第23話 規格外幼女vs規格外元・村人

  天守閣の外、石畳に膝をついたエリオス。


 呼吸は荒く、全身は傷と砂埃にまみれていた。


 だが、エウラは一切の表情を変えず、無機質な瞳で彼を見下ろしていた。




 ——まるで、"何か"を確かめるように。




 エウラの小さな足が、ひょいと傾ぐように動く。


 まるで、"倒れた生き物"を眺める子供のように、好奇心に揺れる琥珀の瞳。




 「......なんで?」




 ぽつりと、彼女は呟いた。


 その声はあまりに純粋で、幼さすら感じさせる。




 「なんで、"生きよう"とするの?」




  それは、エウラにとって本当に分からないことだった。


 "倒れたもの"はそのまま終わるもの。


 "壊れたもの"は捨てられるもの。


 それがこの世の"理"だと、彼女は知っていた。




 だから、理解できない。


 なぜ、この人はまだ剣を握るのか。




 エリオスは、浅く息を吐き、口元に苦笑を浮かべた。




 「......なんとなくだよ」




 言葉にしても、答えはまだ見えていない。


 だが、それでも——




  彼は、ゆっくりと地を踏みしめ、再び立ち上がる。


 魔法が使えない禁域と化した大天守閣に、瓦礫が崩れ落ちる音が響く。


 


 エウラは少し歩くと、静かに地に落ちた剣を拾い上げた。




 それは、本来彼女のものではない。


 普通の軍剣——だが、よく鍛えられた良品だ。




 エウラは無表情のまま、興味深げにそれを眺める。


 まるで玩具を拾い上げた子供のように。




 そして——




 ひゅん、と。




 試すように、軽く振った。


 刃が空気を切る音は、異様に鋭かった。




 「……ふふ、いいねこれ」




 幼い声が、風に混じる。




  その一言を皮切りに、彼女は軽く足を踏み出した。


 軽やかで、無駄のない動き。


 まるでこの剣が最初から自分のものであったかのように、


 違和感なく手に馴染んでいる。




 ——そして、次の瞬間。




 ────キィィィン!!




 突如として、鋭い刃と刃の衝突音が響く。




 エリオスは、反射的に剣を振るい、


 エウラの斬撃を受け止めていた。




 (——早すぎるッ!)




 彼の脳内に再度警鐘が鳴る。


 エウラの一撃は、単純な速度ではなく、


 精密に最適化された動きだった。




 強い。




 異常なまでに。




 ガキィン!!




 再び剣と剣が交差する。


 彼女の動きは直線的で無駄がない。


 明確に"殺す"ための動き。




 ——だが、そこには躊躇いや躊躇は一切ない。


 全てが自然体なのだ。




  普通、剣を使い慣れていない者は力が入りすぎる。


 だが、エウラの一撃は"完璧"に均整が取れている。




 まるで戦場で何度も戦ってきたかのように。


 歴戦の剣士が相手と見紛う、彼女の剣閃が襲いかかる。


 連戦続きで疲弊したエリオスには、その速度が次第に負担になっていく。




 ——徐々に押され、刻一刻と致命打を貰う確立が上がる




 エウラは有利不利関係なく、一切表情を変えずに戦い続けていた。


 


 ——ガキィンッ!!




 エウラの鋭い斬撃を受け止めた瞬間、エリオスは違和感を覚えた。




 (……軽い?)




 次の瞬間——




 パキィンッ!!!




 エリオスの鉄剣が、ついに折れた。




 「……!!」




 片方だけが地面に落ちる。


 柄を握る手には、刃の半分しか残っていなかった。




 (まずい、武器が……)




 エリオスの脳裏に警鐘が鳴る。


 エウラは柄で弾かれた衝撃で体が宙を舞うも、


 少し離れてつま先からピタリと着地する。




 そんな彼を無表情に見据え——




 その口角が、ゆっくりと……歪んだ。


 


 「楽しい......!」




 エウラの唇が、わずかに震えた。


 それは、初めて感情を見せた瞬間だった。




 だが、それは……明らかに"歪んだ笑み"だった。




 エリオスは、無意識に背筋を凍らせる。


 彼女は確かに"幼女"の外見をしている。


 だが、その笑みは、あまりに"異質"だった。




 それは、命のやり取りを"楽しい"と感じる笑み。


 戦いの中で、"興奮"を覚える者の顔だった。




  エウラはまだ終わってはつまらないとばかりに一度跳躍退避し、


 ゆっくりと剣を構え直す。




 その瞳は、玩具を前に目を輝かせている年齢相応の好奇心。




 ただ、それだけ。




 エリオスの呼吸が、少しずつ荒くなる。


 このままでは、負ける死ぬ────




  天守閣の外、戦場に吹き荒れる風が、


 エリオスの頬を切る。




 視界が微かに揺れる。


 破片が散らばる地面に、折れた剣が転がっていた。


 


