第22話 激突
広間の空気が、じわりと淀む。
誰もが口を開かぬまま、ただ天井の裂け目に目を向けていた。
天空大結界<シュトラール・シルト>が、貫通されている。
この要塞に設置された防壁は、
上位貴族ですら易々とは破壊できない鉄壁の結界魔法。
それがまるで古びた紙に針で穴を
開けたかのようにぽっかりと空いている。
驚愕と不審の混じる視線が、広間を支配する。
その静寂を、ジルヴァンの声が破った。
「さて、本題だがネ」
彼は、まるで他愛のない話題でも口にするような調子で続ける。
「この要塞、もらっていくヨ!」
場が、一瞬で凍りついた。
何を言い出すのだこの男は、という意見で統一を見たのだ。
エスメラルダは、涼しげな表情を崩さぬまま、
静かに脚を組み直した。
その指先が、椅子の肘掛をわずかに叩く。
「……冗談が過ぎますわ」
彼女の声は静かだったが、その背後に潜むものは鋭い。
ジルヴァンは片手を広げて、肩をすくめる。
「冗談かどうか、試してみるかい?」
挑発。
エスメラルダの瞳が、わずかに揺れる。
それを、エリオスが静かに見ていた。
ジルヴァンが本気で要塞を求めているのは明らかだった。
だが、彼の言動の裏には、何か別の意図がある。
しかし推察するより前にジルヴァンはあっさりに意図を語ったのだ。
「貴族の象徴であるこの要塞を、革命城に作り変えるのサ!」
ジルヴァンの言葉に、エスメラルダの指がぴたりと止まる。
「……革命?」
「そうサ、貴族社会は"古すぎる" 。そろそろ不要じゃないかネ?」
その言葉に、エリオスは眉を寄せた。
ジルヴァンの瞳には、確かな確信がある。
本気で、この社会を破壊するつもりなのだ。
「血統こそが力の証明である世界……それが真実か?」
彼の問いに、エスメラルダは即答しなかった。
ジルヴァンは続ける。
「血統が全ての社会に未来があるのカ?
富むべきものは永遠と富み、貧しきものは永遠と貧しい......」
「ああ、なんて理不尽なんだろうナァ」
「──それが道理ルールである限り受け入れるべきね」
エスメラルダの冷たく、突き放すような言葉を待っていたかのように、
ジルヴァンは語気を強めた。
「そう、だから俺たちは"道理ルール"を変える。
"血統"なんかに頼らずとも、力は”生み出せる”ってナ。」
そう言うと、彼はわずかに視線を横に流した。
そこにいるのは、金髪の幼女——エウラ。
彼女は、ただ無言でそこに立っていた。
しかし、場の空気を支配していたのは彼女だった。
まるで、無言の ‘存在’ そのものが、全員の意識を呑み込んでいく。
(……こいつは、一体……)
エリオスの直感が、冷たい警鐘を鳴らす。
だが、幼女は何も語らない。
ジルヴァンが、淡々と続ける。
「この要塞は全ての始まり。ここを起点に"血統政治"という概念を完全に潰す」
その瞬間、エリオスが口を開いた。
「……その理想の為に、何人殺すつもりだ?」
言葉は低く、鋭く響いた。
この一言で、すでに答えが出ていることは分かっていた。
ジルヴァンは “破壊者” だ。
目的のためなら、犠牲を躊躇わない。
彼の理想において、人の”生”など取るに足らない。
ジルヴァンの唇が、愉快そうに歪んだ。
「血に、ポテンシャルに恵まれた者には所詮理解できないカ......」
静寂が張り詰めた。
だが、その均衡を崩したのは、セラの 冷え切った一言 だった。
「交渉決裂、そんなことは分かり切っていた事......」
まるで何の感慨もないような声音だった。
それは “結論” を述べるだけの、乾いた事務的な響き。
だが、それこそが 第一連隊の副隊長 である彼女の判断だった。
“彼は、敵だ”—— それだけ。
「ヤメヤメ!こんな外交儀礼やっぱりオレには合わないヨ!」
瞬間——
広間の中心に、異質な魔法陣と床全体を覆うような魔力の集結点が発生する。
その発生源は────
「エウラ、頼んだヨ!」
彼女はただ静かに、冷えた瞳でエリオスたちを見据え、
小さく首を傾げた。
「「敵......」」
────その瞬間、
空気が、空間が、燃えるはずのないガラスすら燃えた。
まるで天守の中心から屋根を無くした天守上部に核が炸裂したかのように、
燃え盛る紅蓮の炎が行き場を求めて駆け回る。
「爆縮火焔ホロブレイズ……!」
エスメラルダとセラがすぐに反応した。
彼女たちの表情が、焦りへと切り替わる。
その理由は単純だった。
本来、この魔法は貴族社会の“公式記録”には存在しない。
しかし、それでも彼女たちは知っていた。
貴族の歴史の裏で、危険視され、封印された術式の一つ。
