第三話 出会い
白沢先輩と別れた後、私はまたいつものように、ずっと思考をグルグルさせながらただひたすら歩いていた。
演劇。
やってみたかったけれど、部活では出来なさそうだしな。
「劇団『雨のち晴れ』は絶賛団員募集中です」
一瞬、この前の雨宮さんの言葉が頭をよぎる。
いや、劇団って。
ちょっと「ガチ」すぎない?
別に将来、演劇関係の仕事に就きたいわけでもないんだし。
うん。そうだよ。演劇なんてやらなくても別にいいじゃないか。まず、そもそも私みたいな人前に立つのが苦手な人間に、演劇なんてできるわけがない。
やったって、どうせ「本気」になることなんてできないんだし……
「うわっ」
突然、肩に衝撃を受けた。下を見ながら歩いていたので、前を歩いていた女性とぶつかってしまったらしい。
「あっ……ごめんなさい!ごめんなさい!大丈夫ですか?」
慌ててペコペコとひたすら頭を下げる。
「全然大丈夫ですよ……あ。もしかしてキミ、春沢高校の子?」
いきなり自分の高校の名前を言われたため、私はハッとして思わず顔を上げた。
「そ、そうです」
って、あれ?
目の前の小柄で快活そうなショートカットの女性に、見覚えがあった。
私、この人知ってる。
この前の演劇鑑賞の後の質問の時間に、教室にいた劇団員の人だ。
「あの、もしかして、『雨のち晴れ』の方ですか」
私がそう言うと、女性はぱっと顔を輝かせて「そう!」と大きく頷いた。
「私、
「えっ」
どうしよう。
突然、感想を求められてしまった。上手く、上手く言わなきゃ……なんて言えばいいんだろう。感動したって、いや、それだけじゃ駄目だ。なんか、もっとこう……
「すごく、感動しました」
何してるんだ、私。
もっと言いたいことがあったはずじゃないか。
この貴重な機会を無駄にしたことに絶望して半ば死んだような顔になっている私とは対照的に、宿見と名乗る女性は私の言葉を聞いて嬉しそうに目をキラキラさせていた。
「すごく嬉しいよ!ありがとう!それで……」
それから、宿見さんは急に真面目な顔つきになって言った。
「演劇やってみたいとか、思った?」
その言葉に、私の心臓がとくんと跳ねる。
「
「園さん」という初めて聞く名前が引っかかったが、今はそんなことを尋ねられる雰囲気ではなさそうだった。
この人は、何を言いたいんだろう。なんだか、何かを求められている気がする……。
「だから、もしよかったら……うちの劇団に来てくれたり……する、かなぁ?体験だけでもいいからさ!」
言い終えて、彼女はにっこりと微笑んだ。
そういうことか。
私は今、勧誘されているのだ。
宿見さんの丸いキラキラした目に瞳を覗かれて、逃げられなかった。仕方なく、私は答える。
「やってみたいとは、たしかに思いました」
「本当に!?じゃあ……」
「でも!」
宿見さんの雰囲気に呑まれぬように、私は少しだけ大きな声で彼女の言葉を遮った。
「いきなり劇団は、ちょっと……」
気まずさから彼女の顔を見れず、私は俯いた。
「体験に来て、思ったのと違ったら辞めても良いんだよ」
そう言う宿見さんの口調は穏やかで、どうやら気を悪くさせたのではなさそうだということに場違いに安堵しながらも、やはりまだ私は彼女の提案に乗るのには躊躇いがあった。
「いや、でも」
「そっか。ならしょうがないね」
「え……」
あまりにもあっさりした物言いに驚いた私が宿見さんの顔を見るよりも先に、彼女は次の言葉を続ける。
「でも、待ってるよ。気が変わったらおいで」
そして彼女は微笑んで、またスタスタと歩き始めた。
呆気にとられた私は一人、道に立ち尽くしていた。
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