第39話 聖女と生贄と④
「クウォン殿!」
吹き飛ばされ、瓦礫に埋もれたクウォンの方を見ながら、グレイが声を上げる。
しかしそんな余裕は無いと、直ぐさま【聖人】を名乗ったフォーブランに視線を移した。
フォーブランは右手を突き出したまま。
体の変化に慣れないのか、肩で息をしている。
先ほどの熱線は連続しては撃てないようだ。
今度は三倉を見る。
彼女もクウォンが吹き飛ばされた場所を見ているが……あのメイドも姿を消していた。
彼女は一体何だったのだろうかと疑問を感じるが、それも後回しにしようと切り替える。
向かってきた包帯男の最後の一人を斬り伏せると、グレイは剣をフォーブランに突き付けた。
「フォーブラン司教……いや、【聖人】でしたか。何故、教会を裏切るような、このような事をしているのですか!」
「全てが間違っているからですよ」
フォーブランが吐き捨てる様に言った。
「忘れもしないあの日、怪物に蹂躙される街で、私と避難民は教会で祈りました。
祈り続けたのです。
ですが、女神は来なかった。女神の信徒ですら来なかった。
私達は絶望しました。
……ですが、そんな我々を救うために現れた方々がいた。
誰だと思いますか?」
まるで正解を知っている生徒に問うように、フォーブランがグレイに問いかけた。
グレイは、その答えに心当たりがあったが、敢えて「誰ですか?」と返してみた。
それが正解だと言わんばかりに笑みを浮かべたフォーブランは、両手を広げてその想いを叫ぶ。
「戦神ドブロイ様、賢神ガーメス様、美神ファンディ様。その三神を信仰する信徒達、三神教の騎士達です!
女神などでは無く、我らを救いくださったのは三神の使徒たち。女神信仰に救いは無いのですよ!
だからこそ、今、この世界に、三神を、復活させるのです!」と。
「まあ……人が何を思おうが勝手で良いのですが……」とセルディ。
「ゼラを攫った時の石。あれが先日のサデイラ事件で容疑者が使用した物と同一であれば、三神教と名乗る彼等は単なるテロリストでは?」
「なるほど、そう繋がっていますか。
確か司教がいた街が襲われたという件も、魔物の出現タイミングに不審な点があったという報告を受けた記憶があります」
とジュニパーがセルディに続く。
「まあ、ではアレもソレも三神教とかの自作自演ですか」
「そんな筈があるわけ無いだろう! 三神は我等と共にあるのだ!
我等と世界を女神から解放する神なのだ!」
銀色の瞳を見開き、唾を飛ばしながら叫ぶフォーブラン。
その様に、友美が右手を上げて告げる。
「あのー。私、思うんですけど、これって漫画なんかによくある、洗脳とかいうアレですか?」
その発音は、漫画を知らないにも拘わらず、その場の全員の腑に落ちた。
「ああ……」それだーとセルディが人差し指を立てて納得する。
「そうやって、信者を増やしているのですね」
「人を極限状態に追い込んで、そこで救いの手を差し伸べる……ですか」
「なんと悪質な。それで女神様を愚弄するとは……元司教が情け無い」
「って言うか、それ悪の組織かなんか?」
「煩い、黙れ!」
「あああああっ!」
苦しみの声をあげるゼラ。
その叫びに合わせてゼラが輝き、その光は魔石を通してフォーブランに流れていく。
ブンっという音と共にフォーブランの姿が消え、次の瞬間にはジュニパーの正面に立っていた。
そしてその右腕が彼の鳩尾に叩き込まれた。
「ぐあっ!」
呻き声と共にジュニパーが吹き飛ぶ。
細身の男とは言え魔法師団長だ。
防御魔法も展開していたであろうに、それが紙切れ程の役にもたっていないという事実。
それを目の前で実践され、セルディの背中に冷たい汗が流れる。
「まったく……厄介ですね……」
フォーブランの目がセルディを見る。
「これが、三神から与えられた力だ。これさえあれば、街を救うことが出来る!」
「それは、三神とやらではなく、ゼラの魔力だろう!」
グレイが叫ぶ。
「街を救うですか……記憶の混濁もあるようですね……それの、何が聖人なのですか!」
強烈な踏み込みで一気に距離を縮めたセルディは、その勢いを乗せた突きをフォーブランに叩き込む。
が、それも左腕一本であっさりと防がれる。
「これで傷一つつかないとは……」
直ぐさま攻撃を諦め、セルディはバックステップで距離をとる。
もっとも、あの動きを再びやられたら防ぎようは無いだろう。
と絶望が顔を覗かせたその時、セルディは空気の流れを感じた。
何かが来る予感。
しかしそれは不快な物ではない。
勘……でしかないが。
クウォンが埋もれた、動かない瓦礫。
突然消えた美夜。
その予感に、セルディは口元に笑みを浮かべフォーブランに問う。
「女神は、苦難に立ち向かい
では聖人フォーブラン。貴方は貴方が言うその時、祈る以外に抗いましたか?」
「何を……」
「現状を覆すべく動いたかと訊いているのです。出来ずとも、その精神は祈るだけではなく、抗ったかと!」
「何も分からない、お前が言うか!」
「私は!」突然の声に、全員がゼラを見る。
彼女は顔を上げていた。
髪は乱れ汗で顔に張り付き、顔色も悪い。
だがその瞳は、真っ直ぐにフォーブランを見据えていた。
「私は抗いたい! 私の力は、何故あるのか知らない。でも、人を傷つける為には使われたくない!」
「何を言う! お前の力は三神復活の贄だ!
三神復活は、世界を幸福に導くのだ!」
一瞬でゼラの傍に戻ったフォーブランは、張り付けにされているため自分よりも高くなった彼女の顔を下から睨む。
しかし、そんな脅しにゼラの心は折れない。そして叫ぶ。
「こんなのっ、こんなの絶対に違う!」
「愚か者めが!」
フォーブランの左手が、再び玉の上に乗る。
次の攻撃があるかもしれない。
でも、きっと大丈夫とセルディは信じた。
「そうよゼラ。理不尽に自らが抗い立ち向かうからこそ、女神の慈悲は訪れる。
そう、それがきっと、今よ!」
その叫びを合図にするかのように、通路の入り口から漆黒の何かが飛び出して来た。
細長い不思議な乗り物に乗った、漆黒の騎士。
セルディが待ちわびた者。
フォーブランに引導を渡す者が、今降臨した。
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