第5話 奇襲

「おはよう」


 見慣れた天井を見る。昨日と変わらない景色を見ながら、眼をこする。


 あれだけ狼を倒したおかげか、睡眠を邪魔されることはなかった。今の時間は朝四時か五時ぐらいだと思う。


 身を起こして、魔石の付与を練習する。昨日と同じように魔石を手に取り、炎を考える。ツタの上に座りつつ、付与を行なう。


「あつっ」


 魔石の表面が燃え始め、熱さで手を放してしまった。燃え続けて塵になった魔石を見つめる。


「物体に付与ができるなら、自分の体にもできるんじゃないか?」


 手に斬撃を纏わせて、これは手刀だ、とか。めっちゃかっこいい。とりあえず、指に炎耐性を付与してみる。


「お?」


 炎耐性のある指で魔石を付与した。気持ちのいい温かさ。


「すごいなこれ」


 付与のすごさを実感する中、ふと思った。


「あれ? これって失敗したらどうなるんだ?」


 付与に失敗した魔石は崩れてバラバラになったが、人体だとどうなる? 人体も粉々になるのか? もしそうだとしたら、軽い気持ちでやるべきではない。やるとしても、最後に追い詰められた時だろう。


「危なかった」


 手始めに指に付与したのは正解だった。全身にやっていたら、そのまま即死していただろう。冷や汗をかきつつ、魔石を使っての付与の修行を続ける。


「二重に付与はまだできないか」


 手のひらの上でぼろぼろになった魔石を眺める。白い炎が発火するイメージと、爆音がなるように破裂の付与を同時に行った。できそうな手ごたえはあるが、なかなかに難しい。


 魔石をすべて消費するまで、黙々と付与の練習を続けた。手の上で次々に砕け散る魔石。それでも、少しずつコツを掴んでいる気がする。


「ふぅ……」


 額の汗を手の甲でぬぐう。指先にはじんわりとした感覚が残っている。練習の成果が出るまではまだ時間がかかりそうだ。


「さっぱりするか」


 お風呂に入りたくなってきた。昨日は狼と戦うばかりで疲れたし。


 ダンジョンの外へと続く道を辿る。壊れた自動ドアから出ると、灰色の空が広がっていた。小粒の雨が静かに降り注いでいる。ひんやりとした雨粒が肌に触れ、心地よい冷たさが広がる。


 人もモンスターも今日は少ない。嵐の前の静けさのような、そんな感じがする。まるでこれから人類が終わるような、そんな予感が。


 さっぱりとした後、僕はダンジョンの二階に来ていた。フードコードの中心で座禅を組む。テーブルの上に座り、瞑想を開始する。


 たまに、フードコート前の通路を違法探索者達が通る。政府の管理を受けず、自己責任でダンジョンに潜る者達だ。僕も違法探索者という分類になる。健康上の理由で探索者ギルドに加入できなかった。いずれ、モンスターになってしまうし。


 正規の探索者と違法探索者達は見分けがつく。高価な対浸蝕装備をしていないのが違法探索者だ。そんな彼らは、座禅を組む姿見て、奇異の目を向けてくる。まるで正気を疑っているかのように。確かに、狼がひしめくダンジョンで瞑想するのはかなりやばい。


「でも、実際に効果あるし」


 恥ずかしさを紛らわすように、瞑想を続ける。ダンジョンの中心に近づいたからか、修行の成果が出てきたのか、より深く力の流れを探ることができるようになった。


 力を汲み取り、その力で指先を付与する。この付与は剥がすことができる。付与を掛けるより簡単に。炎のイメージを思い浮かべながら指に付与しては消していく。指だけなら失敗せずにできるようになった。慎重にやっているからか、汗が止まらない。汗をぬぐおうとした時、気づいた。


「来てる」


 彼らだ。なんとなくだけどわかる。襲い掛かってきたやつらがこのダンジョンに入ってきた。


 テーブルから下りて、靴に手を伸ばす。静音化の付与。付与を繰り返してきたことでできることの幅が広がってきた。レベルが上がったからだろうか。


 二階から一階へ移動し、後を追う。店舗の影に身を潜め、そっと視線を向ける。

 

 そこにいたのは三人の男だった。前回見た時より数が減っている。


 彼らの動きは早い。まるでこのダンジョンの構造を把握しているかのように、一直線に目的地を目指しているようだった。階の狭間にあるエスカレーターを使って、階を進めている。


 狼が襲い掛かってくるが、彼らのリーダーを起点として黒い渦が出現し、地面に狼が吸い込まれていく。


「異能だ」


 ダンジョンが出現してから、人に多くの変化を与えた。異能もその一つ。


 地面に広がった黒い渦に彼らは飛び込み、やがて戻ってきた。倒して得たであろう魔石を袋に詰めて、先に進んでいる。


 二階から三階へ進んでいる。彼らは攻略を目指して動いているのは明白だ。昨日来なかったのは、準備を進めていたからか。ダンジョン撃破で僕を狙い撃ちにする気なのか。考えがとりとめもなく広がる。


 いずれにしても、このままじゃ殺されるだけだ。


 奇襲が成功しそうなやつに当たりを付けた。四階へ向かうエスカレーターの前で、彼らは立ち止まっている。


 奇襲するなら今だ。僕は靴に付与した静音化を確認し、慎重に距離を詰めた。男の背後、死角に入る。


 息を殺し、素早く間合いを詰める。男が声を上げるより先に、拳を振り下ろした。鈍い音が響く。頭部に直撃した一撃に、男の意識は落ちる。


 迷わずに倒れた男のボウガンを拾い、リーダーに向けてトリガーを引いた。


「ワァンルームッッ!」


 空間系の異能が発動し、矢は渦に飲み込まれ消えていった。


 リーダーの口元が歪む。


「二度目はねぇって言っただろ」


 大声を上げて戦いの構えを取る男に、僕もボウガンを捨てて拳を握る。

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