## 【秘密の特訓】古代魔法は現代に甦る

夜の図書館は静寂に包まれていた。大部分の学生はすでに帰り、数人の熱心な研究者だけが残っている。俺はカウンターでオルドリッチ館長に挨拶し、奥へと進んだ。


第三書庫に着くと、エリナがすでに資料を広げて待っていた。彼女は研究熱心なことで有名だが、最近は特に熱が入っている。


「遅かったわね」彼女は顔を上げた。「早速始めましょう」


「ああ」俺はバッグから「星継の書」を取り出した。


オルドリッチ館長の特別許可で、この貴重な書物を第三書庫内で保管できるようになっていた。安全のために施錠された特別な棚に収められ、俺とエリナだけが利用できる。


「今日は何を練習する?」俺は尋ねた。


「これよ」エリナは自分のノートを開いた。「古代魔法の基本である四大元素は習得したけど、次は『複合魔法』を試すべきだと思うの」


「複合魔法?」


「ええ。二つの元素を組み合わせる高度な魔法よ」彼女は熱心に説明した。「例えば、火と風を組み合わせれば爆発魔法、水と土なら結晶化魔法になるわ」


彼女の説明は論理的で明快だ。エリナの頭脳と俺の古代魔法への適性が組み合わさると、驚くほど効果的な研究になる。


「よし、試してみよう」


俺たちは書庫の隅にある実験スペースに移動した。エリナはいくつかの防護結界を張り、実験の準備を整える。


「まずは火と風の複合から」彼女は提案した。「でも、出力は最小限に抑えてね」


「分かってる」


俺は左手の手袋を外した。青い結晶状の痣が見える。集中すると、かすかに光り始める。


「星継の書」によれば、複合魔法は二つの元素への感情的な接続を同時に行う必要がある。火への熱情と風の自由さを同時に感じる…。


『*エスタリス・フラマ・エト・アエリス・コニウンゲレ*』(星の炎と風よ、結合せよ)


左手の痣が鮮やかな青色に輝き、掌から炎と風が渦巻く小さな球体が現れた。


「うわっ!」俺は思わず声を上げた。


球体は直径10センチほどだが、内部では炎が風に煽られて激しく回転している。不安定で、わずかに手を動かすと揺れる。


「素晴らしい!」エリナは目を輝かせた。「安定性はまだだけど、初めてにしては上出来よ!」


「制御が難しいな…」


集中力を維持しようとするが、突然、球体が膨らみ始めた。


「レイン、気をつけて!」


エリナの警告が響く中、魔法球は不安定になり、小さな爆発を起こした。幸い、彼女の防護結界のおかげで被害は最小限だった。


「危なかった…」俺は冷や汗を拭った。


「複合魔法は制御が難しいようね」エリナは冷静に分析した。「でも、これも練習次第だわ」


その日の残りの時間、俺たちは安全性を確保しながら、さまざまな複合魔法を試した。水と土の結合は小さな結晶を生み出し、火と土は溶岩のような物質を作り出した。


数時間後、俺は魔力の消耗で疲れを感じ始めた。古代魔法は効率的だが、それでも初心者の俺には負担が大きい。


「今日はここまでにしよう」エリナは俺の疲労に気づいた。「無理は禁物よ」


「ああ、そうだな」


休憩のため、二人は中央の机に戻った。エリナはノートに今日の実験結果を詳細に記録している。


「あ、そうだ」俺は思い出した。「マグナス教授の特別補習のことだけど、どうやって古代魔法を隠せばいいと思う?」


「それね」彼女は筆記を止めて俺を見た。「いくつか方法を考えたわ」


彼女は別のノートを開き、図を指し示した。


「まず、左手の痣は常に手袋で隠すこと。次に、古代魔法を使う時も、必ず現代魔法の詠唱を口にすること。そして…」


彼女は慎重な表情で続けた。


「これが最も重要だけど、魔力の特徴を少し変える方法を発見したの」


「変える?」


「ええ」彼女は頷いた。「魔力には『波長』のようなものがあって、古代魔法の波長は現代魔法のそれとは明らかに異なるわ。だから、もし詳しい識者が君の魔法を分析すれば、すぐに気づくでしょう」


彼女の分析力には感心する。かなり専門的な内容だ。


「じゃあ、どうすれば?」


「これよ」


彼女は小さな結晶を取り出した。青い光を放つ鉱物の欠片だ。


「これは『エコー・クリスタル』。魔力の波長を変調させる特性を持つ鉱物よ。古代文明でも使われていたみたい。これを身につければ、魔力の特徴が一時的に現代魔法に近づくはず」


