第6話 同じ日を繰り返す

 事件の第一発見者である桜井という男も、実は、

「異常性癖者」

 ということであった。

 彼の場合は、その性癖を、必死で隠そうとしている。

 桜井には、家族もある。妻もあれば、子供もいるのである。

 普段から気が弱い桜井は、とにかく、人とかかわることをしなかった。

「なるべく目立たないようにしよう」

 と考えている方で、

「下手に目立とうものなら、何を言われるか分からない」

 ということで、まわりからの、

「誹謗中傷」

 というものに対して、不安に感じていたのである。

 その思いは、

「結婚してから強くなった」

 と言ってもいい。

 結婚前は、

「あいつのことだから、亭主関白になるだろうな」

 と言われるほど、好きになった女性を洗脳したいと考えていたのだった。

 彼がそんな性格になったのは、

「自分に自信がない」

 という気持ちが根底にあるからだ。

「自分に自信がないのであれば、相手に対して、高圧的な態度を取るなどおかしいじゃないか?」

 と考えられるだろう。

 しかし、実はそうではないのだ。

 というのは、

「俺が、女性にモテるなどということは、よほどのことがないとないだろうな?」

 と思っていた。

 そして、だから、

「自分を好きになる女性というのは、ある意味。、異常性格なのかも知れない」

 と感じる。

「それだけ、俺に対して陶酔しない限りは好きにはならないだろう。だったら、そんな女を離さないようにするには、足枷でもつけて、離れないように、隔離するくらいでないといけない」

