第4話 奴隷の予行演習

 リヴィオは庭に連れて行かれ、第二、第三王子から殴られたり、背中を蹴られたりと散々な目に遭う。


「ぐ……ッ……ぅ」


 地面に這いつくばり、身体を丸めて腹部を庇うが、第二王子と第三王子は腹部ばかりを中心に蹴ってくる。必死に腹筋に力を入れて耐える。


「なにお前、泣いてんの? だっせぇ」


 髪を乱暴に引っ張られ、込み上げた涙を見て嘲笑われる。


「二人掛かりで無抵抗の人間を暴行する方がだせぇよ」


 言い返したら、さらに腹部を蹴られる。


「生意気だな、この虫けら野郎。おい、お前もこいつの腹を殴れ」


 第二王子は背後に控えていた近衛騎士にそう声をかける。


(しまった。言い返すんじゃなかった)


 リヴィオは後悔したがもう遅い。名指しされた近衛騎士は身体を震わせ蒼白い顔を小刻みに振った。


「できません……」


「こいつが王族だから? けどもうすぐこいつは王族でもなんでもない奴隷になるんだ。害虫みたいなヤツだって母上も言っていたからな。お前は害虫も潰せないのか。それでも近衛騎士か!」


 第二王子は近衛騎士の顔面を平手打ちした。周りの騎士達にも緊張が走る。


「お前は確か、孤児上がりだったな。賤しい生まれだから害虫も潰せないのか? お前のいた孤児院、母上に言って潰してやろうか。ガキ共は路頭に迷って餓死しちゃうだろうなぁ」


 醜悪な弟の顔を見上げ、リヴィオは地面の土を握りしめる。


(なんて卑劣なヤツなんだ……)


 リヴィオは騎士達とも世間話や挨拶を交わす仲だ。お互いに悪い感情はない。そんな相手を一方的に傷つけることを好む人間がいるだろうか。


 人の弱みにつけこみ、意に反することをやらせようとしている。騎士道のかけらもない弟が恥ずかしかった。


「最低だな、お前」


 冷たい声で第二王子を罵った。


「君、いいよ。俺のこと殴って。君のせいじゃない。強要されたことだ。君の騎士道精神はなにひとつ傷つかない。君は悪くない。悪いのはこいつだ」


 リヴィオは名指しされた近衛騎士にもそう声をかけた。


「ほら、本人もそう言ってるんだ。いいか。思いっきりやれ。やらないと孤児達は路頭に迷うぞ。別に俺はそれでもいいけどな。はっはっは……」


 第二王子はむりやり騎士の首根っこを掴み、リヴィオの前に引き出した。第三王子がふらふらになっているリヴィオを無理やり立たせる。


「申し訳ありません……」


 騎士は悔しそうに顔を歪めながら、静かに謝った。次の瞬間、騎士の拳が腹にめり込む。その衝撃で、こらえていたものを吐いてしまった。


「う……っ……げほっ……げほ」


 気が遠くなり、膝から崩れ落ちる。やはり王子達の拳とは比べ物にならないほど、本職の騎士の拳は重い。


「うわ、汚ねぇ……。こいつ吐きやがった」


 第二王子は吐瀉物に押しつけるように顔を踏んだ。リヴィオの目に悔し涙が込み上げる。


 殴った騎士は茫然と立ちすくんでいた。周りの騎士からもすすり泣きのような声が聞こえる。こんな場面、誰も見たくないのだ。喜んでいるのは二人の王子だけ――――ではなかった。


