月夜に兵士は何を見る

小鮫鶲ハル

第1話 あの日

あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 ――ざくり、とした感覚で気絶していた彼は目覚めた。恐らく体をなにかで刺されたのだろう。


(これが、走馬灯なのか

 ・・・・・・いや、違うな)


 1度目は、初めて戦場に来た時。

 2度目は、目の前で人が殺された時。

 3度目は、魔族によって左手を失った時。

 4度目は、魔物の襲撃を受けて軍が壊滅した時。

 5度目は、初めて魔族を殺した時。

 6度目は、戦友ともを失った時。

 7度目は、魔族に内通していた味方を殺した時。

 8度目は、残されたたった一人の家族――母を殺された時。


 その時の感情が悲しみだったのか、怒りだったのかはわからない。


「ショウ!! 死ぬな生きろ!! 立て!!」


 その場にいた彼の――ショウの戦友が叫ぶ。


 あの夢の日――初めは国同士の戦争だった。

 戦場となった地は龍の縄張り。龍というのはすべての魔族魔物を従える魔王。

 魔族というのは、ある程度の知能を持つ人形の魔物である。


 人類は魔王の怒りを買った。というのも、龍は大昔にその地に光魔法を使う勇者によって封印されていた。

 封印を解く死霊魔術に必要なものは、対象の存在に見合う量の血。戦争によって多量の血が大地に染み渡った結果、龍を信仰する魔王教の死霊魔術師によって龍は復活したのだ。


 永い間封印させられた龍の怒りの矛先は勇者――人類へと向いた。

 ショウの住んでいた村は比較的龍の縄張りに近く、封印が解けたその日に魔族と魔物の魔王軍による襲撃を受けた。

 その時に父は母とショウが逃げる時間を稼ぐために、村の男達と共に立ち向かった。


 それから数日もせずに、戦争していた国を始めとした国々は結託し魔王軍と戦うことを決め、十数万人の連合軍を派遣した。対する魔王軍は、多くて魔物五万体、魔族千人弱。

 軍の中には国を代表するほどの強さをもった騎士や魔法使いがいたため、人類側の勝利は確実と思われていた。


 しかし、その思想とは裏腹に連合軍は大敗した。敗因はまさに実力差であった。

 魔王軍側は人類を勇者しか知らない。故に人類の強さを過大評価し、力を蓄えてきた。

 だが人類はどうだろうか。大昔に勇者が魔王を封印したという栄光にすがって、魔王軍と戦う訓練などは行わなかった。


 すぐに志願兵が募集されたが、戦いの結果を知ったショウを含めた人々はそれを拒否した。

 だが、そんな時に一つの噂が流れた。


「魔王軍は対峙した人々、抵抗した人々を捕らえ奴隷のように扱っている」


 と。その時、ショウは思った。


(もしかすると父さんが、村のみんながまだ生きているのかもしれない・・・・・・!!)


 母の心配を押し切り、無理やりショウは志願兵となった。父がまだ生きているかもしれないという希望が、ショウの原動力となった。

 昔から農作業などで体を鍛えていたおかげか、初めての戦いではそれなりの武功を上げることができた。


 その日から何度もあの日の夢を思い出したが、そのたびにそれがショウの更に強い原動力となった。

 その後、ショウは前線近くの砦に配属された。


 そして今、その砦は魔王軍の攻撃を受け、ショウはまたその夢を見たのだ。



 ゆっくりと目を開いた。

 今、ショウを含めた兵達は援軍が来るまでの間、砦を死守するために砦の外の平地で防衛にあたっている。


 自分の腹には矢が刺さっている。が、鎧のお陰で思ったよりも深くないようだ。

 両足と右手は問題なく動く。しかし、左手――義手の魔道具だけは動かなかった。

 魔道具というのは魔石で動く道具。魔石の中の魔力がなくなると動かなくなってしまうのだ。

 片手剣であれば右手だけでも扱うことができるが、ショウの武器は大剣。両手で扱うことを前提とした武器だった。


(俺達が相手にしている敵は魔族一人と猪の魔物五体。うち一体は絶命している。そこから魔石を取るしかないな)


「ジン。十秒稼げるか?」


「ショウ・・・・・・!! 分かった。任せておけ!」


 戦友――ジンが答える。彼の武器はいわゆるバトルアックスと呼ばれる斧で、その破壊力は凄まじい。


 ショウは魔物の死体に向かって駆けた。

 大剣を持って走るのは流石に厳しいため、置いてきた。そのため、今持っている武器は腰の短剣のみである。


「おっと魔族さんよ。あんたの敵は俺だぜ?」


 ショウに気づいた魔族に対してジンが牽制する。魔物も魔族の指示を待っている状態だ。


 魔物の死体を切り裂いて、心臓の位置にある魔石を取り出し義手に差し込む。

 元から入っていた使用済みの魔石が押し出されコツンという音が鳴った。


「ショウッ! 後ろ!!」


「ッ!?」


 振り向くと目の前にある魔物の顔に対して反射的に左手で短剣を刺す。

 しかし、短剣が刺さる直前に魔物は口を開いたらしく、左手の肘辺りまでが飲み込まれていた。

 魔物も剣が喉奥に刺されてかなりのダメージを負っているはずだが、口の力を弱める気配は無い。

 唯一の救いは、義手だから痛みは感じないということだ。


 しかし、このままでは他の魔物に襲われてしまう。

 この時、ショウの思考力は極限に達した。


 右を見るとジンと槍を持った魔族が戦いを繰り広げている。

 一見すると互角に見えるが、二人の表情は全く違う。魔族は涼しい顔をしているのに対して、ジンの体には少しずつ傷が増えており、そのせいで顔からは汗がドバドバと流れ出ている。


 その時、ショウの頭の中に義手を作ってくれた魔道具師の言葉が浮かんだ。


「杖と魔道具、特に義手の魔道具っていうのは本質的には同じなのさ。

 杖がないと魔法が使えないのはしっているだろう?

 魔法を使う時に杖を使う理由は、杖にはめ込まれている魔石が自分の持つ魔力を魔法に変換するからだ。

 義手の魔道具も魔石がはめ込まれているし、魔力を流すことも可能だから、自分がその気になれば多分魔法を使えるんじゃないかな〜」


 当時は軽く聞き流していた話だが、今はそれに賭けるしかない。

 自分の魔法の属性なんて調べたことも無いが、行動を起こさないよりもマシだろう。


 かつて志願兵になる時に何度か教わったことを思い出しながら、魔力を義手に集中させる。

 感覚は無いはずなのに、ほんのりと義手が暖かくなったような気がした。

 その瞬間、義手からまばゆい光が溢れ出す。



――一本の光の柱が魔物の体を貫き、月夜を照らした。


 ――光属性。かつての勇者と同じ属性。

 その名を知らぬ者はおらず、その光は魔族魔物に対して驚異的な力を発する。


 兵や魔族・・・・・・彼らはその光を見た。


 魔族は皆、その光に恐怖した。これまで実際に見たことは無くとも、遺伝子レベルでその恐ろしさは染み込んでいるのだ。


 対して兵たちの反応はそれぞれ異なった。


 光を見て、伝説の勇者の再来と歓喜する者。

 何が起きたのかわからず困惑する者。

 ショウ自身も、何が起きたのかわからず困惑していた。


 ただ一つ言えることがあるというのなら、確かに今この瞬間、あの日人類は光を、






 ――希望を見た。





 月夜に兵士は何を見る(完)


追記

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