第12話 弱点
要塞都市バラウータを出発。
通常であればあまりに早すぎる初任務が下された。
それは
──偵察任務。
戦場に立つ者としての、最初の試練。
ラグナディア公爵家の管轄領内において、
ここ半年、魔物の異常発生が続いており、一部地域では交易すら止まっている。
他連隊に任せるにしては出没する魔物の危険度が高いため、
第一連隊に回ってきたのだ。
そしてその実態と現状を確認し、可能であれば討伐する。
──それが任務の目的だった。
「50名を選抜し、小隊に分けて各地を探索する」
ガルヴァンの指示の下、小隊規模に分散する。
エリオスは、第一連隊 副隊長 セラ・フォーグレイヴ、
若手のレオン・ヴァルクレストとともに行動することになった。
──実戦が全てであり、階級なぞ関係ない。
それが蒼鋼隊アズールヴァンガードのやり方だった。
陽は傾き始め、紅く染まった空の下、
長く伸びた影が草の波間を揺らし、岩肌に淡い橙色の光を落とす。
風が吹けば草の穂先が靡き、隙間から灰色の岩が顔を覗かせた。
「ねぇ、君さ……実戦って、初めて?」
唐突に、セラ・フォーグレイヴが覗き込むようにエリオスに話しかける。
黒髪の隙間から覗く瞳は、どこか無邪気な興味を孕んでいる。
「魔物とかなら初めてじゃないかな」
「村だとやっぱり"火蜥蜴バルマンダー"とかかなぁ?」
「アイツは燃えるから厄介だったな」
「ふふ、確かに......
そうだそうだ、血顎猪ブラッドボアとかは──」
セラの質問は止まらない。
特に倒してきた魔物、どこで倒した、その後どうした、食べたのか等......
不気味さに拍車がかかっていた。
「じゃぁさじゃぁさ、君ってさ、どうやってそれを倒──」
「……ええ、副隊長。その辺で」
レオンが横から口を挟んだ。
「あんまり質問攻めにすると、新入りが困ります」
「そう? でも、気になるんだよね……
君、"違和感"があるから」
「……。」
エリオスは、軽く肩をすくめた。
質問の意図は何となく分かる。
("違和感"、か)
王都でも"異質"として扱われていた男だ。
そしてどうやら軍の中でも、それは変わらないらしい。
「多分その力、"無意識"で出ちゃってるでしょ。
危ないよ、それだと──」
「……副隊長、その辺で」
再びレオンが割り込む。
セラは肩をすくめ、口元にわずかな笑みを浮かべる。
エリオスも軽く笑い、受け流した。
セラの言葉の端々には、"悪意"は感じられないが、
その代わりに何か経験に基づく"含み"があった。
────────────
村の入口に辿り着いた時、三人の足が止まる。
「……これは酷いな」
レオンが低く呟いた。
村の家々は朽ち、壁には無数の傷跡が刻まれていた。
草は枯れ果て、黒い液体がが地面に点々と残る。
しかし、単なる黒ではない。
陽の光が当たるとその表面には鈍い金属のような光沢と、
青とも紫ともつかない虹色の筋が波紋のように乗っている。
「ふぅん、人の"気配"がないね」
セラが、周囲をキョロキョロと見渡しながら言った。
「ここ最近、強力な魔物が出没していたんでしょ?
住民は駄目だと思うけどなぁ」
セラの言葉に頷くレオン。
レオンを先頭にエリオス、セラの順番で村の様子を探る。
「……遺体もないな」
エリオスが、足元に転がる何かを蹴る。
動物の骨だ。だが、それすらも不自然に"腐食"しているように見えた。
「ふふ、この"黒い液体"、君、何かわかる?」
セラは先ほどの液体を両手ですくってエリオスに見せる。
「い、いや、分からない......」
「ふふ、多分これ"血"だとおもうなぁ」
「血......?いや、何の?」
「まだ言わない、確信できないから......」
どうしてか、にやりと笑う。
レオンは呆れている。
この状況も不気味だが、セラも相応に不気味である。
家々の壁は崩れ、屋根の一部は黒く焦げている。
扉が外れたまま放置された家屋の中を覗くと、乱雑に散らばる家具、壊れた食器、
倒れた椅子が薄暗い部屋の中に沈黙を作り出していた。
「とりあえず、村の中央に向かおう」
レオンの言葉にエリオスが頷き、セラはどこか他所を見ている。
「副隊長、行きますよ?」
セラは視線を動かさないまま、こくりと頷き歩みを再開させた。
やがて、村の中央にはかつて井戸だったらしい石造りの構造物が見える。
エリオスが近づいて覗き込む。
底の水はすでに干上がっており、
こびりついた黒ずんだ汚れが奇妙な模様を作り出していた。
「……村が襲われたのは、一週間以上前ってところか」
エリオスは井戸の縁に触れながら言う。
「どうしてそう思うの?」
セラが首を傾げる。
「家の中を見た感じだが、腐った食糧の匂いがほとんどしない。
残飯や保存食は既に風化し始めているし、
水も完全に蒸発していて、人が長く住んでいた痕跡が薄いな」
「つまり、ここは"襲われて放棄された"ってこと?」
「放棄されたならいいけどな......」
最悪──の事態すら考えられる。
第一連隊にあてがわれる任務はまさに"災厄級"しかないのだろう。
「......いや、放棄の線は薄いと思うな」
レオンが周囲を見渡しながら補足する。
「逃げるにしてもだ。
もっと荷物を持ち出した形跡があるはずだ」
確かにレオンの言うとおりであった。
朽ちてはいるが、台車や荷車などが使われている形跡はない。
「ナマモノだけがすっかりと無くなってる訳だ......」
エリオスの第六感は最大音量で危険を知らせている。
「レオン、副隊長、ここは一度立て直し──」
言いかけた瞬間。
──ズズ……
何かが、遠くの瓦礫の影で蠢いた。
「クソッ、待ち伏せか!?」
レオンが双剣の柄に手をかける。
「へぇ、君、"運"はあんまり良くないんだね」
セラは相変わらず表情を崩さない。
次の瞬間。
──ズガァァン!!
破壊された家屋の影から、漆黒の影が"飛び出した"
「ッ──!!」
轟音と共に材木を両断し、圧し砕く"漆黒の爪"。
外骨格の表面は鈍い紫色の光を反射し、
脈動する赤黒い筋が装甲の隙間を埋めるように這っている。
ギギギ……ギギィ……
体表が脈動するたびに削れ、擦り合う不快な響きは、
さながら獣の唸り声にも似ていた。
レオンも流石に顔が引き攣る。
「これは流石に......不味い──」
"呪鎧魔獣ダンダリオン"
エリオスにとっては、最悪の相性だった......。
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