人外、アイドルさせたら最愛の人を見つけがち

動伊勢けむり

第1話 異星の訪問客、恋の味を知る

 コール音が鳴る。何度も何度も。聞いていると次第に、違う音になっているかのような錯覚さえ覚える。……基本的に、七回も鳴ればほとんど出ない。ただ僕の場合は、それでも待ち続けた。けれども、無機質な電子音声が『現在おかけになっている番号は……』などといいだした。


「……だよなぁ」


 携帯を投げて、背もたれに深くよりかかる。……これで、ウチの事務所は所属アイドル0人だ。最後の一人も、留守番電話に入っていた『辞めます』の一言きりだ。確認に電話をかけても、出やしない。


「重なるものだなぁ、不幸って」


 不意に言葉が出る。ため息も。


「……あーあ、これじゃあ芸能プロダクション芸能抜きだよ……いや、別にプロダクションでもないな」


 いくら零細とはいえ、ほんの数ヶ月前には、ウチ──キネマプロダクションにも、8人ほどアイドルが所属していた。6人組と、2人組。前者はダンス中心に可愛らしくガーリーに、後者は歌唱を軸に、クールに。結構人気は出た。地下アイドル界ではかなり上の方だった、と思う。それに、メディアにもそこそこ展開していた。ひいき目も、入っているが。

 インディーながら、CDも結構売れていた。サブスクでも何度かランキングに載っていた。……まあ、浮かれていたのだろう。僕も、彼女たちも。


「……別に、恋愛禁止とかしてなかったんだけどな。それに、あの子も……できることは、してたつもりだったんだけどな」


 6人グループのセンターが、男性アイドルと熱愛。で、炎上。そこからまあ、色々とあった。色々の中身は、今は考えたくない。……最後の一人が心配だな。あの子は、特に一番、つらかっただろう。

 ……しかし、ここからどうしようか。そもそも、八人もアイドルを集めるのに大分苦労した。募集やら、スカウトやら。結構、大変なんだよな。


「とはいえ、やらなきゃ始まらないよな。とりあえず、ホームページに募集出して……来ればいいけど、来ないんだろうな。ごったごただし。一応、ネットニュースにもなったしなぁ」


 募集再開の案内をホームページに出しておく。アイドルが大量に脱退したり、“事故”が起きた事務所だ、そうそう応募は来ないかも知れない。ただ、多少の勝算もある。少々悪い言い方だが、どんな手段でもアイドルになりたがっている少女は多い。最近は、配信者やらインフルエンサーやら声優やらが人気だが、それでもアイドル志望だという女性は絶えない。引きつける何かがある──そう、信じたいものだ。

 兎角、募集を出したら次だ。プロダクション宛のメール……には、応募は特に無しか。何やら『この私をアイドルとして雇い奉っても良いですよ!』と意味不明なものもあったが、妙なものでアカウントが分からない。スパムかな。


「んで、SNSでスカウトのDM飛ばしつつ……まあ、後は待ちかな……あぁ、スカウトでも行くか?」


 某ゲームよろしく、町中に出てアイドルの素質がある人をスカウトする。一度だけやったことはあったっけ、街中ではなかったけど。そうだ、二人組ユニットの片方だった。あの子は、とんでもなく才能があったから、ついつい僕も熱が入ってしまったっけ。まあ、最初に担当したから、というのもあったかな。……ついさっき、その彼女は辞めたのだが。

 考えるのはよそうか。長くなる。


「繰り出すか。才能の原石くらい、案外そこらに転がってるもの──であってくれたらいいな」


 で、僕は街に繰り出した。自慢じゃ無いが、ウチの事務所は随分都会に建っている。……芸能プロダクションなんてそういうとこにないとやっていけないし、賃料だけでほとんど首が回らなくなるので本当に自慢では無いが。僕が社長とプロデューサーとマネージャーと事務とか経理とかあらゆる役目を兼任していて良かった。人件費は大分浮く。



 ……さて、ここまでが前置きだ。失意のまま、気分転換と現状の打開を兼ねて街に飛び出た僕を待っていたのは、死だった。正確には、死への直面だが。


「……殺さ、ないで……アイ、ドル……?」

「ひっ──」


 白色の、粘液を垂らす触手に囲まれた怪物が、足がすくんで立てない僕の前に佇んでいる。拙い言葉を、僕の真似をして話しながら。一本の触手が僕の直前に差し出され、そこから分泌される粘液は、地面へこぼれ落ちアスファルトを溶かしている。

 なぜ、こうなったのか、答えは単純だ。町中で、とても綺麗な人を見た。その立ち居振る舞いはどこか人間離れしていて──本当にそうだったのだが──かつて自身が見つけた、あのアイドルを彷彿とさせた。

