レズビアンの裏アカ
一宮 沙耶
1話 裏アカ
親にも、友達にも、誰にも言えないことがある。
私は女性なのに、好きと思うのは女性だけ。
私には、いつも、ねっとりとした汚らしい闇が覆う。
どうして普通になれないんだろう。
周りの女性は、あの男性はかっこいいとか楽しそうに話している。
でも、男性が私の心をときめかせることはない。
女友達の恋バナには、相槌を打ちながらも、ついていけない私がいる。
普通になれない私は、息もできずに苦しみもがくハエのよう。
私って、異常で、汚らしい生き物だもの。
中学1年になったときテニス部に入ったときのこと。
部室から出てきた女性の先輩の顔を見れずに下を向いてしまい、自分の好きを知った。
でも、こんな体の私じゃ恋愛の対象にはみてくれないのは分かっている。
本当の気持ちを、言い出せなくて、本当に苦しかった。
誰にも、そのことは言えない。
異常者として指を刺されるのは怖いから。
陽の光が照りつけているのに、闇の中を歩いているみたい。
朝起きると、普通の女性のフリをして会社に向かう。
どこにでもいる女性を装い、まわりの女性の同僚と笑いながら話す。
偽物の笑顔を振り撒きながら。
周りの人は、私の性癖には誰も気づいていない。
ヌメヌメとした汚らしいカエルみたいな私にもかかわらず。
私の本当の姿に気づいたら悲鳴をあげるに違いない。
いえ、もっと汚らしい。
生きる価値もない。
男性と付き合ってみようと思ったこともある。
でも、どの男性も、私の気持ちを考えずにずけずけと入り込んでくるのが嫌だった。
近づいてくるだけで気持ち悪くて、生理的に受け入れられない。
結局、付き合うことができた男性はいなかった。
そんな私を、男性達は、大した女じゃないのに気位が高すぎて、つまらないやつと言う。
そんな姿を見て、もっと男性を嫌いになった。
会社からの帰り道では、暖かくなるなか、多くの生命が溢れだしている。
道沿いに植えられた木々は新緑で賑わい、街灯に照らされて楽しそう。
それなのに、私の心に手を差し伸べてくれる人は誰もいない。
こんな楽しそうな情景だからこそ、私は孤独感を深める。
中学1年の頃は、クラスの女性と笑いながら過ごした時間は楽しかった。
廊下を走って抱き合い、男女のファーストラブってこんなんだって遊んでいた。
まさか、私が女性を好きなんだと、想像すらすることなく。
それから友達は男性との時間が増えていく。
女性どうしの会話は、その隙間時間を埋めるような感じになっていった。
私とカフェでランチ食べている時、女友達に彼から電話がある。
誘われたのか、今、暇してたからすぐに行くよと返事をしていた。
私には、ごめん、彼の所に行くねと言って。
そんな私が、今回は両思いだって信じて告白したこともある。
とっても仲良くしていた友達で、なんでも話し合えていた。
でも、告白した途端、気持ち悪いって彼女は逃げていく。
勇気を持って告白したのに、私って気持ち悪いんだって。
本当に死のうかと思った。
性転換が多いタイの人では、4人に1人は自分の性に違和感を感じてるらしい。
これって世界共通で、違う国があれば、言い出せてないだけと言っていた。
それって違うと思う。
私の友達は、みんな男性と楽しそうに過ごしている。
私だけが異常なの。
人としてクズ。でも、そのことに気づかれたくない。
だから、なんとなくぴーんとくる男性がいないってごまかしている。
コンビニ弁当をレンチンするときにプラスチックが溶けて私の体に入ったとか。
私は汚染され、心まで異常になってしまったの。
どこか、自分の気持ちに正直に暮らせる所がないのかしら。
そんな時に、男性として裏アカを作り、SNSで女性と話すことに楽しみを見つけた。
アカウント名は涼にして、男性としてプロフィールを出す。
顔も声も出さなければ、ネットの世界で女性として暮らすことができる。