 と考えた。

 もっといえば、

「厳重にしばりつけておかないと、余計なことを考える。だから、他の世界を見せないようにして、自分の世界の中で飼うという気持ちでいなければいけない」

 と考えるようになったのだった。

 それこそ、異常性癖というよりも、

「異常性格」

 ということであろう。

 ただ、自分に自信がない人間が、

「人に自信がない」

 というわけではないということになるのかも知れないと考えると、

「この女は、俺を好きなんだ」

 と思う女が絶対にいると、逆に考えたのだ。

 そして、その女がどういう女なのかということを考えた時、

「自分が、この女にだけは自信が持てる」

 と感じた相手だということになったのだ。

 自分には自信が持てないくせに、他人に自信が持てるということは、

「自分の中に、その女にだけ自信が持てる何かがある」

 ということを感じたからだろう。

 それが、

「自分に自信が持てる唯一のもの」

 ということであり、他の人が感じる。

「自分への自信」

 というものなのだろうと考えるのだった。

 そこまで考えると、

「一種の自信」

 というものを、自分でも持っていると強く感じた。

 他のことには、どうしても自信が持てないが、一つのことに関しては、

「誰にも負けない」

 ということだ。

「俺はそれでいいんだ」

 と、桜井は感じているようだった。

 それが、女性に対してのことであり、その相手が見つかる前に、

「俺は、自分を好きになる女性というものが、分かっていて、それに関しては自信がある」

 ということであり、そして何よりも、

「その相手の女性に対して自信がある」

 と感じたのであった。

 そう感じて、それまでまったく自分に自信が持てなかったのがウソのように、少し自分に自信が持てるようになると、

「自分が、真剣になれるということに気づいた気がする」

 ということであった。

「自分に自信が持てない」

 ということは、裏を返せば、

「何事にも真剣になれない」

 ということだった。

「真剣になれないから、自分に自信が持てない」

 のであって、

「これも冷静に考えてみれば、当たり前のことだ」

 と言ってもいいだろう。

 ただ、桜井が見ている範囲が、

「あまりにも狭い範囲だった」

 ということで、なかなか目指す相手が見つからないということに気づかなかったのである。

「範囲が狭い」

 というのは、あくまでも、

「今まで自分が見ていた世界でしか、モノを見ない」

 ということからであった。

 今年30歳の大台を超えたところで、今までの人生は、あくまでも、

「ノーマル」

 であり、真面目一本でしか、世の中を見ていなかったのだ。

 学生時代も、女の子に興味を持ちながらも、性欲の高まりと、必死で抑えてきた。

 まぁ、

「自慰行為」

 くらいは、他の同級生と変わらないくらいにはしていたことだろう。

「精神と身体のバランスが崩れれば、いくら中学生といえど、どうなるか分からない」

 ということで、

「破裂してしまいそうなところをギリギリで抑える」

 という人もいたが、桜井には、そこまでの苦労は必要ないと言ってもいいだろう。

 それだけ、身体と精神のバランスが、すぐに崩れるほど、やわではなかったということであろう。

 そんな中学時代の彼が、

「性欲を抑えよう」

 ということで考えたのが、

「何かの趣味を持つ」

 ということであった。

 もし、

「精神と肉体のバランスが、少しでもズレれば、病気を発症するかも知れない」

 ということであれば、そんなことを考える、

「精神的な余裕」

 というのはなかったかも知れない。

 だが、

「少しでも、精神と肉体のバランスに余裕がある」

 という考えからか、桜井には、

「何かの趣味を持つ」

 という、

「精神的余裕というものがあった:」

 ということであろう。

 その趣味というのが、彼にとっての、

「お城」

 というものであった、

 そもそも、学校の勉強はあまり好きではなかったが、その中で興味があったのが、

「歴史」

 という教科だった。

 さらに、

「地理」

 というのも好きだったことで、

「お城の分布」

 というものが、地理的な発想でも見ることができた。

 特に、戦国時代における

「藩であったり、大名の分布図」

 というものから、

「城というものを、日本地図になぞらえて見ることができる」

 と考え、普通であれば、

「平面の地図」

 なのだろうが、

「彼の頭の中では、何か立体感覚で見ることができる」

 というものであった。

「立体地図ということを、なぜ考えられるのか?」

 ということを最初は分からなかったが、よくよく考えてみると、

「遠近感が分かる」

 ということに繋がるのだった。

「群雄割拠の戦国時代」

 ということで、一種の、

「国取り物語だ」

 と考えることで、お城やそれぞれの藩というものが、切っても切り離せない関係にあることで、立体的に見えてくるから不思議だったのだ。

 そんなお城というものを見るのが好きで、

「高校一年生の時には、これから迎える受験というものに立ち向かえるだけの根性を身につけたい」

 ということで、

「自分の小遣いを貯めていけるだけの城」

 というものに行くことに成功した。

「受験生」

 と言われる時期は、

「その渦中にいる時というのは、なかなか時間が過ぎてはくれなかったが、終わってみれば、あっという間だった」

 ということを感じた。

 気が付けば、大学生になっていたわけで、

「大学に合格してから、入学までというのもあっという間のことだった」

 ということである。

 勉強を一生懸命にしていた時代は、

「わき目もふらず」

 であったが、合格が分かると、完全に浮足立ってしまい、それまで、

「あれもしたい。これもしたい」

 と思っていたはずのことが、

「一瞬にして忘れてしまった」

 という感覚になってしまったのだった。

 それを考えると、

「お城のことも、記憶になかったかも知れないな」

 と、大学に入学するまで、感じていたことだった。