 思わず僕は駆けだして、その女性に声をかけた。アイドルをやらないか、と。その瞳は虚だったけれど、どうにも惹きつけられた。


「アイドル?」

「そう! 僕は、芸能プロダクションで、社長兼プロデューサーをやっているんだけど、君に光るものを感じたんだ。君さえ良ければ、少し話をしないか?」

「……ワかっ、た」

「よし、じゃあとりあえず、うちの事務所に……あ、喫茶店とかかな」


 頷いた彼女を連れて、道を歩く。まあ、背を向けたのがいけなかったのかな? 気づくと僕は、彼女に路地裏に連れ込まれていた。そして、彼女は化け物になっていた。

 触手でスマホを取られ、助けを呼ぶ手段も無い。何せ、口は触手で塞がれている。彼女は触手で、先ほどからずっとスマホを弄っている。目がついているようには見えないが。……しかしこの触手、なんかふよふよしてて半透明で、クラゲみたいだな。


「……この海月とかいう生物、我に似ているな」

「それは思った」

「だろう」

「……って、えぇ?」


 急に、彼女(?)が流暢に話し始めた。その声は少し低いけれど良く通っていて、透き通るような声だ。バラード系の、落ち着いた曲だと人気が出そうだ……と、考えてる場合では無いか。


「……木音間黎きねまれい。それが、貴様という個体を識別する名前だな」

「え、ああ、うん」

「ふむ……あ、あー……これでいいか」

「へ、俺の、声……?」


 怪物から、まるで僕の声のような音が発せられた。どこから出ているのか分からない。けれど確かに、僕の声だった。──身の毛もよだつ恐ろしさと共に、僕は何故かこの怪物から発せられる声に、音域に、魅力も感じていた。


「貴様ら……人間? は、個体を固有名で識別しているのだろう? 面倒な生態だが、捕食後に成り代われば、我がこの星の生命に襲われる可能性も減る」

「……ほしょ、く……成り代わ、る? まさかお前、僕を……」

「ああ、食べる」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……話を……」


 よろけた足腰で後ずさる。けれども僅か数秒で、壁にぶつかる。そのまま怯える僕に、アスファルトを溶かす粘液を垂らしながら、幾本もの触手が向かってくる。白い触手が粘液の反射できらりと怪しく光っている。


「貴様から、有益な話が出ることは無いと判断している」

「ま、待って……そ、そうだ! 仮に、貴方が食べた人に成り代われるとしても、限界はある……! だったら、人を食うのはリスクが大きいんじゃ無いか……!?」

「数回の捕食で、我は本来の姿を取り戻す。そうなれば、星ごと喰らえる」

「本、来……? お前は、いったい……何者なんだ?」


 僕の問に、怪物はぶっきらぼうに答えた。


「貴様らの言葉で言うところの、宇宙人だ。飛来時の損傷が、想定より大きかった」

「──あー、うん、そういう感じか。……じゃあ、無理かぁ……話し合い」


 正直信じがたいが、もう目の前で起こっていることを見る感じ信じざるを得ない。僕が知る限り、地球上に、こんな触手まみれの生き物はいない。クラゲとかイソギンチャクとかはいるにはいるか。でもこんなのは、いない。


「確か、貴様らは捕食時にこう言うのだったか? ──いただきます」

「いただかれるのか僕……」


 あーあ、これで終わりか。死ぬならせめて、遺書くらい書きたかった。印税の処理とか、楽曲のロイヤリティとか……ああ、やらなきゃいけないことが沢山有る。あの子は、大丈夫だろうか。一度くらい、話したかった。

 ……目の前がゆっくりに見える。走馬灯? ならきっと、思い出すのはあの日。僕が、僕のアイドルに──偶像に、であった日。あのセイレーンは、夢だったのか、あるいは。ただあの歌声は、綺麗だった。あぁ、だから僕は、アイドルを──なんか、長いな?

