嫌われ者異能者は旦那様に溺愛……されている? 肆

もも@はりか

第1話 桜舞い散る夢(黄金付き)

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 

 あたり一面、桜が舞い散っている。その桜のの下に女が立っている。聡明そうで美しい女だった。上品に太鼓帯を締め、きっちりと髪を結っているその女は、葉月をみるなり、顔色を変えた。


「遅い! いい加減にしなさい!!」


 そして今までの上品さからは信じられないような速さで飛んできて、足を振り上げ、葉月を蹴り倒す。

 どういうこと、と思っていると袋詰めにされた。また袋詰め。夢でも袋詰めだ。


「わたくしはずーっと待ってたのに! 馬鹿男!!」


 ——私は男じゃない、あなた誰ですか!


 そう叫ぼうとしたところで目が覚める。


 

「ぐう」


 葉月はづきは目をこすった。起き上がる。


「またか……」


 ここ最近急に見だした夢だ。


 朝起きると、葉月には考えなくてはならないことが最近できた。

 一枚しか敷かれていない布団。ただの寝相だけで乱された敷き布。

 ここに嫁いでもう五カ月くらいになるが、夫の朔夜さくやと夜を共にしたことはおろか、口づけさえもしたことがない。


 ——どうしよう……。


 朔夜のことだから「うっかり忘れている」という可能性が大きいが、ひとつ気になる可能性が出てきた。


 ——ひょっとして……私は旦那様の記憶を夢に見ている?


 朔夜に愛する女性がいて、その女性を想うが故に葉月に手を出さないという可能性は十分あり得る。だけれど。


 ——いやあ、でも旦那様には直白清零なおしろせいれい様がいらっしゃったからな〜。


 たぶん朔夜が女性に想いを寄せたら、あの儚げで美しい迫力の美貌で女性に「朔夜を幸せにできるか」などなどと問いただすに違いない。女性は裸足で逃げ出すだろう。

 うーん、と葉月は考え込んだ。

 いちおう後賀ごがの姫ではある葉月は、毒舌の持ち主だとはいえ、夫に正面切って「どうして私を夜伽に召さないのか」などとは聞けない。



 居間に赴き、姑の苑香そのかとともに朝餉の準備をしていると、朔夜がやってきた。


「おはよう」


 彼は葉月を見て、すっと微笑んだ。なんだかその微笑みに元気がない。

 梅倉の当主、朔夜の父である春璃はるあきも居間に入ってくる。


「……おはよう」


 彼は息子とは違い無口で無表情で、必要最低限のことしか話さない。

 だが、そんな彼が朔夜と葉月に言った。


「今日、客が来る。まあ、朔夜の客だが」

「……僕の? 誰です、父上」

「……」


 真面目な義父、春璃は顔を歪ませた。よほど会うのが嫌な人物らしい。


「私の部屋には近づけるな」


 朔夜は「ああ」と妙に得心した顔をして、その後に小さく吹き出したが、またなんだか目を曇らせた。



 朔夜の衣服の着替えを手伝う。彼はお洒落なので葉月より衣装を持っている。今日は薄青のつむぎを着た。

 その時もなんだか表情が曇っているので、葉月は思わず聞いてしまった。


「旦那様、どうかなさいましたか?」


 すると朔夜は「あ」と小さな声を漏らし、晴れやかな表情を作って微笑んだ。


「なんでもない。ちょっと……夢見が悪かったというか」

「夢見?」

「まあ、ただの悪夢だよ。ああ、今日、客が来る」

「お聞きしました」

「僕の師匠だ。金輝きんてるという」

「なんだかとっても金ピカなお名前の方ですね」

「うん。実際金ピカなんだ」

「金ピカ……?」

「着物が必ず金色なんだよ」

「怪しすぎやしません?」

「真山家出身の優秀な術者なんだけどなあ」

「真山家出身!?」


 真山家さなやまけとは、異能を持つ家の中でも筆頭を争う家の一つ。人の心に干渉する異能を持つ人間が多く、そのせいか似たような家格の直白なおしろ家や後上ごじょう家の連中からは警戒されている。

 例えば数代前の真山家当主は魅了の異能を持っており、本人はぐうたらで醜男で博打好きで性格も悪く浮気性というどこに惚れる要素があるのかわからない人物だったのだが、後上家当主の未亡人に魅了の異能を使い不倫関係に陥って後上の家を後ろから動かした。 

 忌み嫌われ、警戒され、「五家騒動」では徹底的に叩かれた。


「あの。旦那様の師匠ということは直白清零様の師匠にもあたるでしょう。直白清零様の師匠が真山家出身……なのですか?」

「うん。師匠は五家騒動でほとんど皆殺し状態だった真山家の数少ない生き残りの一人だ。異能の才を惜しんだ清零によって救われたんだよね」

「……」


 あ、まずい、と葉月は急いで朔夜の着物を着付けた。

 思わず好奇心が勝って直白清零のことを話題にしてしまった。朔夜にとっては彼の話題はされたくないはず。


(だから夜伽に呼ばれないんですよ! 私は旦那様の気持ちを推し量れていない! そのうち侍女が寵愛を受けてしまうっ)


 葉月は周囲の侍女を見回す。みな美貌で朔夜の寵愛を受けていそうだ。葉月の寝室の襖を隔てた向こう側の朔夜の部屋では毎晩侍女たちを招いて乱痴気騒ぎが行われているのかもしれない。


 ぐ、と葉月は朔夜の帯を掴んだ。いっそのこと無理やり口づけて朔夜の気持ちを濃密に読んでしまおうかという気分になる。


「えっ、何? 葉月ちゃん、どうしたの。脱げる、脱げる!」


 がらりと襖が開いたのと懸命に結んだ朔夜の帯が解けたのは同時だった。


「おおーっ! 朔夜クン……! このワタシがきて差し上げましたよ!」


 見てくれからして黄金にまみれた男がそこにいた。

 黄金色の羽織に、黄金色の小袖に、黄金色の扇子。

 男は朔夜と葉月を見ると目を見張り、「あっ」と顔を真っ赤に染めた。


「朝からお盛んですね♡ そのお嬢さんが新妻さんですかね!? おっとワタシとしたことがとんだ無礼を!」


 ぴしゃ、と襖が閉じられたので、朔夜は叫んだ。


「違います師匠! 着替えてただけです」


 師匠、と葉月は襖の向こうに目をやった。

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