 突然頭上から、水をかけられた。真水ではなく、匂いのきつい汚れた水だった。


 見上げると、そこには二人の王子の母である王妃が、バケツと鞭を手に立っていた。


「まぁ汚い。やはりこの国に、お前のようなゴミは不要ね」


「いッ……」


 磨き上げたハイヒールで手の甲を踏みつけられる。骨がきしむような感覚にギリギリで悲鳴を堪えた。


「お前達、ゴミを素手で殴るなんて不衛生ですわ。生ゴミはこうやって躾けるのです」


 王妃は鞭をしならせた。


「そこのお前、皇帝の真似ごとをして、このゴミを鞭打ちにしなさい」


 ビクッと指名された騎士が身体を震わせる。先ほど殴らされたのとは別の騎士だった。


「い、嫌です。これ以上、この方を傷つけるなど」


「この方!? ゴミだと言っているでしょう! ゴミじゃなかったら、害虫よ! 汚ならしい」


 ヒステリックに叫ぶ王妃を見て、リヴィオは冷たい怒りを覚えた。


(似た者親子だな……)


 標的にされた騎士は騎士爵家の子で、先ほどの騎士同様に後ろ盾がない。そういう者ばかりを狙い撃ちにする。王妃が鞭を騎士に向けた時、リヴィオは素手で鞭を掴んだ。


「いい加減にしてください、叔母上」


 王妃の顔色が変わる。王妃はリヴィオから「叔母上」と呼ばれると激昂する癖がある。


「汚らわしいうじ虫のくせに、叔母上なんて呼ぶんじゃなくてよ! お前達、ゴミうじ虫を押さえつけなさい! この私が皇帝のように鞭打ってやるわ!」


 王妃は二人の息子をけし掛ける。


(単純だな。この人は視野が狭いから、もう俺しか視界に入ってない。もう騎士達が被害に遭うことはないだろう)


 王妃はリヴィオの背を激しく鞭打つ。鋭い激痛に、リヴィオは歯を食いしばって耐える。


「汚らわしい! お前のようなうじ虫は、早く死んでしまえばいいのよ! 生まれてこなければよかったんだわ!」


 口汚くののしる言葉は、鞭よりも酷くリヴィオの心を傷つけていく。王妃の息があかってきたところでようやく鞭が止まった。


「フン、最後のフィナーレといきましょうかしら。もう近衛は下がってよろしい。お前達が連れて来なさい」


 そう言って息子達に指示を飛ばす。抵抗する気力もなく連れて行かれたのは、吐き気がするほどの異臭が漂う地下牢だった。不吉な闇に覆われている。


「フフフ……この地下牢暮らしが、この先のお前の日常になるのよ。それにしてもくっさいわ。なんなのこの悪臭は」


 鼻を高級なハンカチで覆いながら、地下牢の鉄格子を開ける。二人の王子達は乱暴にリヴィオの身体を投げ入れた。


「人質奴隷といえば地下牢に幽閉よ! そうに決まってるのよ! オーホッホッホッホ……」


 そのまま無慈悲に扉を閉められる。当りは扉から漏れるわずかな光のみ。王妃の高笑いが遠ざかっていく。視界が暗く、全く周りが見えない。


「う……ッ……うぅ……」


 静かに嗚咽を漏らしながら、リヴィオは泣いた。


 惨めだった。自分という存在が哀れに思えた。


(『リヴィオ・サミュエル・ウンディーネはたくさんの人に愛されています。誰よりも幸せになる義務があります』)


 ハンナから繰り返すように言われた言葉を反芻はんすうして、絶望に心が折れていく。


(ごめん、ごめんなさいハンナ。大切に育ててくれたのに、俺は幸せになんてなれない。不愉快な顔のうじ虫でゴミで、奴隷で……死ねばみんな喜ぶんだ……)


 こんな自分を愛してくれた人達に申し訳なく思った。このまま消えてしまえたらいいのに――。


 永遠とも呼べる時間、人知れず涙を流していた。しばらくしたら少しずつ目が慣れてきた。涙に濡れた視界の中に、白い棒状のものが浮き上がって見えた。


 吸い寄せられるように視線を移し、思わず後ずさった。


(人の……骨だ)


 既に白骨化した遺体がリヴィオのすぐそばに倒れていた。

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