## 【偶然の奇跡】たった一つの呪文が世界を変える
翌日の午後、俺とエリナは約束通り図書館で落ち合った。彼女は厚い魔法理論書を何冊も抱えていた。
「これ、全部今日中に読むつもりなの?」俺が驚いて聞くと、彼女は真面目な顔で頷いた。
「もちろん。古代魔法と現代魔法の互換性について調べなきゃ」
彼女の勤勉さに感心しながら、二人は第三書庫へと向かった。
数日間、俺たちは放課後のほとんどを共同研究に費やした。エリナは理論研究を担当し、俺は「星継の書」の内容を実践する。徐々に古代魔法を体得していくうちに、左手の痣は時々青く輝くようになった—特に魔法を使う時に。
「面白いわね」エリナは俺の左手を観察しながら言った。「その痣はまるで魔力の触媒のよう。古代魔法使いの証なのかも」
「ただ、あまり目立つと不便だな」俺は手袋で隠した。「特に試験の時は…」
「そうね…」エリナは考え込んだ。「でも気になるのは、どうしてあなただけ古代語が読めるのか、という点」
「そうだな…」俺も不思議に思っていた。「もしかしたら両親が…」
実は、俺の両親は謎の事故で亡くなっている。彼らは考古学者と魔法歴史学者で、俺が7歳の時に古代遺跡の調査中に命を落とした。詳細は伯父からもほとんど聞かされていない。
「両親が研究者だったなら、何か関係があるかもしれないわね」エリナの推理は鋭かった。
その日、俺たちは新たな発見をした。「星継の書」の中に、魔法増幅のための訓練法が記されていたのだ。
「これを試してみよう」
俺は書物に記された通り、魔力の流れを感じ取る瞑想を始めた。目を閉じ、内側に意識を向ける。そして、自分の中心に小さな星があるイメージを描く。
「感じるんだ…自分の中の星を…」
すると、左手の痣が鼓動のように脈動し始めた。体内で何かが目覚めていくような感覚。周囲の魔力が俺に向かって流れ込んでくるのを感じる。
「すごい」エリナが驚いた声を上げた。「あなたの周りの魔力濃度が上がってる。見えるわ…青い光の流れが」
俺は目を開け、自分の手を見た。掌から腕にかけて、青い光の筋が浮かび上がっていた。まるで体内の魔法回路が可視化されたようだ。
「これが古代魔法の力…」
数日間の練習で、俺は基本的な古代魔法をいくつか習得した。光を生み出す魔法、小さな炎を操る魔法、風を起こす魔法…どれも現代魔法の初級魔法に相当するものだが、使い方が全く異なる。詠唱は短く、魔法陣も不要。代わりに意思の集中と感情の投影が鍵となる。
「問題は、これを試験でどう使うかだ」俺は悩んでいた。「古代魔法だとバレたら…」
「大丈夫よ」エリナは自信を持って言った。「私たちの研究で分かったでしょう?形式的には現代魔法の詠唱と動作を真似ながら、内実は古代魔法の原理で魔力を操れば良いの」
彼女の言う通りだった。俺たちの実験では、現代魔法の詠唱を口にしながら、心の中で古代語を唱え、古代魔法の方法で魔力を操ることができた。見た目は現代魔法そのものだが、実際は古代魔法の力を借りている。
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試験の一週間前、俺はゼイガー教授の実技授業で大きな壁に直面していた。課題は「火球生成」という中級魔法だった。
「グレイソン!次はお前だ」ゼイガー教授が俺を指名した。
クラス全員の視線が俺に集まる。ヴィクターたちのグループからは、すでに失敗を期待する笑い声が漏れていた。
「はい」
緊張しながらも、俺は前に進み出た。実験台の上には魔力を受け止める特殊な石板が置かれている。ここに火球を生成するのが課題だ。
「さあ、やってみろ。できなければ、次の大試験の前哨戦だと思え」教授の声は冷たかった。
深呼吸をして、俺は現代魔法の詠唱を始めた。