 妙に思って目を開けてみると、触手の怪物はじっと止まっていた。


「ええっと、焦らされるとこっちも困る」

「……なん、ダ……これは? ……なぜいま、貴様の味が変わったのだ……!?」

「味が、変わった……? どういう、意味?」


 触手がぐねぐねとうねる。悶えているようにも、苦しんでいるようにも、喜んでいるようにも見える。まるでのたうち回っているかのように、びちびちと地面を叩き、その度に粘液がぱしゃりと宙を舞う。危ないし怖い。

 しかし、味が変わった、とは何だろうか? 思い当たる節とはいえば、走馬灯くらいだが……あぁ、もしかして。


「あの、えっと……クラゲみたいな人」

「なんだ、木音間黎」

「多分、その味の変化分かるかもしれないんだけど……」


 おずおずと──子どもが怒っている親に意見するときのように臆病に──怪物に話しかける。触手をくねらせながら、怪物はこちらを見た、ように感じた。


「何だと? 貴様のような、小さな生き物が?」

「まあとにかく、今の味覚えといて」

「……先刻と変わらない。快も不快もない。ただの、餌の味だ」

「んじゃ……これは?」


 怪物に話しかけながら、昔を思い出す。ある海で、僕は歌うセイレーンに出会った。僕はきっと、その歌声に恋をしたに違いない。


「こ、これは……貴様、何を……?」


 思った通りだ。昔の記憶に思いをはせた瞬間、味が変わった。さっきも今も、かつて聞いて、そして恋をしたあの歌声の追憶で、味が変わったらしい。と、なると……恐らくこの生物、感情を味わう機能がついている。


「これは恋だ」

「恋……?」

「僕ら人間は、その人生で何度か、恋をするんだよ。きっと君にとって恋の味は、美味しいんだろうな」

「恋の、味……そうだな。これまで私が食べてきた物の中で、一番。満たされる気がしたぞ」

「そう……って、食べた? もしかして君、感情だけ食べるとか、できたりするのか?」

「やってみたらできた」

「やってみたら、って……」


 ……感情だけを、食べる? じゃあ、もしかして。この怪物に感情を食べさせれば、僕は──あと、地球も──食べられずにすむんじゃ無いか? いや、それどころか……方法次第なら、キネマプロを、もう一度やり直すことだってできるかも知れない!

 意を決して、僕は怪物に向かって手を差し出した。


「なあ、怪物。一つ、提案がある」

「提案、だと? 下等な生物が、か? なぜ我がそんなものに──」

「恋を、くれてやる。お前が美味しいと言って、満足できる味。恋を。それも、上質のものを、大量に!」

「恋を?」


 僕の言葉に腹を立てたか荒ぶっていた触手。けれどそれも、僕の言葉でぴたりと止まる。思った通りだ。この異星人……食い意地が強い!


「貴様に用意できるのか?」

「もちろん、できない」

「……は? 貴様、巫山戯るのも大概にしろ」


 怪物は、ぎっりとこちらを睨む。不快感がこちらにも伝わってきて、正直滅茶苦茶に怖い。けれど、怖じ気ついている暇はない。


「ふざけてない。僕が用意するのは、恋じゃない。恋を集めるための手段と、その援助だ」

「手段、だと。恋を集める方法が、有るとでも?」

「ある。それは……アイドルだ!」

「あい、どる……」


 僕の言葉を、静かに怪物は反芻する。よし、言葉が届いている。人語を解するタイプの怪物で良かった。


「アイドルとは、数多くの人間に、夢を、希望を与える。そしてアイドルは、数多くのファンから愛される。そう、ファンはアイドルに、恋をする」

「……アイドルになれば、多くの恋を、得られると?」

「ああ。……僕には、アイドルの世界への道を、開くことができる。……この場で僕を殺せば、ただ食べるだけだ。でも、この手を取れば。数多くの恋が、君の腹を満たすだろう。さあ怪物、どちらを選ぶ?」

「……ディア」

「え?」

「ディアセナルだ。よろしく頼む、木音間黎……プロデューサー」


 怪物──ディアセナルは、触手の向こうから出てきた人の手で、僕の手を掴んだ。触手がぐじゅぐじゅと動き、やがて彼女は人の形へと変貌していく。そうしてディアセナルは、背の高くて目の細い、どこか宇宙を思わせる青色の髪をした一人の女性へとなった。


「とりあえず、これでいいか?」

「……あぁ。良いと思う。その姿なら、きっとアイドルとして、多くの人の恋を得られるはずだ」

「ふむ……」


 彼女は静かに体を見る。長い肢体、色白の肌。なるほど、声からして歌も良かったけれど、これならダンス、パフォーマンスにも期待ができそうだ。

 アイドルとしての資質を観察していると、ディアセナルは「おい」と発して僕を見てきた。そのターコイズブルーの瞳は、夜空のように吸い込まれる気持ちがした。


「それで、方針は何だ。まず、何からやっていく。言っておくが、恋を得られないと判断すれば、我は貴様を食うぞ」

「恐ぁ……まあ、色々教えることはあるんだけど。最初は、やっぱあれかなぁ」

「何だ」

「……ガチ恋営業」


 こうして、殺されないために恋を見つける、人外アイドルプロデュース作戦が始まったのである。


 

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