第17話 庶民と策謀
戦場の空気は既に "全面戦争"と化していた 。
小高い丘の上から見下ろす、巨大な城郭──シュタルク要塞。
黒煙がいくつもの柱を作り、要塞の各所から吹き上がっている。
崩れかけた城壁、半壊した防衛塔、破城しようとする魔物の群れ。
それでも──要塞は"まだ"持ちこたえていた。
荒野に広がる巨大な三段要塞。
万にも迫る魔物を飲み込みながら、いまだ陥落せずに耐え続けている。
第三城壁と要塞の象徴たる大天守閣ヴァルディアの塔は
激戦の只中にありながらも、決して煙を上げない。
──だが、今ここで決まる。
要塞が持つか、それとも沈むか。
「──いいか、"今から"が正念場だ」
ガルヴァンの低く響く声が、
丘の上に陣取る第一連隊の兵たちを引き締める。
彼の背後ではヴィンセントが広げた地図を睨み、状況を把握していた。
ヴィンセントは、要塞の構造と戦況を見ながら指示を出していく。
エリオスも、図上の要塞を見つめながら、
これからの戦いを思い描いた。
「作戦は四隊に分かれて行動する」
ヴィンセントが各隊の編成を示す。
「要塞が持つかどうかは、この地点での防衛次第だ」
ガルヴァンは地図上の第三城壁を指し示しながら、低く言い放った。
「この地点が突破されれば、敵の戦力は中央部に集結して
戦線は一気に崩壊する」
ヴィンセントの言葉に、ガルヴァンも深く頷く。
「人間なら躊躇いや命の概念があるが、魔物にはそれがない。
"積み重なった屍"すらも壁にして進軍するのが奴らだ」
「......数が揃えば揃うほど、前線が押し上げられるってこと、ね」
地図を見ながらセラが呟く。
「だが所詮魔物だ。奴らには人間ほどの知性はない。
ワラワラと集まるならそれだけ戦闘正面が縮まるってワケ」
ヴィンセントの視線はガルヴァンに向く。
「──ああ、分かってる。引き受けよう」
ヴィンセントは軽く頷く。
この任務でガルヴァン隊は、
最前線で魔物の猛攻を受け止める役割を担う。
"最も過酷な戦場" になることは、誰の目にも明らかだった。
「──エリオスはこっち。天守閣へ向かうわよ」
セラが地図を指さし、さらりと言い放った。
「……俺が?」
「そう。貴族の援護任務なんて、"君" に向いてるでしょ?」
軽い口調に聞こえたが、
その瞳は冗談を言っているようには見えなかった。
そう、セラがエリオスをこの隊に入れた理由は、
決して単なる適性ではなかった。
天守閣には、ロールスロイス家の"指揮権"がある。
つまり、王都貴族にとって "軍がどういう存在か" を象徴する場所。
それを守る戦いに、エリオスを引き込もうとしている──
第二隊、セラ隊にはエリオスが、
それに加えて案内として伝令官カウフマンが同行することに
「......となると、ヴィンセント。
お前にはその"二つ名"通りの活躍をしてもらうしかないな」
ガルヴァンが豪快に笑う。
「誰かが勝手につけたんだろ!」
第三隊は広域殲滅魔法を得意とする者を集め、
さらに"灰燼の賢者" ヴィンセント・グリードによる
大規模殲滅魔法によって敵の効果的殲滅・攪乱・支援を実施する。
第四隊は"深淵黒蛇アビス・ヴァイパー"が
戦場に介入しないかの監視と、要塞外部の未だに到来する魔物を
可能な限り足止めし、奇襲の阻止を行う。
また敵の動向次第では要塞内への突入も視野とし、レオンが参加。
「新人にしてはあまりにも判断がシビアすぎる気がする──」
「例の蛇さえ来なければ一番安全なんだぜ?」
レオンのボヤキにヴィンセントは軽快に答える。
ここでエリオスが口を開く。
「上空から直接大天守閣ヴァルディアの塔に向かうのは
不可能なのか?」
エリオスの疑問に、ヴィンセントが首を横に振る。
「いい質問だが、答えは"不可能"だ。
上空からの侵入は、"天空大結界シュトラール・シルト"によって
