アイドル行進曲〜夜のように冷たくて、薔薇のように棘のある私は、アイツに負けない夢を見る〜

水定ゆう

第1話 悪夢を見る日

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


「はっ!?」


 私はベッドから飛び起きた。

 滲んだ汗が全身から噴き出る。

 額から流れた塩味の汗が、私の目に入り、ピリリと染みた。


「ま、またあの夢……クソッが!」


 私は枕元の小さな台。

 そこに置かれていたペットボトルを投げ飛ばす。

 暗いが本来無地の壁に叩き付けると、ボトリと床を転がった。


「私は、私はアイツなんかに、《天下無双》に負けてない!」


 悔しくなる気持ちを抑え込む。

 毛布をギュッと握ると、クシャクシャにし、薄らと涙を垂らす。




「おはようございます」


 私は事務所にやって来た。

 毎日のことで、いつもの事務員に適当に挨拶すると、そのまま併設されたレッスン室に向かった。


「はい、ワンツーワンツー。あー、タイミングがズレてる。香速かすみ、軸はブレてないけど、二人よりも振りが早い。もう少し遅く、タイミングを合わせて」

「は、はい!」


 馬の尻尾の形をしたアクセサリー付きのヘアゴム。焼けた茶髪を結った少女は私の後輩。

 名前は香速。デビューしたばかりで、《赤き馬神》とか呼ばれてる。


美能みの、貴女は振り付けも全部バッチリ。でもね、華がないわ。もっと個を出してって、いつも言ってるでしょ!」

「ん?」


 青みかかった髪に、黒い影が通る。

 特徴的な髪質と波模様。《青の人形》と評される少女、美能。相変わらず何でもそつなくこなすけど、個がまるでない。


「それから羽心はごろも。貴女は体力を付けること」

「は、はいぃ……」

「私は歌と踊りのレッスンが担当なの。だからまずは、基礎を身に付けるための体力を付けること。いいわね」

「は、はい……はぁはぁ」


 疲れ切り疲弊した少女。柔らかい小麦色の髪がフワリと浮く。《黄の天使》の名前がある。

 そんな羽心は体力がとにかくない。この間のライヴでも、途中でへばっていた。毎日「体重が減りました〜」と嘆いている。羨ましい才能にチクチクした。


「はぁ、なにやってるのよ」

「「「あっ、冷火れいか年輩」」」


 そこにやって来た私の顔を見て、全員がハッとなる。

 そんなに私が怖いのか。別に怖がらせるつもりはないのに。

 ただ何となく空気的に威厳を持たざるを得なくなると、腕を組み、厳しい口調を発した。


「ふん。その程度で立ち止まっていたら、未来は開けないわよ」


 私、夜原冷火よるはられいかは厳しい口調で発する。

 常にクールに澄まし、所構わず棘を刺す。

 私が突き進むべきを象徴するためか、人は私を《夜薔薇》、夜に咲き誇る薔薇、と評するのだった。

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