Paradox of LOVE

眞壁 暁大

第1話

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 経験したことがないのに、目覚めれば寝汗でぐっしょりと寝床は濡れている。

 震えも止まらないが、その震えがまだ自分が生きていることを思い出させてくれる。

 それで少しずつ気持ちが落ち着くうちに、侍女が駆けつける。


 経験はしたことがなくても、何度も繰り返し読み、暗唱することすら出来るくらいに刻みつけられた光景。大好きな「やろう系」小説のクライマックスシーン。


 不安げな侍女に礼を言い、私は寝台から立ち上がる。

 転生した悪役令嬢にふさわしいツラと意匠を盛るべく、侍女に加勢を命じながら、傍らの洗面器で顔を洗う。

(目覚めてすぐに化粧しなければならないなんて、書いてなかった)

 愚痴ってもしょうがないのは分かっている。それでも何度目になるか分からぬ愚痴を、表情マッサージするふりをして、モゴモゴと口を動かして気取られぬように吐いた。


      *   *   *   *   *


 エンターテインメントを生活にすべきではない。


 この世界に転生して分かったのはそのことだった。

 幸いなことにこの世界は知っている。いちばん気に入っていて何度も読み返した「やろう系」の小説の世界だ。


 下剋上のヒロイン、真っ直ぐな主人公、そして大団円。


 当たり前で定番の展開だが、変化球ばかり偏食していた当時の私には心地よかった。ヒロインのライバル役、主人公の婚約者であるキャラがベタでとても良かった。強いようでどこか抜けている、憎めない雰囲気のキャラだったのだが、(これもまた定番らしく)ヒロインと主人公がくっつく時についでに処されて退場している。


 そんな物語の都合で殺されたライバル役に、転生してしまった。


 ライバル役の造形。それ自体は問題ない。

 だいたいその小説の肝心の部分はヒロインと主人公、その二人のラブロマンスでありそれ以外のすべては、二人を盛り上げるための装置にすぎない。だから私も、ライバルの令嬢が処されたときには「え、扱い軽くね?」とは思ったもののそこまで引っかかりはしなかった。

 しかし自分がじっさいにその「軽く処された側のライバル」に転生してしまうとそうも言っていられない。

 エンタメなら問題ないが、じっさいの生活者として考えると、主人公とヒロイン、すなわち王子と新たな王女の御成婚にあたり前婚約者、つまり私が処されるというのは物騒極まりない。


 御成婚を阻止するつもりはないが、死ぬのもゴメンだ。

 この世界に転生してすぐに、私は生き残りを最優先することを生活の指針とした。


      *   *   *   *   *


 エンターテインメントを生活にすべきではない。

 そのことは婚約破棄にいたるめんどくささを知り、思い知らされた。 

元婚約者として言うが、主人公は悪いやつではない。ヒロインも悪いやつではない。

 気に入っている。作中でもそうだし、この世界に転生してからもその評価は変わることはない。


 そんな二人に狼藉を働いたのも作中の私である。どうかしている。

 どうかしているが、それが作中で私に求められている役回りである。だからなるべくこの世界を壊したくない私もそのときの行為をトレスすれば良いのだが、どうもそれだけでは婚約破棄に至るには軽すぎるようだった。

 作中では私は「ヒロインの財物を毀損し、主人公の前で恥をかかせた」のだが、この世界、それしきのことで婚約破棄にまでは至らないのが慣例だった。

 将来の王妃としてふさわしからぬ振舞いではあるものの、さいわいにしてまだ若く将来のある婚約者に苛烈な処分を下すのは王族の器量を疑われる。

 よってこのような場合は、最大でも後に解除されることが決まっている謹慎処分が下されるのが通例。


 なのに、作中では私は処された。


 そこの矛盾について頭を捻っていると、侍女に

「婚約破棄のうえ処刑となると、それはもう謀反しかありませんわ。くわばらくわばら」

と顔を青ざめさせながら、空恐ろしいことを言わないでくださいお嬢様、と窘められた。

「そもそもお嬢様、誰かの財物を毀損などいたしたのですか?」


 それだ。

 まだ何もやってない。だからこそ悩ましい。

(ひょっとしたら)

 実際に作中で描写されていたヒロインへの嫌がらせにくわえ、私を処すためになにか適当に罪状をでっち上げたのかもしれないが、そうなると、である。


「謀反など起こそうものなら、お家が断絶しますわ。もちろん私もともに処されてしまいます」


 とは侍女の弁。

 作中に描写がなかったが、私が退場の都合で処された時に私の家も、もろともに処分されていたのだろう。書かれていなかった以上想像でしかないが、中に入って生きている感触から言うと、そうなる危険性は濃厚と思われた。


 転生後の今の生活は気に入っている。

 自分一人で済むのならまあ、ヒロインと主人公のために処されるのも吝かではない。だいたい、すでに死んでいるわけだし。

 しかし、侍女や両親、その他もろもろの人々まで刑場の露と消えるのはしのびない。ぽっと出の転生悪役令嬢でもその程度の情は移るもの。


 どうにかして上手い着地点はないものか。そのことばかり思い悩む日が続いた。


      *   *   *   *   *


 処刑される日の夢を見るたびに、ともに磔にされる者が増えていく。

 いずれもこの世界に転生してから知り合った顔ぶればかり。

 それはそうだ。ライバル役として設定されていた私だが、その私を取り巻く人物の描写など小説にはなかった。いつも付かず離れずの侍女が一人と、セリフのみで登場する両親。以上。こんなもんである。

