シン御伽草子『はちかづき姫オルタナティブ』

石束

『がっつりくん』、再び



 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 ふと気づくと、男は窓も天井もない灰色の部屋にいた。そして気づくと間もなく、前方から、近寄ってくる二つの人影があった。

 その一方、ほんのり光を放つ少女が言う。

『さあさあ。今夜も楽しい『夢』の時間ですよっ』

 男はその人物を知っている。何のためにやってきたのかも知っている。

 だから、男は慣れない椅子の上で、できもしない後ずさりをした。

『んん? どうしたんですか? まるで嫌がっているようじゃありませんか?』

 声の主は不思議そうにしながらも、もう一人の人物を振り返る。

 それは少女と同じくらいの背格好の少年で、『不思議な形の鉢』を手に持っていた。

 それを見て、今度は声にならない悲鳴を上げて、首を振る。


 正直、もう限界だった。


『またまたー、そんなの許されるわけ、ないじゃありませんか』

 少女は、ひどく朗らかに言った。

『あなたの娘さんは、あなたたち両親のかぶせた『鉢』のせいで、あんなに苦しんでいるというのにー』


◇◆◇


 ――むかしむかし。


 河内の国 、交野に備中守実高(びっちゅうのかみさねたか)という裕福なものがいて、「寝屋の長者」と呼ばれていた。


 長者と妻は仲睦まじく幸せな毎日を送っていたが、子がなかった。

 そこで、大和の国の、夢のお告げの霊験あらたかな「長谷の観音さま」に参籠(さんろう)して、子供が授かる様に祈願した。するとある晩、夢枕に観音菩薩があらわれ、

「汝らの篤信を憐れみて、女の子を授ける。この『鉢』を頭に被せよ」

と夢告した。

 驚いて目を覚ますと、確かに二人の枕頭に立派な鉢があった。

 やがて奥方はお告げのとおり女の子を授かり、長者と妻は名前を「初瀬 」(はつせ)と名付けて大切に育てた。

 しかし、初瀬姫が十四才になったとき、母親が病になる。父親と姫は、観音様に懸命に祈るものの甲斐はなく。いよいよ重篤になった母親は、初瀬姫を枕元に呼び寄せ、観音さまのお告げのとおり鉢を被せ、静かに息を引き取る。


 長者も初瀬姫も寂しい日々を過ごすが、父は後添いを迎えることになった。初瀬姫にとって「継母」となるこの女性は、容貌こそ良いものの、心根の大変悪い女で長者との間に娘が生まれると、次第に初瀬姫をいじめるようになり、 遂には長者を言いくるめて、初瀬姫を屋敷から追い出してしまう。


 屋敷を追い出された初瀬姫は、行くあてもない。大きな川に行き当たった時

「ああ、この川に身を投げれば、お母さんのところへ行ける……」

と川に身を投げるが、 被った鉢が水に浮かんで沈まない。

 姫は流されるままのところを舟に引き上げられたが、船頭は鉢を被った姫の異様な姿に驚いて、岸に放り上げて逃げてしまう。

 とぼとぼと歩いていると、道行く人はみな姫の異形を恐れ、石を投げ、追い払おうとする。

 いつしか、姫は『はちかづき』と呼ばれて村でも町でも、人から避けられるようになる。

 辛い日々が続いた。しかし、たまたま都から領地に帰ってきていた山陰三位中将が、『はちかづき』を目にとめ、話を聞いて不思議に思いまた憐れんで、屋敷に奉公させることにした。とはいえ姫には歌や楽器の演奏などはできたものの、家事や力仕事はできないので、誰にでもできる湯殿番くらいしか出来ることはなかった。

 姫は経験のない下働きを一生懸命頑張って、湯殿番として働いた。

 三位中将家でも、姫はいじめられた。でも、やっと普通に生きていける日々がおとずれた。

 そんなある日、姫は、山陰三位中将の四番目の息子『宰相の君』と、和歌を切っ掛けに話すようになる。まだ独身の宰相は心優しい人で、『はちかづき』の見た目をきにせず、二人は次第にお互い心ひかれていき、やがて夫婦の約束をする。

 しかし、やはり鉢を被った見た目の上、下働きの『はちかづき』である。兄や兄嫁たちが結婚に反対する。そこで三位中将は「嫁くらべをして勝てば二人の結婚を認めよう」と申し渡す。兄たち、そして兄嫁たちは「勝ったも同然」と結婚反対が中将の意向であるとほくそ笑む。一方、はちかづきの教養と優しく真っすぐな心根を知る宰相の君もまた、はちかづきとの結婚を勝ち取るべく、嫁くらべを受けて立つことを選ぶ。


 だが、姫は迷った。このまま自分はここにいてもいいのだろうか、と。

 宰相の君には輝かしい前途がある。きっと彼にふさわしい女性が他にいる。

 愛すればこそ。彼女はひとり密かに三位中将家を出ていく。

 宰相は待ち合わせの場所で、姫からの別れの歌を目にして、それに気づく。


 ――はちかづき、君はっ!


