# 第3章: 【真実の交錯】秘密は闇の中で膨らむ

## 【三者会談】疑心の渦に巻き込まれる真実

「この場所で良かったの?」


エリナが小声で尋ねた。彼女の緑色の瞳には明らかな警戒心が宿っている。俺たちは学院から少し離れた街の小さな茶館にいた。休日の午後、ここは適度に人がいて周囲の会話に紛れるほど騒がしいが、プライバシーも確保できる絶妙な場所だ。


「ああ」俺は頷いた。「学院内では誰かに監視される可能性がある。ここなら安全だ」


厳重に選んだ場所だった。事前にルークに依頼して、この茶館の周辺に怪しい人物がいないか調べてもらった。彼は気づかれることなく偵察するのが得意だ。


「彼女は本当に来るのかしら」エリナは時計を見た。「もう約束の時間を5分過ぎているわ」


「来るさ」俺は自信を持って言った。「彼女には俺たちの力が必要なんだから」


その時、茶館の扉が開き、銀白色の長髪を持つ美しい少女が入ってきた。シルヴィア・フォン・ヴァルトだ。彼女は普段の華やかな学院制服ではなく、質素な市民の服装をしていた。目立たないようにという配慮だろう。


周囲の視線を集めながらも、彼女は俺たちのテーブルに向かってきた。


「お待たせ」シルヴィアは優雅に椅子に腰掛けた。「尾行者を振り切るのに少し時間がかかったわ」


「尾行?」俺は眉をひそめた。


「ええ」彼女は小声で言った。「最近、常に誰かに見られている気がするの。特に学院の外に出るときは」


エリナは無言でシルヴィアを観察していた。二人は今日が初めての正式な対面だ。


「エリナ・ブライト」シルヴィアが手を差し出した。「評判は聞いているわ。古代文明研究の才女ね」


「シルヴィア・フォン・ヴァルト」エリナは慎重に握手を返した。「あなたについても色々と聞いているわ」


二人の間に流れる緊張を感じる。氷と炎のような対照的なオーラだ。


「さて」俺は話を始めた。「今日はお互いの情報を共有するために集まった。特に『黒翼の結社』についてだ」


シルヴィアの紫紺の瞳が鋭く光った。


「その前に」彼女は言った。「信頼の証として、私から始めましょう」


彼女は小さなバッグから古い革表紙の本を取り出した。


「これは祖父の日記の一部よ。『黒翼の結社』に関する記述がある。証拠として持ってきたわ」


俺とエリナは日記に目を通した。確かに「黒翼の結社」についての詳細な記述があり、シルヴィアの祖父が彼らとの接触を持ったことが記されていた。


「なぜ君の家族は彼らと関わったんだ?」俺は慎重に尋ねた。


「最初は研究目的よ」シルヴィアは静かに答えた。「祖父は古代魔法の研究者だった。『黒翼の結社』は彼に協力を申し出たの。彼らは祖父が必要とする古代の資料を持っていたから」


「でも、何かがおかしくなった?」エリナが鋭く質問した。


「ええ」シルヴィアの表情が暗くなった。「祖父はすぐに彼らの真の目的に気づいたわ。彼らは古代魔法の研究結果を兵器化しようとしていた。祖父はそれを拒否し、彼らとの協力を打ち切った」


「それで?」俺は彼女の話に引き込まれていた。


「結社は祖父の研究資料を奪おうとした」シルヴィアの声が冷たくなった。「祖父は資料を隠し、分散させた。そして…」


彼女は一瞬躊躇った。


「そして祖父は不審な事故で亡くなったの。公式には心臓発作とされているけど、私は彼らの仕業だと確信しているわ」


重い沈黙が三人を包んだ。シルヴィアの話は俺の両親の死を思い起こさせた。同じパターンか?


