倒れていた男の小話

Gonbei2313

倒れていた男



 目がうっすらと開いた。ぼんやりと現実感が戻ってく る。何台も、車やトラックが通り過ぎるのが見えた。右 へ、左へと視界が動いた。私は、欄干にもたれかかって、 座り込んでいた。陽は高くのぼっている。恐らく、昼過ぎ だろう。



 私が、意識を失っている間、何台の車や自転車、人が通ったのだろうか。



 そんなことが頭に浮かび、すぐに消え失せた。



 誰も、気にも止めなかったのだ。彼らには、彼らの日常があり、私はそんな日常の背景でしかない。



 記憶を掘り返してみた。国道を北上していたのは、覚え ている。牛丼屋の前で足を止めて、すぐに歩きだしたのが、私が思い出せた最後の記憶だ。



 何処を目指し、何を求 めていたのか、今となってはよくわからない。ただ、はっ きりとしているのは、私が路上で倒れていた。たったそれ だけだった。



 ニット帽を深く被り直し、ゆっくりと私は立ち上がっ た。



 機械を点検するように、ていねいに身体を動かした。 腰と背中が酷く痛んだ。長時間、無理な体勢で寝ていたか らだろう。少し、歩くと膝が悲鳴を上げた。しかし、歩け ないほどではなかった。



 少しの間なら、歩いていられるだ ろう。ここが、何処なのかははっきりしない。見覚えはあ るが、正確な場所や地名は判然としなかった。とりあえ ず、私は歩きだした。ジッとしているよりかは、いいように思えた。



 ヨタヨタと歩いた。人と何度もすれ違った。若い男性、 女性。年配者。幼い人間。彼らの表情からは、なんの感情 も見出だせなかった。



 十数分歩いて、私は不意に足を止め た。時間がひどくゆっくりと、流れていく感覚。威嚇する ように音を上げる車の群れ、好き勝手に歩く人々、全てが まるで遠い世界のよくできたパノラマのように感じた。



 ふと、私は祭りにはじめて行った時のことを思い出し た。



 当時、私には父親がいなかった。母が女手一つで、必死に現実と戦っていた。私は、そんな母と一緒に、祭りの 催物を見物しに行った。あの時の、まるで自分が現実から 遠いところへ来てしまったかのような、あの奇妙な浮遊 感。非現実の世界へと迷い込んでしまったような、あの空 恐ろしい感覚。



 そうだ、今の感覚はその時とよく似ている。私は、頭の 中でそう呟いた。私は、また迷い込んだ。



 バス停のベンチに力なく、崩れ落ちるように腰掛けた。



 瞼が酷く重い。ずっと、幼い頃から知っていた。無感 情の人々の顔が浮かび、消えた。



 無機質な鉄の車が通り、去って行く。全ては背景だ。色や形が、瞼が落ちてゆ くにつれて……歪んで、消える。静寂と闇がやってきて、次第に落ちていくのを感じた。



 何かを考えようとした。しかし、すぐにどうでもよくなった。




 今は、ひどく眠い。

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