爆発的な魔力圧縮と同時に、内部の温度を極限まで引き上げる禁忌の炎。
「"龍種にのみ許された魔法が何故────"」
アランは唖然としている。
「とにかく外!」
エスメラルダの鋭い指示。
エリオス、セラ、エスメラルダ、アランは、
瞬時に天守閣の外へと飛び出した。
——天守閣の窓という窓から火柱が上がる。
エスメラルダは剣を抜き、その双刃を静かに顔の前で重ねた。
まるで舞踏の始まりを告げる儀式のように、
優雅でありながらも一切の迷いがない。
「「霧氷の舞踏グレイシャルワルツ」」
彼女の囁くような詠唱とともに、剣の間に凍てつく魔力が奔る。
蒼白の輝きが刃を伝い、天守閣全体に凍える波を広げていく。
刹那、天守閣の下層から頂上まで、一瞬のうちに凍結した。
紅蓮の炎すら、氷の波に呑まれて沈黙する。
凍りつく天守閣の頂上から、砕けた氷片が降り注ぐぎ、
紅蓮の火焔と氷の舞踏が拮抗、
爆発的な蒸気と氷の粒がダイヤモンドダストのように舞う。
──しかし、その光景の只中で、エウラは微動だにしなかった。
まるで自分が生み出した炎の猛威すら、何の興味もないかのように。
その無機質な瞳は、ただひたすらにエリオスを見据えていた。
「……なんで、違う?」
静かに紡がれたその言葉は、感情の欠片すら宿していない。
それは興味とも、脅威とも違う、
ただ"観測"という行為そのものだった。
次の瞬間。
──ドンッ!
エウラの小さな足が床を蹴る。
しかしその勢いは大砲から打ち出されたかと見紛う程であり、
その場の石畳が抉れ、粉々に砕け散った。
「……っ!」
エリオスが身構えるよりも早く、エウラは一瞬で彼の懐に潜り込んでいた。
小柄な少女が発揮するには異常な速度、
それはもはや"目で追う"という概念を嘲笑うかのように。
──ゴッ!!!
純粋な膂力による一撃。
エリオスの腹部に突き上げられた小さな拳は、
見た目に反して圧倒的な衝撃を生み出し、
まるで砲弾に撃ち抜かれたかのように、
エリオスの身体を塀へと吹き飛ばした。
「エリオス!!」
セラの叫びが轟く。
しかし、エウラはそれすらも意に介さず、淡々とエリオスを目で追う。
エリオスは地面に足を延ばし、塀に激突する寸前、
土埃を上げながらブレーキをかける。
「まだ来るぞッ!!」
アランの警告虚しく、エウラの次の動きは速い
エウラの掌が、わずかに開かれる。
その瞬間、再び魔力が臨界点まで凝縮され、
赤黒い光が彼女の掌中に収束する。
それは再び解き放たれ、エリオスの落下地点へと飛ぶ火焔の弾丸となった。
「まずいわッ!!」
咄嗟にエスメラルダにはこの魔弾に秘められた
魔力量の概算が把握できたのだ。
着弾寸前────
「────止まれッ!!」
エリオスを煌々と照らす位置で火焔の弾丸が停止する。
エウラはそれを興味深そうに観察する。
「思った通り......」
エウラは手を翻し、人差し指を手前に折り畳む仕草をする
「「エリオス、避けてッ!!!」」
セラの決死の表情に、エリオスは後ろを振り返────
火焔弾が彼の周囲を焼き尽くし、瞬く間に噴煙が舞い上がる。
石畳が瓦解し、衝撃波が四方へと広がった。
背中に焼け付くような痛みが走る。
爆炎の直撃を受けなかったとはいえ、破片の衝撃と熱波が彼の身体を襲った。
軽く息を吸い込むだけで、肺の奥に焦げた空気が流れ込んでくる。
──魔弾は一発ではなかった。
エウラは天守を炎で包んだ後、塀の裏にこの魔弾を保持し、
正面に気を取られた隙に壁裏の魔弾を炸裂させ、
その"魔力を含まない"熱された瓦礫によって一撃を見舞ったのである。
セラが駆け寄ろうとするが、
その動きを止めたのは ジルヴァン だった。
「──残念だけど、君たち三人の相手はオレ!」
いつの間にか、彼はセラ、アラン、エスメラルダの前に立ちはだかっていた。
彼の指が軽く動く。
その瞬間、天頂から赤黒い帳が降りる。
「爆圏閉域クラッシュ・ドーム」
静かな言葉とともに、圧縮された衝撃波が空間を包み込んだ。
まるで天守閣の周囲が、見えない檻で囲われるように。
「っ……!?」
セラとエスメラルダが一瞬、足を止める。
「さて、楽しい時間の始まりダ……」
ジルヴァンは不敵に笑い、両手を広げる。
その周囲を取り囲むように、
セラ、エスメラルダ、そしてアランが布陣を固めた。
それぞれが攻撃態勢を取り、刃の煌めきが赤黒い光を返す。
「貴方のような破壊者に、この要塞は譲れないわね」
エスメラルダが静かに剣を構えた。
彼女の双剣が蒼白の冷気を纏い、空気を凍りつかせる。
セラもまた、長槍を無言のまま振りかぶる。