防がれている。
よく要塞の上を見てみろ──」
エリオスは、城壁の上空に揺らめく魔法の波を見上げた。
それは、まるで天空に輝く薄い虹の波紋がベール状となり、
要塞全体を覆っていたのだ......。
「"シュトラール・シルト"、ロールスロイス公爵家の誇りだ」
「飛行での強襲を許さない……ってことか」
「そういうことだ。この要塞は"地上戦"でしか落とせない」
────────────
──作戦開始前、丘の上で準備を整えるエリオスの元へ、
伝令官カウフマンが歩み寄る。
彼の鎧にはロールスロイス公爵家の紋章が刻まれ、
すでに戦場の塵を浴びていた。
彼の表情には、長年戦場を渡り歩いてきた者
特有の厳しさと冷静さが滲んでいる。
「……少し、時間をもらおうか」
カウフマンの声は低く、しかしどこか試すような響きがある。
「何か?」
エリオスは彼を見やる。
「私はロールスロイス公爵家直属の伝令官として、
この戦場を預かる者だ」
カウフマンの鋭い眼光がエリオスを射抜く。
「君が"庶民"だったことは知っている。
……いや、アルサメルの貴族なら誰もが知っていることだろう」
その言葉の裏には、無言の問いが込められていた。
『お前はそれを理解しているのか?』と。
エリオスは無言のまま応じた。
「君が天守閣へ向かうということは、"指揮権"に触れることになる」
カウフマンは地図を示しながら続ける。
「ロールスロイス家は、貴族主義の象徴。
その中枢に"外部の者"が関与することを、
快く思わない者も少なくない」
エリオスの目がわずかに細まる。
「"指揮権"……?」
「詳しくは言えない。だが、指揮権は"貴族の意志"だ」
カウフマンの表情が硬くなる。
「そして、それに触れるということは、
戦争が終わった後に"貴族の政治"に関わることを意味する」
エリオスは眉をひそめた。
「ここまで来て......俺はただ戦いに来ただけだ」
「ならば、そのまま"剣だけを振るう者"でいるべきだ」
カウフマンの視線は険しい。
「だが、戦場において"指揮権"に関与するということは、
君が思っている以上に重大な事態だ。
ましてや君は、ラグナディア公爵家の"婚約者"で"血統無し"──」
その言葉に、エリオスの眉がわずかに動く。
カウフマンはなおも続ける。
「"指揮権"とは、単なる戦場の権限ではない。
この戦いの勝敗、その後の戦後処理……すべての決断に関わるものだ。
君がそこに関与することが、何を意味するか理解しているのか?」
エリオスは沈黙した。
戦場の空気に飲まれることはなかったが、
"貴族の戦い"という概念は、彼にとってまだ未知の領域だった。
「……それでも、俺は戦うだけだ」
「そうか」
カウフマンは一歩引き、冷ややかな笑みを浮かべる。
「ならば"指揮権"には触れないで欲しい」
それだけを言い残し、彼は踵を返す。
その背中を見送りながら、エリオスはわずかに拳を握った。
("指揮権"……それが、何を意味する?)
戦場に立つことと、"貴族の世界に関わること"は違う。
しかし、今の彼にとって、
その線引きはあまりにも曖昧だった。
────────────
各隊の兵が、それぞれの部隊へと別れていく。
遠くから聞こえる魔物の咆哮に、誰もが剣の柄を握りしめた。
エリオスは、セラの隣で要塞を見据えながら、静かに息を吐いた。
ヴィンセントが、ふとエリオスの背中を見て微笑む。
(───お前さんはラグナディア公爵家の婚約者だ。それも元"庶民")
(そんな男が、あの無駄に"気高い"
ロールスロイス家の"指揮権"に触れる……)
──面白いことになるぜ
─────戦場が、動き出した。
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