寂しい帰宅




 いつもは聖祭節せいさいせつが終わって魔国に来ると、兄二人が出迎えてくれる。だが、今年はそれはない。


 兄が長い時間をかけて計画していた奴隷市掃討作戦は成功し、現在はその後処理で大忙しだと聞いている。だが、寂しい。


「ほら、礼竜らいりょうさま。お邸で待っていれば、空いた時間に会いに来てくださるとのお手紙もありますし……ね?」

 ライオルは手紙を目の前に広げて見せて、なんとか帰路につかせる。


 エルベット王国は、【エルベット連峰】と呼ばれるこの辺りでは他にない、高い山々の上にある。どういう山かというと、【雪山登山のプロが帰ってこない山】だ。

 通常、こういった場所に人は登れない。登山技術と魔力で人や物資を安全に運んでくれる、通称【運び屋】が居て、初めて行き来できる。


 もっとも、王族の魔力があれば、運び屋などいなくても平気で行き来できる。礼竜も魔力を使って降りてきた。


 祖父が待っている。駆け寄って、

「お祖父様じいさま、僕、男らしいですよね? 女の子に見えませんよね?」


 遺伝病のせいとはいえ、色素がなく透き通る肌。銀糸のヴェールのような柔らかな髪。大きく丸い赤い瞳。何故か十三歳にもなるのに成長の兆しがないその姿は、どう見ても絶世の美少女だ。


 声変わりもしていない可愛い声で必死に言われ、ライオルに押し付けて逃げていた祖父は今度こそ観念して孫を宥め始める。

 そうしている間にライオルの部隊が準備を済ませ、礼竜は祖父と一緒に馬車に乗る。ライオルは騎乗して馬車に並行していた。


 礼竜が座る場所は、背もたれが大きく後ろに倒れている。隙間に特製のクッションが入っている。


 背中の呪いの傷はただでさえ激痛だが、何かが触れると更に痛い。このクッションは背中に何も触れないように作ってもらった特注品だ。エルベットの王城の邸にも、魔国の母の邸にも山のように置いてある。


 近衛騎士団の警護の元、住んでいるエリシア邸に着く。兄の邸は、今は安全な人間とそうでない人間が混ざっているために来ないように言われている。

「では、俺はこれで。

 礼竜らいりょうさま。丁鳩ていきゅうさまたちは、必ずいらっしゃいますからお待ちくださいね」

 言い残してライオルが去っていく。ライオルはこの後、兄に会う。リディシアからの文を預かっているのだ。


 ライオルは近衛騎士団でも出世頭と言われるくらいの実力者だ。荒事にも耐えられる。

(イオルくらい強かったら、兄様たちも、僕に仕事を任せてくれるのかな……)

 じっと、小さくなる後ろ姿を見つめていると、祖父が邸に入るように促す。


 すぐに、乳母の次に苦手な侍女頭が出迎えた。後ろでは、安心しろとメリナが笑顔を浮かべている。


(兄様たちがいらっしゃるから、お菓子を作って待とう)

 まずは典医の診察だと侍女頭が怒っていたが、聞こえないふりをしてお菓子を作るべく厨房へ入った。




◆◇◆◇◆



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