とある令嬢の思惑(嫌な予感しかない)
真崎 奈南
とある令嬢の思惑(嫌な予感しかない)
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
夢の始まりはいつも木漏れ日の中。俺、レオリックは森の中の小道の途中で、ポツンと佇んでいる。
目の前に広がる景色には見覚えがある。学園の北側に広がるペレグリンの森で、許可なく入ってはいけないという決まりがある。
理由は明白。森は奥深く、迷子になる可能性がある上に、モンスターも生息しているからだ。上級生は授業で入ることがあるらしいけど、二年生になったばかりの俺はまだ踏み込んだことはない。
けれど、夢の中の俺は、躊躇いもなく森の中に入り、慣れた足取りで進んでいく。
モンスターの気配を感じながら、岩を乗り越え、しなだれた枝を避け、小川を飛び越えた先に、寂れた洋館が現れる。
すべてカーテンが閉じられているため、薄汚れた窓から室内の様子はうかがえない。
玄関を開けようとするが、ドアはぴくりとも動かない。
そこでいつも目が覚めるのだが、9回目の今回は違った。ドアが開いたのだ。
様子をうかがいながら洋館の中へ足を踏み入れると、すぐに誰かの気配を感じ取る。
怖さを覚えたのはほんの少しだけ。それよりも、どうせこれは夢だしという思いと、ずっと気になっていた洋館の正体を知る時がきたんだという好奇心や期待感で、心はいっぱいだった。
ゆっくりと、極力足音を立てずに、廊下を歩きだす。
この洋館はいったい何なんだ。何か面白いものが、隠されていないか?
部屋のドアが少しだけ開いていて、室内からぼそぼそと呟く人の声が聞こえる。
……この声、知っている。
確実に聞き覚えのある声に、心地よいだけだった緊張感が警戒心へと一気に変化する。
ドアの隙間からそっと中を覗き込むと、声の主……リリファ・ドレーヌの後ろ姿を視界にとらえた。
なんであいつがここにいる?
彼女は俺と同じ二年生で、クラスも同じ。友人たちは学年一可愛いくて優しいとお気に入りの様子だけど、俺はそれに一ミリも同意できない。
成績の順位はいつも上と下。俺の名前が一番上で彼女の名前が二番目だ。それが面白くないのか、彼女はなにかと手厳しく俺に突っかかってくる。
俺だって、けっこう頑張ってその成績を手にしているんだから、まじでやめてほしい。
期待していた夢の結末がこれか。
がっかりしたところで、彼女が佇んでいる部屋がキッチンだということに意識がいく。そして彼女が何かを作っていることにも。
「あの男、絶対に〇〇〇してやるわ」
遠くて言葉ははっきり聞こえないけど、声色から恨み節だろうことはなんとなく理解できた。
彼女はボウルの中の深緑色の液体を、泡だて器でがむしゃらにかき混ぜている。
なんだあの……おどろおどろしい液体は……。
調理台の上にはなにかの薬草や魔法薬の瓶がいくつも並んでいるため、料理をしているのではなく、実験中といったところだろう。
薬草や魔法薬の瓶から何を作っているのか知りたくなり、俺は忍び足で彼女に歩み寄る。後ろから覗き込もうとした瞬間、リリファ・ドレーヌが振り返り、茶色の瞳と目が合い――……そこで目が覚めた。
俺は勢いよく目を開けて、周りを見回す。ここは学園の中庭。ベンチに座って日向ぼっこをしていたら、いつの間にか眠っていたらしい。
「変な夢」
悪夢から目覚めたときのように、額に薄っすら汗がにじんでいる。
大きく息を吐き、くしゃくしゃと前髪をかき上げつつ、ベンチから立ち上がった時、声をかけられた。
「やっぱここにいた! レオリック!」
同じクラスの友人ふたりが俺に手を振りながら歩み寄ってくる。
「どうした? ……げっ」
ふたりの後ろにもうひとりいるのに気づいた瞬間、思わず声が出た。
なぜ、よりによって今、リリファ・ドレーヌがいるんだ。
友人ふたりは、にこにこ嬉しそうに俺の目の前までやってきた。
「俺たち、同じ班になったじゃん。それでリリファがさ……」
友人のうちのひとりがそう言って、リリファ・ドレーヌへ目配せする。すると、彼女が大きく一歩を踏み出し、前に出てきた。
「これ、作ってみたの。よかったら食べて」
言葉と共に差し出されたのは、透明の袋に入れられた二枚の焼き菓子……のようなもの。
二枚とも色が深緑色のため、どうしても夢の中で彼女が混ぜていたあの液体と重なり、つい頬が引きつる。
「もちろん俺たちももらったぞ。うまかった」
言われてハッとする。友人たちももらって食べているのなら、ちゃんとした焼き菓子なのだろう。
「そ、そっか。ありがとう」
失礼かと思い直し、すぐに俺はリリファ・ドレーヌから、焼き菓子を受け取ったが……。
「……あれ。レオリックのは色が濃いんだな」
続けての友人の発言に、即座に受け取ったことを後悔した。
「ちょっと味が違うのかな?」
「食べてみろよ」
友人たちにせかされ、リリファ・ドレーヌ本人からはにこりと微笑みかけられる。
「気のせいだわ。色身も味も一緒だもの……ねえ、食べてみて」
冗談じゃない。食ってたまるか。
「ご、ごめん。今はお菓子を食べる気分じゃないから、あとで食べるわ。じゃあ、またあとで!」
彼女から逃げ出すべく俺は歩き出したが、すぐに後ろからガシッと腕を捕まれた。
「食べて! 今ここで!」
リリファ・ドレーヌが必死の形相で俺に命令してくる。腕を掴む彼女の力が異様に強くて、俺の中で食べちゃいけないと警鐘が鳴り響いた。
「気分じゃないって言ったけど」
にらみ返すと、リリファ・ドレーヌは軽く唇をかんだ後、俺の手から焼き菓子の入った袋を奪い取った。
「だったらあげない!」
怒りの咆哮を俺に放ってから、彼女はくるりと踵を返して、走り去った。
その場では、これから待ち受ける彼女と一緒の班行動が憂鬱で仕方なかった。
けれど月日が過ぎるうちに、あの焼き菓子がごく普通のものだったとしたら、悪いことをしたなって思うようにもなっていった。
そして五年生になり卒業間近になってから、リリファ本人から打ち明けられて、焼き菓子の正体を知ることになる。
実は、焼き菓子に自家製の惚れ薬を仕込んでいたらしい。
とある令嬢の思惑(嫌な予感しかない) 真崎 奈南 @masaki-nana
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