「それで、彼らの目的は何?」エリナが静かに尋ねた。「何のために古代魔法を求めているの?」


「力よ」シルヴィアはきっぱりと言った。「古代魔法は現代魔法より効率的で強力。それを独占すれば、王国全体、いずれは大陸全体を支配できる」


「それだけ?」エリナは疑わしげだった。「単なる権力欲?」


「単純だけど強力な動機でしょう?」シルヴィアは肩をすくめた。「でも、もっと深い目的があるかもしれない。祖父の日記には、結社が『星の継承者』を探していることも書かれているわ」


「星の継承者…」俺は左手の痣を意識した。


「ええ」シルヴィアの視線が俺の左手に向けられた。「古代文明の血統を引く者たち。特殊な才能を持ち、左手に青い痣が現れると言われている」


エリナが俺と目を合わせた。シルヴィアはどこまで知っているのだろう?


「そして」シルヴィアは続けた。「彼らは学院内にもスパイを送り込んでいるわ。教職員の中にも、学生の中にも」


「誰?」俺は身を乗り出した。


「確証はないわ」彼女は頭を振った。「でも、いくつか怪しい動きがある。特に…」


彼女は更に声を潜めた。


「ゼイガー教授よ。彼が『黒翼の結社』と接触しているのを見たことがあるわ」


「ゼイガー教授が?」俺とエリナは驚いて顔を見合わせた。


「確かに彼はレインに厳しかったけど…」エリナは疑わしげだった。


「それだけじゃないわ」シルヴィアは続けた。「彼は夜中に学院の禁止区域に出入りしている。私は一度、彼が図書館の特別保管庫から何かを持ち出すのを目撃したわ」


これは重大な情報だった。ゼイガー教授は厳格だが優秀な魔法理論の教授で、学院では尊敬されている人物だ。もし彼が「黒翼の結社」のメンバーなら…


「証拠はある?」エリナは依然として懐疑的だった。


「残念ながらないわ」シルヴィアは認めた。「だから確証とは言えないの。でも、注意する価値はあるでしょう」


「それで」俺は話を元に戻した。「君はなぜ俺たちに協力したいんだ?何が目的だ?」


シルヴィアは真剣な眼差しで俺を見つめた。


「三つの理由があるわ」彼女は指を一本立てた。「一つ目は祖父の遺志。彼の研究を完成させ、『黒翼の結社』から守りたいの」


二本目の指が立つ。


「二つ目は自己防衛よ。彼らは私の家族を監視し、圧力をかけ続けている。このままでは私も危険」


そして三本目。


「そして三つ目」彼女は少し躊躇った。「純粋な学術的興味。古代魔法の真髄を知りたいの。特に…星の継承者の力を」


最後の言葉に、彼女の瞳に熱が宿った。その表情には切実さと、何か渇望するものが見えた。


エリナは明らかに不満そうだった。


「あなたの話には矛盾点があるわ」彼女は冷静に指摘した。「『黒翼の結社』があなたの家族に圧力をかけているなら、なぜヴィクターはあなたの婚約者なの?彼の父親は王国魔法顧問で、現体制の要よ」


鋭い指摘だった。シルヴィアの物語に穴があるのか?


「それこそが問題の本質よ」シルヴィアは苦々しく言った。「この婚約は政治的なもの。私の家は貴族としての地位を維持するために、この政略結婚を受け入れざるを得なかった」