 エウラは静かに佇んでいる。


 戦いの興奮を惜しむかのように。




 「……戦える?」




 彼女は呟く。琥珀の瞳が、僅かに揺れた。


 その視線の先には、エリオスの腰に据えられたもう一本の"剣"




 腕の痺れが、痛みとなって脈打つ。


 彼は腰に帯びたもう一本の剣に手をかけた。




 ——ラグナディア公爵家の剣。




  今まで一度も抜くことのなかった剣。


 公爵家の紋章が刻まれた、貴族の象徴。




 「……軍では使わないつもりだったんだがな」




 黒々とした鞘、柄頭にはラグナディア公爵家の紋章。


 今は、そんなことを言っている場合ではない。


 抜き放たれた刃が、かすかな音を立てた。


 光の加減で、波紋のような文様がゆらめく。




 青と銀、黒鉄の陰影が幾重にも折り重なり、刃の表面を流れるように変化する。


 まるでそこに “生きた金属の流れ” が刻まれているかのように、刃は静かに呼吸する。




 だが、その美しさの奥に潜むのは “殺意” だ。




 斬るために鍛えられた金属。


 貴族の象徴でありながら、戦場の獣のごとく本能的な威圧感を放つ剣。




 抜いた瞬間——空気が変わった。




 「……何だ?」




 エリオスの魔力が、剣を通じて脈打つ。




 だが、それだけではない。


 剣が、エリオスを通して"何か"を流し込むような感覚。


 圧倒的な制御力。




  全身の魔力が、異様なまでに研ぎ澄まされる。


 エリオスの脳裏に、"既知"とは思えない感覚が広がった。




 突然──戦場が、雷の檻と化した。




 「っ……!」




 エリオスの周囲に、轟音と共に雷撃が奔る。


 青白い稲妻が空間を押し広げるように引き裂き、


 焦げた空気が鼻を突いた。




 ラグナディア家の剣を抜いた途端、


  エリュシアの血統魔法が、暴走するように発動したのだ。




 本来なら一撃の重火力魔法。


 だが、エリオスの手に握られた剣は、


 まるで “この力を永続させるかのように” 雷をまとう。




 雷撃が地を走り、石畳が黒焦げになっていく。




 (……なんだ、この感覚……!)




 エリオスは剣を握りしめながら、強烈な違和感を覚えた。




 「なんで、エリュシアの魔法が......!?」


 


  ジルヴァンとエスメラルダは戦いの手を止め、


 その共通する人物の魔法が、


 より"爆発的な力"となって解放されている事に愕然とする。




 ──閃光のような雷撃がエリオスの魔法の影響範囲を可視化したのだ。


 本来なら瞬時に放たれるはずの雷撃が、空間に無数も刻まれる。


 それはまるで、 "雷雲" が空間に根を張って定着しているかのような奇妙な現象だった。




 「──なるほど、上書ってわけか......」




 低く、抑えた声が響いた。


 ジルヴァンだ。




  彼はいつものふざけた表情ではない。


 真剣な眼差しで雷光に照らされながらエリオスを観察していた。




 「雷撃は本来、一瞬で消えるモノ。でも、今の戦場は違う。」




 ジルヴァンが軽く足を踏み出すと、


 その接近を感知してか、雷に匹敵する大閃光


 が足元数センチを掠めて炸裂する。




 「禁域指定ってわけダ......」




 やや地面が融解する程の熱。


 ジルヴァンは片目を細め、冷静に言葉を続けた。




 「魔法の遅延現象、まさか"空間丸ごと"影響していたんだネ......」




  ジルヴァンはギリ、と奥歯を噛みしめた。


 戦況が大きく変わった事、想定外の一文字が浮かぶ。




 「……おもしろい」




 静かな声が割り込んだ。




 エウラだった。




 彼女は雷撃の奔る戦場を見渡し、 ふっと微笑を浮かべた。




 ──楽しそうに。




 「……こんなの、はじめて」




 幼い声音に、ぞくりとするような異様な熱が宿る。


 エウラはゆっくりと歩を進めた。




 足元に走る雷撃。普通の人間なら感電し、意識を失うほどの魔力の奔流。


 だが、 エウラはそれを“受け入れる”ように、ただ歩く。




 雷は確かに直撃している。


 そかしそれは軟肌に吸収されるかのように消えていくが、


 逆立つ金色の髪は一撃ごとに散っている。




 「......痛みは、慣れてる──」




  エリオスは、その異常な光景に 戦慄を覚えた。


 その手には、剣が握られていた。


 彼女は狂気の中で笑みを浮かべ、雷に包まれた空間の中で 剣を構えた。




 ──それは 初めての“楽しさ”を覚えた子供の顔だった。






 「""壊して""あげるッ!!」






 雷鳴の轟く戦場の中心で、 エリオスとエウラの剣劇が再開される。


 剣が交錯し、雷が炸裂し、地面は次々と黒く焦げる。




 ──雷の嵐の中、二人の影が縺れ合うように踊る。




 戦場の決着は、まだ見えない。

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