彼は天国にいけない
赤夜燈
復讐が産む数少ないもの
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
ひどい悪夢だ。俺は万年床から身を起こす。
寝汗で、寝る時に着ているスウェットがべっとりと身体に張り付いている。
軽く頭を振り、汗と不快感を流すためにシャワーを浴びた。
着替えたところでスマートフォンを見ると、仕事のメールが来ていた。
長い黒髪を縛ると、黒いスーツのネクタイを締めて、道具を持って仕事に向かう。
「あれれ、どうしたの『
相棒の『
「ひどい夢を見たんだ」
林檎は俺と同じ黒スーツに、長い手脚をしている。適当に切った髪をふわふわと揺らし、にやにや笑っている。
「ウケる。殺しても死なないお前が悪夢くらいで参る?」
「頭ぶちまけてやろうか」
「えーっ、ヤだよ汚れるじゃん」
げらげらと林檎が笑う。
「汚れるなんて今更だろ」
俺は溜息をつく。
「~~~~~~~!!! ~~~~~~~!!!」
「静かにしてくれないか」
俺は縛られて猿轡をされた目の前の人間の足をナイフで刺した。
「ねーねー無花果、こいつ何やったの?」
「強姦殺人。被害者は三人、遺族が連名で依頼してきた」
「あは、最悪~!」
林檎が刺さったナイフを足でぐりぐりと踏む。
うめき声はさらに大きくなった。臭いな、と思ったら目の前の男は失禁している。
「あのさ、この程度で根を上げないでくれるかな。こっちも仕事でやってるわけだから、手心とか加えない。お前は死ぬ、苦しんで死ぬ。先に言っておくけどこれは決定事項だから、覆ることはない」
「これ、きっちり映像で撮ってるしね~、助けとか来ないから! ざんねん!」
林檎がげらげらと笑う。
「俺たちが何者かって? 復讐代行業だよ。――お前は、復讐を望んだ故人の遺族に殺されるんだ」
俺はナイフを振り上げた。
復讐はなにも産まない?
そんなの嘘だ。復讐は俺たちの仕事を産む。雇用を産み、経済が回る。
それで俺たちは明日の飯が食える。復讐万々歳、だ。
★
翌日、俺はとある家に出かけた。玄関のドアを開けた老年の女性が引き攣った顔でこちらを見た。
昨日『処理』した強姦殺人鬼、その母親だった。
「息子さんは死にましたよ」
俺はなんの感情も交えずそう告げる。
「さらに言うなら、俺は仕事に罪悪感なんか持たない。だから呪うのをやめてもらえませんか」
かっ、と老婦人の顔が赤くなり、台所から包丁を持ってきて俺に刺した。
「……この、この、うちの息子を、よくも……!」
ぐさ、ぐさ、ぐさ、ぐさ。
血が飛び散る。内臓にまで届く、容赦ない刺突だ。
「悪いのは罪もない女性を犯したあげく殺した息子さんでは?」
「五月蠅い! 息子を誘惑したあばずれどもが悪いんだッ! 息子は悪くないッ!」
ぐさ、ぐさ、ぐさ、ぐさ。
ああ、全く、気分が悪い。俺はぼんやりと思う。
「……あなたの仰ることはわかりました」
はた、と老婦人が手を止めた。
これだけ刺したのに、俺がずっと喋ってるのが不気味だったのだろう。
「別にいいんですよ、刺されるのは慣れてる」
「え……?」
「こんな仕事に、まともな人間が就くと思っておいでで?」
飛び散った血が巻き戻る。俺は老婦人を押しのけて起き上がる。こき、と首を鳴らす。
俺の身体はすっかり元に戻っていた。スーツは後で着替えないとならないけど。
「ば、バケモノ……!」
老婦人がへたり込む。俺は淡々と事実を口にした。
「ええ、悪魔ってやつです。俺たちは死なない。天国を追放された罪で、死ねない。だから善行を積んでいる……冥土の土産に教えます。俺の真の名は、ルシファー。実らない無花果です」
きゅ、とネクタイを締め直す。
「さて、俺たちには祝福はともかく、呪いは効かないので。呪いは、そのままあなたに還ります」
「なにを……ぎ、ぎああぁぁあぁぁ!!!」
老婦人は頭を抱え、呪ったとおりの悪夢を見始めた。
俺はカメラを設置する。
この悪夢は、本来なら悪夢を見たまま相手を殺す呪いだ。
事件のあと、被害者へのバッシングが酷くなった。誹謗中傷をしていたのは、この老婦人だった。
これは依頼の範疇である。俺はリビングに腰を下ろして、煙草に火をつける。
もうじき林檎が替えのスーツと食料を買ってやってくる。それまでどうしようか、と思った。
「天の国は未だ遠く、か――」
肺いっぱいに吸い込んだ煙を、俺は吐き出した。
了
彼は天国にいけない 赤夜燈 @HomuraKokoro
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