 ところが実際に生活してみるとなると、まあこれが多い多い。

 あれこれのしきたり、宮廷儀式や淑女教育のための先生が両手の指の数。

 屋敷の内外の維持整備のための奉公人・小間使い・そして侍女が顔も覚えきれないほど。

 父親の領地経営を支える官僚団(といっていいのか、家臣団という方がいいのかしら?)がこれもまた無数にいる。

 一国の王子である主人公と釣り合う「家格」となればこれくらいが当然なのかもしれないが、転生前はしがない庶民でしかなかった私には慣れるのも一大事の「家族の風景」だった。

 唯一の救いは小説内でも描写のあった侍女だけはある程度、私にもとっつきやすい存在であったこと。

 この世界の両親よりもずっと話しやすいこの侍女を死なせるのは本当に忍びないので、私は転生直後くらいの人生の指針だった

「ヒロインと主人公をくっつける(そのうえで、自分も処されず生き残る)」

 が揺らぎつつあった。

 私が悪事に手を染めなければ、ヒロインと主人公が接近するのを妨害しなければ処刑は回避できるはず。そうなると自然に私は主人公とくっつくことになるわけだが、それはしょうがない。ステキな目眩くラブロマンスは展開されないことは自分でもわかる。分かるがここはもはやエンターテインメントではないのだ。

 生活していく以上、生活者としての都合がある。


 現実の前に妥協して方針をあらためる。私はどこまでも品行方正に振る舞うことを侍女に誓い、より王子に相応しい、将来の王妃たらんとすべく、日々の勉学に邁進した。

 転生によって若さを取り戻していた私は、私の期待以上にメキメキと成績を上げ、周囲からも「王子に相応しい」と広く認められつつあった。


      *   *   *   *   *


 とはいえ。

 世界の流れというものには抗えないものなのだというのを私は思い知らされる。

 肝心の主人公が微塵もこちらに靡かない。

 分かってはいるが、キツい。

 上っ面は取り繕ってくれているが、結婚まではご遠慮したいというオーラがすごい。なら婚約なんかするんじゃねえよ、と言いたいところだがこの婚約を決めたのは王であり私の父親である。

 そして私の父親も王も慣例に従ったにすぎない。国内の諸派・貴族やら教会やらの力関係を見極めた結果、より安定をもたらすであろう縁戚を結ぶのが、今回は私と王子の婚姻だったというだけの話である。

 この辺の「世の中の仕組み」というのは昔世界史や日本史で習ったのと良く似ていて、「これ◯十年前に習ったところだ!」と合点がいくところも多かった。

 王子もそうした「世の中の仕組み」が分かっているから上辺は取り繕っているのだろう。婚約者(私)との不和が世に晒されたら、私に代わる后候補を送り込みたい諸派によって私は消しゴムで消すように処理されかねない。フワだけに。

 そうして不和不興のはてに私が消しゴムマジックされたところで、次の后候補が王子の想い人、すなわちヒロインである保証はない。というか可能性はずば抜けて薄い。家格が低すぎる。


 こうやって中の人になってみると、小説がありえないことばかりだと痛感する。

 だからこそエンターテインメントなのだが、生活していくには、あのご都合主義はあまりにも過酷。


 今回の謁見もまったく盛り上がらぬまま、私は城を後にする。

 冷めた結婚になることは覚悟していたが、始まる前から絶対零度記録してそうなのはさすがに無理。他になにか打開策はないか、私はふたたび頭を捻る。


      *   *   *   *   *


「本当に征かれるのですか」

 王子は以前とは打って変わった親愛を込めた表情と声音で尋ねてくる。

「ええ」

 私も以前よりはずっと本音に近い態度、この「やろう系」の読者だった頃の気持ちで明るく応じた。

 時間はかかってしまったけれども、私はそれなりに満足の行く答えを見つけられた、と思う。


 父を介して、私は王政改革を唆した。

 諸派・諸勢力のバランスに呻吟し続けるいまの王家の在り方は不安定であり、これを改善しなければならないと伝えたのだ。

 バランス均衡のための施策そのものである王家との婚姻について、まずこれを打破すればよい、と。

 もちろんすぐに受け入れられることはなかったが、私に転がせる相手はもう一人居る。

 王子をも唆して婚約の凍結、王家の意思に基づく婚姻をすべきだと伝えたのだ。姻戚関係による王家の間接支配を打破するために、自身の意志をつよく打ち出すべきだ、と。

 これまでの権力構造が揺れることになるから、騒動になることは間違いない。

 父もそれを懸念していたし、王子がヘタレればこの企ては容易に崩れる。しかし王子がヘタレることはないという確信が、私にはあった。


 あの小説の中で王子が示した愛の強さはどこまでも揺るがない。

 それはこの世界においても変わることはない。


 実際の婚約の凍結と破棄、あらためての婚約の発表までには長い時間がかかった。その間に父は亡くなり、王は引退を宣言している。権力の慣行が崩された諸派・諸勢力の蠢動はもはや止まらない。

 私は王の引退前の命に従い、亡父に新たに下賜された北方辺境へ赴く。


 めでたく婚約者に収まったヒロインが、王子のそばで不安げに私を見上げる。

 王都の戦乱は近い。生活してきたから、それは肌に感じられる。

 王子とヒロインを、この戦乱の中に残して都を去るのは心配ではあったけれども、二人ならばきっと生き抜くであろうという確信が、私にはある。


 それは小説を読んでいたから、それだけではなくて。

 ここで暮らしてきた年月の積み重ねが、二人との交流が、確信につながっている。


「強い人。優しい人。いずれまたこの場所で」


 私はこの世界の祈りの言葉を唱える。二人を抱きしめて。

 つづく祈りの言葉を二人は返すのを聞きながら

 (エンターテインメントの中で生活するのも、よいものね)

 そう感じていた。


 

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