【KAC20254】生き残れ! 皿屋敷!
吉宮享
第1話
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
夢の中で俺は、時代劇じみた古風な屋敷の庭にいる。
月すら浮かんでいない暗闇の中、正面に人影がある。
目を凝らすと、着物を着た女が無表情で井戸の
やがて女は、側にある皿を1枚ずつつまみ上げ、数を数えて脇に積んでいく。
……聞いたことがある。
夜な夜な井戸から「1枚……2枚……」と皿を数える女の声が聞こえるという怪談。
本来は10枚ある皿が9枚しかなく、10枚目に差しかかったところで祟り殺されるとか。
そんな怪談じみた夢を9回も見ている俺だが、今は普通に生きている。
理由は簡単。
まだ、10枚目までたどり着いていないのだ。
1回の夢で1枚ずつ、女が数える皿が増えている。
初めて夢で見たときは「1枚……」とだけ聞いて目が覚めた。
2回目は「1枚……2枚……」と前より多く数えていた。
そして9回目の夢で、「9枚」まで来た。
つまり、あと1枚。
次の10回目の夢で、何か良くないことが起こる。
そんな確信があった。
とはいえ俺も、皿が積まれるのをただ黙って見ていたわけじゃない。
3回目辺りから、何か逃れる術はないかと模索し始めた。
夢の中では足が地面にくっついたように動かないが、幸い上半身は動く。
つまり口は動かせる。
だからダメ元で、女に声をかけてみた。
『なんで皿数えてんの?』
『今日はいい天気だね。雲一つなくて』
『音楽とか何聞くの?』
『君かわぅいいね~! 名前は?』
『嬢ちゃん、今
しかし返答は一切なかった。
そして有効な策を思いつかないまま9回目が終わってしまった。
――本格的にやばい。
いっそ眠らないというのもありか? いや、そんなの体力がもたない。
そもそもあんな夢のせいで、ただでさえ寝不足なのだ。
……本家の怪談では、女が「8枚、9枚」と数えた後に坊さんが「10枚」と付け加えたことで難を逃れたというオチがある。
しかしこれを試すのはリスキーすぎる。
終盤の9枚目まで待って、もしこの方法が効かなければ後はない。
対策を取るならもっと序盤から。
例えば、数えること自体をやめさせるとか。
なんでもいい。皿から女の意識を反らす方法はないか?
そして俺は、妙案を思いついた。
――決戦の時は来た。
10回目の夢。
いつもと同じ真っ暗な、屋敷の庭。
俺は井戸端に立たされ、その場から動けない。
目の前では女が座っており、やがて皿をつまみ上げた。
「1枚……」
今だ!
俺は左手をマイクに見立てて口元に持ってくると、
「みんな~、盛り上がってるか~!」
俺は力一杯叫んだ。
すると女の動きが止まり、一瞬こちらを見た。
よし、成功だ!
……これまで、いくら俺がしつこく話しかけても女から返答はなかった。
しかし――まったくの無反応ではなかった。
女の表情、視線、皿を数えるテンポ。
そのわずかな変化を俺は見逃していなかった。
何を隠そう、俺は売れないバンドマン。
売れないながらも、それなりに観客の反応を見てきた。
人を観察するのは得意な方だ。
とにかく、女は確実にこちらの話を聞いている。
ならば俺が目を引くようなパフォーマンスをすれば、女の意識は皿ではなくこちらに向く。
そしてバンドマンの俺にできるパフォーマンスは、ライブ。
これが俺の策だった。
「今日は俺のライブに来てくれてありがと~!!!」
「……2枚……」
女は俺の奇行を無視して作業を進める。
かまうものか。
「最後に俺が大好きなこの曲を聴いてくれ!」
「……3枚…………」
俺は大きく息を吸い、そして――
「♪~~~~~~~~~~!!!!!」
全力で歌い出した。
瞬間、女が両手で耳を抑えた。
無表情だった女の顔が、明らかな不快感に染まっている。
そして、それはもう本当に恨めしそうにこちらを睨んでいた。
それほどまでに、俺の歌が聞くに堪えないらしい。
当然だ。
俺は売れないバンドマン。
もともとギターボーカルだったが、絶望的に歌が下手でボーカルを下ろされた男。
人の注目を集める歌は、お手の物だ。悪い意味で。
「……4枚…………!」
しかし女はめげない。
左耳だけ片手で抑えたまま、右手でまた皿を数える。
「♪どんなときも 自分を信じてゴー・マイ・ウェイ!」
「5まいうぇ…………」
「♪突き通す 俺のロック
「ろっく、まい……」
「♪暗い気持ちは 鼻歌まじりに笑いとばす! NaNaNa~!」
「なな、……しち……まい……」
女はどうにか数え続けているが、俺の歌に惑わされている様子。
効いてる! この調子だ!
だがもう7枚。終わりが近い。
だったらさらにギアを上げる!
「♪行こう今が旅立ち!! しめろ心のハチマキ!!」
「……は、ちま……k……い…………」
「♪夢は見ない!!! この手で叶えてくマイドリーム!!!」
その時だった。
「くまい!」
女は我慢の限界だったのか、こちらに皿を投げてきた。
しかし俺は上半身をひねってこれを躱した。
あまりにも歌が下手すぎて、観客から物を投げられることには慣れている。
避けるのは得意なのだ。不本意ながら。
皿は俺の後方に飛んでいく。
そして……
――ガシャン!
屋敷の壁にぶつかって、割れた。
「…………」
「…………」
俺も女も、無言で固まってしまう。
……これは……どうなるんだ?
想定外の事態だ。俺は女の出方をうかがう。
やがて女はその場に力なく座り込んだまま、
「……2枚……足りない」
悲しそうな声で言った。
……なんだか、悪いことをしたような気分だった。
すっかり覇気を失った様子の女はそのまま霞のように消え、俺は目が覚めた。
それ以降、同じ夢を見ることはなくなった。
【KAC20254】生き残れ! 皿屋敷! 吉宮享 @kyo_443
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