 大学に入学すると、そこには、

「今までにない」

 というこちらも、宙に浮くかのような気持ちになっていた。

 それまでの、受験戦争から、打って変わって、まるで、

「地獄から極楽に行った」

 ということで、

「ありえない気分に浸っている」

 といってもいいだろう。

 ゴールデンウイークくらいまでは、完全に浮かれていた。

 しかし、言葉のごとくの、

「五月病」

 のようなものに罹ってしまった。

 何か寂しさがこみあげてくるというのだが、相変わらずの学校では、お祭り気分なのだが、なぜ、このような寂しさがこみあげてくるのかというと、実際には単純なことであり、

「一人でいるのが寂しい」

 ということであった。

 学校に来れば、誰かがいるので、別に寂しさなどないはずなのに、家に帰り一人になると、寂しさがこみあげてくるのだった。

 その時には分からなかったのだが、もう一つ気になることがあるのだった。

 というのは、

「一日が終わる」

 ということに恐怖があったのだ。

「こんな生活が四年しかないんだ」

 という思いが募ってくる。

 そしてさらには、

「四年生になると、就活があるから、三年生までの三年間しかない」

 と考える。

「高校生から大学生になるまでに、地獄から天国に行けた」

 という夢のようなことを経験をしたが、それと真逆の、

「天国から地獄を、三年後には経験しなければいけない」

 と考える。

 しかも、その思いは、

「就職することで、定年まで続くことになる」

 ということであった。

 さらには、

「定年になっても、年金制度など壊れているだろうから、一生働くことになるかも知れない」

 と思えば、

「ゾッとする」

 と言っても過言ではないだろう。

 そんな不安を感じていると、

「一日が終わることが怖い」

 と思うようになると、その思いが通じたのか、

「一日を繰り返している」

 という感覚に襲われるようになった。

 もちろん、それは、

「夢の中での出来事」

 なのであるが、

「一日が終わった瞬間、違和感が襲ってきて、すぐにそれが、

「同じ日を繰り返している」

 という感覚だった。

「夢というもの」

 ということで、いろいろな思いが去来しているのだが、その一つとして、

「夢は、目が覚める寸前に見る一瞬のことである」

 という感覚。

 そして。

「夢は、毎回見ているものなのだろうか?」

 という思いであり、

「覚えている夢」

 というのと、

「忘れてしまった夢」

 というものの存在を考えると、

「本当は毎日見ていて、覚えているかいないかだけの問題だ」

 と考えるが、その間に、

「夢というものを、そもそも見たのか見ていないのか?」

 ということの感覚が、

「覚えているかいないか」

 という感覚と、別のものだと考えると、

「考えていることが、ループしているように思う」

 と考える。

 ループということであれば、

「毎日を繰り返す」

 ということが、そもそも、夢だと考えると、

「夢自体が、思考の先にあることだ」

 と考えてしまい、

「夢は潜在意識が見せるもの」

 と言われるが、実際には、

「思考の中で見るものだ」

 といえるものではないかと考える。

「同じ日を繰り返している」

 というのは、

「夢の典型のようなものではないか?」

 と考えてみたが、これを、

「タイムループ」

 と考えると、少し辻褄が合わないということで、夢の世界と考えるのは、無理なことであろうか?

 というのは、

「タイムループ」

 というのは、もう一度、過去に戻って、やり直すことができるという発想であり、それは、

「何度でも繰り返すことができる」

 という、

「タイムスリップもの」

 ということの中で、

「一番都合のいいもの」

 という考えに至ることであろう。

 しかし、

「そんなに世の中甘くない」

 と考えると、そのタイムループというものが、

「自分の発想の外で行われることだ」

 と考えると、

「これほど恐ろしいことはない」

 ということだ。

 しかも、

「果たして、過去に戻った自分が、精神だけが戻って、昨日の自分に入り込んでいるということになるのだろうか?」

 という、いわゆる、

「タイムリープ」

 という発想になるのか、それとも、

「過去に戻った自分というのは、身体も精神も一緒に時空を超える」

 ということで、

「タイムスリップ」

 のようなものではないかということである。

「タイムスリップ」

 というものであれば、それは、

「もう一人の自分が、同一次元の同一時間に存在する」

 という、

「タイムパラドックス」

 というものを引き起こすだろう。

 しかし、

「昨日を繰り返している」

 ということが分かるのだから、

「タイムスリップではない」

 ということになる、

 なぜなら、

「まったく同じ光景を見る」

 という必要があるのだから、見ている自分は昨日と同じでないといけない。

 つまりは、

「同じ位置から見るなら、タイムリープでなければいけない」

 という証明になるのだった。

 だが、

「同じ日をくりかえしている」

 ということは、

「ドッペルゲンガーではない」

 ということになる。

 もちろん、一つの世界が、

「果てしない」

 ということであれば、

「同じ空間の別の土地に、ドッペルゲンガーというのがいない」

 とは言えないだろう。

 しかし、理論的に考えると、

「ドッペルゲンガーがいないという証明になる」

 と考えられる。

 ただ、一つ、気になったことがあった。

 それは、同じ日を繰り返して、もう一度、同じ発見をしたという感覚になった時である、

 それは、最初の

「タイムループ」

 の時だったのだが、次からは、そんな感覚はなかった。

 なぜなら、最初に、

「気になった」

 ということであるから、次の日にも、また次の日にも、同じことを考えて当たり前だからであったのだ。


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