「すごいな、エリナ」俺は感心した。「どこでこんなものを?」


「古代遺物コレクションから借りたのよ」彼女は少し誇らしげに言った。「研究用にね」


「借りた…?」


彼女の表情から察するに、正規の手続きを経たものではなさそうだ。


「心配しないで」彼女は微笑んだ。「返却するから。それより、これで教授の補習も乗り切れるはず」


結晶を手に取ると、微かに脈動しているのを感じた。左手の痣と共鳴しているようだ。


「試してみよう」


結晶を左手に握り、簡単な光生成魔法を唱えた。


『*エスタリス・ルミノーサ*』


掌から光が生まれたが、いつもより少し色合いが異なる。通常の青白い光ではなく、現代魔法の黄色がかった光に近い。


「成功よ!」エリナが喜んだ。「これで魔力分析されても、少なくとも一目では古代魔法だとわからないわ」


「エリナ、本当にありがとう」俺は心から感謝した。「君がいなかったら、とっくに秘密がバレてたよ」


彼女は少し照れたように目を逸らした。


「当然よ。この研究は私にとっても貴重なんだから」


エリナの助けは計り知れない。彼女の知識と分析力が、俺の直感的な古代魔法の使用を補完してくれる。まさに最強のコンビだった。


「ところで」俺は話題を変えた。「最近、何か変わったことに気づかない?」


「変わったこと?」


「ああ。例えば、誰かに見張られているとか…」


エリナは少し考え込んだ後、静かに語り始めた。


「実は…昨日、私の部屋が荒らされたみたいなの」


「えっ?」


「大した被害はなかったけど、誰かが私の研究ノートを探っていた形跡があったわ」彼女は眉をひそめた。「特に、古代文明に関するページが開かれていたの」


「それは…」俺は不安を感じた。「君が危険な目に遭うようなことがあっては…」


「大丈夫よ」彼女は微笑んだ。「私も用心するわ。それに…」


彼女は鞄から小さな魔法アイテムを取り出した。ペンダントのようなものだ。


「これは警報魔導具。何か危険があれば知らせてくれるわ」


俺たちは互いの安全のため、いくつかの対策を話し合った。誰かが俺たちの研究を探っているなら、それは学院内のスパイか、あるいは「黒翼の結社」の手先かもしれない。


議論の最中、俺は「星継の書」の中で気になるページを見つけた。「星の系譜」と題された章だ。


「これは…」


その章には、古代魔法の血統について記されていた。古代アストラリス文明の崩壊後も、一部の家系には古代魔法の適性が受け継がれているという。


「エリナ、これを見て」俺はページを示した。


彼女は興味深そうに読み始めた。もちろん、彼女には直接読めないので、俺が翻訳しながら説明する。


「ここには、『星の継承者』の特徴として、『青き痣』が記されている」俺は左手の痣を見た。「まさにこれだ…」


「まるであなたのことを予言しているみたい」エリナの声には興奮が混じっていた。


さらにページをめくると、古代魔法の血統を持つ者が行える特殊魔法について書かれていた。「星門開放」という儀式だ。


「これは何だろう?」


説明によれば、「星門開放」は物理的な距離を超えて、特定の場所に魔法の扉を開く高度な魔法らしい。しかし、その方法は複雑で、かなりの魔力と経験が必要とされる。


「テレポーテーションの一種ね」エリナは目を輝かせた。「現代魔法でも最難関の魔法の一つよ」


「いつか挑戦してみたいな」俺は笑った。


「その前に基礎をしっかりと」エリナは厳しい先生のように言った。「焦りは禁物よ」


「分かってるって」


時計を見ると、すでに午後10時を回っていた。図書館の閉館時間だ。


「今日はここまでにしよう」


資料を片付け、「星継の書」を安全な場所に戻す。エリナは最後にもう一度ノートを確認していた。


「明日も来られる?」彼女が尋ねた。


「ああ、授業が終わったら」


図書館を出る時、オルドリッチ館長が静かに本を整理していた。俺たちに気づくと、微笑んだ。


「研究は進んでいますか?」


「はい、おかげさまで」俺は答えた。


「良いことです」館長は穏やかに言った。「ただ、あまり無理はなさらないように。若さゆえの熱意は尊いですが、時に危険を伴うものです」


その言葉には何か深い意味があるように感じた。オルドリッチ館長は何か知っているのだろうか?それとも単なる年長者の忠告か?


