ゆめゆめ忘るべからず

山樫 梢

ゆめゆめ忘るべからず

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 気がつけばいつも見知らぬ――っていっても、9回目ともなれば見なれたって言うべき?――洋館の中。ぽつりぽつりとロウソクみたいな明りがあるだけで、どこもかしこも薄暗く、部屋も廊下も玄関らしき場所にさえ窓やドアはひとつもない。

 ま、あたしとしてはああいうとこ嫌いじゃなかったりするんだけどね。――追っ手さえいなければ。

 そこに閉じ込められたあたしを追い回すのは、かまを持った死神。

 そいつは全身をまっくろけな布でおおってて、ガイコツみたいな白い仮面で顔を隠してる。なんかいかにも「死神」ってかんじ。だから死神って呼ばれてるんだろうけど。


 これまでの夢はいつもお決まりのパターンだった。

 死神の鎌の刃が当たると、あたしの頭はかんたんに体から離れてしまう。まるで棒の上に乗せてた毛糸玉が転がり落ちるみたいに、ごろん。ご臨終ごりんじゅう

 イターッって思ったら意識が途切れて、パチっと目が覚める。

 ――どーでもいいけどあれ、すごく切れ味のいい刃物よね。いつも包丁に文句もんくを言ってるおかあさんにあげたいぐらい。形は使いづらそうだけど。


 お決まりって言ったものの、ちょいちょい変わるところはある。

 初回の死神は、わざとらしくじわじわとあたしのことを追いつめてきた。最初はそりゃもう総毛立そうけだつぐらいびっくりして、脱兎だっとのいきおいで逃げ回ったなぁ。

 次にあたしと顔を合わせた時は死神の方がちょっとビクッてなって、どことなく挙動不審きょどうふしんだったっけ。今思えば、たぶんこれまで一度殺した相手がまた来るなんてことなかったんじゃないかしら。

 3回目は「ハァ!?」って叫んだのを咳払せきばらいでごまかしてたし、4回目は「またお前か!!」ってがなって鎌を床に叩きつけた。

 この頃には早くも、あたしは逃げ回るのをあきらめた。じたばたしたってしょうがないもの。はいはいどうせ殺されるんでしょ、さっさとやってってかんじ。

 あたし、かくれんぼは得意なつもりだったけど、あいつ妙に目が早いのよね。じゃまな仮面で隠してるくせに。

 こっちはおとなしく観念かんねんしたってのに、向こうはといえば……5回目はノミでもいるのかってぐらい頭巾フードをかきむしってて、6回目は言葉にならない声でわめいてた。どうかしてる。

 7回目はなんかずっとブツブツ言い続けてたから、それまでとは別の怖さがあったわ。あんまりにも不気味だったから、あたしも数回ぶりに必死でかくれたもの。

 一転して、8回目の時は「ふざけるな」だの「いいかげんにしろ」だの怒鳴ってばかり……。

 いいかげんにしろだなんて、言いたいのあたしの方だから!

 ガイコツの仮面なんてかぶってるくせに、カルシウム足りてないんじゃない? ニボシでも食べときなさいよ。


 そんなかんじでこれまではやってこれたけど、いつまでものがれ続けられるわけじゃない。

 9回目の今日こそ最期さいご。あたしの命もいよいよきる。

 ――そう、覚悟してたんだけど……。


 こうしてあたしは生き残った。ほんと、九死に一生を得たってかんじ。

 まったく、なんだったのよあの夢!


 ***


 9日前、学校から帰ってきたミクは見るからに元気がなかった。次の日も学校があるから早く寝なくちゃいけないのに、いつまでたってもベッドに入ろうとしない。

 なにがあったの?

 ふだんなら人に話せない悩みもあたしには打ち明けてくれるのに、その日はちっとも話そうとしなかった。

 だけど、ミクに弱音をはき出させることにかけてあたしの右に出るものはいない。どうすれば口を割るのか、あたしはちゃあんと心得ている。

 押して、引いて、おどして、なだめすかして――最後には洗いざらいぶちまけさせた。

 そうして聞き出したのが、「見たら死ぬ」という夢の話なのである。


 その話を聞いたが最後、夢の中に死神が出てくる。死神に捕まって殺されたら、現実でも死んじゃうんだって。

 誰か他の人に話せばその人に押しつけて自分は逃げられるっていうんだけど、ミクにそんなことできるわけがない。

 この子に悪夢の話を吹き込んだのはいったいどこのどいつなの? 絶対に許さないわ……。


 誰にも話さずにひとりで抱え込むつもりだった、やさしいミク。

 怖かったね。不安だったね。だけど心配いらないわ。

 まるっとあたしが引き受けた!