世の中には、ネットで異性を装い、異性の世界を覗き込む人もいる。
ネットの世界では、そんな人を摘発する人もいた。
私は、そんな人に目をつけられないように、ネットで静かに暮らしている。
別に異性の世界を見たいわけでもないし。
女性は、最初、男性を名乗る私を警戒している。
でも、根気強く、声をかけ続けていると、10人に1人ぐらいは心を許してくれる。
優しいね、ありがとうって、DMでの会話をしてくれた。
女性達の日々の悩みに応えて、本当に大変だね、大丈夫だよと声をかけ続ける。
そうすると、聞いて聞いてとか、何している人なのとか、会話ができるようになる。
裏アカで男性として暮らす生活は、やっと自由になれた気がした。
そんなことを続けていると、現実世界で会おうよって言ってくる女性も時々いる。
でも、私が女性だとバレて昔のように嫌われるのが怖かったの。
だから、色々な理由をつけて会えないと断ってきた。
そうすると、連絡してこなくなる人もいた。
でも、もっと積極的になった方がいいよって言ってくれる人もいた。
そんな時、凛というアカウントの女性との時間が増えていく。
時々、悩みの相談があり、私は、ずっと寄り添って一緒に考る。
アカウント名は凛。本名かはわからない。
私は、自分から発言することはほとんどないから、どんな人かはわからないと思う。
自分に自信がないと思っているのかもしれない。
ネットの世界で無言なら、存在していないのと同じ。
なにをしたくてSNSに参加しているのかもよくわからない。
でも、凛が発言すると暖かい言葉をかける私は、不思議な存在だったに違いない。
そんな私に、焦ったくなったのだと思う。
ある日、凛から驚くぐらい積極的なメッセージが届く。
「1週間後、学祭で私、歌を歌うの。来年卒業だから最後の学祭だし、結構、頑張って練習したんだ。聞きに来てよ。」
「いや、その日は、用事があって、行けるか分からない。」
「いつも、そうなんだから草食男子とか言われちゃうんだよ。だめだよ! なんか、見た目とか気にしている? 私、あなたのこと、そんなことで嫌いにならないからって、いつも言っているじゃん。本当に会いたいの。だって、いつも私のこと応援してくれて、私が悩んでいること、いつもわかってくれて、本当にいつもありがとう。会いたい。」
「いや、そんなんじゃなくて。凛のこと、いつも大切に思ってるけど、仕事が立て込んでいて。」
「仕事じゃ、仕方がないけど、いつもじゃないんだから、少しだけでも抜け出せない? 来るって信じて、歌の練習、頑張っているからさ。」
そう思いつつ、自分が女性だとわかったら、また、気持ち悪いって逃げられてしまう。
そんな葛藤に悩んで、行かないと返事した。
勇気を持てない自分が悲しい。
でも、ずっと行きたいという気持ちで悩んでいた。
当日、凛の顔を見たい気持ちが抑えられずに学祭に足が向かう。
学祭では、アイドル曲が始まり、途中でメンバ紹介となった。
自分がSNSで話している人の名前を呼ばれる。
彼女が日々、会話をし、心の支えとなっている人だと分かった。
顔を見るのは初めてだったけど、SNSで会話をしているイメージとぴったり。
子供ぽさを残しつつ、でも芯はしっかりとした女性。
やっぱりこの子だったと思える女性だった。
でも、声をかける勇気がなく、そのグループの歌が終わり、会場を出る。
好きな人と会い、顔を見ながらも、一緒に笑い合うことはできない。
学校の校舎を見ながら、頬に雫が流れ落ちる。
その時だった。凛がステージから出てきて、私とぶつかった。
「あら、ごめんなさい。大丈夫でした。」
「いえいえ、こちらこそ、よそ見をしていてごめんなさい。」
凛が目の前にいる。
こんな形で会うなんてと、私は立ちつくした。
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