## 【師の教え】古代の知恵は現代に生きる
「まず、深呼吸をしなさい」
マーカス教授の静かな声が研究室に響いた。俺は目を閉じ、教授の指示に従う。
「その調子だ。魔力を感じるんだ…内側から外側へ、そして外側から内側へ」
俺は意識を集中させ、体内の魔力の流れを感じ取った。左手の痣がかすかに温かくなる。
研究室の窓から差し込む午後の日差しが、俺の額に汗を浮かべさせていた。マーカス教授との特別レッスンは週に一度、通常の授業が終わった後に行われる。教授の研究室は学院の古い塔の最上階にあり、誰にも邪魔されない静かな環境だ。
「今度は、左手の痣を意識して」教授は続けた。「それは単なる印ではない。魔力の通路だ」
俺は左手に意識を集中させる。青い結晶状の痣が内側から光を放ち始めた。部屋の中の魔力が俺に向かって流れているのが感じられる。
「素晴らしい」教授の声には満足感が滲んでいた。「魔力の引き寄せ方を体が覚えつつあるようだね」
目を開けると、マーカス教授が穏やかな笑顔で俺を見ていた。彼の白髪と長い髭は夕日に照らされて金色に輝いている。
「何か質問はあるかね?」教授は椅子に腰掛けながら尋ねた。
「はい」俺は左手の痣を見つめながら言った。「この力をどこまで発展させられるのでしょうか」
教授は考え込むように眉を寄せた。
「古代の記録によれば、星の継承者の力に明確な限界はないようだ」彼はゆっくりと答えた。「使えば使うほど、痣の力は増していく。精霊を呼び出し、距離を超えて移動し、時には予知能力さえ得る者もいたという」
「予知能力…」俺は思わず呟いた。昨晩の夢が思い出される。あれは単なる夢ではなかったのかもしれない。
「何かあったのかね?」教授は鋭く察した。
「昨晩、奇妙な夢を見たんです」俺は正直に答えた。「星の都アストラリスの光景と…警告のような言葉を」
教授の目が輝いた。
「詳しく教えてくれないか」
俺は夢の内容を詳細に伝えた。七つの塔を持つ都市、中央の青い湖、星型の魔法陣が刻まれた神殿、そして警告の言葉。
教授は熱心に聞き入り、時折メモを取っていた。
「興味深い」彼は言った。「君の描写は古代文献に記された星の都の姿と一致している。特に中央の『魔力の湖』と神殿は、ほとんど知られていない細部だ」
「では、本当に存在するんですか?」
「ああ」教授は頷いた。「天脈山脈の中心部に、星の都の遺跡が実際に存在する。ただし、その大部分はまだ発掘されていない。君の両親もその調査に携わっていたんだよ」
両親の話題に、俺の胸が熱くなった。
「彼らは何を見つけたんでしょう?」
「それが…」教授は少し悲しそうな表情になった。「彼らの最後の発見は記録に残っていない。事故の直前に何かを見つけたようだが、詳細は分からないんだ」
「黒翼の結社が関わっていたんですか?」
「可能性は高い」教授は厳しい表情になった。「彼らは何世紀にもわたり、星の都の秘密を探し求めてきた。特に『星の間』と呼ばれる中央神殿に関心を持っているようだ」
「星の間…」俺の夢で見た神殿のことだろうか。
「古代文明の核心部とされる場所だ」教授は説明した。「伝説によれば、そこには古代魔法の究極の秘密が隠されているという」
俺たちは古代文明と星の都について、さらに深く議論した。教授の知識は膨大で、俺の夢の断片を歴史的文脈に位置づけてくれた。
「さて」教授は話題を変えた。「君の古代魔法の修行はどう進んでいる?」
「基本的な元素魔法はマスターしました」俺は答えた。「そして、火精霊との契約も続いています」
「精霊との契約は大きな成果だ」教授は感心した様子で言った。「現代では伝説とされる高度な魔法だよ」
「しかし、まだ制御が難しいこともあります」俺は正直に認めた。「特に感情が高ぶると、魔力が暴走しそうになる」
「それは星の継承者にとって共通の課題だ」教授は理解を示した。「古代魔法は感情と強く結びついている。それが強みでもあり、弱点でもある」
教授は立ち上がり、書棚から古い巻物を取り出した。
「これを見てごらん」彼は巻物を広げた。「これは古代の瞑想法を記したものだ。感情と魔力のバランスを取るための技術が書かれている」
巻物には複雑な図形と古代文字が描かれていた。俺には完全に読めるわけではないが、意味はなんとなく理解できる。
「古代の魔術師たちはこうして感情を制御していたのか」俺は感嘆した。
「ああ」教授は頷いた。「彼らは感情を抑えるのではなく、調和させることを学んだんだ。これらの瞑想法を練習すれば、魔力の制御がより安定するだろう」
俺は感謝の気持ちを込めて巻物を受け取った。
「ありがとうございます、教授」
「それから」教授は少し躊躇うように言った。「もう一つ教えておきたいことがある」
