最後の夢
ひすいでん むう(翡翠殿夢宇)
最後の夢
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
最初の夢の中、街頭に一人立つ私は、誰にも見向きされなかった。
まるでそこには存在していないように誰もが目の前を通り過ぎていく。
「こんなはずはない……誰か!見てくれ!」
叫び声に驚いて目を覚ますと。寝間着は汗でしっとりと湿っていた。
「夢か……」
枕元のスマホで時間を確認する。もう起きなければならない時間だ。
スマホになにか通知がないかを確認するが、画面には何も表示されていなかった。
ああ、やはり夢の中と同じだ。私は誰からも見向きもされない存在なのだ。
今日もいつもと同じ一日が始まる。自分が存在しているのかいないのか、それさえあやふやな現実という時間。
*
寝る前の仕事を終わらせ布団に入る。
今日も同じ夢を見た。やはり私は街頭に立ち続けている。
2日目の夢も変わることはなかった。だれも私のことなど見ようとしない。本当に自分が存在しているのか、もしかしたら、誰からも見えていないのではないか?
そんな疑問を抱きながら目を覚ました。
時計のアラームを設定した時間よりも早く目が覚めた、スマホの通知を確認するが、今日も反応はない。
夢の中の不安を思い出し、自分の存在を確かめる。大丈夫だ、存在している。
人々の目に全く映っていないということはなさそうだ。私は少しだけ安堵した。
*
3日目めも、4日目も、やはり夢の中で私を見つけてくれるものは現れなかった。
街灯に一人立ち、完成した原稿を手に『誰か、私の話を読んでくれ』と叫ぶ。通り過ぎる人々は無関心に私の前を通り過ぎていく。
周囲には私と同じように原稿を手に叫ぶ人々の姿がある。ほかの人々の周りには数人だが興味を示す人たちが集まっていた。
中には中心がわからないほどの人だかりを持つものもいる。
こんなに人通りがあるのに、私の前には誰も立ち止まることはない。
私は捨てられた子猫のように、人々の視線の端に入ることはあっても、近づいて手を差し伸べてくれる者は誰もいなかった。
今日もアラーム音より先に目を覚ました。目覚めるたびにスマホを確認するが、やはり通知はなにも届いていなかった。
現実世界の私も、おそらくこの瞬間、私が消えても誰も気にする者はいないだろう。私はその程度の存在でしかない。
*
今夜も新たな話を投稿して床につく。投稿を始めて5日目を迎えた。
今日の夢は少し違った。
はじめて私を見てくれる人が現れたのだ。夢の中で、はじめて私に興味を持ってくれた存在。
その人は、私に関心を示してくれた。私のキャッチコピーに興味をひかれたのか、それともザッピングして覗いた中の一つだったかもしれない。それでもいい。私を見てくれる。それだけでよかった。
目を覚ましてスマホを確認する。通知欄に一件の表示があった。夢の中と同じ、画面には
*
6日目、今日の投稿を終えて眠りについた私は、夢の中で周囲を見まわす。
私よりも後から投稿を始めたものが、すでにたくさんの星を集めていた。悔しさで拳を握るが、その思いをぶつけることはできない。そのままだらりと腕を下ろした。
今日も街頭で原稿を振る。「自信作なんだ!読んでくれ!」
だれも見向きもしない、いつもの夢が続く。
物語の表示は、今でもPV1……たった一つの数字が、私の存在証明のすべて。
「現実が厳しいのだ、せめて夢の中だけでも幸せになってもいいじゃないか!」
私の思いに、夢の中の空気が少し変わった気がした。
*
7日目の夢では私を見てくれる人が急に増えていた。今回は10人、しかも今回はその誰もが私に心を寄せてくれた。
ああ、こんなに嬉しいことはない。心が満たされていく。
アラームが朝を知らせる。
私は久しぶりに心地よい目覚めを迎えた。スマホの通知画面を確認する。
PV1。
それが現実だった。
*
8日目、今日の分の話を投稿する。
私の紡ぐ物語も佳境を迎える。
夢の中の私は人気者になっていた。
私の話を楽しみに、人がどんどん集まってくる。読者数を表す数値がストップウォッチの数字のようにくるくる回る。
『楽しかった』、『感動した』と、数多くの感想ももらった。夢の中の私は歓喜に沸き立っていた。私は見向きもされないどうでもいい存在ではない。皆に認められ、求められる存在になったのだ!