「気をつけます」俺は頷いた。


エリナと別れ、寮への帰り道、俺は星空を見上げた。夜空には無数の星が輝いていた。かつてはただの美しい風景に過ぎなかったが、今では何か特別な繋がりを感じる。星々が俺に語りかけてくるようだ。


「星の継承者…か」


左手の痣を見つめながら、俺は自分の中に眠る古代魔法の可能性について考えた。これはまだ始まりに過ぎない。もっと深く、もっと強く、古代魔法の真髄に触れたい。


そんな思いを胸に、俺は夜の学院を歩いていた。


---


翌日から、俺とエリナの秘密の特訓は更に本格化した。授業後の時間を使って、第三書庫で古代魔法の練習を重ねる。


週に一度、マグナス教授との特別補習も始まった。エリナから借りた「エコー・クリスタル」のおかげで、古代魔法を現代魔法に見せかけることに成功している。教授は俺の進歩に驚きながらも、特に疑念を示さないようだった。


「素晴らしい制御力だ、グレイソン」教授は炎操作の練習を見た後、称賛した。「まるで生まれつきの才能が開花したかのようだ」


「ありがとうございます」俺は内心、緊張しながら答えた。


「一つ質問がある」教授は俺をじっと見た。「君は魔力共鳴を実践するとき、どのような感覚を抱くかね?」


質問は鋭かった。魔力共鳴は現代魔法ではほとんど使われない技術だが、古代魔法の核心部分だ。


「それは…」慎重に言葉を選ぶ。「まるで自分の中の魔力と外界の魔力が対話するような感覚です。波が重なり合って、より大きな波になるイメージでしょうか」


教授は黙って頷いた。その表情からは何を考えているのか読み取れない。


「興味深い表現だ。まるで経験者のような説明だね」


その言葉に背筋が凍りついたが、教授はそれ以上追及せず、次の練習に移った。


---


特訓の成果は日々の授業でも現れ始めた。かつてのF評価は影を潜め、代わりにB評価、時にはA評価さえ取るようになった。クラスメートたちは驚きの目で俺を見るようになり、一部の教授たちも注目し始めた。


