エピローグ

 終の街を見捨てた暴徒たちは、ほどなくして、暴力、飢餓、貧困、そして差別——それらが渦巻く現実という名の吹雪に晒された。


 その時になってようやく、彼らは悟った。

 バダナガラこそが、真の理想郷だったのだと。


 その絶望は、計り知れないほど深かった。

 一時の激情に身を任せ、人類の希望を自らの手で打ち壊してしまった――その罪悪感は、夜ごと彼らの心を苛み続けた。

 どんな宗教も、どんな思想も、エウリディオスの言葉ほどには彼らを慰めてはくれなかった。魂は決して安息を得ることなく、荒野を彷徨い続けるほかなかった。


 しかし、その事実を認めるのはあまりに恐ろしかったので、彼らは、必死に自らに言い聞かせた。

「我々はペテン師エウリディオスに騙された被害者なのだ。バダナガラは彼の支配する反理想郷ディストピアだったのだ」と。

 そして、かつて自身がバダナガラの民であったという記憶を封印し、生涯、決して口外することはなかった。



              § § §



 ただ一人、エウリディオスの教えに殉じた者がいた。


 それは、先の混乱を命からがら逃れたヘロメニスであった。


 彼は希望を捨てず、バダナガラの思想を伝道し続けた。

 しかし、遠い安息ペルシアの地において、論争に敗れた哲学者の恨みを買い、最期には穴埋めの刑に処された。


「バダナガラのヘロメニス 地獄の門を通るまで己が過ちを認めず」


 その苔むした碑文のみが、いまもなお、バダナガラの名を伝える唯一の証となっている。

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終の街バダナガラ 吉田 晶 @yoshida-akira

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