だがそれはしょせん夢の中だけの話。
朝目覚める。
スマホをチェックする。PV1。
現実世界で新着の通知が表示されることは、今日もなかった。
*
9日目、ついに私の物語が完結を迎えた。最後の話を投稿し完結のボタンを押す。
力を使い果たしたかのように、私はベッドに倒れこみ夢の世界へにいざなわれていった。
ついに、夢の中の私はコンテストに優勝していた。何万人というファンに星を贈られ、書籍化も決まった。
毎日だれとも会わず、ひたすらに書き続けた物語がついに認められたのだ。
しかし本屋に平積みで並ぶ自分の本を見ても私の心は晴れなかった。
繰り返しこの世界を過ごした私は、これが『夢』だと知っている。夢の中だけでも幸せになりたいと願ったのは自分だ。
しかし、これが私の本当の望みなのか。
いくら夢の中でベストセラー作家になったとしても、それは私の願望でしかない。
目を覚ませば、10万文字以上を投稿してもPV1でしかない、この世に必要とされていない物語が存在するだけ……
そう思うと、夢の中に二つの道があらわれた。
私は二股に分かれた道の分岐点に立っていた。それぞれの道の先にはうっすらとその道の先の世界が映し出されている。
左の道の先では、サイン会の列が途切れることなく続き、本屋の店頭には私の顔写真入り書籍が山積みになっている。テレビではアニメ化の報道が流れ、SNSは私の名前で溢れている。大人気作家として幸せに包まれる未来。
右は現実の姿、誰にも見向きもされない。それでも毎日書き続ける自分のみじめな姿が映される。
私に選べというのか。
「なぜ私は小説を書いている」
自問する。名声のためか?認められたいためか?
いいや、違う。
私が書くのは、この胸に溢れる物語を形にしたいから。それを誰かに届けたいから。たとえ一人だけでも、この言葉が誰かの心に触れたなら、それだけで十分だ。
このまま夢の中で永遠に思い通りの世界に浸っていたい。その思いを振り払って私は右の道を進む。
誰にも見向きされなくてもいい。私は私の描きたいものを書き続けるのだ。
目覚ましの音で目覚めた私はいつもより少しすがすがしい気持ちだった。
誰にも認められなくても、書き続ける。私の心から迷いがなくなったからかもしれない。
いつものスマホチェックを行う。
その画面に私は言葉を失う。
「星だ……」
それは読者からの評価レビュー、読者が心を動かされた思いの証拠。
『一気に読みたくて、完結するのを楽しみにしていました。思った通りとても素敵な物語で感動しました』
私の物語はきちんと届いていた。
涙でにじむ画面を見つめていた。
私は、再び筆を執る。
私は、私の書きたい物語を書く。
私は、夢の中一人で街頭に立ち叫び続ける。
「私の物語を読んでくれ!」
END
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読者皆様
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*新作長編連載中
『女子高生〈陰陽師広報〉安倍日月の神鬼狂乱~蝦夷の英雄アテルイと安倍晴明の子孫が挑むのは荒覇吐神?!猫島・多賀城・鹽竈神社、宮城各地で大暴れ、千三百年の時を超えた妖と神の物語』
現代日本、仙台を舞台に安倍晴明の子孫と
https://kakuyomu.jp/works/16818622170119652893/episodes/16818622170123578645
約10万字、約40話予定。毎日、朝8時ころ更新中。
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最後の夢 ひすいでん むう(翡翠殿夢宇) @hisuiden
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