夢にまで見たリベンジ
右中桂示
この空で晴らす悪夢
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
『
ファンタジーな世界観でペガサスやドラゴン、空を飛ぶ生物に乗ってレースするシリーズの最新作であるVRゲームだ。
あれは、その小規模な大会でのレースの記憶。
ゴール直前、オレの優勝まであと少しというところで、他プレイヤーに抜かれてしまった。
しかも抜いたのは、象。
耳を羽ばたかせて飛ぶ象に乗り、象耳アクセサリーを頭につけたキワモノプレイヤー、『えれぷぁんた』。
歓声に包まれる象を横目に、オレは屈辱で涙を飲んだ。
その後のゲーム中で会った時にパオパオパオパオ煽ってきたのも悪夢の要因だった。
「ああああっ! 今思い出しても腹立つ!」
得られるはずだった栄冠と、代わりに祝福された奴。
あまりに悔し過ぎて9回も繰り返し見てきた悪夢。思い出したくないのに脳裏から離れない。
でも、それも終わりだ。
今日こそ、リベンジを果たす。
『フラグロ』にログイン。
オンラインマッチに参加してコースに移動すれば、バーチャルの熱気に体が高揚する。
今回のコースは『ワイヘッジ浮遊列島』。
浮遊する島や岩が並ぶ空域。雄大な景色がリアルな質感を持って広がっている。難関コースの一つだが、雌雄を決するのに好都合だ。
そして横にはプレイヤーがズラリ。本当ならタイマンがよかったが、イベントでもない限り8人でのレースが基本なので仕方ない。
中には勿論あの象も。嫌でも目立つ奴を横目で睨む。
事前に時間を指定して成立した、リベンジマッチだ。
「ふーっ……」
VRゲームだからこそ精神面が重要。アバターの体で息を吐き、態勢を整える。
オレの相棒はプテラノドン風の翼竜。名前はコハク。
オレのアバターとコハク、自由にできる服装や装飾はお揃い。青と銀の騎士風衣装だった。
格好良い見た目は気持ちにも影響する。勝てるイメージにも繋がるはずだ。
冷静に集中していく。
そしてゲームシステムが、もうすぐ決戦の火蓋を切る。
3、2、1……。
スタート!
全員が一斉に飛び出した。
様々な生物の揃った勢いは、何度見ても興奮するような壮観の眺めだ。
その中、真っ先に飛び出したのは巨大な虫型など、加速と小回りに優れた軽量級。
オレのコハクは中型バランスタイプで、奴の象はパワーと最高速度に優れた重量級。
勝負はレース後半になるだろう。
プレイヤーの行く手を阻む、浮遊する島と岩。特に岩は動く上に時々崩れる。
障害物の間をすり抜けてゴールを目指すのだが、コースは決まっていても細かい位置取りの自由度は高い。
進路を見極めるスキルに腕の差が出てくる。
他プレイヤーに惑わさず、自分の判断を信じないといけない。
仮想の風を浴びて、その心地よさに浮かれたくなってもあくまで冷静に。
トップ集団を追いかける。
障害物を最小限の動きで確実に避け、なるべくスピードを維持。ミスした者から追い抜いて、しかしトップは未だ穫れない。
焦りそうになるところ、計算の内だと己に言い聞かせる。
そうしてじっと待っていた狙いが、遂に来る。
「ここだ……!」
巨大な二つの浮遊島、その間に狭い空間がある。
そこを真っ直ぐ通ればショートカットだが、狭過ぎて避けるのが無難な選択。実際に先頭のプレイヤーは左右に散っていき、挑んだ者は壁にぶつかって大幅なタイムロスをしている。
だから大きいチャンス。
息を吐き、集中。
オレはコハクにピッタリ張り付くような姿勢をとった。
相棒と一つになって、更に縦向きに。極限まで幅を小さくして、突っ込む。
狭い。
両側から潰されそうな圧を感じた。バーチャルな恐怖に心臓がバクバク。汗が滲むのは錯覚だろうか。スピードを緩めたくなるのを我慢して飛ぶ。
恐ろしい緊張の時間はどれほどだったか。
それでもオレはやり遂げた。
ショートカットを無事に抜け、トップに躍り出る。
「よし……いける!」
爽快な気分で先頭を飛ぶ。このスピード感が堪らない。
油断せず、引き続きギリギリのコース取りで前へ。
集中を切らさず、攻め続ける。良い調子に期待が膨らんでいく。
だが、そんな明るい空へ、急に影が差す。
「げぇ! トリの降臨!」
前方に巨大なトリが出現。神々しいボス感のあるトリは、ランダムで発生する妨害イベント。
羽ばたきが向かい風を生み、態勢を崩してスピードを落としてくる。厄介なギミックに動揺させられてしまった。
風の範囲は広いが、逃げられる事は可能で羽ばたきの合間は風も止む。
落ち着いて対処すれば良いだけだ。
上手くかわせれば後続にもダメージがあるわけだし。
舵を切りトリを大きく迂回。肌を強烈に叩く向かい風から逃れる。
大したタイムロスをせず、トップを守ってイベントを脱せられた。
だが、不安でもある。
「奴は……」
その理由は奴のプレイスタイル。
あの象なら向かい風でもパワーで強引に突破してこれる。リードが縮んでしまう。
浮かぶのはあの悪夢。
恐る恐る後ろを見れば、やっぱりその姿があった。
遠目でもバッチリ分かる、象。段々追いついて大きくなるその影。
オレは再び前を向くと、熱意を燃やして嫌な想像を吹き飛ばすように笑った。
リードは大きくてもまるで気は抜けない。
プレッシャーが最大の敵。
コース終盤は障害物が少なく、一直線に飛べる。更に奴に有利だ。
ジワジワと距離が縮んでいるだろうが、後ろは振り向かない。
悪夢の再来は絶対に回避。
既に最高速度のオレに加速する術はない。
ただ、姿勢がブレればスピードが落ちてしまう。
焦らず、平常心を保つ事が勝利に繋がる。
リードを信じて飛び抜けるだけだ。
喉が乾く。肌がひりつく。指先が震える。
バーチャルの感覚はあまりにリアルで、だからこそ真剣に挑む。
一瞬一瞬が、熱い。徐々に近付くゴールと背後のプレッシャー。
そして、
「……しゃああっ!!」
無事、逃げ切り。
オレの優勝。
コハクの上で叫び、勢いよくガッツポーズ。冷たい風が気持ち良い。
ウイニングランではしゃいだ後、コハクに突っ伏して笑う。
最高の気分だ。上下左右何処を見ても青い空、冷めない熱気を胸に自由に漂う。
そこに、通知が届く。相手は奴。
その提案を、オレは快く受けた。
コースからレースの準備と待機をするオンラインロビーへ戻る。
すると象耳アバターの奴が待っていた。
「パオパオパオパオ」
「象耳で拍手すんな」
また煽っているのかとイライラした。
しかしこんな事もできるとは、変なところにこだわるゲームだ。
じっと睨んでいると奴は妙なジェスチャーを止め、手を差し出してくる。
「じゃ、早速2回戦といこうか?」
「はっ。次も勝ってやるからな」
オレ達は強く強く手を握り合ったのだった。
夢にまで見たリベンジ 右中桂示 @miginaka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます