第3話

(アシュたんが目の前にいる……!!)



 金髪碧眼の第一王子ヴィンセントは、婚約者になった公爵令嬢アシュリーとの初顔合わせの茶会で前世を思い出した。



 ヴィンセントの前世は田舎に住むオタク少年だった。

 漫画、ラノベ、アニメをこよなく愛し、学校ではお気に入りの作品の布教活動に勤しんだ。


「北大路~なんか面白いの持ってない? 何系でもいいわ」

「よくぞ聞いてくれたよ西条くん」


 いつも暇になると何か借りにくるクラスのサッカー少年に、一冊のラノベを手渡した。


 田舎令嬢が主人公の学園ものだ。

 心優しい主人公が聖女の力に目覚め、王子や高位貴族の令息たちと親しくなっていき、最終的にはラスボス悪女と戦うというもの。

 ありふれたストーリーだが、彼は裏表紙に描かれていた公爵令嬢アシュリーに一目惚れした。


「今ちょうど僕のイチオシを布教中なんだ。それあげるから読んで感想を聞かせてよ」

「え、くれんの? ラッキー。んじゃ遠慮なく貰うわ」


 サッカー少年は自分の席に戻って小説を読み始めた。

 スポーツ万能でイケメンな彼は学校一の人気者。彼が気に入って友達に薦めた本やアニメはいつも学校中の噂になる。


「西条くん、この前の小説はどうだった?」

「あー……あれな。途中までしか読んでないのに下渕に取り上げられてさ~」


 数日後。小説は読み終えたかとサッカー少年に質問したところ、隣の席の不良少女に取り上げられたと答えが返ってきた。


「そろそろ登校してくるだろうから、その時に返してくれると思うんだけどな」

「そっか……」


 不良少女は数日おきに登校してくる。だいたい午後の授業前だったり放課後だったりする。

 放課後に来て何をしているのかというと、サッカーの練習見学だ。


 しかし彼女が今日来るとは限らない。

 そんなのは待っていられないと、放課後になると布教用の小説を取りに急いで家に帰った。


 今日は金曜日。サッカー少年にはどうしても今日渡して週明けに感想を聞かせてほしい。

 早く愛しのアシュたんについて語り合いたい。


 サッカー少年は放課後は部活をしているのでそんなに急ぐ必要はなかったが、逸る心から必死に農道を走って急いで学校に向かった。


 そうして土手から足を滑らせて頭を強く打ち、ヴィンセントの前世であるオタク少年はその生涯を終えた。



 ***



 さて、前世を思い出したところでヴィンセントは考えた。

 目の前の銀髪赤目の十歳の美少女は、前世の推しである公爵令嬢アシュリー。

 自分は彼女の婚約者になった第一王子。


(つまりアシュたんの成長をこの目に焼き付けられる!?)


 ヴィンセントは歓喜した。

 推しが立派な悪女となる様を見届けられるなんて最高だ。


 もちろん彼女が叡智の悪魔を召喚して闇落ちする未来は阻止したいが、小説でのアシュリーは幼少期からすでに我が儘で傲慢でどうしようもなく自分勝手な性格。


 他人に諭されても火に油を注ぐだけ。

 相手が王子だろうとその場でしおらしくなるだけで、後から使用人に当たり散らす激しさが増すだけだろう。


 それなら彼女には自由にのびのびと悪女になってもらおうではないか。

 あわよくば自分も罵られたい。いや、好機は自ら進んで掴まなければ。


「お願いだから私も罵ってくれないか!」


 思わずテーブルに両手をついて立ち上がって叫んだ。


「罵る……?」

「そう。君が弱い立場の人間を見下して踏みつけて罵っていることは知っている。だから私も罵ってほしい」


 接続詞がおかしい。アシュリーは眉をひそめた。


「もちろん処罰なんてしない。そうだ私の命令ということにしよう。君は今日から私を罵って生ゴミのように扱わなくてはいけない。この場にいる君たちが証人になってくれ」


 サロンの中にいるヴィンセントの専属護衛とメイド数名は証人にされた。拒否権はない。

 その日からアシュリーに罵られる夢のような日々が始まった。


「今頃来たのですか。この愚図」

「すまないね。道が混んでいたんだ」

「言い訳は結構です。今日は地べたに這いつくばって紅茶をすすりなさい」

「分かったよ。ありがとう」


 何に対してのお礼なのかその場にいる全員が理解できるほど、この光景が日常と化していた。


 そしてヴィンセントは十五歳になり、王立高等学園に入学した。

 演技でも何でもなく素で自分のことを生ゴミとして扱ってくれるアシュリーには感謝しかない。毎日幸せだ。


 アシュリーはといえば、ヴィンセントを罵るようになってから使用人に対する当たりが少しだけマシになっていた。

 この国の王族を罵れる特権に優越感を覚えているのだろう。


 中身は生ゴミでも外側は金髪碧眼の美男子で次期国王。

 一緒にいることや将来結婚することに嫌悪感はないようだ。

 中身はどうであれ婚約者からしっかり愛されていると実感しているアシュリーは、他の男を誑かすこともしない。


 そして十七歳になったある日。学園の中庭をヴィンセントとアシュリーが歩いていると、目の前に一人の女生徒が飛び出してきた。


「ちょっと悪女! あなた何かしたでしょう? どうして私に聖女の力が発現しないのよ!」


 アシュリーを指差しながらわめき散らすのは田舎令嬢。小説の主人公だ。


(やはり彼女も転生者か)


 ヴィンセントは納得した。

 入学した時に田舎令嬢について調べたが、真面目で優しい小説の主人公とは性格があまりに違っていたから。


 聖女の力は慈しみの心を持っていないと発現しない。田舎令嬢は小説の内容をそこまで覚えていないようだ。


 ヴィンセントは護衛騎士の一人に手招きした。


「あの子を学外に連れていってくれるかな。後で私が田舎に送り返す手筈を整えておくから。今回だけ見逃してあげるけど次があれば消すよって警告しておいて。本気だと伝わるように殺気をたっぷり込めてね」

「承知しました」


 護衛騎士に連れて行かれた田舎令嬢がその後王立高等学園に姿を現すことはなかった。


「何だったのよ、さっきの無礼な子は」


 アシュリーがわなわなと震えだした。学園内なのでわめき散らしはしないが、静かに怒りを滾らせている。


「変な子だったね。きっと頭の中におかしな虫でも飼っているのさ」

「あなたじゃあるまいし」

「もう少しパンチを」

「虫以下の目障りなゴミはあなただけで十分よ。さっさと廃棄場へお帰りになったらどうかしら」

「いいね最高だよ。ありがとう」




 ***




「こんにちは。今日も来てたんだ」

「それはこっちの台詞よ……元気そうね」


 孤児院の中庭にて。

 町の少年に扮した宰相令息サミュエルと町娘に扮したモブ令嬢ナタリアはいつものように挨拶を交わした。


「何かお菓子はある?」

「あるけどタダじゃあげないわよ」

「何でも手伝うから遠慮なく言って」

「今から町にゴミ拾いに行く予定なの。手伝ってくれたらとろけるプリンをご馳走してあげるわ」

「やったぁ。君が作るとろけるプリン大好きなんだ」

「っ……! ……そう。しっかり役立ってよね」

「もちろん!」


 嬉しそうに顔を綻ばせるサミュエルがあまりに眩しくて、ナタリアは頬を赤く染めて目を逸らした。

 公爵令嬢アシュリーが闇落ちすることなく、いつまでもこの幸せが続けばいいのにと密かに願いながら。






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最後までお読みくださりありがとうございました。

※烏骨鶏、トラクターを盗むことは犯罪なので、決して真似をしないでください。

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悪女になると知っている 白崎まこと @shiro_saki

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