 大丈夫。あたしがあなたを守ってあげる。


 あの夜は眠るのを嫌がるミクをむりやり寝かしつけた。これもあたしの特技のひとつ。

 そんなあたしの涙ぐましい努力のおかげで、ミクは無事にその日を寝過ぎた・・・・


 話を聞いた時はどうせからかわれただけでしょって思ってたけど、あたしの夢にはほんとに死神が出てきた。

 見込み外れはもうひとつ。一度死んでもその夢が終わらなかったってこと。


 そう、大変だったのはそこからなのよ……。まさか毎日殺され続けるなんて!

 しかもミクったら、自分が無事なのはあたしに話したからだって気づいちゃったのよね。それで、あたしがちょっとでもうとうとするたびに、ゆすって起こそうとしてくるの。夢で殺されるよりもそっちの方にまいっちゃった。

 も~やだ、ゆっくり寝かせちょうだいよぅ。

 ……ま、あの子があたしのこと心配してくれてるのはうれしいんだけどね。


 ミクの過保護かほご三日四日みっかよっかもすればだんだん落ちついていった。そうそう、あなたはそうして迷信だったって思って忘れてくれればいいの。


 でも、こっちはなんにも解決しないまま。悪夢は相変わらず続いてた。

 あたしだって死にたくはない。どうにかあの夢の連鎖れんさから抜け出さなくちゃ。

 だけど、いったいどうしたらいいの? 眠れば引き込まれてしまうのに。


 解決策なんて思いつかないまま迎えたいつもの夢。

 でも、9回目の今回はなんだかようすが違った。

 追いついてきた死神は、鎌を使わずにあたしをっ飛ばしたのだ。

「帰れ!」

 追い打ちで響く怒鳴り声。

 あたしが顔をしかめてにらみつけると、死神はあたしの後ろを指し示す。ついつられて見ると、そこにはこれまでにはなかったドアがあった。

「お前は出禁できんだ。もう二度と来るな!!」


 はぁ!?


 一瞬いっしゅん頭が真っ白になって、すぐに怒りで真っ赤になった。


 なんなのこいつ!

 そっちが勝手に呼んでたんでしょ!

 いったい何様のつもりなの!?

 言われなくても、二度と来てたまるもんですか!


 あんまりにも腹が立ったから、ドアから出る前に死神の腕に思いっきりみついてやった。肉っていうか、ゴムのかたまりみたいな変な感触。

 ――ホコリとカビにまみれた古くさーい布の味が口いっぱいに広がって、すぐにめちゃくちゃ後悔したけど。


 ギャアギャアわめいている死神を無視してドアから出る。

 すぐさま、後ろから戸板を叩き壊すような音が響いて――。

 目を覚ますといつもの部屋だったってわけ。


 ***


 二度寝してみたけど、もうあの夢は見なかった。どうやらほんとに解放されたみたい。


 物知らずでこらえしょうのないのお間抜まぬけさん。せっかくのチャンスをふいにした。

 よりによって9回目でを上げるなんて!


 カッとならずに今日も首を切っていたなら、今回こそ確実にあたしの息の根を止められたのに。短気は損気ってよく言ったものね。

 猫には命が9つある・・・・・・・・・のよ。

 8回も殺され続けたあたしだけど、首の皮一枚で生き残れたわ。


 あたしはぐーんと伸びをして、ミクにすり寄る。ミクは今日も無事に生きているあたしを見てほっと息をはくと、絶妙な加減で首筋をなでてくれた。

 ふにゃぁ~、ごろにゃん♪

 これまでの苦労がまるっと吹き飛んじゃうきもちよさ。はふぅ、むくわれるぅ。

 もう安心よ、ミク。これからはなーんにも心配いらないからね!



 さて。悪夢は終わったけど、まだひと仕事残ってる。お礼参りに行かなくちゃ。

 夢の中ではずっと後手ごてに回ってたけど、狩猟しゅりょうこそがあたしの本領ほんりょう

 念入りに念入りにツメぐ。あの鎌ほど切れ味はよくないだろうけど……苦しめるならその方がいいわね。

 あたしの大事な飼い主、たったひとつの命しかないミクにあんな悪夢を押しつけてくれちゃった誰かさん? なんを逃れてほっとしてるだろうけど、おあいにくさま。

 猫は七代しちだいたたるもの。おまえがしたことを、あたしは決して許さない。

 痛い目にうのはこれからよ。どれほど罪深いことをしでかしたのか、忘れようのないほどその身にたーっぷりきざんであげる。首を洗って待っていなさい――。

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