「グレイソン！それはそういう魔法じゃない！」

教授の怒号が実習場に響き渡る。俺はただ呆然と立ち尽くしていた。手元の魔法陣が歪み、弱々しく明滅している。周りの学生たちの視線が突き刺さる。嘲笑、あきれ、同情——どれも受け取りたくない感情だ。

「すみません……もう一度やり直します」

俺、レイン・グレイソンは王立ルミナリア魔術学院で最低ランクの魔術師だ。正確には「魔術師見習い」とすら呼べないかもしれない。だって基本中の基本の初級火炎生成魔法すら満足に使えないんだから。

「今回で3回目だぞ、グレイソン！お前には才能がないのか？それとも努力が足りないのか？」

ゼイガー教授の顔は怒りで赤く染まっていた。彼の口髭が怒りに合わせて震えている。俺は萎縮しながら下を向いた。

「努力は……してます」

「口先だけの努力なぞ無意味だ！実技試験、F評価だ！」

F評価——王立魔術学院における最低の評価。つまり「落第候補」という烙印だ。教室の向こう側からくすくすと笑い声が聞こえる。視線を向けると、やはりヴィクター・ノイマンとその取り巻き連中だった。

学院首席の彼は、父親が王国魔法顧問というエリート中のエリート。真っ直ぐな金髪と青い瞳、完璧な魔法の才能——全てが俺とは対極にある。俺がここで失敗するたび、彼の笑顔は少しずつ広がる。

「やれやれ、グレイソンはいつも通りだね」ヴィクターが周囲に聞こえるように言った。「こんな簡単な魔法もできないなんて、魔術学院に入れた理由が謎だよ。コネか何かかな？」

それを聞いた周囲の学生たちが笑う。彼らの多くは貴族の子息か、天才的な魔法の才能を持つ者ばかりだ。俺のような平民でしかも才能皆無の存在など、彼らの目には笑いのネタでしかない。

「次！」ゼイガー教授の声が実習場に響く。

これが俺の日常だ。誰にも理解されない最弱魔術師の、惨めな現実。

試験終了後、俺は教室の隅で魔法書を眺めていた。なぜできないのだろう？理論は完璧に理解している。魔法陣の描き方も何度も練習した。魔力の流れも教科書通りのはずなのに……。

「やあ、落第魔術師」

背後から聞こえた声に振り返ると、ルークがいた。彼は剣術科の学生で、俺とは違う意味で魔法に苦労している変わり者だ。魔法の才能は低いが剣の腕前は学院一。実技では俺と同じくらいの低評価だが、剣術の才能で辛うじて落第を免れている。

「ルーク……今日も散々だったよ」

「見てたよ、悪かったな」彼は後頭部を掻きながら苦笑した。「でも、お前が理論試験では常にトップクラスなのは知ってる。不思議だよな、頭はいいのに実技だけ……」

そう、それが俺にとって最大の謎であり、苦しみだった。魔法理論は誰にも負けない自信がある。古代魔法史から現代魔術理論まで、筆記試験では常に上位。なのに実践になると、魔力が全く反応してくれないのだ。

「才能がないんだよ。魔法の才能だけは……努力じゃどうにもならない壁なんだ」

「諦めんなよ。まだ半年もあるんだし」

「半年……」

そうだった。次の大試験まで半年。そこでF評価を取ったら、間違いなく退学だ。せっかく奨学金を得て入った名門学院から落第するなんて、伯父夫婦の顔も立たない。

「とにかく、今日は飲みに行こうぜ。気晴らしになるよ」

ルークの誘いを断り、俺は自分の寮部屋に向かった。気晴らしなんてしている場合じゃない。今の俺に必要なのは、もっと勉強だ。もっと練習だ。でも、どれだけやっても結果は変わらないのではないか——そんな恐怖が常に心の奥底で渦巻いていた。

部屋に戻る途中、長い廊下で再びヴィクターとその取り巻きに遭遇した。

「おや、落第魔術師じゃないか」ヴィクターが嫌味たっぷりに言った。「どうだい、そろそろ荷物をまとめる準備は始めたかい？」

「まだ諦めてないよ、ノイマン」俺は彼の青い瞳をまっすぐ見つめ返した。

「ふん、無駄な抵抗だ。お前みたいな才能のない平民が魔術学院にいること自体が間違いだ。早く自分の限界を知って、野菜でも作ってろ」

ヴィクターの横にいたシルヴィア・フォン・ヴァルトが小さく笑う。銀白色の長い髪と紫紺の瞳を持つ彼女は、ヴィクターの婚約者であり、氷結魔法の才能を持つ優秀な魔術師だ。彼女の冷たい視線は、まるで俺を下等生物でも見るかのようだった。

「話にならないわ」シルヴィアが言った。「魔法の才能がこれほど違うと、会話すら成立しないもの」

俺は彼らの横を通り過ぎようとした。その時、ヴィクターが足を出して俺を躓かせた。バランスを崩した俺は床に転び、持っていた魔法書や筆記用具が廊下に散らばる。

「おっと、足元が危ないね、グレイソン」ヴィクターが高笑いをした。「魔法が使えないなら、歩くことくらいはまともにできるようになったらどうだい？」

彼らは笑いながら去っていった。俺は黙って散らばった本を拾い集める。怒りや悔しさはあるが、それを表に出しても状況は良くならない。

「くそっ……」

唇を噛みしめながら、最後の一冊を拾い上げた。『現代魔法理論の基礎と応用』——何度読んでも俺には実践できない理論の集大成だ。

俺はなぜこんなに魔法が使えないのだろう？頭では理解しているのに、体が、魔力が言うことを聞かない。

自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込んだ。天井を見つめながら、今日の失敗を反芻する。いつものことだ。理論を完璧に理解しているはずなのに、魔法を発動させると必ず何かが狂う。魔力が暴走するか、まったく反応しないかのどちらかだ。

「才能がないなら、それを補うだけの何かが必要だ……」

俺は呟きながら、再び魔法書を開いた。今夜も徹夜になるだろう。でも、このままじゃ終われない。

少なくとも、みんなに笑われたまま学院を去るわけにはいかないんだ。