第41話 生贄の代償

『左に行きましょう。』彼の意見が、私たちの前に重く、のしかかっていた。今までの経験から、メリサさんのSkillの正確性は明確だ。その彼女が、『右のほうが、安全』というのだから、右が安全なのだろう。


 しかし、この中で一番ダンジョン攻略の経験を持っているはずの魔守さんが、『左に行こう』と、言っている。このことに対して、私たちは驚きが隠せなかった。


「でも、魔守さん、左に行ったら……。」


 メリサさんが、口をつぐんだ。彼女は見たのだろう。私たちが無様に、魔物達にやられていく未来を。だからこそ、右に行くことを必死にお勧めする彼女には、余裕がないように見えた。


「お願いします……。頼みます。みんなで、左に行きましょう……。皆さんの、邪魔をしているのは100も承知です。だけど……。ここで、従わなかったら……。。本当に、お願いします。」


「それは、どういうことですか? 魔守さん。」


 GOLNさんが、急いで、尋ねる。聞かれた本人はずっと頭を下げていて、その表情をうかがうことはできない。


「それは……。僕も分からないです。ですが……、実際に消されてしまっている人はいて……。どういえば良いのかは、分かないんですけど。僕は……。僕は、皆さんと一緒にまたダンジョン攻略もしたいし……。」


 しきし、このあとも彼は、自分の意見を言うだけで具体的な理由は言ってくれなかった。ただ、【消される】という言葉を繰り返し使っていた。その様子を見ていた探索者として、先輩の赤池あかいけが、彼に対して聞いた。


「魔守くん。それは、ダンジョン協会の会長の命令かい?」


 彼は、その的確な質問に目を大きく見開き、目の前男を見た。始めて、自分の理解者が現れて喜びと、バレてしまったことへ対しての恐怖がその目のなかにはあった。


「はい。」


 弱々しく答えると、赤池は彼の肩に手をおき、


「落ち着きなさい。大丈夫だから……。」


 と、励まし始めていた。それは、まるで年齢はあまり大きくは変わらないはずなのに、目に見えないものに怯える子供を安心させている父親のようにも見えた。


「君は、協会長の命令に従っていたのだよね?」


「はい……。そのとおりです。」


「なんで、彼の言う事を断らなかったんだい? 君に、彼の言う事を聞く理由もないだろう?」


 魔守は、一瞬絶望に染まった目をこちらに向け、すぐに逸らしてしまった。それは、現実逃避をしたいが、その現実から逃げられないことを分かっていたようだった。


「僕の友達が……、特殊な病気なんです。ダンジョン協会が開発途中の治療薬が、どうしても必要なんですけど、その治療薬よりも重大な研究が出てきて、その治療薬の研究者の人員を減らすことになってしまったんです。


 完成まで、より多くの時間が必要になりました。医師からは、友達の体力は治療薬の完成まで持たないだろうと言われました。それでも……。僕は、彼を助けたかった。非合法の手段しか、残されていなかった。


 だから、僕はダンジョン協会を襲撃して、研究データを複製して盗むことにしました。あとは、他の企業にその情報を流して、完成させてもらおうと思ったんです。今、思うと本当に、愚かでした。」


 そこまで、話を聞いたとき隣で聞いていた赤池には、何か引っかかる事があったのか、顔から血の気が引いていくように見えた。それに、気づかずに魔守の話は、続く。


「だけど、その襲撃は失敗しました。僕が、研究室に侵入したとき、普段はいないはずの会長がそこにはいて、僕にある取引を進めてきました。


 それは、会長の言う事を何でも聞く代わりに、治療薬の研究を最優先にしてくれるというものでした。僕は、その手を取ることにしました。実際に、すぐに治療薬は、完成しました。


 だけど、その治療薬は……。」


「ちょっと待ってくれ!!!」


 辺りに、赤池の怒号が飛び交った。いきなり、彼が大声を出したため、結愛も含め他のメンバーも驚き、沈黙の空気がまるで鉛のように重くなっていた。


「その、病気の友達というのは、香坂かざか 優希ゆうきか? 彼のことなのか?」


 答えを聞くのに1秒も待たないという、意思がこもった彼の声に、おびえた声で、


「はい……。そうですけど……。」


 と、弱々しい返事を返す。その返事を聞くと、一時の間も開けずに、彼は言った。魔守の肩を強く揺さぶり、目線をしっかりと合わせて。


「信じられないかもしれないが。香坂くんは……。香坂くんは……。2。」


「え……? 嘘ですよね……?」


「いや、違う、現実だ。彼は、俺とダンジョンを攻略しに行ったときに、特別変異の個体に遭遇して……。」


 赤池さんは、過去に人狼型ではないが、ヘビ型の特別変異の魔物に遭遇して、彼と新人の探索者しか生き残らなかった。その、新人探索者が彼の、魔守さんの友人だったということだろうか。


「それで、生きて帰ってきたじゃないですか! だけど、彼の身体には毒が残っていて、その治療薬のために……。」


「そうだ。思い出してみろ。治療薬は、完成したが、それは一般的な魔物の毒に対応したもので、彼の毒には効かなかった。逆に、彼の毒の進行を早めてしまった。その結果、彼は亡くなった。よく、思い出せ、魔守!!現実を見ろ。」


「嘘ですよね……。たちの悪い冗談ですよね? だって、会長は優希しんゆうは、順調に回復してるって、言ってました。言ってたんです。


 そうですよね? 会長!!」


 彼の通信機から、甲高い笑い声が響き出す。それは、紛れもない会長――天野――の声だった。


『本当に、気づくのが遅いな、君は。だから、鈍感って言われるんだよ。』


「天野!!お前は、一体何人の……。何人の人の未来を歪めれば気が済むんだ!!」


 赤池さんが、素早く通信機を彼から奪うと、叫んだ。その声には、たくさんの憎しみ、怒りが込められていた。


『早く、進んでくださいよ。また、犠牲者を出したいんですか? 忘れないでくださいよ。僕のSkillを。』


 彼の声に対して、赤池は強く唇を噛んだ。赤い血が流れ出していく。そして、急いで魔守に


「左に進もう。ほら、ここは危険だから立とう。」


 と、声を掛けると私たちにも


「休憩は終わりだ。進むぞ。左だ。右に行った瞬間消されるぞ。」


 と、声をかけるのだった。彼の顔には納得のいかないが、そうすることしかできない自分への苛立ちが表れていた。

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