…………


『――というのが、今回、第九話までのあらすじですねー』

「…………」

 明るく笑うサポートAI――「バーグさん」ことリンドバーグを見た後で、カタリィ・ノヴェルは、一見、金魚鉢にも見えるヘルメット型VR端末を手に、向かい合って座っている『彼』を見た。

 かつて、河内の国で『長者』とまで呼ばれながら、奥方の死後迎えた後添えの悪女のために家と財産を失い、人生をはかなんで出家。今は旅の行者となっている人物。

「せめて、ひとこと、家を追い出した娘に謝りたい」と、すべての始まりとなった『長谷寺』に参籠して観音さまに祈ったところ、うっかり時空がつながって、この部屋にやってきたのである。

 当然、彼は「ひと目、我が娘に会わせてください」と願った。

 カタリィとしては、べつに観音さまとは何の義理もないけれど、だいたい事情はわかっていたので『はちかづき』こと初瀬姫の様子を知らせてあげることにしたのだが――リンドバーグが無駄に張り切りだした。

 カクヨムがほこる電脳ハイパーテクノロジー。リアル以上のリアルをヴァーチャルリアリティで体験できる最新式の全感覚没入型ライトノベル読書システム『がっつりくん』を、はちかづき姫のお父さんの元長者さんに被せようと、提案したのだ。

「……」

『がっつりくん』はヘルメット型のデバイスを装着することで、読書している人の記憶の中から、思考、記憶、無意識を読み取り、それをもとに映像を、いや『世界』を組み上げて読者に小説の作品世界を体験させるシステムである。

『はちかづき姫』が物語である以上、その作品世界の体験も可能で、さらに作品世界の住人である『元・寝屋の長者』の脳内の情報をもとに、作品の世界に構築するのだから没入感も問題ない。物語を俯瞰する形で娘さんである『はちかづき』の現状を確認できるのだから、文字情報として小説を読ませるより本人の希望に適している。 

 ――適しては、いるのだが……

 しかしこのシステムは、まだ試作段階。バランスはピーキーで、甘い妄想はとことん甘く、殴り合いをすれば頭蓋がきしみ、悲惨な体験はトラウマ上等という、全方向に『がっつり』全力仕様になっていた。

 装着経験のあるカタリィは知っている。あのシステムが見せる『リアル』は、ひいき目にみても『地獄』だ。

「……」

『はちかづき姫』のストーリーは苦しい展開が続いた後、問答無用のハッピーエンドを迎える。鉢がとれる場面から嫁比べ、そして長谷詣における『再会』。それはもう、ここまではストレスしかたまらない展開だから、なおのこと、それさえ越えれば最後まで怒涛のカタルシスである。

 ……だが、しかし。


「あと、何回あるんだっけ?」


 なお、今回デバイスにインストールした『はちかづき姫』は伝説と御伽草子版をもとにつくられたカクヨム連載作品。コミカライズとアニメ化を目指して色々取り入れた愛と感動の娯楽大作であった。


『バトル回とはちかづき覚醒回に師匠との涙の別れ。おとぎ話別作品からの超有名人客演回、テコ入れの温泉回水着回に、最近流行りのざまあ回まで盛りに盛った、オリジナル要素各方面大絶賛まちがいなしのワンクール全12話の構成なので、あと三回ですね! いやー終わってしまうのが名残惜しいっ!』

「………」

 その部分、本当に必要だったのだろうか? いや。それはそうとして。

 ここまでの週に一度、第九話までの視聴を終えて、元長者のお父さんは、椅子の上で、化学の実験終了後のマグネシウムのように真っ白に燃え尽きている。

 当事者だから、受ける衝撃も大きいのだろうけれど、それにしても

「…………」

 あと三回。お父さんがもつかどうか。


 了


※作中登場の「カクヨム版はちかづき姫」は架空のお話です。「はちかづき姫」はとても面白いお話なので、今風に長編アニメにだってできると思うのです。誰か書いて。

 

 

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シン御伽草子『はちかづき姫オルタナティブ』 石束 @ishizuka-yugo

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