「*イグニス・スフィア・マニフェステーション*」
表向きは現代魔法の詠唱だが、心の中では古代語で別の詠唱を行う。
『*エスタリス・フラマ・アパレーレ*』(星の炎よ、現れよ)
左手の痣が熱を持ち、青く輝き始めた。だが手袋に隠れているので、誰にも見えない。俺は意識を集中し、内なる魔力と外界の魔力を共鳴させる。
「炎への願い…熱への憧れ…」
突然、掌から赤い光が放たれ、石板の上に拳大の火球が形成された。明るく安定した炎だ。
教室が静まり返った。
「な…」ゼイガー教授が絶句した。「なんだと?」
「火球、生成…できました」俺は自分でも信じられない声で言った。
「まさか…」教授は半信半疑で近づいてきた。「これはお前が作ったのか?」
「はい」
教授は魔法測定器を取り出し、火球を分析し始めた。その表情が徐々に変わっていく。
「C+…いや、B-レベルの魔力純度…」彼はつぶやいた。「グレイソン、お前…何かあったのか?」
「いえ、ただ…練習を重ねました」
教室の中で、ざわめきが広がった。「あいつ、できたの?」「嘘だろ?」「最弱がいきなり?」
ヴィクターの表情が硬くなった。彼の青い瞳が俺を鋭く観察している。
「まぐれだ」彼が冷たく言った。「たまたま成功しただけだろう」
「そうかもな」俺は肩をすくめた。「でも、今日はできた」
ゼイガー教授は首を傾げながらも、評価を記録した。
「まあ、今日はB-評価としておこう。だが、次の大試験でも同じように成功できるとは限らないぞ」
「分かっています」
授業が終わると、エリナが廊下で俺を待っていた。彼女の瞳は輝いていた。
「成功したのね!」
「ああ」俺はにっこり笑った。「君のおかげだよ」
「いいえ、あなたの才能よ」彼女は真剣な表情で返した。「古代魔法への適性は本物だわ」
二人は喜びを分かち合いながら、次の授業へと向かった。
しかし、俺たちに気づかぬところで、一人の影が壁の陰から出てきた。シルヴィア・フォン・ヴァルトだ。彼女は冷たい紫紺の瞳で俺たちの後ろ姿を見つめていた。
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試験前日、俺とエリナは最後の調整を行っていた。第三書庫で、これまでの成果を確認する。
「基本的な火・水・風・土の四大元素魔法はマスターできたわね」エリナがチェックリストを見ながら言った。「明日の試験課題は、おそらく四大元素の中級魔法のどれかよ」
「ああ、準備はできてる」俺は自信を持って言った。
左手の痣は今や自在に制御できるようになっていた。意識して魔力を集中させると青く光り、普段は普通の皮膚のように見える。
エリナは少し心配そうな表情を見せた。
「でも、やっぱり気になるのよね…」
「何が?」
「あなたの古代魔法への適性の理由」彼女は真剣な表情で俺を見た。「そして、その本があなたに読めること。何か重要な意味があると思うの」
「星の継承者…か」俺は「星継の書」の言葉を思い出した。
「そう」エリナは頷いた。「試験が終わったら、あなたの両親の研究と、古代魔法の関係について調べてみたいわ」
「君には感謝してもしきれないよ、エリナ」俺は心からそう思った。「一週間前まで落第確実だった俺が、今は希望を持てている。すべて君のおかげだ」
「ううん」彼女は微笑んだ。「私も多くを学んだわ。あなたがいなければ、古代魔法の実践なんて見られなかった」
二人は窓から見える夕焼けを眺めた。明日は運命の日だ。
「明日、うまくいくよな」
「絶対に」エリナは力強く頷いた。「あなたなら、きっとできる」
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試験当日、王立魔術学院の大講堂は緊張感に包まれていた。中間実技試験は全学年が見守る中で行われる重要な行事だ。