その刹那、彼女の視線が鋭くなる。
アランもまた、軍人らしく正確な動きを見せる。
彼の剣は短剣のような形状をしているが、
鋭い斬撃を繰り出す準備を整えていた。
そして、その包囲の中心にいるのは ジルヴァン。
だが──
彼は一歩も動かない。
まるで 彼自身が "戦場の中心" である とでも言わんばかりに、
悠然と立っている。
炎の揺らめきも、土煙のざわめきも、
まるで彼を避けるかのように漂っていた。
ジルヴァンは軽く肩をすくめ、唇の端を歪める。
「──やれやれ、エリオス君とはオレも戦いたかったんだけどネ」
まるで状況を楽しむかのような口調だった。
だが、その言葉が終わる前に セラが動いた 。
—— 砕ける大地、雷光の槍。
地面を砕くほどの踏み込みから、一気に 槍を突き出す 。
その一撃はまるで雷光のごとく、目に映る暇もなく放たれた。
訓練された兵士なら、気づいた時にはすでに貫かれている速度——
しかし──
「遅いねぇ」
その声が響くと同時に、ジルヴァンは軽く手を上げた。
"素手で" 槍の軌道を逸らす。
「なっ……!?」
それは、ただの防御ではなかった。
セラの槍の軌道は最小限で逸らされたのだ──
時間が急速に遅くなる感覚が場を包む。
無防備な腹部がジルヴァンの前に晒された次の瞬間——
ドンッ!!
ジルヴァンの膝が、セラの腹部に突き刺さる。
身体が宙を舞った。
「あっ、がッ────」
意識が揺らぐ。だが、それでも耐えなければならない。
彼女は、第一連隊の副隊長なのだから────
しかし、彼女の意識はそこで僅かに途絶える......
セラの吹き飛ばされる軌跡を見て、 アランが即座に突進する。
「っ……!」
彼の動きも悪くはなかった......
だが——
ジルヴァンの姿が、視界から消えた。
アランは頭が真っ白になる。
次に彼が “視認” できた時には——
—— ジルヴァンはすでに、アランの背後に立っていた。
「……っ!?」
アランが振り向く。だが、遅い。
ジルヴァンの肘が、 側頭部にめり込んだ。
────ガッ!!
視界が砕けるような衝撃が走り、意識が霞む。
プライドと膝が一撃にして崩れる。
そこへ、エスメラルダの凍結した剣が振り下ろされた。
「氷刃絶陣<グレイシャルエッジ>!」
凍てつく刃が、空間そのものを凍らせながら迫る。
しかし、ジルヴァンはそれを"跳躍"で避けた。
エスメラルダの背筋に冷たい汗が流れる。
「まァまァ、3人がかりでこれじゃあ、話にならないネェ?」
ジルヴァンが、涼しげに息を吐いた。
「さて、エウラ頼むよぉ!!」
────
エリオスは傷ついた身体を引きずりながら、エウラと対峙していた。
エウラは、ただ"観測するように"彼を見つめている。
彼女には"戦意"がない。
いや、そもそも"戦う"という概念が欠落しているのかもしれない。
「……揺れてる」
エウラが静かに呟く。
視線はややエリオスの上を見ている。
エリオスは肩で息をしながら、剣を握り直した。
(……このままでは、勝てない)
圧倒的な膂力、異常な速度、そして龍種の魔力を帯びた炎。
基礎魔力、使用する魔法、全てにおいて
────"規格外"
エリオスは対抗すべく、自分の魔法を"観察"した。
エリオスの魔法は、魔力の流れを遅らせる魔法。
それなら、より指向性を持たせて極限まで減速させることだって──
その時だった。
エウラが、一瞬だけ"わずかに"笑った。
「……楽しい?」
次の瞬間。
彼女の掌から、新たな"蒼白い炎"が溢れ出した。
──それは、"死霧"のような魔法だった。
エリオスの本能が、"これに触れてはならない"と叫ぶ。
そして、エウラの指がエリオスに向けら、
彼女の笑みが、青白い光に照らされる。
その指先が、静かに──
──エリオスを指さした。
その瞬間、彼の視界が暗転した。
耳鳴りがする。
意識が揺れる。
──体の奥から、制御できない何かがせりあがる感覚。
それは不可視だが確かにあふれている感覚がある。
赤い帳が急速に晴れ、青い炎は小さい手の中で虚しく消える。
────全員の魔法が、瞬間的に"使用不能"に陥る。
「っ……!?」
ジルヴァン、エウラ、セラ、エスメラルダ。
全員の動きが、一瞬だけ止まった。
──それは、エリオスの"暴走"によるものだった。
「……な、に?」
エウラが、一瞬だけ困惑したように呟く。
エリオスは、膝をついて倒れる。
遂に限界の向こう側へ────────
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