第13話
水族館を出た僕らは、昼時ということでビルを出てはとりあえず歩いていた。先輩に連れられる形だけど、一体どこへ向かっているんだろうか。
ご飯屋さん自体はビルの中にもあったし、その足はむしろ駅から遠ざかっていて変だ。
と、不思議に思いつつ歩いてしばらく、先輩の足はある公園の前で止まった。
「じゃあ、お昼にしようか。そろそろ、来る頃だろうし。」
「来る頃…?」
そんな疑問も、近づいて来る人影に目を向ければすぐさまなくなっていった。
「ウーバーイ〇ツです。」
「違うわ、出〇館よ。」
「なんでいるの…?」
正直、今日に限っては出てこないと思っていたのに。
「樹、俺のボケは拾ってもらわないと困る。」
「僕にそんな役回り期待しないでよ!」
いつから僕はツッコミ役にでもなったと思っているのか。姫野さんもそれに乗っていたし、いつの間にか仲が良くなっている。
「2人は私が呼んだんだよ。下手に着いてこられるよりも良いし。それに、用意してたものもあるからね。」
用意したもの…。今は昼時だし、2人の言葉からしてそれは。
姫野さんが持っているそれが、先輩へと手渡しされる。どう見ても、それはバケットで昼食が入っていることは明らかだった。
「それじゃ、渡すものは渡したから行くわね。」
「ありがとう、2人共。」
「それじゃあな、樹。」
「うん、ばいばい。」
本当にこれだけで去っていくなんて、何かしてくるものかと思ったけど。まあ、応援したいってことなんだろう。あと、姫野さんが目を光らせてて聡太郎は好き勝手出来ないんだろうなとも思う。
姫野さんは、聡太郎の言い訳やらに耳を貸してくれるタイプでもないし。
それはそれとして、気になるのは渡されたバケットの中身。僕の予想が正しければ、割ととんでもないものなんだけど…。
「もしかして、それって。」
「うん、見ての通りだよ。私の手料理さ。昼食を共にはすれど食べてもらうことはなかったからね。」
「やっぱり、そうですよね…。」
覚悟が、要るな…。先輩の手料理を食べるのは。先輩の手で作られた物だと思うと、感じ方も違ってくるのが容易に想像着く。
「君は今日に限っては昼食を用意していないだろうし、もう既に2人分作っている。これは、断りようがないだろう?」
「はなから断る気なんてないですよ。…もちろん、ご馳走させてもらいます。」
ある意味、戦場に向かうような心持ちで公園のベンチへと座る。先輩はテキパキとランチョンマットを広げてはバケットを開き、中のサンドイッチやらがお日様に照らされながら姿を覗かせた。
見てすぐにお腹の音がなってしまいそうなほど美味しそうである。ただ、これを頂くというのを考えるとなんとも言えない恥ずかしさを感じて、どうしてもしり込みしてしまう。
「食べないのかい?それとも、食べさせて欲しかったり?」
「い、いえ、頂きます。」
「なら良かったよ、頂きます。」
互いに両手を合わせてご飯の時間に、まずは適当に目の前にあるものから頂こう。
「いただきます。」
手を合わせてから、1つ手に取ってみる。1口かじってみれば、酸味のあるソースと鶏肉が口の中に広がった。
「美味しい…。」
市販の組み合わせじゃない、明らかに手間がかかっている。どれだけ僕の為に時間をかけたというのか。
「ありがとう、少しほっとしたよ。」
店に並んでいてもおかしくない、と言ってしまえば陳腐な表現だろうか。とにかく、しつこくなく幾らでも食べてしまえるような丁度いい味付けなのだ。
3個分食べ終えて、バケットの中身もあと少しというところ。奥に隔離された部分から取り出されたのは、見るだけでその甘さを感じられるようなフルーツサンドだった。
思わず、喉がごくりとなるのを感じる。吸い込まれるように、それを手に取り始めた。
†††
「「ご馳走様でした。」」
胃袋を掴まれた、そんなことを自覚したのは食べ終えた後のことだった。
学校で昼食を取る際のお弁当が時折目に入ることがある、それを見た時に美味しそうだと思っていたけれど。それもまさか手作りだったりするのだろうか。だとしたら、大した料理上手になる。
正直、また食べたいと感じてしまっているから。
「作ってくれてありがとうございます。大してお返しも出来ないんですが…。」
「いや、美味しいと言ってくれてよかったよ。サンドイッチはこういう機会でもない限りあまり作ることもないからね。少々不安だったんだ。」
「そうなんですか、とても美味しかったですが。」
僕の中の理性があとほんの少し欠けていれば、そのままころっと行ってしまったかもしれない。そんなぐらいに、厳しい戦いだった。
途中、得意げな先輩の顔が可愛かったのも十分に効果を発揮したし。
それに僕はまるで料理をやらないから、作れるというだけで凄いと思うのだ。毎日お弁当を自分で用意して、今日に至っては2人分作っているんだから。
それが凄いクオリティで出来るんだから、関心を通り越して尊敬の念さえ抱いてしまう。
「本当に、ありがとうございます。それなりに手間もあったと思うので。」
「いや、今日は君をもてなすのも私のやる事の1つだ。だから君が喜んでくれたならそれが一番の報酬だよ。」
「そ、そうですか…。」
面と向かってそこまで言われるとさすがに照れる。これは混じり気のない先輩の素なんだろうけど、だからこそやりようがない。
テキパキと食後の片付けをして、いつの間に待機していたのか聡太郎と姫野さんが空のバケットを回収して去っていった。
そうしてどこかに消える後ろ姿に唖然としている最中、姫野先輩が悩ましげに顎に手を当てる。
「それじゃあ午後はどうしようか…?」
「決めてないんですか?」
「そうだねぇ、無計画も計画のうちというやつさ。ここら辺なら色々とあるし好きに見て回ろうじゃないか。それだけでもきっと楽しいと思うし、それに。」
と、一旦区切って先輩は僕の方へと向き直る。
「私の知らない君を知るのはきっと楽しいと思うから。」
そんな発言をした先輩に、思わず見惚れてしまったのは仕方がないことだと思う。
だからこそ、そこからの足取りのペースを先輩に合わせることが出来なかった。
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