彼女は少し身を乗り出した。


「実はね、ノイマン家も一枚岩ではないの。ヴィクターの父親は表向き王国に忠誠を誓っているけど、その兄弟—ヴィクターの叔父は『黒翼の結社』の幹部だと言われているわ」


「そんな…」俺は驚いた。「ノイマン家が分裂しているのか?」


「権力闘争はいつの時代もあるものよ」シルヴィアの声は冷ややかだった。「表と裏で賭けを分散させる家族は珍しくないわ」


エリナはまだ疑わしげだったが、シルヴィアの説明には筋が通っている。


「それで」シルヴィアは俺に向き直った。「今度はあなたたちの番よ。どうして古代魔法に興味を持ったの?そして、どうやってそれを使えるようになったの?」


決断の時だ。どこまで彼女に話すべきか。エリナと目を合わせると、彼女は微かに頷いた。部分的な真実を伝える時だ。


「俺は図書館で古い魔法書を見つけた」俺は慎重に言葉を選んだ。「なぜか古代語が読めて…その本に書かれた方法を試したら、魔法が使えるようになった」


「どんな本?」シルヴィアの目が輝いた。


「古代魔法の基礎についての本だ」詳細は避けた。「星継の書」という名前は明かさない方が良さそうだ。


「なぜあなたに古代語が読めるの?」彼女の質問は鋭かった。


「分からない」俺は正直に答えた。「ただ…両親が考古学者と魔法歴史学者だったから、何か関係があるのかもしれない」


「両親…」シルヴィアの表情が変わった。「グレイソン…その名前、どこかで聞いたことがあるわ。彼らは古代遺跡の調査中に亡くなったのよね?」


「ああ」俺は驚いた。「よく知ってるな」


「祖父の日記に名前があったの」彼女は静かに言った。「彼らは優秀な研究者として記されていたわ。そして…」


彼女は一瞬躊躇った。


「彼らの死も、事故ではなかったかもしれないと」


俺の胸に怒りと悲しみが込み上げた。マーカス教授の言葉と一致する。


「彼らも『黒翼の結社』に…」


「可能性はあるわ」シルヴィアは同情の目で俺を見た。「特に彼らが『星の継承者』の研究をしていたなら」


三人は暫く沈黙した。それぞれが得た情報を消化している。


「一つ確かなのは」エリナが最終的に口を開いた。「私たちは共通の敵を持っているということ。『黒翼の結社』は私たち全員にとって脅威よ」


「同意する」シルヴィアは頷いた。「だからこそ、協力すべきだと思うの」


「どんな協力を考えている?」俺は尋ねた。


「情報の共有」シルヴィアは提案した。「私は家族のコネクションを使って結社の動きを探る。あなたたちは古代魔法の研究を続ける。そして…」


彼女は俺を見つめた。


「可能なら、私にも古代魔法について教えてほしいわ」


この要求は予想していた。


「危険だぞ」俺は警告した。「適性がないと、古代魔法は暴走する可能性がある」


「リスクは承知しているわ」彼女の目は決意に満ちていた。「それでも学びたい」


俺はエリナに目をやった。彼女は微かに肩をすくめた。彼女自身も古代魔法を直接使うことはできないのに、研究を続けている。シルヴィアにも同じ権利があるのだろう。


「分かった」俺は決断した。「基礎理論なら教えよう。ただし、実践は君の適性次第だ」


「ありがとう」シルヴィアは微笑んだ。「これで私たちは同盟関係ね」


「仮の同盟よ」エリナは釘を刺した。「お互いを完全に信頼するには、まだ証明が必要だわ」


「もちろん」シルヴィアは優雅に頷いた。「信頼は時間をかけて築くもの。でも、この同盟が私たち全員の利益になると信じているわ」


三人はお互いを見つめた。不安と期待が入り混じる複雑な空気が流れていた。


「では」俺は提案した。「定期的に会って情報交換をしよう。学院内では普段通り振る舞い、必要以上に接触しない」


「賢明ね」シルヴィアは同意した。「ヴィクターにも疑われたくないし」


「そして、何か異変があればすぐに連絡を」エリナが付け加えた。


三人はそれぞれの連絡方法を決め、約束の時間が来たら茶館を後にした。別々のタイミングで、別々の方向に。


帰り道、俺はエリナに尋ねた。


「彼女を信用できると思うか?」


エリナは空を見上げてから、ゆっくりと答えた。


「完全には信用できないわ。でも、彼女の話には真実が含まれていると思う。ただ…」


「ただ?」


「彼女は何か隠しているわ」エリナの瞳は真剣だった。「彼女の中には、私たちに話していない動機がある気がする」


俺も同じ印象を持っていた。シルヴィアの話は筋が通っているが、すべてを明かしているわけではない。彼女の心の奥には、まだ見えない何かがある。


「用心しよう」俺は言った。「でも、今は彼女の情報が必要だ」


「分かってる」エリナは頷いた。「でも、彼女があなたの力を利用しようとしていないか注意して」


夕暮れの空が徐々に暗くなり始めていた。俺たちの前途もまた、不確かさに満ちている。

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