究を手に入れろと。


だが、その代償は何か?彼らの目的のために利用されること。そして恐らく、マーカス教授やオルドリッチ館長、エリナを裏切ることになる。


「絶対に乗るものか」俺は黒い羽根を握りしめた。「両親を殺した者たちと手を組むなんて」


しかし、アーサーの言葉の一部は俺の心に残った—「両親の研究を完成させられる」。両親が命を懸けて追い求めていた真実、それは何だったのか?


寮に戻る途中、俺は決意を固めた。アーサーの誘いは断るが、彼らの持つ情報は何としても手に入れなければならない。両親の研究資料、古代魔法の知識、そして「星の都」への手がかり。


部屋に戻ると、窓から月明かりが差し込んでいた。俺は黒い羽根を引き出しの奥に隠し、ベッドに横になった。明日、エリナとマーカス教授に今夜の出来事を報告しなければならない。


「黒翼の結社」との直接対決は避けられなくなった。だが、今は休息が必要だ。明日からの戦いに備えて。


---


翌朝、講義の隙間にマーカス教授の研究室を訪ねた。アーサー・ノイマンとの会話について詳細に報告すると、教授の表情は重々しくなった。


「予想以上に事態は進行している」教授は心配そうに言った。「彼らが直接接触してきたということは、君を確実に標的にしているということだ」


「彼は両親の研究資料の一部を持っていると言いました」俺は教授の反応を見た。


「それは…困ったことだ」教授は眉をひそめた。「彼らが何を知っているのか、正確には分からないが、危険な情報を持っている可能性がある」


「『星の都への扉が近づいている』とも言っていました」


「それはおそらく、天脈山脈での彼らの発掘作業のことだろう」教授は説明した。「彼らは最近、古代遺跡の調査を活発化させている。特に『風の都エアリア』周辺でね」


「両親が最後に調査していた場所ですね」


「そう」教授は頷いた。「彼らは君の両親の研究の続きをしているんだ。だが、彼らには決定的な要素が欠けている」


「星の継承者の血」


「その通り」教授は深刻な表情で言った。「だからこそ、君を仲間に引き入れようとしているんだ。あるいは…」


言葉は途切れたが、意味は明らかだった。「利用した後、排除する」


「どうすればいいでしょう?」俺は率直に尋ねた。


「まず、彼らの誘いには乗らないこと」教授は厳しく言った。「彼らは甘い言葉で誘うが、その本質は権力への渇望だ。古代魔法を独占し、世界を支配しようとしている」


「分かっています」俺は頷いた。「でも、両親の研究…」


「心を乱されるな」教授は穏やかに言った。「彼らの研究は、我々の手でも継続している。オルドリッチ館長とエリナ嬢の助けを借りながら」


「ありがとうございます、教授」俺は心から感謝した。


「それと、今後も警戒を怠らないこと」教授は真剣な表情で言った。「アーサー・ノイマンは危険な男だ。彼は一度拒否されても、諦めない」


「分かりました」


「そして」教授は声を潜めた。「夏季休暇の件だが、私も検討した。エリナ嬢の提案には理があるかもしれない」


「天脈山脈へ行くことですか?」


「ああ」教授は頷いた。「休暇中なら監視の目も緩むだろう。それに、『黒翼の結社』が発掘を進める前に、我々が先に調査すべきだ。君の両親が何を見つけたのか、確かめるためにもね」


「本当ですか?」俺は希望が湧いてきた。


「ただし、慎重に計画を立てる必要がある」教授は警告した。「私も同行しよう。それから、オルドリッチ館長にも相談して、適切な準備をすることだ」


「エリナも一緒に」俺は言った。「彼女なしでは進めたくない」


「もちろん」教授は微笑んだ。「彼女の知識は必要不可欠だ。それに…」教授は意味ありげな表情を見せた。「君たち二人は良いチームだ」


俺は少し顔が熱くなるのを感じた。


「それから」教授は真面目な表情に戻った。「シルヴィア・フォン・ヴァルトについてだが…彼女を完全に信頼するのは時期尚早だ。彼女の立場は複雑すぎる」


「はい」俺は理解していた。「でも、彼女は本当に協力してくれています」


「その可能性も否定しない」教授は公平に言った。「だが、ヴィクターの婚約者として、彼女の周囲には常に結社の目があることを忘れるな」


「気をつけます」


会話を終え、教授の研究室を後にした俺は、複雑な心境だった。「黒翼の結社」との対決は避けられない。だが、少なくとも俺には頼れる仲間がいる。そして、夏季休暇に天脈山脈へ行くという希望が生まれた。


両親の足跡を辿り、彼らが命を懸けて守ろうとした秘密を見つけ出す—その使命は、より明確になった。アーサー・ノイマンの誘いを拒否したことで、戦いの火蓋は切って落とされたも同然だ。


これからの道のりは険しいだろう。だが、俺には覚悟がある。星の継承者として、古代の知恵を正しく使う責任を果たすために。

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