「グレイソン!今度の水魔法、見事だったぞ!」ゼイガー教授は信じられないという表情で言った。「これほどの上達は見たことがない」


「ありがとうございます」俺は謙虚に答えた。


もはや「落第魔術師」の汚名は消え、代わりに「隠れた天才」「遅咲きの魔術師」といったあだ名が付けられるようになった。


その変化に最も敏感に反応したのはヴィクターだった。彼の敵意は日に日に増していく。


「グレイソン」ある日、彼が廊下で俺を呼び止めた。「一対一で話がある」


周囲に誰もいないことを確認し、俺はうなずいた。


「何の用だ、ノイマン?」


「いい加減にしろ」彼の声は低く、冷たかった。「君の急激な成長は不自然だ。何か禁断の手段を使っているんじゃないのか?」


「禁断?」俺は平静を装った。「ただ勉強と練習の成果だよ」


「嘘をつくな」彼の青い瞳が怒りに震えた。「私は父から聞いている。こんな急激な成長は、通常の方法では不可能だと」


ヴィクターの父親は王国魔法顧問。彼の言葉には重みがある。


「君の父親がそう言うなら、そうなんだろう」俺は肩をすくめた。「でも残念ながら、俺には秘密の手段はない。理論が実践に追いついただけさ」


彼の顔に一瞬、困惑の色が浮かんだ。


「警告しておく」彼は声を潜めた。「もし禁術を使っているなら、いずれ露見する。そして、その時は…」


彼はそれ以上言わず、踵を返して立ち去った。


この出来事を聞いたエリナは心配そうにした。


「ヴィクターは執念深いわ。ますます注意が必要ね」


「ああ」俺は頷いた。「でも、もう後戻りはできない」


---


ある夜の特訓中、俺とエリナは「星継の書」の中からより高度な魔法を発見した。「星霊召喚」という儀式だ。


「これは何?」エリナが俺の翻訳を聞きながら尋ねた。


「星の精霊を召喚する魔法らしい」俺は文章を読み進めた。「精霊と契約を結び、その力を借りるための儀式だ」


古代魔法の中でも特に重要な分野とされる精霊魔法。現代では伝説とされ、実践例はほとんどない。


「試してみる?」エリナの目が輝いた。


「危険じゃないか?」俺は躊躇した。「精霊召喚は高度な魔法だぞ」


「だからこそ価値があるのよ」彼女は熱心に言った。「もちろん、安全対策は万全にするわ」


彼女の情熱に押され、俺たちは準備を始めた。第三書庫の実験スペースに複数の防護結界を張り、必要な材料を揃える。


「星継の書」によれば、召喚には特定の星座が見える夜と、術者の血液が必要だという。


「今夜は牡羊座が綺麗に見えるわ」エリナは天窓から星空を眺めた。「これは火の精霊を召喚するのに適した時期よ」


「では、やってみよう」


俺は儀式の準備を整え、床に特殊な魔法陣を描いた。五芒星の中に、火を象徴する古代文字を配置する。


「準備完了」


深呼吸をし、左手の痣に意識を集中させた。青い光が鼓動のように脈動する。


「指先を少し切るよ」


小さなナイフで指に傷をつけ、一滴の血を魔法陣の中心に落とす。


そして、「星継の書」に記された詠唱を唱え始めた。


『*エスタリス・イグニス・スピリトゥス・アドヴォカーレ。フラマ・アンティクァ・レスポンデーレ。*』(星の火の精霊よ、来たれ。古の炎よ、応えよ。)


詠唱を三度繰り返す間、魔法陣が徐々に赤く輝き始めた。初めは微かな光だったが、次第に強くなっていく。


突然、魔法陣から赤い炎が噴き上がった。しかし通常の炎とは異なり、熱を感じない。その炎は渦を巻きながら形を変え、人型に近い姿になっていく。


「成功したの…?」エリナの声が震えていた。


炎の中から、小さな人型の存在が現れた。身長30センチほどの、赤い肌を持つ精霊だ。頭には小さな角があり、全身から炎のようなオーラを放っている。


『汝、吾を呼びしは誰ぞ?』


古代語で話す声が、俺の頭の中に直接響いた。


「私は…レイン・グレイソン」俺は古代語で答えた。「星の継承者の血を引く者だ」


精霊は俺をじっと見つめ、左手の痣に目を留めた。


『星の痣…確かに継承者の印なり』精霊は頷いた。『吾は火精霊イグニティウス。汝の召喚に応えたり』


エリナは目を丸くして精霊を見つめていた。彼女には精霊の言葉は聞こえないが、その存在自体が驚異だ。


「何を話しているの?」彼女が小声で尋ねた。


「古代語で会話している」俺は簡単に説明した後、再び精霊に向き直った。


「イグニティウス、古代魔法について教えてほしい」


精霊は腕を組んで考え込んだ。


『汝、古の力を目覚めさせしが、まだその本質を知らず』精霊は言った。『星の力は大いなり。されど、責任も大なり』


「責任?」


『星の継承者には使命あり。古の知恵を守り、闇の者たちより守ることなり』


「闇の者たち?」


『黒き翼の者ども』精霊の声は厳かになった。『古の力を己が野心のために求める者たち』


黒き翼—「黒翼の結社」だ。エリナの翻訳を聞いて、彼女の表情も引き締まった。


「彼らは何を求めているの?」俺は尋ねた。


『星の力を得んとす。されど、彼らに相応しからず』精霊は警告するように言った。『汝、気をつけよ。彼らすでに汝を見つけたり』


この言葉に背筋が凍りついた。


「どうすれば彼らから身を守れる?」


『強くなれ。星の力を極めよ』精霊は俺の左手を指さした。『その痣、古の力の始まりに過ぎず。真の力は汝の魂の奥底に眠れり』


精霊との会話を通じ、俺は古代魔法についての新たな知識を得た。同時に、「黒翼の結社」の脅威と、自分の役割についても理解を深めた。


会話の最後に、精霊は小さな炎を俺の掌に残した。


『これ、吾の契約の証なり。危機の時、呼べば応えん』


そう言うと、精霊は光の粒子となって消えていった。魔法陣の光も徐々に薄れ、やがて完全に消えた。


「信じられないわ…」エリナは興奮した様子で言った。「本物の精霊召喚…現代魔法では伝説とされる魔法よ!」


「ああ」俺も驚きを隠せなかった。「そして、もっと重要な情報も得られた」


俺は精霊との会話の内容をエリナに詳しく説明した。「黒翼の結社」の脅威と、古代魔法の真の力について。


「これで確信したわ」エリナは真剣な表情で言った。「あなたが『星の継承者』であることは間違いないわ。そして、それは単なる古代魔法の適性以上の意味を持つみたい」


「そうみたいだな…」俺は掌の中の小さな炎を見つめた。「ただの落第魔術師だった俺に、こんな運命が待っていたなんて…」


「これからどうするの?」


「精霊の助言通り、もっと強くなる」俺は決意を固めた。「そして、古代魔法の真の意味を探り続ける」


帰り道、俺は再び星空を見上げた。今度は単なる美しい風景ではなく、古代からの導きとして星々が輝いて見えた。


左手の痣を握りしめ、俺は新たな決意を胸に歩を進めた。

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