「何でしょう?」
「君は既に『星継の書』から基本的な魔法を学んでいるね」教授の目は真剣だった。「だが、その本には触れられていない、より古い魔法がある。『星の継承』と呼ばれる儀式だ」
俺は息を呑んだ。「星の継承」—その名前だけで何か特別なものを感じる。
「それはどんな魔法なのですか?」
「血統を通じて受け継がれる力を完全に目覚めさせる儀式だ」教授は慎重に言葉を選んだ。「通常、星の継承者は成人するとこの儀式を経験し、力の全てを解放するんだ」
「そんな儀式があるなんて…」俺は驚いた。「『星継の書』には書かれていませんでした」
「おそらく意図的に省かれているのだろう」教授は推測した。「その儀式は強大な力をもたらすが、同時に危険も伴う。準備ができていない者が試みれば、制御を失う可能性がある」
「教授はその儀式を知っているんですか?」
「詳細は知らない」教授は首を振った。「断片的な情報しか残っていないんだ。だが、星の都の中心、『星の間』でのみ執行できると言われている」
これは重要な情報だった。俺の中で、様々な要素が繋がり始める。夢の中の星の都、神殿の魔法陣、そして警告の声。すべてが「星の継承」という儀式に関連しているのかもしれない。
「教授」俺は決意を固めて言った。「いつか星の都を訪れたいです。両親が何を見つけたのか、そしてこの力の真の意味を知るために」
教授は長い間、俺を見つめていた。彼の目には懸念と期待が交錯していた。
「その時が来るだろう」彼は最終的に言った。「だが、今はまず基礎を固めることだ。力の根本を理解せずに進むのは危険すぎる」
「分かりました」俺は頷いた。
「さあ、続けよう」教授は話を戻した。「今日は魔力の増幅技術について教えよう。この技術を使えば、少ない魔力でより大きな効果を発揮できる」
レッスンは続き、俺は教授から様々な古代魔法の技術を学んだ。魔力増幅法、元素の調和技術、精霊との意思疎通を深める方法など。どれも「星継の書」に書かれていない、貴重な知識だった。
教授の指導は厳しいが効果的だ。彼の元で練習を重ねるうちに、俺の魔力制御はさらに安定し、より複雑な魔法も扱えるようになってきた。
「素晴らしい進歩だ」教授は満足げに言った。「君の才能は本物だよ、レイン」
「ありがとうございます」俺は恐縮しながらも、教授の言葉に励まされた。
窓の外は既に暗くなり始めていた。レッスンの終了時間だ。
「今日はここまでにしよう」教授は言った。「次回までに、瞑想法を練習しておくように」
「はい」俺は約束した。
立ち去る前に、俺は思い切って尋ねてみた。
「教授、シルヴィア・フォン・ヴァルトについてどう思いますか?彼女が本当に信頼できるのか知りたくて」
教授は少し驚いた様子で俺を見た。
「フォン・ヴァルト家の令嬢か」彼は考え込むように言った。「彼女の祖父は尊敬すべき研究者だった。だが、家系というものは時に複雑だ」
「彼女が古代魔法の知識を求めているんです」俺は状況を説明した。「協力を申し出てくれましたが…」
「用心するのは賢明だ」教授は真剣な表情になった。「彼女自身が敵意を持っているかどうかに関わらず、彼女の立場は危うい。ノイマン家との関係、そして彼女自身の家族の政治的立場を考えればね」
「どこまで彼女を信用すべきでしょうか?」
教授はしばらく黙考した後、ゆっくりと答えた。
「基本的な情報は共有してもいいだろう。だが、君の能力の全容や、我々の研究の核心部分は明かさないほうがいい。彼女の真意が明らかになるまでは」
「分かりました」俺は教授のアドバイスに感謝した。
「それから」教授は少し微笑んだ。「エリナ嬢との関係は大切にしなさい。彼女は稀有な才能と誠実さを持つ研究者だ。そして、君に対する忠誠心も」
俺は少し顔が熱くなるのを感じた。エリナとの関係は単なる研究パートナー以上のものに成長しつつあることは否定できない。
「ありがとうございます」俺は頭を下げた。「教授のアドバイスを心に留めておきます」
研究室を後にする時、マーカス教授は最後に一言付け加えた。
「レイン、君の両親は誇りに思うだろうね」
その言葉は俺の心に深く染み入った。両親の研究を継ぎ、その死の真相を解明する—それが俺の使命の一部だ。
学院の廊下を歩きながら、俺は教授から学んだことを整理していた。古代魔法の技術、星の都の情報、そして「星の継承」という儀式の存在。今日も貴重な知識を得ることができた。
「力ではなく、知恵こそが真の魔法の源」
教授の言葉を思い出す。古代の知恵は現代に生き続けている。そして今、その知恵が俺の中で新たな形となって蘇ろうとしているのだ。
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