ゼイガー教授を含む三人の教授が審査員を務め、学生たちは一人ずつ名前を呼ばれて中央の試験台に立つ。
「ヴィクター・ノイマン!」
名前が呼ばれると、ヴィクターは自信に満ちた表情で前に進み出た。
「課題は雷光生成」ゼイガー教授が告げた。「制限時間は1分」
ヴィクターは余裕の表情で詠唱を始めた。華麗な手の動きと完璧な詠唱。彼の掌から青白い雷光が生まれ、試験台上で踊った。
「見事だ!S評価!」教授たちは称賛した。
ヴィクターは満足げに席に戻った。彼の支持者たちから拍手が湧き起こる。
次々と学生たちの名前が呼ばれ、試験が進む。A評価、B評価、たまにC評価…そして。
「レイン・グレイソン!」
会場がざわめいた。学院最弱の魔術師の番だ。多くの学生が失敗を期待して身を乗り出す。
「課題は風刃生成」ゼイガー教授が発表した。「制限時間は1分」
風刃生成—風を刃のように鋭く収束させる中級魔法だ。通常、繊細な魔力制御が必要とされる。
俺は深呼吸し、試験台に立った。教授たちの厳しい視線、クラスメイトたちの嘲笑的な表情。そして、応援するようにうなずくエリナの姿。
「始めてください」
俺は現代魔法の詠唱を始めた。
「*ヴェントゥス・ラミナ・フォルマーレ*」
同時に、心の中では古代語で別の詠唱を行う。
『*エスタリス・アエリス・アキエス・マニフェスターレ*』(星の風よ、刃となれ)
左手の痣が布の下で青く輝き始めた。俺は風への憧れ、鋭さへの願いを心に描く。内なる魔力と外界の魔力が共鳴する感覚。
そして—
掌から青白い光が放たれ、空中に複数の風の刃が現れた。クリスタルのように透明で鋭い風の刃が、試験台の上で舞い始める。
会場が静まり返った。
「こ、これは…」ゼイガー教授が目を見開いた。「グレイソン、この前の成功は偶然ではなかったのか…」
風の刃は美しく整然と回転し、やがて俺の意思でゆっくりと消えていった。
「魔力純度…B+」別の教授が魔法測定器を確認して言った。「魔力制御も安定しています」
「信じられない…」ゼイガー教授はつぶやいた。
教授たちは短い協議の後、評価を発表した。
「レイン・グレイソン、B評価!」
会場からどよめきが上がった。「嘘だろ?」「あの落第魔術師が?」「いつの間に…」
俺はほっとため息をつきながら、自分の席に戻った。恐る恐るクラスメイトたちを見ると、彼らの表情は様々だった。驚き、疑念、そして…敵意。
特にヴィクターの表情は険しかった。彼の青い瞳には明らかな怒りが宿っていた。
「あいつ、何か裏がある」彼が周囲に聞こえるように言った。「たった数週間であんな成長はありえない」
俺はそれを無視し、エリナの方を見た。彼女は小さく拍手をして、誇らしげに微笑んでいた。
試験が終わり、教授から最終評価が発表された。
「レイン・グレイソン、総合評価B。退学処分は取り消します」
俺の心に大きな安堵が広がった。
試験会場を出ると、エリナが待っていた。
「やったわね!」彼女は嬉しそうに言った。「あなたの才能、証明できたわ!」
「君のおかげだよ」俺は心からの感謝を込めた。
「これからが本当のスタートね」彼女の瞳には好奇心と期待が輝いていた。「古代魔法の研究、もっと深めましょう」
「ああ」俺も頷いた。「俺も…自分の中にある力の本当の意味を知りたい」
左手の痣を見つめながら、俺は思った。これは始まりに過ぎない。古代魔法の真の力、そして「星の継承者」という言葉の意味—それらを知るための長い旅の、ほんの第一歩だ。
星々が導く未知の道を、俺はこれから歩んでいく。
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